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METライブビューイング「ロメオとジュリエット」 ダムラウとグリゴーロのすごさ!

 東銀座の東劇でMET(ニューヨーク・メトロポリタン歌劇場)ライブビューイング、グノー作曲の「ロメオとジュリエット」をみた。後半はとりわけドラマティックに、そしてロマンティックに盛り上がって圧巻だった。

 なにしろジュリエットを歌うディアナ・ダムラウとロメオのヴィットーリオ・グリゴーロが圧倒的。ダムラウの機敏な動きは、幕間に語られていた、まさしく14歳の少女に見える。まっすぐで活動的で多感な女の子。強靭な美声はすさまじい。なるほど、このような強い声のジュリエットもとても説得力がある。私はこの人の実演は、日本公演の「ルチア」しか見ていないが、あの時も驚いたが、改めて驚嘆。グリゴーロも熱血で後先を忘れる少年に見える。もちろんダムラウに引けを取らないしっかりと伸びる声。ロメオに見える。

 指揮はジャナンドレア・ノセダ。第5幕はワーグナー的ともいえる噎せ返るような官能とドラマティックな盛り上がりを聞かせてくれた。しばらく魂がしびれた。

 バートレット・シャーによる演出もとてもおもしろかった。オペラの「芝居」とは思えない。グリゴーロを含めて、すべての登場人物の剣さばきがオペラの中のものとは思えないリアリティ。群衆の動き、人物造形などに目が行き届いている。ただ、オペラ演出家ではなく、演劇の演出家ということで、音楽に対する踏み込みは感じられなかった。そして、マキューシオや小姓ステファーノなどのモンタギュー家とキャピュレット家の人々の配役について容姿と演技力を重視したのか、音楽的にはMETにしては少々物足りなさを感じた。

 このところ忙しくて、しばらくMETライブビューイングをみに行く時間が取れなかった。久しぶりに見ると、やはり素晴らしい。世界最高の図抜けた歌手たちが、豪華でわかりやすくてドラマティックな演出によって最高の歌唱を聞かせてくれる。これを毎回続けるのはMET以外にないだろう。

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全埼玉私立幼稚園連合会で講演。祖父を思い出した

 2017222日、(公社)全埼玉私立幼稚園連合会の結成30周年記念式典に出席。そこで記念講演を行った。タイトルは「知的な子どもに育てる会話術」。知的な子どもに育てるといっても、学力をつけるというよりも、コミュニケーション力をつけ、自主性をつけ、自己肯定感をつけるために、親や先生はどう子どもに話しかければよいのかについて、私のこれまでの作文教育、小論文教育、話し方についての研究の中から得られた事柄をお話しした。とても気持ちよく話ができた。聞いてくださったのは、埼玉県はもちろん、日本中のあちこちからいらした私立幼稚園の園長、理事長をなさっている人たちだった。あとで多くの方からとても好意的な感想をいただいた。

 実は、埼玉県のNPO法人オペラ彩の理事長である和田タカ子さんを通して講演を依頼され、気軽に引き受けて、浦和ロイヤルパインズホテルを訪れたのだった。ホテルについてビックリ。予想もしなかったほどの盛大な会だった。講演後、祝賀会に出席したが、出席した人数は400名。私と同じテーブルに埼玉県の上田知事、さいたま市の清水市長、宮崎県議会議長がおられた。清水市長とは少しだけお話しできたが、ほかの方は食事のあとすぐに堆積されたので話はできなかった。少々残念。

 私は幼稚園の状況についても、埼玉県についても何も知らず、ただ講演をしただけ。だが、集まられた全国の幼稚園関係の方々の話を聞いて、現状の一端を知ることができ、とても有益だった。そして、幼児教育にかかわる方々の真摯な思いに触れ、とても頼もしく思ったのだった。

 それにしても、この連合会の会長を26年間勤められた前会長の平原隆秀先生の人間としてのスケールの大きさに圧倒された。やさしく、包容力があり、特に多くを語らない方だが人を束ねる力がじわじわと伝わる。これほど多くの人が集まり、口々に平原先生への親しみと尊敬を語られる。祝賀会の後、夜遅くまでホテルの19階の個室で20人ほどが集まって二次会を行ったが、私だけ埼玉県にも幼稚園にも部外者だったのに平原先生の横にいるだけで満たされる思いがした。充実した素晴らしい時間を過ごすことができた。

 そうだ。今、気づいた。私は母方の祖父を思い出していたのだ。生涯にわたって、嘘らしい嘘は一度もつかず、善良にやさしく生きて90歳を超して亡くなった祖父。45歳で公職追放にあって郵便局長を辞め、その後、45年以上を大分県日田市大鶴という山林地域で晴耕雨読の毎日を過ごし、静かに仏教の心を語っていた。祖父はひたすらやさしいだけで、人を動かす力はなく、むしろ人に動かされるだけだったが、あの祖父のやさしさを平原先生に感じた。小柄で坊主頭のところも平原先生は祖父にそっくりだった。

