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スマホの不思議な現象 そして古本のこと

 昨日の午前中から、スマホの不思議な現象に戸惑っている。

 昨日の11時30分過ぎ。それまで60分、私は肩こり・腰痛のためのマッサージを受けていた。その後、歩いて仕事場に向かった。マッサージを受けていた間も、その後も、誤操作の可能性はまったくない。

ところが、スマホを確認してみると、LINEに「フォローありがとうございます」という文面とともに、「毎日新聞」と「ラインニュース」が入っている。私はこれらのニュースに登録した覚えも、フォローした覚えもない。ま、無料だからいいようなものだが。

それで済んでいればよかった。すぐに娘から電話がかかってきた。「何度も電話くれたみたいだけど、何があった?」と焦った様子の電話だ。だが、私は電話を掛けた覚えはない。スマホを確認してみると、確かにスマホには、娘に立て続けに11時33分から34分の間に5回発信した記録が残っている。それどころか、別の人物にも発信している。どうも発信履歴に残っている二人にスマホが勝手に電話をかけたようだ。案の定、しばらくして、その方からも問い合わせの電話がかかってきた。

それだけでも大ごとなのだが、もう一つ驚くことがあった。スマホを確認しているうちに、もっと恐ろしいことに気付いた。何とスマホの写真フォルダの中に、まったく覚えのない写真が新たに加わっていた。木につながれた犬の写真が二枚。私が歩いていた時刻に撮影されたことになっている。もちろん、私はそんな写真は撮っていないし、スマホでそのような写真を見た覚えもない。私はスマホで写真を見る趣味はない。

整理してみる。①ラインで勝手にニュースに登録、➁スマホが勝手に電話を発信、③覚えのない写真が保存されていた。

一体、私のスマホに何が起こったんだ??

その後、仕事を終えて(仕事中もずっとスマホが気になっていた!)、帰りに自宅近くのアップルストアに寄った。アップルストアに行く途中、またスマホが勝手に電話しているのに気付いた! あわてて切った! アップルストアの方の話では、「そんなことはふつうは起こらない」とのこと。そりゃそうだろう! だが、とりあえず安心したのは、乗っ取られたとかウイルスとかではないだろうとのこと。閉店間際だったので、翌日に相談の予約を取って帰った。

そんなわけで、本日。相談をして、バックアップをとってすべて消去し初期化。とりあえず、解決した、のかな?

しかし、それにしても何が起こったのか!! ネットで調べてみたら、私を襲った3つのことのうちの一つ一つについては時に起こるようで、ネット関係の相談コーナーに相談している人がいる。が、説得力のある答えがない。私には、この3つの現象が同時に起こっている!

 

もう一つ、数か月前に私を襲ったトラブルを思い出したので、ついでにここに書く。

今年の3月、多摩大学を退職する際、研究室の本の整理に困っていた。もう絶対に読まないだろうフランス語の本を段ボール箱に9箱にまとめた。プレイヤード版という購入当時は1万円を超したものも数十冊ある。そのほかは文学研究書や小説などなど全部で400冊以上あったと思う。購入時の総額で言えば、間違いなく100万円は超えている。もしかしたら、200万円を超えているかもしれない。神田のフランス語書籍を取り扱っている古書店に電話をして、着払いで送ることにした。その時、「間違わないでくださいね。ヤマト便で送ってくださいね。送料が全然違うんです。9箱だったら、5000円くらいの差になりますからね。いいですか、ヤマト便ですよ」と念を押されていた。

 で、言われたとおりに、研究室まで取りに来てもらって、佐川急便やそのほかの業者ではなく、クロネコヤマト宅急便で送った。ところが、翌日だったか、古書店から電話がかかった。声がいら立っている。「ヤマト便で送るように言ったのに、ヤマト便で送らなかったんですね!」と強く言われた。驚いて聞き返したら、どうも「ヤマト便」と「クロネコヤマト宅急便」は同じ会社ではあるが、別の部門のようで、「ヤマト便」は引越しの荷物を運ぶ部門らしい。そんなこと、前もって説明してくれなかったではないか! 

