« 2016年11月 | トップページ | 2017年1月 »

ブロムシュテット+N響の素晴らしい「第九」

 2016年12月24日、HHKホールでヘルベルト・ブロムシュテット指揮、NHK交響楽団によるベートーヴェンの交響曲第9番を聴いた。素晴らしい演奏だった。

 第一楽章の開始の音ははっとするほどデモーニッシュだと思った。暗くてよどんど音ではない。全体的にはブロムシュテットらしい、明るめの音でかなり快速の第九だが、冒頭だけでなく、ところどころでデモーニッシュな響きが支配的になる。何事か起こりそうな、なにか魔的なものが潜んでいそうな音。その部分に少なくとも私は非常に説得力を覚える。高齢を感じさせない見事な構築力。すごいと思った。

第二楽章も躍動にあふれ、きわめてダイナミック。音そのものはあまり大きくない(もしかしたら、NHKホールのために十分に響かないのかもしれない)のだが、十分に心の奥に響き渡る。第三楽章の美しさにはとりわけ圧倒された。ここもどちらかというと早めのテンポであり、大げさに歌わせるようなことはしないのだが、間の取り方、音につなぎ方があまりに美しい。

 第四楽章も見事。歌手陣もそろっていた。バスのパク・ジョンミンは堂々たる歌いっぷり。この曲にふさわしい。ソプラノのシモーナ・シャトゥロヴァ、メゾ・ソプラノのエリーザベト・クールマンも最高の歌を披露してくれた。ただ、テノールのホエル・プリエトはきれいな声だが、ほかの三人に比べて少し線の細さを感じた。合唱は東京オペラシンガーズ。ブロムシュテットの意図をくんだのだろうか。あまり大げさに大音響で歌うのではなく、しっかりした歌唱。

本日の演奏で、唯一納得できなかったのはテノール・ソロの部分だった。ピッコロがまるで歌を邪魔するかのように大きな音で鳴っていたが、そこにどんな意図があったのだろう。あまり声の大きくないテノールなのだから、もう少しピッコロは音を抑えるべきだったのではないか。

とはいえ、全体的には、スケールこそ大きくないが、きりりと引き締まり、細部に至るまで神経が行き届き、祭典感覚にあふれた素晴らしい演奏だった。

実はしばらく前から風邪に苦しんでいた。ムジカーザで石田泰尚さんのリサイタルを聴いた時も、まだ熱が下がらずにいた。狭いホールで咳をしたら演奏そのものを台無しにしてしまうと思って必死の思いで我慢していた。昨日、やっと平熱に戻って、今日は心地よく第九を聴けた。満足。気持ちよく新年を迎えられそうだ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

石田泰尚リサイタル フランクのソナタ、最高の名演!

 2016年12月20日、代々木上原にあるムジカーザで石田泰尚ヴァイオリン・リサイタルを聴いた。ピアノ伴奏は中島剛。前半にコープランドとシュトラウスのソナタ、後半にドビュッシーとフランクのソナタ。「オンリーワン」というタイトルのついたリサイタルだったが、この日取り上げられた作曲家は生涯に一つだけのヴァイオリンソナタしか残していないというのが、タイトルの意味だったようだ。なるほど、言われるまで気づかなかった。

 それにしても、石田さんのヴァイオリンは研ぎ澄まされていて繊細な音。ロマンティックな表現ではないのだが、音があまりに美しいのでそこに豊かなリリシズムが漂う。素晴らしいと思った。

