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METライブビューイング「エフゲニー・オネーギン」最後には大感動

 東劇でMETライブビューイング「エフゲニー・オネーギン」を みた。第三幕は涙を流した。

 このオペラが私は中学生のころから大好きだ。その後、チャイコフスキーという作曲家には一定の距離を置くようになったが、このオペラについては今も愛せずにはいられない。多くの人が「オネーギンがあまりに傲慢」「オネーギンよりもタチアナに惹かれる」という中で、私はオネーギンという人物が大好きだ。初めてオペラを知ったころ、中学生ながら岩波文庫だったか原作を読んだ。韻文が多くて読むのに苦労したのを覚えている。が、生意気で多感な中学生だった私は、「ふさぎの虫」(確か、このような訳語が使われていたと思う)に襲われる世をすねたオネーギンをカッコイイと思った。そのオネーギンに惹かれ、最後にはねつけるタチアナを可憐だと思った。オネーギンの分身としての素直な心の持ち主であるレンスキーにも共感した。オペラの最初の30分の陰鬱な田舎の雰囲気でオペラの世界に没入した。それから50年以上たつが、いまだに同じ思いでいる。

 そして、今回のライブビューイング。ホヴォロストフスキーが体調不良とのことでペーター・マッテイがオネーギンを歌った。マッテイのオネーギンは、前半は傲慢で嫌味な部分を強調し、後半は真摯さを示す。うまい演技、最高の声。これまで確か2回ほど、この人のオネーギンの映像を見た記憶があるが、現代最高のオネーギンだと思う。ネトレプトのタチアナももちろん素晴らしい。

ただ、今回の演奏や演出も含めて、ネトレプコのタチアナは中学生のころから私が愛してやまない「エフゲニー・オネーギン」とは少し違う。私が大好きなのは、チャイコフスキーの内向的でメランコリックで地味な部分が現れたこのオペラだ。つまり、タチアナはもっと暗く内向的でうちに秘めていてほしい。演奏ももっとけだるく、陰鬱で切なく、そして田舎風であってほしい。ロビン・ティチアーティの指揮はあまりにヴィヴィッドで鮮やか、ネトレプコが歌うとどうしても華麗になる。

とはいえ、第三幕は素晴らしい。劇的な場面になると、ティチアーティの指揮が実にさえる。幕切れは切なく悲しく悲劇的。マッテイもネトレプコも実に素晴らしい。

歌手陣の中で目だったのはグレーミン公爵を歌ったシュテファン・コツァン。若手だが、見事な低音。レンスキーを歌ったアレクセイ・ドルゴフは健闘していたが、主役二人に比べると力不足、魅力不足を感じた。オリガを歌ったエレーナ・マクスモワはとても魅力的な若手歌手だが、前半、少し音程が不安定だった。

さすがメトロポリタン歌劇場の公演だけあって、最後には満足させ感動させてくれる。次回は「ばらの騎士」。今から楽しみでならない。

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ブータン旅行 その2

 ブータン旅行の3日目は朝のうちしかパロには滞在していない。朝の8時にホテルを出て、10時35分発のブータン・エアラインズの飛行機でコルコタ(かつてのカルカッタ)経由でバンコクに到着。そこで、7時間ほど待って、22時45分発(ただし、遅れて23時30分ころに離陸)のタイ航空の便で帰国。羽田到着は午前7時少し過ぎたころだった。自宅に帰ったのは9時半過ぎだった。待ち時間を合わせて移動に22時間30分ほどかかったことになる。移動は確かに大変だ。

 ブータン旅行記というほどではないが、昨日に続いて、簡単に感想をまとめておく。ごく短い滞在であり、しかもパロとティンプーしか訪れていないので、ブータンを見たうちには入らないが、ともあれ、短い滞在の中で気づいたことを書く。

 

・私はブータンという国がとても気にいった。大好きな国になった。私はブータンをずっと自分の育った大分県日田市と重ね合わせていた。私は田舎者だ! 親も田舎者だった。10歳で大分市という「都会」に出て、その後、18歳で東京に出た。うーん、俺は本当はブータンみたいなところで、静かに暮らすべき人間だったんだ、無理に都会人になろうとして、ずっと無理して生きてきたんだ! そう思った。