本の査定も終わっていた。何と全部で5000円! しかも、送料の差額が5000円程度とのこと。差し引きゼロということらしい。それどころか、向こうとしては、それでは足りないと思っている様子。こちらが「じゃ、差額分、支払いましょうか」と皮肉を込めて言ったら、「まあいいですよ」と言われた・・・。

 それから数日して、研究室の残りの本と私の自宅の本をこれまた9つの段ボール箱にまとめて、今度はブックオフに売ることにした。500冊ほどあった。中には、全巻そろっていないが、筑摩世界文学大系の古い版もあった。さすがに今度はまったく期待していなかった。2週間ほどして、通知が来た。半分ほどは売り物にならないとのこと。残りが売れて、総額で2180円! サービスの期間中とのことで10パーセントアップしてもらっての値段。

 要するに、段ボール箱18箱、800冊以上売って、2180円だったことになる。今、本が売れない。団塊の世代が次々と大学を退職になって、みんなが本の置き場所に困って古本屋に売っている。ますます古本が売れなくなっている。そういうことだろう。

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ウィーン・アカデミー管弦楽団のベートーヴェン4・5 私は感動できなかった

2017421日、前日に引き続いて、武蔵野市民文化会館リニューアルオープン記念特別公演、ウィーン・アカデミー管弦楽団のベートーヴェン交響曲全曲演奏の2日目を聴いた。指揮は、このオーケストラの創設者であるマルティン・ハーゼンベック。曲目は前半に第4番、後半に第5番〔運命〕。

4番の第一楽章を聴いた時点で、昨日の印象は間違っていたと思った。勢いのある見事な演奏。だが、第2楽章以降、昨日と同じような印象を抱いた。

楽器の音は古楽器特有のくすんだ音で、それはそれでとても雰囲気がある。しなやかで勢いがあってとても感じの良い演奏、ホルンの音程はよくないが、古楽器の特性としてやむを得ない。私はオーケストラにはまったく不満はない。とても良い楽団だと思う。

だが、何しろ一本調子だと私は思う。陰影が感じられない。ずっと機嫌よく音楽を鳴らしているような雰囲気を私は感じる。指揮をするハーゼンベックはオルガニストだというが、まさにオルガンのような演奏。つまり、音の強弱が弱い。ダイナミック・レンジが狭いというか、表現の幅が狭いというか。これでは私の好きなベートーヴェンにならない。音楽に狂気がない。怒りがない。必死の苦悩がない。だから、突き抜けた喜びも感じない。私の最も苦手なタイプの演奏だ。

会場で以前バイロイト音楽祭をご一緒した知人に会った。家が近いので、一緒に帰った。その方は演奏をとても楽しんだようだった。私は欲求不満を抱えたままだった。

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ウィーン・アカデミー管弦楽団 私には丁寧すぎるベートーヴェンだった

 2017420日、武蔵野市民文化会館リニューアルオープン記念特別公演、ウィーン・アカデミー管弦楽団のベートーヴェン交響曲全曲演奏の初日を聴いた。ピリオド楽器を使用するオーケストラだ。指揮は、このオーケストラの創設者であるマルティン・ハーゼンベック。曲目は前半に「田園」、後半に第7番。

 それぞれの楽章が始まった時には、毎回はっと驚いた。とりわけ「田園」は素晴らしいと思った。しなやかで柔らかく歌にあふれている。古楽器の場合、ガサガサした感じになり、快速の音楽になりがちだが、このオケはゆっくりじっくり丁寧、そしてしなやかに音楽を作っていく。とりわけ第二楽章冒頭には息をのんだ。だが、そうは言いながら、実は私はどの楽章も曲が進むうちに少々退屈してしまった。

 先ほど書いた通り、ゆっくりじっくり丁寧。ずっと同じ調子なので、一本調子に感じてしまう。部分を聴くと、どこを取っても素晴らしいのだが、続けて聴くと盛り上がりがなく、スリリングさが不足する。とりわけ「田園」は、素晴らしくしなやかで美しい演奏であるにもかかわらず、私は平板さを感じた。