 コープランドのソナタは初めて聴いた。なかなか面白い曲だと思ったが、演奏についてはどうこういえない。シュトラウスのソナタは、私の好きな曲の一つだ。この曲は、シュトラウスの20代の若書きの作品で、若々しい気負いと絢爛さがあらわれている。気負いが強すぎ、しかもこけおどしとも思えるような技術の誇示があるために、それをそのまま演奏すると崩壊しそうになる難しさを孕んでいるように思う。が、石田さんは、それを大人の音楽に改めるのではなく、真正面から気負いと絢爛さを受け止めて、それをそのまま音楽にしているように思えた。そのため、シュトラウスの未成熟な気負いやこけおどしがそのままあらわれていた。しかし、音の美しさと迫力のある絢爛さのおかげで、シュトラウスの欠点までもがとても魅力的な音楽になっていた。第一楽章と第三楽章に私は感動した。シュトラウス好きの私としては、等身大のシュトラウスに出会っている思いがした。

 ドビュッシーのソナタはもともと私は好きではない。その良さがわからないというべきか。そのためもあって、私はあまり石田さんの演奏に感銘を受けなかった。もう少しフランス的な優雅さやドビュッシーの不思議なユーモア感覚を強調してくれないと、私は楽しめないと思った。

 フランクのソナタは最高の名演。中島さんとの息もぴったり合って、実にドラマティックで繊細で情熱的なフランク。一部のスキもなく、一瞬たりとだれるところがなく、最初から最後まで息をつかせぬ迫力。しかも、まったく人工的な感じがなく、自然に音楽が盛り上がる。石田さんの音は、研ぎ澄まされた美音に加えて、もっと強くもっと情熱的な音色になっていく。第二楽章以降、私はずっと興奮していた。

 アンコールはクライスラー。「美しきロスマリン」以外は知らない曲だった。最後に「きよしこの夜」を無伴奏で。石田さんのクライスラーは本当に素晴らしい。高貴で清潔な精神がそのまま表れたような音楽。ちょっと下品な表現をしても、そこに上品な香りが漂っている。ほかの人にはできない技だと思った。

 なお、来年の1月16日、石田泰尚さんと山本裕康さん、諸田由里子さんのコンサートを仙川フィックスホールで多摩大学樋口ゼミ主催によって行う。現在、チケット販売中だ。詳細は以下をご覧いただきたい。

http://yuichi-higuchi.cocolog-nifty.com/blog/2016/11/post-a8ca.html

 

| | コメント (0) | トラックバック (0)

新国立「セビリアの理髪師」 とても満足

 新国立劇場で「セビリアの理髪師」をみた。とてもよかった。楽しめた。

 フィガロを歌うダリボール・イエニスは太くて張りのある声で。声量もありテクニックも見事。バルトロのルチアーノ・ディ・パスクアーレも見事な早口で躍動感にあふれ、しかも芸達者。レナ・ベルキナもまた張りのある美声でかなり蓮っ葉なロジーナを見事に演じていた。アルマヴィーヴァ伯爵のマキシム・ミロノフはとてもきれいな声で見栄えもとても良いのだが、少し声量不足。とはいえ、楽しんで聴くのにまったくの支障はない。後半、だんだんと調子を上げた。

 ドン・バジリオの妻屋秀和、ベルタの加納悦子、フィオレッロの枡貴志も外国人勢に負けない歌と演技だった。とりわけ、私は加納さんの一筋縄ではいかないベルタをとても魅力的だと思った。

 フィガロ役のイエニスがどうやら自分でギターを弾いているようだった。さすがというべきか。

 ただ、私は指揮のフランチェスコ・アンジェリコに不満を抱いた。多分とてもいい指揮者なのだと思う。しっかりと音を組み立てていくタイプ。それはそれで見事だと思う。しかし、ロッシーニ特有のワクワク感を私はあまり感じることができなかった。近年のロッシーニ演奏としてはかなりおとなしいと思う。私はもっと陽気で楽しくて、ワクワクして浮き立つような音楽を聴きたかった。

東京フィルハーモニー管弦楽団はしっかりと指揮についていたが、先日、ウィーン国立歌劇場の「フィガロの結婚」を聴いたばかりだったので、それに比べてしまうとやや貧弱な音と感じないでもなかった。