・幸福度ナンバーワンのブータン人。たぶん、本当に彼らは幸せなのだと思う。ガイドさんとも話した。もちろん私はお人よしではないので、すべてを真に受けない。ガイドさんは公務員なので、国王への尊敬も語り、国のよさを語る。もちろん、正直に、国の欠点も話してくれる。彼らの様子、話から、幸せでしかありえないと思った。私の祖父母も両親も、田舎で幸せに過ごしていた。細かい不満はたくさんあっただろうが、都会に出てお金儲けしようとも思わず、身の程知らずに成功しようとも思わず、先祖からの土地でそれなりに毎日生きて、それでよいと思っていた。それと同じことなのだろう。国中の人がそのような感覚なのだろう。大変失礼な言い方をすれば、国中の人が私の故郷の田舎者のような人たちなのだろう。そう考えれば、彼らは本当に幸せなのだというしかない。

・スラムがない。貧しい人々を見かけない。格差が少ないのではないか。目に見える人はみんなが楽しそう。外で遊んだり、学校に行き来している子どもたちも実に楽しそう。

・まるでスイスのよう。美しい山の風景、窓のきれいな建物。それがきちんと整理されている。勝手に建てるわけにはいかず、制限があるらしい。そのため、整然として落ち着いている。独自の生き方をする別天地。そのような意味でスイスを手本にしているのかと思ってガイドさんに聞いてみたが、そんなことはないという。ブータンでスイスが話題になることはないそうだ。山国で独自の道をめざすとこのようになるのが必然なのかもしれない。

・ともかく、ブータンの人々はがつがつしていない。どこにも客引きの音楽がかかっていない。ホテルもレストランも空港も一般の店も音楽がない。呼び込みもない。商業主義の行き過ぎがない。

・墓がないことに気付いた。九州の山道を車で走るとあちこちに墓が見える。どこにも墓がある。だが、ブータンでは一切墓を見ない。尋ねてみたら、祖先を祀ることはないという。葬式と49日の法要はするが、その後、祖先を祀ることはなく、どの家にもある仏壇も祖先供養のものではないという。本来の大乗仏教の教えに基づいた仏壇らしい。

・本当にブータンの人は輪廻を信じ、転生を信じているらしい。仏教の教えが身についている。だから、欲望を抑制することに慣れている。欲望がかなわないこともやむを得ないことと考える。そして、それに基づき、家族を大事にし、自分の生活を大事にするという。仕事のために家族を犠牲にすることはないらしい。

・とはいえ、必ずしも、ブータンの人たちがみんなしっかりしたまじめな人というわけでもなさそうだ。いろいろなところでザツさが見える。ブータン航空のCAさんは、投げるように昼食を渡してくれた。愛想もよくない。とても感じのよいホテルなのだが、客室ではもちろん、ロビーでもWiFiはしばしば切断されるし、私が室内にいる時にスタッフが黙って入ってくるし、シャワー室には前日にあった足ふきがいつの間にかなくなっている。行き届かないところが多い。必ずしも、他人に心配りをする人とは言えないようだ。まあ、要するに、これも「田舎者」ということなのだろう。

・料理はなかなかおいしいものもあった。そば粉で作った餃子は特に美味しかった。中に、たぶんナスとズッキーニと豚肉が入っていた。アスパラを炒めたものも絶品だった。ただ、実はこれらもブータン料理として定着しているものではないらしい。これといったブータンの名物はないとのことだった。確かに、タイ料理、ベトナム料理、インド料理ほどの存在感はないし、驚くべきおいしさは感じない。まあ、要するに田舎料理には違いない。

・近代化の状況がおもしろい。ティンプーやパロの中心地には4、5階建てのマンションはいくつもある。だが、お店はせいぜい3階建てくらいではないか。人口が少ないので、大規模店を作っても利益が出ないのかもしれない。小さなスーパーはあったが、それがせいぜいだった。