 これまで幼児教育についてほとんど考えたことがなかった。が、きわめて大事なことだと気づかされた。

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エルデーディ弦楽四重奏団のブラームスとベートーヴェンは私の好みからかけ離れていた

 2017219日、第一生命ホール でエルデーディ弦楽四重奏団コンサートを聴いた。曲目はブラームスの弦楽四重奏曲第2番、後半にベートーヴェンの弦楽四重奏曲第13 「大フーガ付」。かなり前のことになるが、桐山建志さんのヴァイオリンをきいてとても感銘を受けた記憶がある。今回、桐山さんがヴィオラ・パートを務めるエルデーディ弦楽四重奏団が「大フーガ」を演奏するとあって、楽しみにして足を運んだ。

 だが、残念ながら、私には最も受け入れがたいタイプのブラームスとベートーヴェンだった。ブラームスが始まった時、あまりに緊張感がないので、意図的にそのようにして、徐々に盛り上げようとしているのかと思っていたら、ますます緊張感がなくなっていった。私にはただ合わせただけに聞こえる。きれいに合ってはいるが、それ以上のものを少なくとも私は感じない。もし、今日初めてブラームスの室内楽を聴いた人がいたとしたら、ブラームスは何と退屈なんだと思ったに違いない。私は大いに退屈した。

 ベートーヴェンはブラームスよりもよかったが、13番の弦楽四重奏曲がこれでは、ちょっと辛い。覇気のない、予定調和的なベートーヴェン。大フーガが普通の音楽に聞こえる。あえて牙をなくし、やさしく穏やかにしているのだろうか。あるいはほかに何らかの意図があるのだろうか。私には理解できなかった。何も起こることなく、起伏もなく、もちろんベートーヴェンの晩年の境地といえるようなものを感じることもなく、終わってしまった。

 それにしても、昨日に続いて今日も客が少ない。

 2日連続で、私の好みからかけ離れた音楽を聴いてしまった。

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鈴木雅明+シティフィルのベートーヴェンとバルトークは、よくわからないまま終わってしまった

 2017218日、東京オペラシティコンサートホールで、東京シティフィルの定期演奏会を聴いた。指揮は鈴木雅明。曲目はウェーベルンの「パッサカリア」作品1とベートーヴェンの交響曲第4番、後半にバルトークの「管弦楽のための協奏曲」。

 鈴木雅明の指揮はこれまでバッハ・コレギウム・ジャパンによるバロック音楽しか聴いたことがなかった。先日、鈴木指揮のベートーヴェンの「ミサ・ソレムニス」のコンサートに行きたいと思っていたが、日程が合わなかった。今回、私の大好きなベートーヴェンの第4番がプログラムに含まれているし、以前、飯守泰次郎指揮のブルックナーやワーグナーの演奏で何度も感動させてもらったシティフィルなので、楽しみにして足を運んだ

 ウェーベルンはとてもおもしろかった。ロマンティックな演奏であることに驚いた。短い主題が変奏されていく手際が見事だと思った。

だが、その後のベートーヴェンに関しては、残念ながら私には鈴木さんが何をしたいのかよくわからなかった。バッハ演奏ではあれほどビシッと決まるリズムが、ベートーヴェンになると少し不安定に私には聞こえる。曲想の変化もオケが十分についていっていないように感じる。とりわけ第三楽章以降はバタバタしているように思えた。私の好きな第4番の醍醐味を味わうことができなかった。

 バルトークについても、私にはそれぞれの楽章の意図が読み取れなかった。曲想をどのように性格づけるかもう少し明確にしてくれないと、私のようなバルトークを特に贔屓にしているわけではない人間としては途方に暮れてしまう。結局、よくわからないまま終わってしまった感がある。

 今日の感想としては、大変残念ながら、鈴木雅明指揮ベートーヴェンとバルトークはバッハほど素晴らしくなかった・・・ということになる。

 それにしても、客の入りが悪かった。魅力的なプログラムだと思ったのだが、そう思う人は多くはないのだろうか。

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エジプトで感じたこと まとめ

 25日というごく短い期間の旅行でしかなかったので、エジプトを知ったうちには入らないが、ともあれ、旅行中に感じたことを記す。

 

 空港はもちろん、ホテル、博物館、観光施設などほとんどのところで荷物検査を受けた。私の泊まっているホテルでは犬を連れた警備員が車の周りを回って確認が取れてから中に入れた。多分、爆薬検知犬なのだろう。ただ、だから安心・・・といえるかどうか。それほどきちんと機能しているようには見えない。顔見知りは検査を受けないで入っているようだ。私が参加したツアーでは、スタッフが空港の入国検査の前で私を待ち構えてくれてあれこれと便宜を図ってくれ、とてもありがたかったが、その人は空港職員ではなく、きっと業者の人間。セキュリティチェックはすべてフリーパスだった。そんな人がたくさんいるようだった。

 