 ヨーゼフ・E.ケップリンガの演出はフランコ時代のスペインを舞台に移しかえている。ロジーナの閉塞感を独裁時代のスペインの息苦しさに重ね合わせて、自由への息吹を描こうとしているのだろう。わいわいがやがやといろいろな人物が登場するのは、ロッシーニの猥雑さを作り出すのが狙いなのかもしれない。ベルトロの家の前に娼館があり、聖職者を含めてそこに出入りする。フランコ時代の、そして人間性を抑圧する社会の偽善ということなのか。ただ、ベルタが娼館の裏の実力者であるかの行動をとるのは、少し行き過ぎだと思った。

 舞台がたびたび回転して、バルトロの家の外の内部が自由に入れ替わる。室内で登場人物が歌っているはずなのに、いつの間にか舞台が変わって外の道になっていたりする。部屋の中に閉じ込められているロジーナが実は強い人間であって、肉体は閉じ込められながらも自由に想像が外に向かっていることを象徴しているのかもしれない。だが、そうなると、ロジーナの閉塞感を観客は感じることができない。しかも、2階建てのいくつも部屋の中を行ったり来たり、それがいつの間にか外になったりして、視覚を定めることができなかった。

 といいつつ、ともあれ全体的にはとても満足だった。いやあ、やっぱりロッシーニは楽しいなあ・・と思って満足して帰宅した。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オペラ映像「マリア・ストゥアルダ」「メディア」「セビーリャの理髪師」「メフィストーフェレ」「ラ・ジョコンダ」「アドリアーナ・ルクヴルール」「アルルの女」「ラ・ワリー」

 しばらく前からイタリア・オペラの映像を続けざまに見ていたが、オペラやコンサートの公演が続いていたので、ここの感想を書く余裕がなかった。やっとコンサートが一段落したので、まとめて感想を書く。

 

773


ドニゼッティ 「マリア・ストゥアルダ」 2012年 メトロポリタン歌劇場(

 さすがMETのドニゼッティ。最高の歌手たち。圧倒的なのがタイトルロールのジョイス・ディドナート。歌の技術、声の威力がすごいだけでなく、まさしく迫真の演技。名歌手は名優であるというのがよくわかる。人間性を表に出し、苦悩をぐっとおさえてプライドを通す女王を演じている。

エリザベッタを歌うエルザ・ファン・デン・ヒーヴァーも、このわがままで非人間的的な要素をうまく歌って、ディドナートに負けない歌を披露する。この二人の掛け合いが素晴らしい。レスター伯爵のマシュー・ポレンザーニ、セシルのジョシュア・ホプキンス、タルボのマシュー・ローズも文句なし。デイヴィッド・マクヴィカーの演出もわかりやすくて豪華でドラマティック。マウリツィオ・ベニーニの指揮も、ドニゼッティ通でない私には、まったく不満はない。メトロポリタン歌劇場の圧倒的な力を見せつけられる映像ではある。

 




182


ケルビーニ 「メディア」2004年 ササーリ劇場

 歌手陣はとてもよい。デーニャ・マッツォラ・ガヴァッツェーニのメディアは、「毒婦」を激しく強く演じ、歌も迫力がある。グラウチェのエリザベッタ・スキャーノもメディアと対照的な清楚な娘をしっかりと歌う。カルロ・チーニのクレオンテも、チェザーレ・ルータのジャゾーネも、私には特に文句はない。

ただ、このオペラ映像を最後まで見るのはかなりつらい。エリック・ハルの指揮するマリアリーザ・カロリス演奏協会管弦楽団がかなり雑で、しかも存在を強く主張するうえ、もしかしたら、録音の仕方に原因があるのかもしれないがオケと歌のバランスもよくない。

 