7番は、コンサートマスターが変更(第二ヴァイオリンの首席と交代した)になって音楽の雰囲気がずいぶん変わったせいで、しなやかさ、繊細さよりも勢いのよさが前面に出てきた。だが、やはり同じように私は一本調子を感じた。確かに第7番にふさわしくリズムが激しくなり、音も大きくなる。だが、どこを取っても同じ丁寧さ。どの楽器も同じ丁寧さ。どうも私としては音楽に乗れない。

アンコールは交響曲第4番の第2楽章。私は今日の演奏でアンコールに一番感動した。しなやかでニュアンスに富んでおり、退屈する前に終わった。

私が俗っぽすぎる人間なのかもしれないが、もうすこし音楽にも狂気の部分がほしいと思ってしまう。とりわけベートーヴェンには狂気がほしい。真面目で丁寧すぎるベートーヴェンだと思った。

 

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METライブビューシング「椿姫」 見事だったが、私好みではなかった

 東銀座の東劇でMETライブビューシング「椿姫」をみた。

 ヴィオレッタはソニア・ヨンチェヴァ。話には聞いていたが、私は初めて聴いた。かなり厚めの、どちらかというと「ドスのきいた声」。豊満で魅力的な容姿とともに一つのヴィオレッタ像を作っていると思う。演出によるのだろうが、第一幕では投げやりな表情、その後もずっと暗い顔をしているが、私としては少なくとも第二幕の途中までは可憐で華やかな表情であってほしい。そうでないと、観客としては第一幕のヴィオレッタの歌に乗れない。

 アルフレードのマイケル・ファビアーノもとてもいい。端正な声と若々しい容姿で役がらにぴったり。強い声も素晴らしい。

 私は前半、今回の上演をあまり楽しめなかった。ジョルジュ・ジェルモンを歌うトーマス・ハンプソンらの主役以外の人たちの歌唱がかなり不安定で、主役を盛り立てられなかった気がする。ハンプソンにはこれまで何度も見事な声を聴かせてもらったが、歳に勝てないと見えて、声は伸びず、低音の音程も不安定。とても悲しい思いがした。

 演出はヴィリー・デッカー。以前、ザルツブルク音楽祭でネトレプコとヴィリャゾンの出演で話題になったのと同じ演出だ(もちろん、私はDVDを持っている)。人生の残り時間を象徴する大きな時計、生命を象徴する赤、死を象徴する白、生と死の両立を象徴するピンクの椿、ワルツを示す円形(ワルツとかかわることは本編内部のデッカーのインタビューで初めて気づいた)、死神のように第一幕から黙役として登場するグランヴィル医師。ただ、この演出についても、白い舞台の上で礼服を着た合唱団が抽象的な動きをして、生と死のせめぎ合いを行うのは、舞台の華やかさを消してしまうので、第一幕の華やかさを出せない。もちろん、演出意図によってそうしているのだろうが、私としては、やはり第一幕は華やかでないと、生と死というテーマも薄れてしまうように思うし、薄幸のヒロインへの感情移入というイタリア・オペラには大事な要素がそがれる気がする。

 とはいえ、第三幕はさすがに感動的。おそらく演出は最後にすべてを結集するつもりでこのように組み立てたのだろう。第一幕では厚みのありすぎるヨンチェヴァの声に違和感のあった私も、ここでは涙を流して聴いた。

 指揮はニコラ・ルイゾッティ。時々、ぞっとするほど精緻でドラマティック。ただ、全体としてはまとまりの悪さを感じたのだが、私だけだったのか。時々、妙に力が入りすぎる気がした。

 全体として、さすがMETというべきレベルの高さで素晴らしい上演だった。だが、華やかさを抑制し、死を真正面から取り上げようとする異化効果的な演出であるせいもあって、私の好きなタイプの「椿姫」ではなかったように思う。

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拙著『大人の教養力』発売、花見のこと、京都の美濃吉での食事のこと