 ホテルはもちろんレストランでも米ドルでの支払いが求められた。もちろん、私はちょっと高額なツアーに参加し、それなりに一流のところで飲食したのだろうが、それにしてもふつうにドルが通用しているのにびっくり。ピラミッドの前に絵葉書やガイドブックや石で作ったピラミッドの置物を売る店や人がいるが、そこでも、「全部で一ドル」と話しかけてくる。

 1万円を入国の際にエジプト・ポンドに両替していた。ほとんどがツアー料金に含まれていたので、かなり余った。そこで、帰りのカイロ空港でエジプト・ポンドをできれば円に、無理なら米ドルに両替するつもりでいた。両替所が見つからないのでインフォメーションの男性に聞いてみたら、「ここにはバンクはない」という返事。国際空港に両替できるところがないはずがない、そもそも入国するときポンドに替えたのだからと思って食い下がっていたら、その係官は英語のたどたどしい私をバカにしたように呆れた様子で「ユー・ドント・アンダスタンド・ミー?」といった。空港などあるわけがないとでも言いたげ。その後も探してみたが、やはり両替できそうなところはなかった。

 結局、カタールの空港で両替した。

 

 最後の日には多くの日本人客に出会った。私の泊まるホテルでも、日本語があちこちで聴かれた。昼間いったレストランでも日本人の団体が二ついた。グループの多くが高齢者。それに対して、中国人客はもっとずっと若い。小学生、中学生に見える中国人客もいた。西洋人は数人できている客が多い。全体的には中国人の数が圧倒的だろう。

 

 エジプトの経済はかなり深刻そう。エジプト革命の後、政治的にも混乱し、経済的にもうまくいっていないと伝えられているが、それは十分に感じられた。

 もちろん、行くところに行けば繁栄は見られたのだろうが、ピラミッドが観光の中心なので、どうしても経済的に恵まれていない地区を回ることになる。だからこそ、真実が見えてくるともいえるだろう。寂れた町、活気のない店が目に入った。

 女性はふつうに働いている。働かなければ生活できないというが、女性の労働が制限されている様子はなく、男女はほとんど平等に口をきいているのがよくわかる。

 ガイドさんによると、公務員は12時までの仕事だという。多くの人を雇用としているが、給料が安いために、公務員の多くがアルバイトをしているという。まあ、言ってみればワークシェアリングを実施しているということだろう。

 拡声器によるコーランの声がしばしば聞こえたが、特にお祈りをしているところは見られなかった。エジプト人はそれほど信仰心は強くないようだ。アルコールも手に入るし、アルコールを飲むイスラム教徒もいるという。

 

 客が一人きりのツアーはそれなりにきつい。カイロ大学を出たというとても知的で配慮の行き届いた女性のガイドさんだったので、ガイドさんに不満はない。ただお土産物屋に連れていかれる。一人だから間が持たない。ひどい音楽を聴かされる。一人だから、ちょっと紛れてどこかで時間をつぶすことができない。数人が参加しているツアーであれば、一人くらい変な人間がいても許されるが、一人きりだとそうもいかない。もちろん、客が一人だからといって、ツアーとして計画されている場所を変えるわけにもいかないのだろう。

 当たり前のことだが、ツアーは一長一短だと思った。

 

 カタール航空を使ったので、ドーハ空港には行きと帰りのかなりの長時間滞在した。帰りはとりわけ、カイロから到着したのが23時、日本への出発が翌日の320分なので、長かった。深夜の中東の空港なので閑散としているかと思ったら、とんでもない。ずっと昼間と変わらない賑わい。飛行機も5分、10分おきくらいに出発している。飛行機もいいし、CAもみんな感じがいいし、機内食もとてもおいしかった。またカタール航空を使いたくなった。

 

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エジプトから帰った

 2017216日、エジプトより無事帰国した。

 214日の行動からざっと振り返る。

 午前9時にギザにあるホテルを出て、ツアーの車(客は私一人、ワゴン車で回る)で南に向かい、ダハシュール、サッカラ、メンフィスを観光した。道の途中の車から見える光景にまず驚いた。

 馬やロバがふつうに仕事として使われている。ギザ市内の馬やロバは観光用のようだが、もう少し田舎に行くと、これは観光用とは言えない。後ろに野菜などの荷物を引いて馬やロバが道を行きかっている。もちろん、車やバイクのほうが多いが、馬やロバの荷車も一台や二台ではない。車の運転や馬車、ロバ車を引くのはほとんどが男性だが、時にはスカーフを巻いた女性であることもある。田舎に行くと、黒ずくめの女性を見かける確率が高くなる。黒ずくめの女性が何人かで歩く姿があちこちで見られる。子どもが多いのも感じる。女性が子どもずれで歩いている。

 もう一つ感じたのは、おそろしく汚いということだ。カイロやギザの大都市も埃だらけで汚いと思っていたが、田舎がきれいというわけではない。草木も埃だらけで決して美しくないが、それ以上に、道にごみが散乱したままになっている。人通りのある道のあちこちにゴミがたまっている。そこに鳥が来てごみをつついている。

