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東京春祭ワーグナー・シリーズ、「神々の黄昏」 素晴らしい演奏

2017年4月4日、東京春祭ワーグナー・シリーズ、演奏会形式による「神々の黄昏」を聴いた。期待通りの素晴らしい演奏。実を言うと、私の好きなタイプの演奏ではなかったが、しかし、それでもしばしば感動に震えた。

指揮はマレク・ヤノフスキ。これまでこのシリーズでも、しばしば驚異的な指揮をしてくれた。今回もまさしく巨匠。明るくて強靭で透明な音できわめて論理的に音楽を進めていく。しかし、そこにロマンティックなところがあり、歌があり、激しいドラマがある。「ジークフリートの葬送」の部分と終幕の部分の音の絡み合いには酔った。

NHK交響楽団もヤノフスキが指揮をするとウィーンフィル並みになる。すべての楽器が最高度の透明で、美しく、激しいときは激しく、はっとするような美しい音が響いた。キュッヒルが加わるとこのようになるのだろうか(今年の4月からキュッヒルが正式にNHK交響楽団のゲスト・コンサート・マスターになるという。今後が楽しみ)。

ただ、私の好きな「神々の黄昏」は、これほど透明ではなく、これほどスマートではなく、これほど快速ではなく(なんだか、ものすごく速い演奏だったように思う。それぞれの幕が予定時間よりも5分から10分早く終わったように思うのだが)。もっと愛の情念と復讐心と宿命への怒りが展開されるようなものだ。もっとねちっこく、もっと「押しつぶされた魂」を感じるものだ。アルベリヒの激しい情念がハーゲンに受け継がれ、それが暗黒の中で爆発し、最後にそれが浄化されるドラマだ。現代の指揮者ではバレンボイムはそのような音楽を作りだしてくれる。ヤノフスキの音楽は、もっと純音楽的。ねちっこくない。

 歌手は全体的に素晴らしかった。とりわけ圧倒的だったのが、ブリュンヒルデのクリスティアーネ・リボールとハーゲンのアイン・アンガー。リボールは、前半では幸せで若々しいブリュンヒルデを自在に歌いあげ、後半は呪いの女を見事に歌う。昔のビルギット・ニルソンを思いださせる容姿と声。最後の「ブリュンヒルデの自己犠牲」は圧倒された。アンガーも迫力ある声で悪役を見事に歌った。この二人は声量もあり歌い回しものびやか。

ヴァルトラウテを歌う歌手が素晴らしいと思って、あとで配役表を見たら、エリーザベト・クールマンだった。素晴らしいわけだ。張りのある美しい声で、必死にブリュンヒルデを説得する歌いまわしが見事だった。アルベリヒのトマス・コニエチュニーも暗黒の迫力がすごい。出番が少ないのが残念。グンターのマルクス・アイヒェ、グートルーネのレジーネ・ハングラーも素晴らしい。見事な美声でしっかりした歌いまわし。

 ジークフリートを歌ったのはアーノルド・ベズイエン。ディーン・スミスが歌う予定だったのが急きょの代役。きれいで音程のしっかりした声なので好感は持てるが、やはりこれだけのワーグナー歌手に混じると声が弱い。それでもかなりの健闘。代役でこのくらい歌ってくれれば文句はない。第三幕はとても良かった。

ノルンやラインの娘たちとして参加している日本人歌手の金子美香、秋本悠希、藤谷佳奈枝、小川里美も外国人勢にまったく引けを取らなかった。

演奏会形式だが、田尾下哲さんによる映像が映し出されていた。音楽に沿った妥当なもので、音楽の理解を進める役割を果たしていると思うし、映像として楽しめた。

 広瀬大介さんの訳による字幕が使われていたが、かなり凝った言い回しが多く、文語調が使われたり、「あれ、この字、なんて読むんだっけ?」と思ってしまうような難しい漢字が使われたり、「妻問い」という古文で見た記憶のある特殊な用語が使われたりで、かなり存在感を主張する訳文だった。実験的な訳としてはよいと思うし、短い字数でまとめなければならないので大変だと思うが、このような訳が字幕に使われると、私のようなタイプの人間はそこに引っかかってしまって、音楽に没入できなくなってしまう。「原語ではどうなっているんだろう。自分だったらどう訳すだろう」という思いから離れられなかった。字幕なのだから、あまり存在感を主張しないような訳のほうがよいと思うのだが。

 いずれにせよ、素晴らしい演奏だった。来年はウルフ・シルマー指揮、フォークトがタイトルロールを歌う「ローエングリン」が演奏されるという。それも楽しみ。

 この日、上野駅の公園口に到着すると、花見客でごった返していた。少し時間があったので上野公演を回ってみた。満開だった。が、桜よりもごった返す花見客の多さに呆れた。人間に酔いそうだった。

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コメント

樋口先生、ブログアップありがとうございます。今か今かと待ち構えてました。苦笑

字幕の件、私も同感です。すごく気になりました。「妻問い」に代表されるように文言自体がわかりにくいし、疑問符あったほうがいいところとか。引っかかるところが多々ありました。正直いって翻訳者の自己マンだと思います。観客は字幕を文学的に堪能したいわけではないので、やはりわかりやすい平易な字幕にしていただきたいと思います。

同じく音楽に没入できなかったのですが、樋口先生のブログを拝読して「字幕のせいか」と気がついた次第です(他に寝不足で集中力不足もありますが)。

投稿: BRIO | 2017年4月 5日 (水) 15時04分

BRIO 様
コメント、ありがとうございます。
広瀬大介さんは大変優れた音楽学者であり、私も尊敬しているのですが(私のほうがかなり年上ですが)、字幕に関しては、引っかからずに即座に理解して、舞台に集中できるほうがありがたいですね。
しかし、ともあれ、素晴らしい演奏だったと思います。

投稿: 樋口裕一 | 2017年4月 6日 (木) 20時12分

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