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 青春出版社より拙著『この一冊で芸術通になる 大人の教養力』が発売された。かつては職人になるのに何年も要した。だが、今では適切な教育を受ければすぐに職人としての技を身につけることができる。教養も同じであって、一通りのことはすぐに身に着けられる。だから、今すぐ芸術に親しもう。そんな理念に従って書いたものだ。クラシック音楽、文学、美術、日本芸能について、この1冊で「芸術通」になるための手ほどきをしている。しかも、「ツウ」だと思われるうまい話し方なども解説している。

 ともあれ芸術の入門書として多くの人に読んでほしいと思っている。

 

 この数日間、あちこちで花見をしていた。おいしいものも食べた。その報告を簡単に書く。

 201745日、日本ペンクラブ理事の小中陽太郎さんのグループに加わって神田で食事会。その前に靖国神社、北の丸公園、千鳥ヶ淵を一人で回って花見をした。満開だった。千鳥ヶ淵はまさしく壮観。食事もおいしかったり、小中さんのお仲間と話して楽しかった。

 46日は私が塾長を務めている白藍塾の仕事で大阪府堺市にある初芝立命館中学校・高等学校に行って、先生方の小論文研修の講師を務めた。とても充実した研修だった。その後、大阪駅に戻り、駅付近のe-maというビルにある華中華という中華料理店で夕食。とてもおいしかった。その日は、大阪駅付近に宿泊。

 47日、午前中に桜ノ宮駅まで行き、大川の河畔を歩いた。両岸の遊歩道の桜は今が満開。雨上がりで人も少なく、濡れた桜がきれいだった。30分ほど歩いて大阪駅に戻り、その後、京都に移動。

京都では駅からタクシーに乗り、八坂神社に行き、その後、円山公園、高台寺と歩いて、桜をみた。ここも満開。京都も天気がよくなかったせいか、それほどの人出ではなかったが、それでも大勢の観光客。色鮮やかなレンタル着物を着た男女が目立った。ほとんどが中国人観光客らしい。とても似合うきれいな中国人女性が多くて、私としてはうれしくなった。

ただ、西洋人観光客はどうやらそれを日本人と思っているようでカメラを向けていたので、誤解を正したくなった。また、かなりお年を召した女性(50歳代だと思う)が艶やかな振袖を着ているのも見かけた。私くらいの年齢になると、それはそれで色っぽくて魅力的だと思わないでもないのだが、やはり違和感は残る。レンタル着物屋さんが貸し出すときに客に教えるべきだと思った。

昼過ぎに京都駅前にある新阪急ホテルの地下の京料理の店、美濃吉で昼食。私の贔屓の店だ。京都産業大学に通っていたころ、毎週通っていた。久しぶりに「鴨川」を食べた。とりわけ京の白味噌仕立ては絶品。たけのこご飯も感動的においしかった。実は、この食事が食べたくて、大阪での仕事の後に京都まで来たのだったが、その甲斐があったと思った。

夕方に帰宅。結局、この1週間に、上野、靖国神社、北の丸公園、千鳥ヶ淵、大阪の大川、京都の八坂神社、円山公園、高台寺で桜を見たことになる。

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東京春祭ワーグナー・シリーズ、「神々の黄昏」 素晴らしい演奏

2017年4月4日、東京春祭ワーグナー・シリーズ、演奏会形式による「神々の黄昏」を聴いた。期待通りの素晴らしい演奏。実を言うと、私の好きなタイプの演奏ではなかったが、しかし、それでもしばしば感動に震えた。

指揮はマレク・ヤノフスキ。これまでこのシリーズでも、しばしば驚異的な指揮をしてくれた。今回もまさしく巨匠。明るくて強靭で透明な音できわめて論理的に音楽を進めていく。しかし、そこにロマンティックなところがあり、歌があり、激しいドラマがある。「ジークフリートの葬送」の部分と終幕の部分の音の絡み合いには酔った。

NHK交響楽団もヤノフスキが指揮をするとウィーンフィル並みになる。すべての楽器が最高度の透明で、美しく、激しいときは激しく、はっとするような美しい音が響いた。キュッヒルが加わるとこのようになるのだろうか(今年の4月からキュッヒルが正式にNHK交響楽団のゲスト・コンサート・マスターになるという。今後が楽しみ)。