 車は幅が10メートルくらいの運河沿いに走ったが、運河の汚さにも呆れた。両岸にごみ袋やお菓子の紙やタイヤの端切れがずっと続いている。ごみの散乱が絶えることがない。運河の水も濁っており、水面に持ごみがたまっている。

 ともかく、エジプトという国は砂漠の国であって、土埃にまみれている。建物も道路も車も草木も埃だらけ。それがこの人たちの通常になっており、きれいにしようという意識がないのではないかという気がする。

 そして、その汚い町から外に出ると、これは私たちの想像を超えた砂漠の世界になる。どうも、この国は砂漠の国のごく一部に川が通っており、その周囲だけに集中して人が住み、その周囲に砂漠が広がっているということのようだ。そして、いくつかの都市の砂漠の中に数千年前のピラミッドがそびえている!

 ダハシュールにある赤いピラミッド、屈折ピラミッドをみた。赤のピラミッドには途中まで登ってみた(クフ王のピラミッドの内部に入ったときの筋肉痛のため、すぐに根を上げた!)。メンフィスではメンフィス博物館でラメネス2世の巨像をみた。サッカーラでは、イムホテプ博物館と最古のピラミッドだと言われるジョセル王のピラミッド・コンププレックスをみた。エジプトの歴史について知識がないので、ガイドさんの説明を聞いても、断片断片を理解するだけで全体がつながらない。だが、それは別として、4000年前、5000年前に発掘された実物がしっかりとした存在感で目の前に現存していることに感動する。しかも、どれも本当に美しい。

  ジョセル王のピラミッド・コンププレックスのすぐ近くにある展望ポイントに連れて行ってもらった。これはまさしく絶景。遠くに町が見えるが八方が砂漠。青空の下にずっと砂が広がっている。そして、そのあちこちにピラミッドが見える。遠くにはギザの町が見え、クフ王のピラミッド、カフラー王のピラミッドも小さく見える。

 その後、昼食をとって空港へ。経由地ドーハで4時間ほどをすごし、成田に1519時にもどった。ビジネスクラスを使ったので、疲労はそれほどない。ただ、筋肉痛にはまだ悩まされている。

 旅の中で気づいたことについては、明日、また少し書こう。

 

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カイロ・ギザの2日目

 まず、昨日書いたことをいくつか訂正する。大きな勘違いがいくつかあった。

 重大なカン違い、その1。私がいるのは何とカイロではなかった! カイロ市の中のギザ地区にいるのだとばかり思って、昨日のブログのタイトルを「今、カイロにいる」としたが、ギザは別の市だという。私はカイロにいるのではなくギザにいる!

 重大なカン違い、その2。昨日、街の中に突然ピラミッドが現れたように書いたが、気をつけていればギザのあちこちからピラミッドは見える。昨日は気づかなかったが、なんと、ホテルの私の部屋のベランダに出ると、真正面にピラミッドが見える。街の道からも、高い建物がないところに行くと見える。

 ちょっとしたカン違いについても修正する。昨日、「車線などお構いなし」と書いたが、カイロやギザの道には、車線は基本的にない。そもそも白線が引かれていない。

日本だと3車線程度の広さの道が4車線になったり、時に5車線、6車線になったりする。そして、警笛を鳴らしながら、先を争って進む。車線がそもそもないのだから、割りこんでいるわけでもない。

しかも、こちらの道にはほとんど信号がない! よくぞ信号なしに車が動いていると感心する。交差点ごとに大混乱になっているが、ともあれ不思議なことに車はそこそこ先に進んでいる。いや、交差点もあまりない。むしろ合流地点といった作りになっている。まっすぐ方向に行きたい時も、とりあえず右か左にいって、中央分離帯の切れ目のようなところでUターンしてもとにところに戻って、今度また左か右に曲がるというシステムのようだ。

信号がないので、歩行者は車が走っている間を縫ってわたることになる。大渋滞で車はスピードを出していないので、まあそれなりには無理なく渡れる。それにしても、みんなものすごい運転技術。私だったら、乗り始めて30分くらいで運転をあきらめるか、事故を起こすかだろう。

車はほとんどすべてが埃だらけで汚れている。ポンコツ同然の車も多い。韓国車が多い。ヒュンダイとKIAが目立つ。 

 

今は、2917214日の早朝。昨日同様、早く目を覚ましたので、昨日の行動を書きつける。

 昨日、つまり2017213日。朝の9時から、ガイドさんに連れられて、ギザのピラミッド群を見に行った。

まずは代表的なクフ王のピラミッド。近くで見るピラミッドは凄い。その存在感たるや、まさしく圧倒的。下からみると、言葉をなくす。ピラミッドについてこれまでテレビなどで聞いて多少は知っている(もちろん、きちんと理解しているわけではない)が、そのようなものを超えて、ともあれ人間の歴史の重み、人間の文明の存在感を覚える。石そのもの、大きさそのものに打ちひしがれる。

