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 朴+川見+安井の素晴らしいシュトラウスの器楽曲と歌曲

 2017129日、王子ホールで「おと と おと と」のシリーズ、リヒャルト・シュトラウスの器楽と歌の「饗宴」を聴いた。素晴らしかった。

 最初の曲はシュトラウスが17歳のころの5つのピアノ小曲から2曲。黙って聞かされたら、間違いなくシューマンだと思うだろう。

 ピアノは朴令鈴。粒立ちの明確な音。もう少し劇的に弾いてもよいだろうと思うところがあったが、このような抑制的な音楽づくりがこの人の持ち味なのだろう。

 その後、ヴァイオリンの川見優子が加わってリヒャルト・シュトラウスのヴァイオリン・ソナタ。率直で若々しくてロマンティックな表現。妙にいじるとわけがわからなくなる曲を真正面から弾き切った感じ。第1楽章と第3楽章はかなり外面的に華々しく、第2楽章はロマンティックに。そうすることで確かに音楽が立体的になる。素晴らしいと思った。朴のピアノも若々しいヴァイオリンをしっかり支えている。見事。

 後半は初めに朴による「サロメ」の「七つのヴェールの踊り」。ピアノ独奏でこの曲を初めて聴いた。オーケストラで聴きなれているので不思議な感じだが、それはそれで鮮烈な音楽になっていた。朴の音楽づくりは実に知的。一つ一つの音に無駄がなく、盛り上げるべきを盛り上げ、過剰なことは少しもしない。なんと頭のいい人なんだ!と思った。

 その後、ソプラノの安井陽子が加わってシュトラウスの歌曲「万霊節」「セレナード」「ツェツィーリエ」、そして「四つの最後の歌」。

 これも素晴らしかった。安井のオペラはこれまでツェルビネッタやオランピアを聴いた記憶がある。いずれもとても良かった。歌曲についても素晴らしいことを知った。声が伸びている。とりわけ高音が実に美しい。音程もいいし、言葉の響きも美しい。表現全体が実に清楚。朴のピアノと同じように過剰な表現はしないが、しっかりと音楽そのものが伝わる。「四つの最後の歌」は私の大好きな曲。私のささやかな葬式にはこの曲のCDをかけてほしいと思っている。この曲をこれほどまでに見事に歌える歌手は日本にも世界にもそれほど多くないと思う。ここでも朴の伴奏は実に見事。歌手も歌いやすいだろう。

 アンコールはピアノとヴァイオリンとソプラノによる「明日」。確かにこの歌曲にはヴァイオリン入りのヴァージョンがある。これはちょっと練習不足のようで、ヴァイオリンとソプラノが合わないところがあったが、それは仕方がないだろう。

 見事なコンサートだった。大好きなシュトラウスの曲をこのような小さなホールで聴けてとても満足。

 ところで、このところ猛烈に忙しい。1月締め切りの原稿(たぶん、締め切りには間に合わない!)と、3月ころ刊行予定の本の校正が重なった。しかも、先週から今週の初めにかけて大分県に出向いていた。122日(日)には故郷である大分県日田市に出向き、「墓じまい」をした。23日(月)には、日田市の私の両親が住んでいた土地の売買のための手続きを行い、24日(火)には大分市の岩田高校(この高校は、私が塾長を務める白藍塾のサポートによって小論文指導を行っている)で高校1年生に対して小論文指導を行った。そして、その後、大学で試験監督や打ち合わせをして、28日(土)には自宅近くに新しい墓を作ってそこで「納骨法要」を行った。実にあわただしかった。原稿が進まずにいる。明日から本腰を入れて、原稿執筆にかからなくては!

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チョン・キョンファの自然体の無伴奏ヴァイオリンに感動

 2017128日、サントリーホールでチョン・キョンファのバッハの無伴奏ヴァイオリンのソナタとパルティータの全曲演奏を聴いた。素晴らしかった。二回の休憩を加えて3時間を超す長いリサイタルだったが、最後までチョン・キョンファの緊張感は途切れなかった。

 出だしはあまり本調子ではないと思った。少し集中力を欠いている様子。パルティータ第1番の途中で咳き込んで中断。客席から「ノー・プログレム」の声が聞こえた。それに応じて観客席から拍手。そのせいかどうかはわからないが、その後どんどん調子を上げた。まさしく圧巻。