・中心街以外は、山のあちこちに家がいくつか見える程度。農業を営んでいるらしい。西岡チョルテンに行く途中、棚田が見えた。ちょうど田植えをしているところもあったが、このようにして山に田畑を作って作物を作っているようだ。

・水力発電と観光が最大の産業ということだが、観光はまだまだ課題が多そうだ。先ほど書いたようにホテルには不備がかなりある。現在、観光については観光局が管理し、客から一日300ドル弱のお金を取ってガイドをつけて国内を案内している。そのような観光のあり方もよいと思うが、もっと自由に見たいと思う。そのような観光が許可されることはないのかもしれないが。

・本当に国王は尊敬されているようだ。ガイドさんは公務員だったので当然だろうが、しばしば国王に対する尊敬の言葉を語った。月に何度か国王を見かける機会があるらしい。国のあり方を作った第三代の王様、先代の王様への尊敬も語っていた。本などで読む限り、確かにこれらの国王は国民優先に考え、自ら民主化を打ち出すなど、優れた王であるとは言えそうだ。

・旅行に行くと、その土地が好きになる。昨年から訪れている中国、韓国、エジプト、タイが好きになった。だが、ブータンは別格だと思った。ちょっと空港の離着陸や崖の道が怖いし、いたるところにウロウロしている野良犬には閉口するが、ここにはまた来たいと強く思った。「心のふるさと」だという気さえした。ゴ服が私に似合うということは、きっとこの地域の人の祖先も私の祖先も同じようなところで同じように暮らしていたのだろうと思った。

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ブータン旅行 その1

 2017年5月17日から19日まで、ブータンを旅行した(ただし、旅行日程としては、、5月16日から20日ということになっている)。2泊5日の弾丸ツアーだ。5日以上家を空けると、高齢の母が心ぼそがるので、短い時間で行けるところに行くことにしている。そうして今回はブータンにした。10年ほど前、一度、ブータン旅行を計画したことがある。が、ヨーロッパの音楽祭を優先して、先延ばしにしてきた。母の調子が悪くなってから長い間日本を留守にする必要のある音楽祭は自粛しているので、これを機会にブータンに行くことにした。いつものように一人旅。ネットで探して、5日で行けるツアーにした。「幸福度ナンバーワン」の秘境がグローバル化によってどう変化しているのかをみたいと思った。

 以下を読んでいただけるとわかるが、夜はすることがなかったので、少しブログを書いた。が、ホテルのネット環境が悪く、メールの確認もろくにできないことが多かった。文章を書いてもブログに載せられなかった。

 本日(20日)、帰国して、これまで書いたものをここに載せる。

 

1日目(2017年5月17日)

 今、ブータンに来ている。

 バンコクまでタイ航空の羽田発0時20分の飛行機。ガラガラかと思っていたら、タイの人たちでほぼ満員。日本人は少数派だった。バンコクでブータン・エアラインズに乗り換えて、コルコタ経由でパロ空港に到着。こちらはかなり空いていた。途中、機内からエヴェレストが見えた。白い山頂が雲に上に出ていた。そうでないかと見ていると、機長からのアナウンスがあったので間違いない。

 パロ空港は世界一危険な空港といわれているらしい。まあ、そういわれる空港が世界にいくつかあるのだろうが。窓から見ていると、状況がよくわかった。パロ空港は険しい山の谷間の盆地にある。まっすぐに着陸すると山に衝突するので、いくつかの山を避けながらカーブして降下しなければならない。実際には数百メートルあるのかもしれないが、素人の目測では尾根まで20メートルか30メートルくらいにしか見えない。風でも吹いたら、木にでも触れて墜落するのではないかとひやひやした。が、ともあれ無事到着。なぜ、よりによってこんなところに空港を作ったのかと思ったのだが、後で理由がわかった。ブータンは山の国なので、必然的に都市はすべて谷間にある。どの都市に空港を作ろうと同じことなのだ。パロはその中ではましな方だったのかもしれない。