085


パイジェッロ 「セビーリャの理髪師」 2005年 オルフェオ劇場

 パイジェッロ作曲の「セビーリャの理髪師」の映像を見るのは2本目。前回見た映像(ローマ室内歌劇団の1970年の大阪フェスティバルホールでの公演)はかなりおとなしくて、あまりに貴族的だったが、それよりはずっと躍動感にあふれている。モーツァルトやロッシーニを思わせるところがたくさんあり、とてもメロディアスで、しかも楽しい。ただ、やはりロッシーニのオペラのほうが楽しいのは、単に聴き慣れているからではなかろう。とはいえ、ロッシーニがこのオペラをかなり意識して、それを上回るオペラを作ろうとしたのがとてもよくわかる。第二幕の嵐の場面など、ロッシーニはかなりパイジェッロの影響を受けているようだ。

 演奏はとてもレベルが高い。アルマヴィーヴァ伯爵のミルコ・グァダニーニ、フィガロのドナート・ディ・ジョイア、バルトロのマウリツィオ・ロ・ピッコロはいずれも音程もよく声も伸び芸達者でもある。ロジーナのステファニア・ドンツェッリもなかなか可憐。

 ジョヴァンニ・ディ・ステーファノの指揮するジョヴァンニ・パイジェッロ音楽祭室内管弦楽団も躍動感があってなかなか良い。ロゼッタ・クッキの演出もわかりやすい。ただ、マルチェリーナという名前の黙役が登場するが、これはパイジェッロのオペラには登場しない役のはず。おそらく「フィガロの結婚」のマルチェリーナ、そしてロッシーニの「セビーリャの理髪師」のベルタから着想を得たのだろうが、あまり意味がないように思えるのだが。

 

877


アリーゴ・ボーイト 「メフィストーフェレ」 2008年 パレルモ

 このオペラはかつて何かの映像でみた記憶はあるが、さしたる印象はなかった。が、今回の映像をみて、とてもおもしろいと思った。ヨーロッパの一流歌劇場が総力を挙げて上演すると、通常の演目に挙げられていないオペラでもこれほど面白く上演できるのだという典型例といえるかもしれない。

 歌手陣は世界最高の人たち。メフィストーフェレを歌うフェルッチョ・フルラネット、ファウストを歌うジュゼッペ・フィリアノーティ、マルゲリータとエレナを歌うディミトラ・テオドッシュウ。この三人の底力たるや凄まじい。マルタのソーニャ・ザラメッラ、ワグネルのミンモ・ゲッギもとてもいい。

ボーイトは台本作家としても才能を発揮した人だが、この「メフィストーフェレ」の台本はあまり出来がよくない気がする。ゲーテの「ファウスト」の表面だけをなぞっている感じ。が、音楽はなかなか魅力的だ。マルゲリータの悲しい歌はテオドッシュウの名演技もあってとても感動的。ファウストの死の場面も盛り上がりが素晴らしい。

 ステーファノ・ランザーニの指揮によるパレルモ・マッシモ劇場管弦楽団も、ジャンカルロ・デル・モナコの演出もとてもおもしろかった。文句なく楽しめた。

 

965


アミルカーレ・ポンキエッリ 「ラ・ジョコンダ」2005年 アレーナ・ディ・ヴェローナ

 とても充実した映像だと思う。アルヴィーゼ役のカルロ・コロンバーラだけが少し弱いが、歌手陣はそろっている。ジョコンダのアンドレア・グルーバー、エンツォのマルコ・ベルティ、バルナバのアルベルト・マストロマリーノ、ラウラのイルディコ・コムロージはとてもよい。ただ、これはきっと人の識別が苦手な私の能力に問題があるのだと思うが、エンツォとバルナバとアルヴィーゼが外見上でときどき区別できなくなって困った。よく似た体形、よく似た顔、しばしばよく似た服装。

 野外劇場でのオペラなので、どうしても大味。ドナート・レンゼッティのアレーナ・ディ・ヴェローナ管弦楽団も、繊細さに欠ける。ただ、スケールが大きく、見るものをドラマに巻き込む点においては、見事といってよいだろう。