 圧巻とはいっても、かつてのように激しく音楽に没入するわけではない。遊びの心があり、余裕があり、くつろぎがある。研ぎ澄まされた音で、余計なものは付け加えず率直に、しかもまっすぐに音楽に対する。自然体とでもいうか。しかし、音楽の本質に従って迫力にあふれる。「シャコンヌ」はとりわけ絶品だった。一つ一つの音が意味を持ち、だんだんと形を成していく。それが絡まったりほぐれたり。それが心を打つ。

 パルティータ第3番も素晴らしかった。平明で透明で深く心の奥に入りこむ音楽。全体的に、私はソナタよりもパルティータのほうに感銘を受けた。東洋的というのだろうか。西洋的にごてごてした装飾の多い世界ではなく、本質だけ残したかのような演奏。パルティータの演奏に一層そのような自由な精神があふれるような気がする。これがチョン・キョンファのたどり着いた境地なのだろう。

 数年前、チョン・キョンファのブラームスの1番のソナタとフランクのソナタを聴いて、少し失望した記憶がある。何をしたいのかよくわからないと思った。入魂の激しい音楽でもなく、かといって楽しい音楽でもなかった。が、バッハの無伴奏を聴いて納得した。なるほど、このような自然体で自由な音楽世界を描きたかったのだろう。やはり、このような音楽世界はロマン派の音楽よりもバッハでこそ表現できるのだと思う。

 とても素晴らしい無伴奏バッハだった。心から感動。そして、満足。

 

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多摩大学での私の最後の授業日

 多摩大学秋学期最後の授業日。今年度いっぱいで定年退職する私にとっては記念の日だった。通常の授業の後、30分だけ時間をとって「最終講義」という大層な名前のついた話をした。学生のほか教職員の方々も聞いてくれた。

 私は芸術には感動しやすいタチなのだが、行事のたぐいには至って淡白で、とりたてて感慨を抱くこともなかった。ただ、ゼミ生が来てくれて、花束を渡してくれたのはうれしかった。

 最終授業日だとはいえ、まだこれから何度も大学には足を運ぶ。いくつもの学務があり、行事がある。来年度の秋学期に週に1日教えることも決まっている。感慨の抱きようがない。

 多摩大学では9年間働いた。やりがいのあること、楽しいことも多かったが、組織で働いた経験のない私としては戸惑うことが多かった。きっと私は、組織の中にいながら、かなり自由に過ごして、周囲の人の迷惑をかけてきたのだと思うが、それでも、私なりに息苦しかった。こんなことを言うと、多摩大学の同僚やお世話になった人に申し訳ないが、今は、これまでがんじがらめにされてきた組織から解放されることが実にうれしい。自由な時間が増えることも実にうれしい。4月以降、だいぶ収入は減るが、それ以上に充実できそうな気がする。

 ただ、きわめて現実的な悩みがある。研究室にある本をどうするか。すでに自宅の書庫は満杯。研究室の本を自宅に持ち帰るのは難しい。しかし、捨てるわけにもゆかない。おそらく、退職する大学教員全員が同じ悩みを抱えているだろう。

 ・・・というわけで、授業最後の日くらいブログに書きつけておくほうが良かろうと思って、ここに記した。

 

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石田泰尚・山本裕康・諸田由里子のコンサート 素晴らしい音楽・知人・ゼミ生の感謝

 2017116日、仙川のフィックスホールで、多摩大学の樋口ゼミ(すなわち私が指導しているゼミ)の主催によって石田泰尚・山本裕康・諸田由里子のコンサートを開いた。最高のコンサートになった。

 曲目は、諸田さんの演奏によるモーツァルトの「きらきら星変奏曲」に始まり、山本さんの演奏による無伴奏チェロ組曲第1番、そして、石田さんと諸田さんのクライスラー編曲の「ロンドンデリーの歌」、クライスラーの「美しきロスマリン」「愛の悲しみ」「愛の喜び」、休憩後、ベートーヴェンのピアノ三重奏曲第7番「大公」。

 いずれも素晴らしい演奏だった。諸田さんは清楚で高貴ながらもロマンティックな音、山本さんは暖かくて優しい音、石田さんはキレの良い稀に見る美音。きりりと引き締まり、清潔で研ぎ澄まされている。それぞれの個性が大変すばらしい。