 国際空港なのだが、もちろん滑走路は1本。きれいでセンスがよいが、小さな建物があるだけ。飛行機の客も少なかったので、すぐに外に出られた。外もがらんとしている。山に囲まれたど田舎に突然空港があるという雰囲気。パロは人口3万人くらいの町らしい。それでも、九州ほどの広さに人口60万人のこの国では有数の大都市だ。

 気温は今の時期、最高気温が17~18度前後。夜は10度以下になるようだ。沖縄とほぼ同じ緯度なのだが、標高が2000メートルを超えているらしく、日本で言えば、東北地方程度の気温といってよいのかもしれない。

 到着後、ガイドさんが待っていた。30代のしっかりとした顔だちの男性。ブータンは政府主導で観光に力を入れている。個人の自由旅行は基本的に難しいようだ。きっとツアー仲間がいるだろうと思っていたら、客は私だけ。ありがたいことではある。

 ガイドさんも運転手さんも、ゴと呼ばれる民族服を着ている。日本の「どてら」(私の育った地域では「丹前」と呼ばれていた)のようなものだが、よく見ると、それはそれでとても決まっている。ただ、日本人からすると、ゴの下に黒い靴下と革靴という格好は不釣り合いに思えるが、それが決まりのようで、みんながそのような格好をしている。

 パロ見物は明日にして、首都ティンプー見物に向かった。ティンプーまで車で1時間ほど。車から外を見ていたが、どこまで行っても都会にならない。人の姿は見えるが、かなりまばら。ゴを着ている人はかなりいる。もちろん、ほかの国と同じようにシャツやジーンズや綿のズボン、スカート姿の人も多い。ガイドさんに聞いてみると、ゴや女性のキラは正式の服装で、ほかの国でのスーツに当たるという。いわれてみれば、スーツ姿の人は見かけない。小学生、中学生、高校生の制服もゴとキラのようだ。

 まさしくブータンは山の国。切り立つ崖の合間を舗装道路が縫っている。山の間を川が流れており、それに沿って断崖に道路がつくられているということだろう。尾根に沿って道は曲がりくねっている。車は日本の田舎道程度には走っている。のろい車があると追い抜こうとするが、道にカーブが多いせいもあるが、対向車線の車が来るので抜けないことが頻繁に起こる。韓国車が多い。私が乗っているのもヒュンダイ。あとは日本車。トラックはインド車らしい。信号が一切ないし、車の数も多くないので、順調に走る。

 崖は岩がむき出しになっている。いつ落石があってもおかしくない。車で走っている道路のほとんどが崖っぷち。実際、ところどころで岩が落ちているのが見える。崖崩れがあったらしくて、補修工事をしている様子も見られた。日本なら大問題になっているところだろうが、それほど車が多くないブータンではおおらかに考えられているようだ。ガイドさんも運転手さんも心配している様子はない。

 私は私の育った九州の日田地方の風景を思い出していた。山の高さや形は違うが、日田周辺の山道に似ている。舗装道路があり、山間を通っていく。ただ、ブータンの山はもっともっと険しく切り立っており、山と山の間が狭い。日本の山の風景をぐっと圧縮して横幅を縮めるとブータンになる。ほかの途上国の人のように運転は乱暴ではない。みんなきちんと法規を守っている。

 建物はどれも新し目に見える。途上国のようなあばら家は視野に入らない。どの家も窓に特徴がある。仏壇の模様のようなものがあり、見ようによっては日本のおしゃれなラブホテルの窓のように見える。ガイドさんによれば、どの家庭も熱心な仏教徒で仏様への尊敬を込めてこのような窓にしているという。

 野良犬が多い。至るところにいる。空港の周りにも、今私がいるホテルの周りにも中心部にも幹線道路にも。寝そべったり、道を歩いたりしている。今まで、野良犬の多い途上国をいくつか見てきたが、その比ではない。もしかしたら、飼い犬も勝手に外に出ているのかもしれない。牛や馬も道路に出ている。もちろんこれは野生ではなく飼われているらしいが、ガイドさんに聞いたところ、夜になるときちんと自分のいるべき場に戻るとのこと。本当かなあ?