小さな穴があって、そこから中に入れるようになっている。ともあれ一人で入ってみた。

中に入っても何もあるわけではない。木の階段が作られており、それに沿って登っていって、狭い石室に入れるようになっている。中国人などの観光客に続いて歩いた。たいした距離ではないが、急こう配で、足元が悪かったり、中腰になって歩かなければ頭のつかえるところなどがあるため、息が切れ、足に負担がかかる。帰りは降りる形になるので、いっそうつらかった。

実は一晩寝た今、私の足のあちこちが筋肉痛を起こしている。ピラミッドから出てきた時には、足が自分のものではないかのようで、立っていられないほどだった。しばらく休めば回復するかと思っていたが、ピラミッドから出てからも、歩くのがきつかった。車に乗るのにも、足が上がらないほど。2、3度、車に乗ろうとして後期高齢者のようによろけた。夜までそんな調子だった。ただ、その割には、今朝起きてみたら、かなり回復している。

その後、車で展望所にいった。クフ王のピラミッド、カフラー王のピラミッド、女王のピラミッドの三つがきれいに見える場所だ。砂漠の中に三つのピラミッドが並び、その向こうにギザの都市が広がっている。ギザの都市のすぐ横にこれほどの砂漠が広がっていることにも驚く。その後、スフィンクスのもとに訪れた。ピラミッドに比べればかなり小さいが、かなりの存在感ではある。

それにしても、クフ王のピラミッドといい展望所といいスフィンクスといい、観光客の半分くらいが中国人といえるのではないか。大きな声でしゃべってるせいかもしれないが、すさまじい存在感。日本人らしい観光客にはめったに会わない。少し前までは、アジア人観光客のほとんどは日本人だったのだろうが、今や様変わり。昔、海外に行くと、土産物の売り子や入国の係官などに「コンニチワ」と声をかけられたが、今は「ニーハオ」と声をかけられる。あ、もしかしたら、私は日本人というよりも中国人に見えるのかもしれないか・・・。

その後、一休みして、エジプト考古学博物館見学。私は本来博物館好きではないのだが、ここは圧倒されるものばかり。5000年前のエジプト人の日用品、ピラミッドから発掘されたもの、ツタンカーメンの遺品、王たちのミイラ。それらがたった今作られたかのような姿で展示されている。しかも、王たちの装備品の装飾の美しさには目を見張る。たった一つだけ所蔵していても世界の自慢になるようなものが数百、数千と展示されている。目を見張るものばかりだった。

 ホテルで一休みして、足の疲れは癒えないまま、これもガイドさんに伴われてナイル川ディナークルーズに出かけた。バイキング形式の食事をとりながら、ベリーダンスが見られるというので楽しみにしていた。客は30人程度か。テーブルについて小さな隙間に作られた空間で音楽や踊りが披露されることになっていた。

 ベリーダンスは悪くなかった。若くて豊満な女性が踊り、とても魅力的ではあった。ただ、ガイドさんによるとウクライナの女性であって、エジプト女性ではないとのこと。

ひどかったのは音楽だ。ダンスの前に一時間ほど、前座というのか、男女の歌手が出て日本でも聞き覚えのあるアメリカのポピュラーソングや、エジプトで流行している歌などを歌ったのだが、アンプですさまじい音響にしてのカラオケだった。もちろん声もずっと口をマイクに近づけて最大限の音量。次に別の人たちが演奏に加わってベリーダンスが始まったので、期待したが、これまた大音響の歌付き。

 ヴォリュームを半分か三分の一にすれば私でも我慢できると思うが、耳をつんざく音がずっと続くので我慢できない。大人げないかもしれないが、私の我慢の限界を超えたうるささなので、私は2時間ほどのクルーズのうち、1時間45分くらいは席を離れてデッキに行ったり、通路にいたりした。「沈黙と音の間」を聴きとるのが音楽だと思っている私には、このタイプの演奏は我慢ならない。ナイル川の川岸はネオンがあり、建物が並んでいた。夜は殺風景な建物が闇に包まれるので、美しく見える。満月に近い月がずっと見えていた。

 ベリーダンスの踊り子さんは客の周りを回って客と写真を撮っていたが、もちろん私は席からすぐに離れたので、写真を撮ってもらうことはなかった。

 ナイトクルーズは最悪だった(食事もおいしくなかったし、食後に別料金で注文したコーヒーは間違いなくインスタントだった!)が、ともあれ、私にとって昨日はギザのピラミッドを見て、考古学博物館をみた素晴らしい一日ではあった。

