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映画「FAKE (フェイク)」のこと、佐村河内守、新垣隆、森達也のこと

 

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 2月締め切りの原稿を終えて、少しだけ時間的な余裕ができた。

 私は佐村河内守氏のいわゆるゴーストライター騒動にかなり関心を持っていた。森達也監督が佐村河内氏を取材したドキュメンタリー映画を作ったというのでとても楽しみにしてDVDをみた。とてもおもしろかった。

 様々な捉え方があるだろうが、私はこの映画の中の佐村河内氏をまったく信じない。佐村河内氏は、自分は音楽を愛しており、あの有名になった交響曲第1HIROSHIMAなどは新垣さんとの共作であって、半分は自分が作っていると主張する。また、本当に耳が不自由であって、ほとんど聞こえないのだという。

だが、本当に聞こえないのなら、あのような自然な話し方ができるはずがない。耳がほとんど聞こえない人であれば、あのような行動をとるはずがない。映画の中に本当に聞こえない人が出てくるが、話し方が佐村河内氏とまったく異なる。

それなのに、自分の奥さんに対しても、耳が聞こえないふりを続ける。奥さんもおそらく本当のことを知っている(あるいは感づいている)はずなのに、夫を信じるふりをして、いちいち手話を交え、ほかの人の話しを佐村河内氏に向かって通訳のように繰り返す。そして、風評の被害者として苦しむ姿を訴える。ほとんど茶番。そして、森監督もまた佐村河内氏を信じているふりをする。そうしなければ、取材させてもらえないだろうから当然だ。

これは、耳の聞こえない音楽家のふりを続ける佐村河内氏と、それを信じるふりをする奥さんと森監督の三者のフェイク(見せかけ。ふり)の映画だ。森監督のしたたかさに脱帽。最後の最後、森監督が佐村河内氏に向かって、「僕に今、嘘をついたり隠したりしていることはないですか」とたずねる。そこに森監督の真意が現れる。だが、それもまたフェイクかもしれない。その二重性、三重性がおもしろい。

 映画の後半に出てくる外国人のインタビュアーの突っ込みが本質を突いている。彼らは、本当に過去の曲に深く関与したのならこの場で新垣さんに指示したというメロディを鍵盤で弾いてみてくれと佐村河内氏に依頼する。森監督からも、「本当に音楽にあふれているのなら作曲をするはずなのに、取材中そのような様子がないではないか」と指摘される。そこで思い立ったのだろう、佐村河内氏は最後になって、シンセサイザーを購入して自分の曲を作って披露する。おそらく、現在のシンセサイザーは驚くほど高性能なのだろう。佐村河内氏はそれを使いこなすだけの技術は持っているのだろう。それなりの音楽にはなっている。

が、かつて佐村河内作曲として実際には新垣さんが作曲していた曲、そして、昨年、新垣さんが発表した新曲、交響曲「連祷」やピアノ協奏曲「新生」とあまりにレベルが違う。まさしく素人の慰みレベル。なんだ、佐村河内が示していたとされる音楽の設計図では、このようなつまらない曲しかできないではないか!と私は思った。これでは、むしろ、かつてのゴースト曲に佐村河内氏の関与がいかに少ないかを示している。この曲で佐村河内氏は馬脚をあらわにしたと私は思う。

DVDの解説に様々な人のコメントが寄せられている。その中に、佐村河内氏の純粋さ、音楽性を信じたと思われるコメントがいくつもある。その人たちはきっとこの佐村河内作曲とされるシンセサイザーの曲をいかさまのひどい曲だと感じなかったのだろう。その人たちは、佐村河内氏と奥さんの行動を美しいと感じたのだろう。

この映画は、見ている人をまさしく「信じる人・信じない人」に分ける。「根は善人であるが何よりも辛辣な観察者である」と自認している私は、もちろん「信じない人」の側にいる。そのような意味でも大変おもしろかった。

 

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 ついでに、CDの感想も加える。

新垣隆作曲の交響曲「連祷」とピアノ協奏曲「新生」。新垣さん自身の指揮とピアノ、東京室内管弦楽団の演奏。素晴らしいと思った。HIROSHIMAも悪くないと思ったが、こちらの2曲のほうがずっといい。何よりも、とてつもない技術に驚く。バッハ以来の音楽技法の様々をうまく取り入れ、見事に使いこなす。まさしく天才。しかも、汚名を晴らしたいというのか、新たに生きたいというのか、真摯な思いが伝わる。