 人家が増えてきて、ティンプーについた。

 ティンプーでは、第三代国王を記念するメモリアル・チョルテン、新しく建設中の丘の上にそびえる大仏のあるクエンセル・フォダンを訪れた。タシチョ・ゾンを訪れる予定だったが、中に入れるのが夕方以降だというので、遠くから見るだけにした。ゾンというのは、現在、県庁として使われている「城」だ。近くに、かなり質素ながら王宮がある。

 ティンプーは人口10万人ほどのこじんまりした町だ。盆地のなかに淡い色のついたきれいな建物が立っている。5、6階建てのマンションがあちこちにある。だが、それ以外は平屋かせいぜい3階建て。日本で言えば、まさしく地方都市。私の故郷の日田市と大差がない。これが首都だというのだから驚く。中心街に行った。ブータンにただ一つという信号のある交差点がある。ただし、以前は機械の信号だったが、使いこなせないというので、今は警官による手信号に変わっている。それが今ではティンプーの観光の売り物の一つになっているという。

 中心街も日本で言えば、小さめの地方都市程度。そして、驚くべきはその静かさ。日本やバンコクのような喧騒はない。音楽もかかっていない。ブータンの人々は静かに、でも楽しそうに歩いている。

 ブータン人と一言で言っても、いろいろの民族がいるようだ。まったくもって日本人とそっくりの人もかなりいる。日本人ではないかと疑いたくなるが、ブータンの言葉(ゾンゲ語というらしい)で仲間たちと話している。もっとインド系に近い顔立ちの人、中国南部っぽい人もいる。インド人もかなり住んでいるようだ。

 今まで、いろいろな国に行ったが、ガイドブックには「街中を歩くときは、泥棒に気をつけるように」と必ず書かれていた。ガイド付きツアーの時には、ガイドさんに、持ち物に気を付けるように必ず念を押された。だが、ブータンはそんなことはない。途上国に行くと、どこも生きるのに必死でがつがつした人が目につく。客引きに困ったり、下品なポスターやチラシに面くらったり。ブータンではそんなことはまったくない。

 確かに平和で穏やかな人たち。車の中にハエが入っても、ぴしゃりと殺せば済むところを必死になって窓から外に出そうとする。お店に行っても、なんとかごまかして儲けようという雰囲気はまったくない。メモリアル・チョルテンでジュースや水を手渡している人がいた。受け取ったらどんな目に合うかと思って無視したが、後でガイドさんに聞くと、真面目にお参りに来た人たちへの感謝として篤志家が無料で配布しているのだとのこと。

 飛行機の中であまり眠れなかったので、早めに観光を切り上げてもらって、パロに戻って、夕方にパロ市内のホテルに到着。幹線道路から車で5分ほど登ったところ。バンガローというのかコテージというのか、いくつもの独立した建物から成っている。木のぬくもりのある広い部屋。窓からの景色もいい。ブータンの町全体に言えることだが、まるでスイスのような風景。美しい山、清潔でおしゃれな建物がポツリポツリと見える。この国は国策としてそういう方向を選択しているのかもしれない。

 夕食はホテルでとった。味は悪くない。ブータン料理もなかなか行ける。カレーもおいしかったし、魚の揚げたものもおいしかった。ただ、WiFiがしばしば切断されるのには困った。メールも十分に確認できない。添付文書のあるものは軒並み開けないようだ。

 疲れていたので、早く寝た。

 

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エベレストらしい山が雲の向こうに見える

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パロ空港

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パロからティンプーの途中にあった露店

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首都ティンプー全景

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ティンプーの中心街

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ティンプー中心街

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タシチョ・ゾン(ティンプーのゾン)

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ティンプーの町なか

 