ただ、私の好きな「神々の黄昏」は、これほど透明ではなく、これほどスマートではなく、これほど快速ではなく(なんだか、ものすごく速い演奏だったように思う。それぞれの幕が予定時間よりも5分から10分早く終わったように思うのだが)。もっと愛の情念と復讐心と宿命への怒りが展開されるようなものだ。もっとねちっこく、もっと「押しつぶされた魂」を感じるものだ。アルベリヒの激しい情念がハーゲンに受け継がれ、それが暗黒の中で爆発し、最後にそれが浄化されるドラマだ。現代の指揮者ではバレンボイムはそのような音楽を作りだしてくれる。ヤノフスキの音楽は、もっと純音楽的。ねちっこくない。

 歌手は全体的に素晴らしかった。とりわけ圧倒的だったのが、ブリュンヒルデのクリスティアーネ・リボールとハーゲンのアイン・アンガー。リボールは、前半では幸せで若々しいブリュンヒルデを自在に歌いあげ、後半は呪いの女を見事に歌う。昔のビルギット・ニルソンを思いださせる容姿と声。最後の「ブリュンヒルデの自己犠牲」は圧倒された。アンガーも迫力ある声で悪役を見事に歌った。この二人は声量もあり歌い回しものびやか。

ヴァルトラウテを歌う歌手が素晴らしいと思って、あとで配役表を見たら、エリーザベト・クールマンだった。素晴らしいわけだ。張りのある美しい声で、必死にブリュンヒルデを説得する歌いまわしが見事だった。アルベリヒのトマス・コニエチュニーも暗黒の迫力がすごい。出番が少ないのが残念。グンターのマルクス・アイヒェ、グートルーネのレジーネ・ハングラーも素晴らしい。見事な美声でしっかりした歌いまわし。

 ジークフリートを歌ったのはアーノルド・ベズイエン。ディーン・スミスが歌う予定だったのが急きょの代役。きれいで音程のしっかりした声なので好感は持てるが、やはりこれだけのワーグナー歌手に混じると声が弱い。それでもかなりの健闘。代役でこのくらい歌ってくれれば文句はない。第三幕はとても良かった。

ノルンやラインの娘たちとして参加している日本人歌手の金子美香、秋本悠希、藤谷佳奈枝、小川里美も外国人勢にまったく引けを取らなかった。

演奏会形式だが、田尾下哲さんによる映像が映し出されていた。音楽に沿った妥当なもので、音楽の理解を進める役割を果たしていると思うし、映像として楽しめた。

 広瀬大介さんの訳による字幕が使われていたが、かなり凝った言い回しが多く、文語調が使われたり、「あれ、この字、なんて読むんだっけ?」と思ってしまうような難しい漢字が使われたり、「妻問い」という古文で見た記憶のある特殊な用語が使われたりで、かなり存在感を主張する訳文だった。実験的な訳としてはよいと思うし、短い字数でまとめなければならないので大変だと思うが、このような訳が字幕に使われると、私のようなタイプの人間はそこに引っかかってしまって、音楽に没入できなくなってしまう。「原語ではどうなっているんだろう。自分だったらどう訳すだろう」という思いから離れられなかった。字幕なのだから、あまり存在感を主張しないような訳のほうがよいと思うのだが。

 いずれにせよ、素晴らしい演奏だった。来年はウルフ・シルマー指揮、フォークトがタイトルロールを歌う「ローエングリン」が演奏されるという。それも楽しみ。

 この日、上野駅の公園口に到着すると、花見客でごった返していた。少し時間があったので上野公演を回ってみた。満開だった。が、桜よりもごった返す花見客の多さに呆れた。人間に酔いそうだった。

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幻の名歌手ティツィアーナ・ドゥカーティのソプラノに心を揺さぶられた

2017年4月2日、帝国ホテル・プラザでアフタヌーンオペラロビーコンサートを聴いた。ティツィアーナ・ドゥカーティのソプラノ、山口研生のピアノによって春にまつわる歌曲やオペラアリアが演奏された。