 私はやはり「大公」にもっとも感動した。とりわけ第三楽章にびっくり。精緻に絡んで、徐々に明るい歓喜の歌になっていく。そして、第四楽章で高揚し、まさしく苦悩の果ての明るい境地を描きだす。そのような音の絡みが三人の見事な音で展開されていった。

 アンコールはクライスラーの「ウィーン風小行進曲」とブラームスのハンガリー舞曲。いずれもぴたりと息が合い、高揚する。三人の演奏家が互いに良さを認め合い、それがうまく発揮できるように配慮し合っているのがとてもよくわかる。

 私は今年の3月に多摩大学を定年によって退職する。したがって、これまでクラシック音楽のコンサートを企画運営していた多摩大学樋口ゼミも終了する。

 今回、ゼミ生もよく働いてくれた。気の利かない私に代わって、あれこれと気をまわして、お客さんの身になって考えてくれる。最後とあって、元ゼミ生も何人か駆けつけてくれた。手伝いをしてくれるゼミOBもいた。うれしいことだ。

 そして、多くの知人が私のゼミの最後のコンサートを聴きに来てくれた。多摩大学同僚も大勢来てくれた。感謝。

 もっと書きたいが、終演後、知人たちと食事を共にして、自宅に帰ったのは23時過ぎだった。明日の仕事のためにも、そろそろ寝るほうが良さそう。

 素晴らしい音楽、そして素晴らしい知人、素晴らしいゼミ生に感謝しながら眠りにつくことにしよう。

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1月16日(月) 石田泰尚・山本裕康・諸田由里子のコンサート迫る! 

 多摩大学・樋口裕一ゼミ主催の石田泰尚・山本裕康・諸田由里子のコンサートが迫りました。樋口ゼミ最後のコンサートです。どうか、皆様、おいでください。残席があと少しあります。

  三人の演奏家はみなさん日本を代表される方々です。とりわけ石田さんは日本テレビ「嵐にしやがれ」で「やくざにしか見えない名ヴァイオリニスト」として紹介されましたので、ご存知の方も多いと思います。

曲目には、石田さんの得意とするクライスラーの親しみやすい名曲、山本さんの得意とするバッハの無伴奏組曲、諸田さんの得意とするモーツァルトの変奏曲が含まれます。そして、最後を飾るのはベートーヴェンの名曲「大公」です。

 

・演奏 石田泰尚(ヴァイオリン) 山本裕康(チェロ) 諸田由里子(ピアノ)

・場所 仙川フィックスホール (京王線仙川駅徒歩5分)

・日時 1月16日(月) 開場 1830分 開演 19時15分

・料金 全席自由4000円 学生 2000

・問い合わせ・チケット申し込み kr-b-s777@ezweb.ne.jp 090-8103-1243 (樋口ゼミ)

  (あるいは、樋口への直接の連絡でも構いません)

 

・曲目(演奏者の都合により変更されることがあります)

モーツァルト:きらきら星変奏曲ハ長調 K. 265

J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第1番ト長調BWV1007

クライスラー:美しきロスマリン

クライスラー:愛の悲しみ

クライスラー:愛の喜び

アイルランド民謡(クライスラー編曲):ロンドンデリーの歌

ベートーヴェン:ピアノ三重奏曲第7番変ロ長調op.97「大公」

 

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ユリアン・プレガルディエンと鈴木優人の若い演奏家の素晴らしい「冬の旅」、そして小川えみのチャイコフスキー

 今日、201719日、成蹊学園本館大講堂(武蔵野文化事業団主催によるコンサート)でユリアン・プレガルディエン(テノール)と鈴木優人(フォルテピアノ)による「冬の旅」を聴いた。鈴木雅明の息子とクリストフ・プレガルディエンの息子の、いわば二世演奏家による演奏。優秀なDNAは間違いなく受け継がれている。本当に素晴らしい。

 ふだん聴きなれた「冬の旅」とずいぶん異なる。伴奏がフォルテピアノだということだけでも異なるが、歌の部分も様々な装飾音が入っている。どのような考証に基づくのか知らないが、この二人が演奏しているのだから、きっと時代的な裏付けがあるのだろう。

 ユリアン・プレガルディエンの声が実に美しい。正確な音程と深みのある表現。小さな声の使い方が見事。語りかけるように歌う。そして、時に感情が盛り上がる。そのメリハリがとても自然でわざとらしさがない。1984年生まれだというから、まだ30歳そこそこ。それなのにこれだけ完成された音楽を持っているのは驚異的だと思う。