2日目

 2日目はパロ観光。パロは人口は3万まりだというが、ブータンを代表する歴史ある都市だ。

 最初に行ったのは、キチュ・ラカンという寺院。ブータンで最初に開かれた寺と、新たに作られた寺が並んでいる。その後、タ・ゾン国立博物館。祭りに使う仮面やブータンに暮らす生物のはく製などがあった。しかし、それにしてもパロに限らず、ティンプーもそうだったが、この国ではどこに行くにも断崖の迫る道を走る。右は今にも土砂崩れか落石がありそうな岩の壁、左には少しハンドル操作を間違うと数十メートル下に落下する・・・という道の連続。しかもそれが、日光のいろは坂のような急カーブ。ここにはごく一部の中心部をのぞいて、そんな道しかないといえそう。ともかく国全体がまさしく山からできている。車から降りても、どこでも坂道。

 崖路を車で降りてパロ・ゾンを見物。ゾンというのは、日本語に訳すと城塞ということになるらしい。17世紀に僧侶たちが敵の侵入と戦うために作った城で、地方行政の意味も持ち、現代では県庁としても機能している。中に入った。ベルトルッチ監督の「リトル・ブッダ」の撮影に使われたという中庭をみた。赤く塗られた木の柱や装飾された窓の建物に囲まれた石畳の雰囲気のある場所だ。中に入ると、若い僧侶たちが楽器の練習をしていた。オーボエのような笛。その後、徒歩で屋根のある橋パロ・チェを渡った。静かで落ち着いていて、実にいい。

 その後、またまた断崖の道を何度も何度も急カーブしながら、農業実験場(正式の名前は忘れた。AMCと呼ばれていた)に行った。1960年代にブータンに入り、その後28年にわたってブータンの生活に溶け込んで、亡くなるまで農業指導を行った西岡京治(にしおかけいじ)氏の創設した場所だ。その後、西岡氏を祀る西岡チョルテンに行った。チョルテンというのは仏塔のこと。ブータンでは西岡氏は有名な存在で、「ダショー」の称号を持つ唯一の日本人であり、没後、まさに神様扱いされている。西岡氏が指導する以前、ブータンの農業は穀物を作るだけで野菜を作る技術を持っていなかったという。街で見かけた大根も人参も、昨日から食べている料理に入っていたキャベツやナスやズッキーニやジャガイモも名前を知らない野菜も、西岡氏の指導にたまものということらしい。ブータンでは西岡さんはよく知られているらしい。特にパロでは知らない人はいないという。

 その後、西岡さんの成果でいっぱいの昼食を取ってホテルに戻り、一休みしてから、民族衣装「ゴ」を着せてもらった。先日、花見の時期に京都で見かけた着物を着た中国人を思い出した。これはこれでおもしろい経験だと思って、着せてもらうことにした。そして、その格好でパロ市内の民家訪問をした。

私の「ゴ」姿は一般の日本人にもまして似合っていたらしい。もしかすると、私はブータン人にとりわけ近い顔をしているのかもしれない。単にお世辞というよりも、あまりに似合うのでびっくりされたというのが近い。まったく違和感がないようで、ガイドさんやその仲間たちとすれ違っては、みんなが驚いていた。知らない人は私をブータン人だと思ったようだ。私が日本人だと知って驚き、何人かが「まったくブータン人と変わりがない」「まるで、ブータンの大臣のようだ」とほめて(?)くれた。「西岡さんにそっくりだ」と私を偉大なダショー西岡と比べてガイドさんを含めて何人かが話していた。

 訪れたのは、大きな農業を営む民家だった。祖父母と息子夫婦、孫の8人が暮らす農家だが、観光客のために内部を開放してくれているらしい。牛がいて、農地がある。とりわけ豊かな家ではなく、中程度の農家だというが、豪華な仏間があった。仏壇があり、6畳程度の一部屋全体がお経や仏教関係、王室関係の写真などでおおわれている。ブータンの仏教は祖祖先崇拝は含まず、純粋に仏の教えを尊ぶものだという。

 民家にはインド人やイタリア人の観光客、合わせて10名ほどが来ていたが、祖母に当たる女性(もしかしたら、私よりも年下なのかもしれない)がゴ服姿の私をとても気に入ってくれて、バター茶をご馳走してくれ、自家製の酒(そば焼酎らしい)も出してくれた。とてもおいしかった。