 ドゥカーティの第一声から圧倒された。最初の曲はトスティの「四月」。しなやかな美声。吸い込まれるような声の強弱。声量もあり、音程も完璧。素晴らしい歌手だ。次の曲「からたちの花」にも圧倒された。日本語の歌を見事な詩情で歌う。日本語の発音にはちょっとあやふやなところがあったが、それ以上に豊かな詩情がある。よく言われるような日本的な叙情ではない。だが、日本的な湿っぽさがないだけ、いっそう美しく、いっそう抒情的だ。うっとりした。

 トスティの歌曲「薔薇」も中田喜直作曲、加藤周一作詞の「さくら横丁」もよかったが、後半のサンサーンス作曲の「サムソンとデリラ」(きっと近いうちに「サンソンとダリラ」と呼ばれるようになるだろう)のアリア「私の心はあなたの声に花開く」に私は鳥肌が立つ感動を覚えた。メゾ・ソプラノで歌われるのはこれまで何度も聴いてきたが、ソプラノで歌われるのを聴いたのは初めてかもしれない。エロティシズムと清純さが交差して、ものすごい迫力。何度も魂がゆすぶられた。涙が出そうになった。

マスカーニの「友人フリッツ」のアリア「このわずかな花を」、ピエール・アドルフォ・ティリンデッリの「春よ」(この歌は初めて聴いた)も素晴らしく伸びる声で、最高に美しかった。アンコールは「アドリアーナ・ルクヴルール」のアリア。これも見事。

 ティツィアーナ・ドゥカーティはイタリアのトリノの出身。7つの国際コンクールで優勝し、将来を嘱望され、20年ほど前に来日し、現在、日本在住だという。私は日本在住の歌手がこれほど完成度の高い歌を歌うのを聴いたことがない。世界で大活躍するにふさわしい歌だと思う。いや、世界最高レベルの歌だと思う。容姿も美しい。まさに幻の名歌手。

 私が初めてドゥカーティの歌を聴いたのは昨年の10月だった。応援している人に薦められて半信半疑で聴きに行った。素晴らしい声だった。だが少し一本調子だと思った。だが、今日は違う。一本調子どころか、歌心があり、ドラマがあり、抒情があり、エロスがある。何度も心をゆすぶられた。

 終演後、ドゥカーティさんと少し話をした。私もこの世界的歌手の応援をしたいと心から思った。日本のオペラ界でぜひとも大活躍してほしい。

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多摩大学退職、そして2泊3日のバンコク旅行

 私は昨日(2017年3月末日)をもって正式に多摩大学を定年退職した。本日からは、多摩大学教授ではない。名誉教授という称号をいただき、客員教授としても多摩大学にかかわり、また多摩大学の入試業務のお手伝いもするが、ともあれ大学組織の専任の教授ではなくなる。多摩大学はとても居心地がよく、職場としては最高の大学だったのだが、それでも、それまで組織に属したことのなかった私としてはかなり窮屈だったという思いがある。それから解放されて自由に生きていけるのは実にうれしい。これからは、私が塾長を務める小論文作文の通信添削塾・白藍塾の仕事をし、東進ハイスクールで小論文指導をし、原稿を書いて過ごすことになる。

 

 ところで、退職後は思い切り羽を伸ばして、昔のような自由で楽しい一人旅を楽しみたいと思っている。母の健康状態がよくないので旅行期間はあまり長くとれないが、毎月のように海外に行きたい。その一環として2月にはカイロに行ったが、3月28日から2泊3日でバンコクに行った。

 バンコクは大好きな都市だった。最初に訪れたのは1984年。1週間ほどバンコクで過ごした記憶がある。まだ途上国の貧しさを強く残し、貧困と不潔と犯罪と人のやさしさと信仰心と聖なる建物や人々が入り混じる場所だった。その都市の魅力を味わいたいと思って、それからも何度か旅行した。最後にバンコクを訪れたのは1997年、ラオスを主目的にした旅行の中継地として前後1泊ずつしたように覚えている。それからしばらくするうちに、バンコクへの愛を忘れかけていた。今回は20年ぶり6回目のバンコクになる。昔歩いたところを歩き、昔みたものをもう一度確認したかった。