 この映像の最大の魅力はピエール・ルイージ・ピッツィの演出にあるだろう。壮大で美しく、場面全体を生かした動きが素晴らしい。

 このオペラの魅力を十分に伝える映像。全体的にはとても良かった。

 

621


チレア 「アドリアーナ・ルクヴルール」2009年 トリノ、レージョ劇場

 チレアのオペラの全曲を見たのは、これが初めて。とても良い演奏だと思う。

 アドリアーナのミカエラ・カロッシも堂々たる歌いっぷり。マウリツィオのマルセロ・アルバレスもさすが。ブイヨン侯爵夫人のマリアンヌ・コルネッティ、ミショネのアルフォンソ・アントニオッツィも味がある。レナート・パルンボの指揮するトリノ・レージョ劇場管弦楽団にも文句はない。

 ただ、このオペラそのものにどうしても違和感を拭い去ることができなかった。甘ったるいメロディ、情緒をかきたてるオーケストレーション。私がずっとイタリアオペラを聴かなかったのは、このような雰囲気が苦手だからだった。かなり苦手意識を払しょくしたつもりだったが、やはりこれはダメだった。

 

539


チレア 「アルルの女」 20139月 イェージ、ペルゴレージ劇場

「アドリアーナ・ルクヴルール」をおもしろいと思わなかったので、きっとこれもダメだろうと思いつつ、せっかく購入したのだからと気を取り直して、見てみた。

 ドーデの短編に基づくと思うが、だいぶストーリーが異なる。台本はよくできていると思う。ヴェリズモ・オペラにふさわしい題材。だが、やはりこんなに甘ったるいメロディだと、せっかくの緊迫感が台無しになると私には思える。

 演奏はとてもいい。フェデリコのドミトリー・ゴロフニン、ヴィヴェッタのマリアンジェラ・シチリア、ローザ・ママイのアンヌンツィアータ・ヴェストリともにしっかりした美声で歌いまわしも実にうまい。ロゼッタ・クッキの演出、フランチェスコ・シルフォの指揮も、私には特に不満はない。だが、大変残念ながら、音楽は私には退屈だった。

 いずれにせよ、チレアは私には理解できない作曲家のようだ。

 

511


カタラーニ 「ラ・ワリー」2012年 インスブルック、チロル州立劇場

 イタリア・オペラにうとい私は、1981年にジャン・ジャック・ベネックス監督の映画「ディーバ」の中で歌われているアリア「さようなら、ふるさとの家よ」を聴くまでカタラーニの「ラ・ワリー」というオペラの存在そのものを知らなかった。このアリアを知ってからも、純情な女性ワリーのメロドラマだとばかり思っていた。が、今回、初めて映像を見てびっくり。これは、イタリア・オペラでは決して多くない私好みのオペラではないか! カタラーニはワーグナーに強い影響を受けたという。まさしくワーグナー風であり、シュトラウスの「サロメ」や「エレクトラ」、ヤナーチェクの「イェヌーファ」などを思わせる。

 純情どころか、強情で気性の荒い女性ワリーの激しい愛憎の物語。スザンナ・フォン・デル・ブルクがまさしく体当たりの演技と歌で見事に演じている。ジュゼッペを歌うパウロ・フェッレイラも芯のある美声。この二人の屈折した愛憎がストーリーの根幹をなすが、とてもドラマティックで魂をえぐる音楽が続く。若い美男美女とはかけ離れた外見だが、十分にこのキャスティングには納得する。そのほか、シュトロミンガーのマルク・クーゲル、ゲルナーのベルント・ヴェレンティン、ワルターのスザンヌ・ランクバイン、アフラのクリスティーナ・コスマーノもとてもいい。

 アレクサンダー・ルンプの指揮するインスブルック・チロル交響楽団、ヨハンネス・ライトマイアーによる演出もとてもドラマティックでよかった。大いに感動してみた。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

« 2016年11月 | トップページ | 2017年1月 »