 鈴木のフォルテピアノもとてもよかった。「辻音楽師」の繰り返しあらわれる和音の鮮烈さに驚いた。フォルテピアノで演奏すると、このように聞こえるのだろうか。聞きなれたピアノの音と違って、魂をえぐるような生の激しい音。全体的に鈴木のフォルテピアノは楽器の特性として音の響きに弱点があるが、その分、余計に鋭くて、しかも繊細。「冬の旅」にぴったりの楽器だと思った。

 今日は成人の日だった。30代前半の二人の素晴らしい演奏家を聴いて、とてもうれしくなった。この二人の未来が楽しみだ。きっとこれから時代を画す仕事をしてくれるだろうと思う。

 時間的に前後するが、昨日(2017年1月8日)、杉並公会堂小ホールで、小川えみ ソプラノリサイタルを聴いた。なんと午前10時開演。

 チャイコフスキーの歌曲が演奏されることをどこかで配布されたチラシを見て、しかもyoutubeにアップされた小川さんのリサイタルの歌声がきれいなので興味を持った。曲目は前半にチャイコフスキーの歌曲「この月の夜に」「カナリヤ」「かくも早く忘れるとは」「君よ信ずるな」「ふぁ歌旅元のように孤独で」、後半は、「イオランタ」「スペードの女王」「エウゲニ・オネーギン」からのアリア。どうも内輪のリサイタルのような雰囲気。ちょっと場違いなところに入ってしまったかと思った。

 小川さんの声は不安定なところもがあるが、全体的にはとてもきれい。とりわけ、後半になって声が伸びた。小川さんのプロフィールをみると、「ルイジ・ダル・フィオール神父のドルチェカント歌唱法だという。

 ただ、どうも私にはロシア語に聞こえない。カタカナに聞こえる。もちろん私はロシア語をまったく話せないので、断定的なことは言えないが、CDやDVDで聴くチャイコフスキーの歌曲やオペラと音の雰囲気が異なる。どうしても日本語っぽくなってのっぺりしてしまう。そのためなのか、チャイコフスキー特有の憂いやくぐもった哀愁が聞こえてこない。歌曲というのは詩の延長なので、言葉そのものの美しさを表現してほしいのだが、その点で不満を感じた。とはいえ、プログラム最後のレンスキーのアリア(もちろん女性がこのアリアを歌うのを初めて聴いた!)、そしてアンコールの「ただ憧れを知るものだけが」「なぜ」はとてもよかった。

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2017年になった

 2017年になった。

 昨日(つまり、20161231日)、私は東京文化会館で行われる「ベートーヴェンは凄い!」で小林研一郎指揮のベートーヴェンの全交響曲をきいて1年間を締めくくるつもりでいた。が、2週間からの風邪が完治せず、いつまでも微熱が続いていたが、昨日は朝から少し熱が高かった。ベートーヴェンの9つの交響曲を聴くうちにもっと悪化しそうな気がした。大事をとって家で休んだ。これまで何度か大晦日にベートーヴェンの全交響曲を聴き、興奮のうちに年を越しただけに、それができなかったのは残念だった。

 2017年元旦は、ほんの少し平熱よりも高いが、昨日よりはずっと気分がよかった。咳もほとんどでない。お節料理(といっても我が家の場合、妻の手作りのものはそれほど多くないが)による「ブランチ」を済ませた後、母のいる老人ホームで家族みんなで出かけ、しばらく話して帰宅。

 昨年はラ・フォル・ジュルネを含めて74のオペラやコンサートを聴いた。オペラの面でとても充実していた。100以上の公演を聴いた年もあったが、昨年は母の健康状態に不安があったのでコンサートを自粛していた。が、昨年くらいのペースがもっともよい。これ以上になると、音楽を聴くことが「義務」になりそうで怖い。

 今年の3月で多摩大学を定年退職する。仕事が減るので、4月以降はかなり楽になる。毎月のように旅行に行く予定を立てている。これまで訪れた外国は32。死ぬまでには50か国くらいにはいきたいと思っている。ただし、母の体調が心配なので、遠出はできない。56日で戻れる旅をする。アジア中心にひとりでふらふらと歩きまわる質素な旅行をするつもりだ。

 このごろ、このブログもあまり書いていない。退職したら、エッセイ風のことも書きたいと思っている。

 ・・・というわけで、来年に向けて思うところをとりとめなく書いた。

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