新垣さんにとって、佐村河内のゴーストをしたことは間違いなく成長につながったのだと思う。まさしく「佐村河内」のふりをし、ベートーヴェンよりももっと苦悩する人間のふりをして作曲した経験が、新垣さんに交響曲とは本来何か、協奏曲とは本来何かを教えたのだと思う。世界の中の小さな自分を意識していたら交響曲も協奏曲も書けない。宇宙を担っているふりをし、神のような存在になり替わった意識を持ってこそ、そのような曲が書ける。新垣さんはゴーストをすることでそれを身に着けた。そして、おそらくその後の騒動における体験、テレビでちやほやされての体験も間違いなくプラスになっている。

新垣さんが、現代の素人も感動できる交響曲・協奏曲を次々と作曲してくれるのを願っている。

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コメント

自分はこの作品映画館でみました。いちばん印象に残ったのは、佐村河内家の猫がかわいいということ。

正直自分はこの映画のどこまでが真実でどこまでがフェイクなのかは分かりませんでしたが、マスコミの新垣さんへの異常なまでのヨイショに対する嫌悪感と、佐村河内さんの巻き込まれた人たちへの謝罪がまるで無かったという部分にはかなり憤りを感じました。

自分はこの映画をみてて、「またあなたは佐村河内氏に騙されますか?」とでも言ってるような感じもして、最後の監督の問いかけのシーンで思わず笑ってしまいました。

自分は当事者でも被害者でもないので、見世物として面白い映画というかんじくらいでみていましたが、ただ見世物としても「シン・ゴシラ」や「この世界の片隅に」に比べるとかなり主人公が薄い感じで、そういう食い足りなさはありました。

それくらいの映画というふうにしか感じませんでしたし、二回観に行こうという気も起きなかったです。

投稿: かきのたね | 2017年3月 5日 (日) 02時18分

かきのたね 様
コメント、ありがとうございます。
私は、どこまでが真実でどこまでがフェイクなのか、もう一度整理したくてDVDを二度みました(二度目はとばしとばしですが)。ある種の「だまし絵」だと思います。その意味で、私はとてもおもしろいと思ったのでした。「シン・ゴジラ」「この世界の片隅に」は皆さん良いといっていますね。DVDが発売になったらみたいと思っています。

投稿: 樋口裕一 | 2017年3月 7日 (火) 18時57分

樋口先生こんにちわ、東進に通ってるもので慶應法・経済・商(志望順)志望で現在はハイレベル小論文基本編を取っています、これを終了したあとは慶大対策小論文を受講し最終的には記述答案練習へ進みたいと考えおります。ここでは一つお聞きしたいことが御座います。ハイレベル小論文のテキストに推薦書籍が記されておりますがそれら全てを読むことが出来ないので志望校のことを踏まえて特に読んで欲しい書籍を教えていただきのです。また現時点では慶大対策小論文、記述答案練習講座でどの書籍をお勧めなさるかが分からないので出来ればそれらと繋がりを持てるように(同じシリーズ)教えて頂けたらありがたいです
よろしくお願いします

投稿: 遇 春陽 | 2017年3月 9日 (木) 14時28分

遇 春陽 様
連絡ありがとう。
まずは、樋口陽一『個人と国家』(集英社新書)を読んでみてください。なお、東進ハイスクールを通して質問してください。4月以降は、今より質問に答えやすい状況になると思います。

投稿: 樋口裕一 | 2017年3月11日 (土) 12時48分

ご返事ありがとうございます。つまりこの場を借りて樋口先生に直接に質問するのはNGってことでしょうか?

投稿: 遇春陽 | 2017年4月 1日 (土) 19時53分

遇春陽 様
ブログは公開されていますので、この場を使うと、君の情報も私の答えも外に漏れてしまいます。大学入試の勉強に関する個人の事柄が外に漏れることは、できる限り避ける必要があります。だからといって、お互いのアドレスなどを交換することもできません。率直に質問をして、それに的確に答えるには、東進ハイスクールを使ってくれるのがもっともよいと思います。

投稿: 樋口裕一 | 2017年4月 3日 (月) 01時12分

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