 ただ、初日に計画の無謀さを痛感。気軽に考えていたが、なんとバンコクまで飛行時間は7時間を超す! 到着までに疲れた。17時半ころに到着したので、さっさとタクシーでホテルに行って、少し夕方の散歩を楽しもうと思ったら、道路が大渋滞していて、ホテルに着いたのは19時半ころだった。ただ、1時間半くらいタクシーに乗っても350バーツ(1000円ほど)しかかからないのはありがたい。結局、1日目は移動に費やしただけ。3日目も同じ。朝の9時半にホテルを出て、日本到着は20時半ころだった。バンコクを見るのに使えたのは2日目だけだったが、その日も列車は1時間近く遅れるし、車は渋滞するしで、満足な観光もできなかった。少なくとも、バンコク旅行には3泊4日、できれば4泊5日以上は必要だと実感。感想を簡単にまとめる。

 

・暑いには暑かったが、猛暑というほどではなかった。数日前まで最高気温が36度くらいあったようだが、暑いときでもせいぜい31、2度でなかったかと思う。熱くて耐えられないほどではなかった。ホテル内やレストランなどでは冷房が完備されていて、ホテルのレストランで朝食をとっている間は寒いほどだった。きっと、冷房を効かせるのが高級である証なのだろう。

・街のあちこちに昨年10月に崩御されたプミポン国王の遺影が飾られていた。大きな駅などには、記帳し、お祈りする場が設けられている。ふだんの生活を見ていないのでよくわからないが、黒い服を着ている人が多いのは間違いないと思う。電車に乗った時、乗客を見たら、明らかな外国人を除くほとんどの人が黒いシャツを着ていた。とはいえ、もちろんスーツなどの暑苦しい喪服を着ているわけではない。

・空港からホテルに向かう間、見違えるような発展ぶりを実感した。巨大なビルがあちこちに立ち、工事中の場所も多く、東京と変わらないような現代的な建物が見える。高速道路も整備され、通っている車も日本製が多い。30数年前のバンコクのような、あるいは2月に訪れたカイロのような、ポンコツばかり走っているという状況ではない。日本とほとんど変わりがない道路の光景。

・ホテルもスクムウィット通り近くのおしゃれな界隈にあった。ブランドの店が入った商業施設、高級ホテル、オフィスなどが立ち並ぶ。日本と変わらないどころか、日本よりもおしゃれかもしれない。通っている人もファッショナブルな人や外国人が多い。コンビニ(セブンイレブンばかりが目についた)もたくさんある。

・ただ、しばらくいるうちに、途上国的な要素はだんだんと見えてきた。ともかくどこも渋滞! 公共交通システムの整備によって渋滞が減ったと聞いていたが、相変わらずの渋滞。有名な場所に行こうとしているのにタクシーの運転手が道を知らない! 列車が1時間遅れる! 発車時刻を紙に書いて切符を買ったのに、指定したのとは異なるチケットが渡される! 地下鉄の切符購入、ホテルのフロント手続きなどに長い時間がかかる、係の人に質問しても無責任な答えが返ってくる、などなど。ハードは現代の最先端に近いものがたくさんあるが、ソフトはそれに追いつかないということだろう。

・2日目、国鉄フアラムボーン駅に行った(昔、クルンテープ駅と呼んでいた)。いわばバンコク中央駅だ。多くの建物や施設が新しい現代的なものに建て替えられているのに、ここは少しも変わっていなかった。33年前もここをウロウロした。20年前、ここからラオスのビエンチャン行きの列車に乗った。薄暗くて、昔ながらのベンチがあり、木で作られた切符売り場の窓口がある。駅周辺もトゥクトゥクが集まり、行商の人が小さな店を出してお菓子や飲み物、野菜などを売っている。昔ながらの猥雑さがある。ただ、どうやら駅の再開発が進んでいるようで、列車から鉄道整備をしているらしい工事があちこちに見えた。

・列車はいずれもかなり古い。清潔ではない。日本ではもう走っていないと思われるような旧式のポンコツといってよいような車両ばかりだ。12番線まであるターミナル形式の駅で、ホームには人が待っており、列車が入ると次々と人が乗り込む。言葉がわからないせいでもあるが、表示らしいものがないので、どこで列車を待てばよいのかよくわからない。駅では橙色の袈裟を着たお坊さんをみかけた。