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カイロに来ている  カイロ旅行初日

 2017211日の夜中に成田を出発して、カタール航空にてドーハ経由で、212日正午少し過ぎにカイロに到着。もちろん、純然たる観光。正月にもこのブログに書いたが、3月に定年退職する私としては、これからできるだけ世界中を一人旅したいと思っている。かなり前から一度ピラミッドを見たいと思っていた。高齢の母がいるので、5日以上自宅を留守にするのは自粛している。よって、大学での仕事の合間を縫って、旅行会社による弾丸ツアーを選択した。なんと25日。つまりホテルに泊まるのは2日だけ。エコノミークラスではさすがにつらいので奮発してビジネスクラスにした。おかげで、ドーハからカイロまでは、ビジネスクラスがないために生まれて初めてファーストクラスを体験。ただ実質的にビジネスクラスと大差なかった。ちょっと残念。

 カタール航空の飛行機、機内サービスはとても良かった。新作映画「ドクター・ストレンジ」を見た後すぐ寝た。よく眠れた。

ドーハ空港は真新しい国際的な空港だった。シャルル・ド・ゴール空港よりももっと現代的。4時間くらい待ち時間があったが、そこはビジネスクラス・ツアーの特権で、ゆったりしたラウンジでくつろげた。WiFiも整備されておりなかなか快適。ただ、日本からかなり深刻な私の企画している活動にかかわるメッセージが入って、ずっとそのやり取りをしていた。おかげで退屈しなくてすんだとはいえるが。

 窓から外を見たが、カタールもエジプトもまさしく砂漠の国だ。砂漠の中に都市がある。都市全体が砂というか泥というか、赤茶けた色でおおわれており、都市の外には砂漠の世界が広がっている。緑が広がるアジアと大違いだ。ドーハからカイロまでは4時間くらいかかった。

 

 カイロ空港はドーハとは対照的に、少々古めかしい。WiFi設備もない。わいわいがやがや長い行列を作って・・・という昔ながらの入国審査。出口には、観光ガイドや怪しげなタクシーの客引きが客に声をかけるという途上国でよく見かける光景。

 ツアーとはいえ、今の時期のビジネスクラスのツアーとあって、客は私だけ。男性の運転手と女性のガイドさんの二人につきっきりでワゴン車に乗って一人だけで観光。ありがたいとはいえ、少々気づまり。

 

 空港についた直後から観光開始。25日なのだから、なかなか忙しい。まずはオールドカイロに向かった。

途上国特有の、車線などお構いなしの、これで事故がないのが奇跡としか思えないような曲芸的運転によって大渋滞の中を進む。安っぽいレンガ造りの殺風景ビルが並ぶ。すべてが赤茶色。すべてがほこりっぽい。工事中の建物が多いが、ガイドさんによると外側は汚いが、中はキレイにしており、金がたまったら、建て増していくのだという。マンションについても、お金がたまったらだんだんと上に継ぎ足して、階を重ねていく工法なのだという。イスラムの女性は身体を覆っているが、下着などはおしゃれしているし、自分の家の中ではかなりモダンな格好をしていると聞いていたが、部屋についても同じ感覚なのかもしれない。地震はほとんどないという。

女性の多くがスカーフをしている。時々目だけ出した黒ずくめの女性がいるが、それぞれの信仰心や判断によるという。スカーフをしていないイスラム女性、酒を飲むイスラム教徒も少なからずいるようだ。だからといってガイドさんは特に非難している様子はない。

 墓場に人が住み着いたという死者の町を横に見て、いくつかのモスクや聖家族(要するに、イエス。キリストとその両親)が一時期滞在したという場所にある聖セルギリウス教会を見た。キリスト教施設なのに、イスラム教徒がおおぜい観光に来ている。ある意味で当然の光景だと思うが、宗教対立の多い現在、少しホッとした。

エジプト最古のモスクだというアムル・モスクで宗教家らしい二人に声をかけられた。英語でイスラム教に関心があるか、何を知っているか、神を信じるかなどについて尋ねられ、猛烈に下手な英語で答えた。簡単に言うと、「私は仏教徒である。神は信じない。しかし、イスラム教徒は尊敬している。昔、日本語訳のコーランも読んだことがあるし、ハンパテ・バーの本を読んでイスラム教の素晴らしさも知っている」というようなことを語って、乏しい知識と下手な英語で仏教の説明をした。残念ながら、二人はバーの名前を知らなかった。フランス語圏のマリの作家はエジプトでは知られていないのだろう。

 お土産物屋(パピルスで作った絵画など)に連れていかれた後にホテルに入って一休み。ギザ地区のピラミッドの近くにあるホテル。プールがあり、いくつものバンガローがあってなかなかのホテル。部屋もきれいで設備も充実している。久しぶりにこういう格式高いホテルに泊まった!

 夕方から、ピラミッドでの音と光のショーに行った。

 まず、人が大勢いて、渋滞が続き、ガサガサしているように見える大都市の一角にあの有名なスフィンクスとギザのピラミッド群が現れたことにびっくり。ギザのピラミッドは都市部にあるという話は聞いていたが、それにしても、鎌倉の一角に突然長谷寺の大仏が現れるかのようにピラミッドが現れるとは思っていなかった。

ショーというのは、このピラミッドの前に千人以上?が入る野外席が設けられており、大音響で音楽をかけ、芝居がかった大声での英語による劇やナレーションが入り、ピラミッドに映像を重ねて、ピラミッドの歴史などをドラマ風に再現するもの。これはひどかった。客はかなりまばらだったが、それでも200人くらいはいたかもしれない。ピラミッドをこのようにショー化すると、むしろそれ自体の存在感が薄れる。ピラミッドともあろうものが、ショーのための書き割のようになってしまっている。

 日本語版の音声ガイドを耳に着けたが、その日本語と大音響の英語が重なってよく聴きとれない。そして、1950年代、60年代のハリウッド映画(「十戒」「ベン・ハー」など)を思わせるような大掛かりな音楽が安っぽいし、スピーカーで大音響にしているために音が割れている。音楽好きの人間には拷問に等しい。しかも、寒い。カイロは熱帯ではない! 今の時期は最高気温は20度くらい、最低気温は10度以下になる。この時は、たぶん間違いなく10度以下。毛布を借りてくるまっていたが、それでも寒かった。次回、カイロに来ることがあっても、このショーには二度と足を運ばないだろう。

 ホテルに戻って、ホテル内のレストランで夕食。バイキング形式で、何種類かを選んで食べたが、今のところおいしいものに出会っていない。

 夜、疲れていたのですぐに寝て、13日の朝の4時半ころに目を覚ました。日本時間で言えば、昼の12時半に当たるので、旅行2日目としては致し方ないところだろう。

 客が一人だけのツアーというのは、それはそれありがたいが、お土産物屋が困る。この種のツアーにはしばらく参加しなかったので、お土産物屋のことは忘れていた。集団でいれば誰か買う人がいるので、私はじっと時間が終わるのを待っていればよいが、一人だとそうはいかない。「お土産を買う気はありませんからね」とガイドさんにはいっておいたが、さてどうなるか。今日はショー化されたピラミッドではなく、本当のピラミッド巡りからスタートする。

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「パリの生活」「美しきエレーヌ」「マノン」「イギリス女王エリザベス」の映像

 この数週間で見たオペラ映像の感想を書く。

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オッフェンバック 「パリの生活」200712-20081月、リヨン歌劇場

 実に楽しい映像。オッフェンバックの愉快で明るい音楽が次々と続く。セバスティアン・ルーラン指揮による演奏もとても良いし、歌手たちのレベルも非常に高い。容姿の面でも演技の面でも、そして衣装や背景の色彩面でも最高度に楽しめる。そして、なによりもローラン・ペリーの演出が驚異的。たくさんのダンサーが登場し、音楽に合わせて様々な動きがなされる。おしゃれでセンスがよく、最初から最後までにやにやしたくなり、時に吹き出したくなる。オペラの演出という枠を超えて、驚異のパフォーマンスというしかない。しかも、オッフェンバックにぴったり。明るくて軽くて楽しい。

 これぞオッフェンバックのオペレッタの楽しみ。これだから、病みつきになる。もっとオッフェンバックを上演してくれないものか。しかし、このおしゃれな感覚を出すのはとても難しいだろう。とりわけ日本人には至難の業だろう。

 

 

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オッフェンバック 「美しきエレーヌ」1997年 チューリヒ歌劇場

 ニコラウス・アーノンクールの指揮、歌うのは、エレーヌのヴェッセリーナ・カサロヴァ、パリスのデオン・ファン・デル・ヴァルト、オレストのリリアーナ・ニキテアヌなど超一流の人たち。総力を挙げてのオペレッタだ。ちょっと演奏が立派すぎる気もしないでもないが、それはそれは見事な上演。ヘルムート・ローナーの演出もわかりやすい。オッフェンバックの音楽を存分に楽しめる。

 ただ「地獄のオルフェウス」でも感じることだが、ギリシャ神話に題材をとって、そこに当時の風刺を含んだおふざけを加えた台本は、日本人には少々退屈だ。こんなに楽しい音楽なのに、もったいない。何とかできないものか。ストーリーを整理して、現代の日本人でも楽しめるように改変してもよいのではないか。そうしてもオッフェンバックを冒涜することにならないのではないか。それどころか、現代のフランス人にもそのほうが楽しめるのではないか。それを強く思わせる映像だった。

 

 

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マスネ 「マノン」 ウィーン国立歌劇場 1983

 若きグルベローヴァがマノンを歌う映像。改めてグルベローヴァの美声に驚嘆した。驚異としかいいようがない。外見も本当にチャーミング。以前、文化会館でネトレプコの歌うこの役を見て感動したが、グルベローヴァも生で見たら、きっと同じように、あるいはそれ以上に感動しただろう。ただ、グルベローヴァが歌うと、あまり悪女に見えない。ネトレプコのほうが誘惑に負けやすい美女にぴったりだった。

ほかの歌手たちには少し怪しいフランス語が混じるが、グルベローヴァはフランス語の発音も完璧。デ・グリューを歌うのはフランシスコ・アライサ。きれいな声だが、この人の癖のある歌いまわしには今聴いても違和感が残る。