・アユタヤに向かうのにエアコン付きの2等車(1等車はそもそもこの線にはなさそうだった)を予約しようとしたら、窓口の女性に「ない」と言われた。満席かと思っていたら、どうもその列車には2等車がついていないようだった。3等車でアユタヤに向かった。それほどの暑さではないし、風があるので不快ではない。帰りは2等車が取れた。エアコンは効いていたが、窓ガラスが汚くて外が見えなかった。なお、3等車は20バーツ。2等車は245バーツ。快速で1時間半ほど乗って20バーツ(約60円)という安さにも驚きだが、3等車と2等車の値段の差にも驚く。低所得者に乗りやすいようにしているということなのだろう。なお、アユタヤ行きの列車は1時間以上遅れて出発したので、その日の予定がかなり狂った。

・列車から見える線路沿いの光景は、高速道路やホテルから見える光景とはまったく異なり、33年前と重なった。壊れかけた家、コンクリートを打った上に汚いテーブルとガタピシしていそうな丸椅子を数脚置いただけの食堂。そこで半裸だったり、下着姿だったりの庶民が食事をしたり話をしたりしている。高床式のあばら家もあちこちに見える。列車が出発して30分ほどたつと、あたりは田園風景になった。

・ここでも経済格差は広がっているようだ。一部の富裕層と、現代的な生活をして日本と大差のない生活を享受している中間層、そして、昔ながらの熱帯の人々の生活をしている低所得層。ただ、今にも朽ちそうなごみのような家にも衛星テレビの丸いアンテナが見える。

・アユタヤでは、レンタル自転車で遺跡を回った。ただ、もらった地図がわかりにくく、しかも遺跡はすぐ近くだとばかり思っていたら、川が横切っているために遠回りをし、坂を通らなければならなかった。迷子になったうえ、運動不足の身には少々こたえた。ワット・マハータート、ワット・ラチャブーラナなどをみた。かなり暑かったが、途方もない酷暑というほどではなかった。ワット・ラチャブーラナの裏の野原では、綿のようなものが風に飛ばされて、雪のように降っていた。幻想的な風景だった。なんという植物か知らないが、枝豆くらいの形状の黒っぽい木の実が割れて、綿のようなものが飛び出しているのだった。

・1日目、2日目ともに夜はホテル近くの「イータイ」という施設で夕食をとった。現代的なおしゃれな商業施設の地下にある大きなレストランだが、屋台のようなブースがいくつもあり、そこで自由にオーダーして、入場の際にもらったカードに記録された料金を支払うシステム。清潔でおしゃれな屋台の集合体だ。味もとても良かった。値段は日本円で1000円もあれば、ビールを飲み、主食とつまみを取ってお腹がいっぱいになる。客の中には観光客らしい人も多かった。きっとここは、タイの中ではかなり高級でおしゃれな店なのだろう。衛生面を考えて屋台で食べるのは少しためらうという観光客にはもってこいの施設だと思った。

・結局、2泊3日では十分に観光できなかった。30年ほど前に歩いたバンコクを歩き、あの時の気分を思い出し、バンコクがどのように変わったのか、30数年前にみた、あの貧しい人たち、猥雑な人たちが今どうしているのかをみたいと思っていたが、そんな時間を作れなかった。たいして下調べしないままあちこちを行き当たりばったりに歩き、何かが起こったら、その都度、対応を考えるといいうのが私の旅の流儀なのだが、短い時間ではそのような旅ができない。バンコクの中間層の人たちの生活は見られた気がするが、それ以下の人たちと十分に接することができなかった。ただ、20年ほど前には確かに持っていたバンコクへの愛情を再び持つことができた。間違いなく、またタイにはいくだろう。チェンマイにもいきたい。33年前、バンコクからシンガポールまで、途中、ペナン島やクアラルンプールに泊まりながら、列車で行った。もう一度同じ旅をしたい。そんな思いがよみがえった。

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