 指揮はアダム・フィッシャー。ドラマティックでとてもいい。演出はジャン・ピエール・ポネル。わかりやすくて華やかで、しかも最終幕はなかなか泣かせる。

 

 

 

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マスネ 「マノン」 201410月 リエージュ、ワロン王立歌劇場

 1983年のウィーン国立歌劇場の映像以上に素晴らしい。マノンを歌うアニック・マシスはグルベローヴァに引けを取らないほどの美声と演技。フランス語の発音が実に美しい。容姿も十分にマノンに見える。デ・グリューのアレッサンドロ・リベラトーレは、時々フランス語らしからぬ発音になるが、輝かしくよく伸びる声。レスコーのピエール・ドワイエン、デ・グリュー伯爵のロジャー・ヨアキムのほか、脇役陣もそろっている。

パトリック・ダヴァンという指揮者は初めて聴いたような気がする。ドラマとして盛り上げて、とりわけ第三幕以降は圧巻。ステーファノ・マッツォニス・ディ・プララフェーラの演出もおもしろい。

 

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ロッシーニ 「イギリス女王エリザベス」2015年 サッサリ、コムナーレ劇場

 マルコ・スパダの演出。舞台の色遣いがとてもおもしろい。いかにもイタリア風。おしゃれでモダン。男はスーツを着てネクタイを締めている。現代の服装。ただ、演奏としてはあまりレベルが高いとは言いがたい。

「マリアリーザ・デ・カロリス」コンサート協会管弦楽団の演奏ということだが、これがどんな団体なのか私は知らない。少々貧弱な音。フェデリコ・フェッリの指揮も心もとない。歌手たちもまずまずといったところ。もしかしたら、容姿重視のキャスティングなのかもしれない。シルヴィア・ダッラ・ベネッタのエリザベッタ、サンドラ・パストラーナのマティルデ、ダヴィド・アレグレトのノルフォルク、いずれも健闘はしているが、感動するほどではない。そのなかで(レイチェステルを歌うアレッサンドロ・リベラトーレはとてもいい。

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シモーネ・ラムスマ 凄まじいフランクのソナタ演奏!!

201728日武蔵野スイングホールで、シモーネ・ラムスマ ヴァイオリン・リサイタルを聴いた。武蔵野文化事業団主催のコンサート。私は新宿から向かったが、人身事故ということで、超満員の中、待ち時間を入れて武蔵境まで1時間近くかかった。

ラムスマはかなり若いオランダ出身の女性ヴァイオリニスト。もしかしたら20代? ピアノ伴奏は三浦友理枝。曲目は、前半にシューベルトのソナチネニ長調とメンデルスゾーンのヴァイオリン・ソナタ ヘ長調。後半にフランクのヴァイオリン・ソナタとラヴェルの「ツィガーヌ」。

 シューベルトは準備体操という感じ。メンデルスゾーンであっと思った。鮮烈な音。スケールが大きく、大きな表情を語る。メンデルスゾーンのこのソナタ、あまりリサイタルで聴くことはないが、なかなかの名曲だと思った。

 後半はまさしく圧巻。フランクのソナタが凄まじかった。私は何度か魂を震わせた。フランス的な演奏ではない。もっとおおらかでもっとスケールが大きい。大宇宙の前で弾き切るような雰囲気。音は美しく、大きく、伸びやか。第2楽章以降、ぐんぐんと盛り上がる。

「ツィガーヌ」も素晴らしい技巧と鮮烈な音。これもスケールが大きい。小さな世界に縮こまっているのではなく、大きく広がっていく感じがする。それが素晴らしい。

 ピアノも実に素晴らしかった。音が美しいだけでなく、この人も大胆でダイナミック。若くてきれいな女性なのに、表現のスケールが大きい。ラムスマの伴奏にぴったり。フランクのソナタとツィガーヌはまさしく互角に渡り合ってすごい迫力。

 アンコールはパラディスの「シシリエンヌ」とガーシュインの「ポギーとベス」より。これもなかなか。

 メンデルスゾーンのソナタの第一楽章の終わりでラムスマが演奏を中断し、客席からのイヤホンステレオの音漏れを注意した。私も変な音が混じっているのには気づいていた。それでいちおう雑音はなくなったようだが、このようなマナー違反は実に残念。しかも、フランクの名演奏の最中も、私のすぐ後ろで、買い物袋を膝の上においてずっとカサカサ音を立てている人がいた。演奏中ずっとガムを噛んでいる人、手を盛んに動かす人もすぐ近くにいて閉口した。武蔵野文化事業団のコンサートは特にマナーが悪いというわけではないと思うが、今日は少々気になった。

 とはいえ、これほど演奏が素晴らしいと、そのような雑音など気にならなくなる。ただ、会場が狭いせいか、凄まじい演奏のわりには拍手喝采はおとなしめだったように思う。もっと熱狂的になるのかと思っていた。

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