 その後、そのままの格好で昼間と同じレストランに行き、ブータン料理を食べたが、バター茶と焼酎の直後だったので、食が進まなかったのが残念。

 すでに暗くなっていたので、ホテルに戻った。

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「リトル・ブッダ」に使われたパロ・ゾンの中庭

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楽器を練習する若い僧侶たち

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私と泊まっていたパロのホテルから見える風景

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私の泊まっていたホテルのコテージ

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民家の仏壇

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民家の仏間

 

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ツェートマイヤーの無伴奏バッハ 2日目

 2017513日、トッパンホールでトーマス・ツェートマイヤーのバッハの無伴奏ヴァイオリン曲の連続演奏2日日を聴いた。前半に無伴奏パルティータ第3番とソナタ第3番、後半にパルティータ第2番。

 初日に引き続いて素晴らしい演奏。鮮烈な音。男性的で鋭く、潔い。確信をもって強く表現する。振幅の大きな表現だが、きわめて理にかなっているので、一つ一つの音のつながりに納得がいく。感動する。

 この人は、ひとまとまりのフレーズを一つのフォルムとみなし、それを自在に配置して全体の構成を作っているようだ。まるで美術におけるキュービズムのよう。シャコンヌはとりわけ絶品だった。各所にクライマックスを作るのではなく、フォルムを重ね、スケールを大きくとって徐々に盛り上げ、最後には静かに終息していく。言語を拒絶をしているがゆえに美しい一つの非言語の物語が展開されていく。とてつもないヴァイオリニストだと思った。

 アンコールはビーバーのパッサカリアとツィンマーマンのソナタだという。ツェートマイヤーが何やら語って弾きだしたが、私には聞き取れなかった。曲名はあとでネットで確認した。これも素晴らしい演奏。

 多摩大学を退職すると仕事が楽になるかと思っていたが、いつまでたっても時間ができない。仕事が立て込んでいるので、雨の中、急いで帰った。

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ツェートマイヤーの無伴奏バッハに興奮!

 2017511日、トッパンホールでトーマス・ツェートマイヤーの無伴奏バッハ連続演奏の初日を聴いた。今日は前半に無伴奏ソナタ第一番と無伴奏パルティータ第1番、後半に無伴奏ソナタ第3番。驚異的な名演奏だと思う。自宅に帰った今もまだ興奮している。

 ツェートマイヤーの名前はもちろんずっと前から知っていた。が、なぜか聴かず嫌いだった。ところが、一昨年だったか、武蔵野市民文化会館でカプリースを聴いて驚嘆。いっぺんに大ファンになって、その後、CDを買い込み、繰り返し聴いてきた。そして、今回バッハの無伴奏曲が演奏されるというので、大いに期待してトッパンホールに行ったのだった。そして、期待以上の感動を得た。

 この人の演奏をどう表現すればよいのだろう。きわめて自由な表現。奔放な演奏といってもよいかもしれない。今まで聴いてきたどのヴァイオリニストとも違って、アクセントが強かったり、異常に弱音だったりする。だが、まったく形が崩れない。きわめて正確な音程。きわめて知的な構築。だから、これほど自由に演奏しながら、まったく下品でなく、むしろきわめて高貴な雰囲気が漂う。一つ一つの音に勢いがあり、それが前後の音と絡まって自然に音楽が流れていく。聴くものとしては、ただただ感動し、音の世界に魂を動かされる。

 パルティータ第1番のドゥーブルの表現に驚いた。アルマンドのドゥーブルはまるで囁くようにずっと弱音で演奏した。クーラントのドゥーブルではうってかわって明るく演奏し、サラバンドではふたたび囁くように。そしてブーレではむしろ前半よりも華やかに。そのあたりの構築の仕方が実に理にかなっている。突飛なことをしているように見えて、ひとつひとつにうなずける。単におそろしく上手なヴァイオリニストというだけでなく、おそろしく知的な思想家でもあることがよくわかる。何人もの現代作曲家がツェートマイヤーのために曲を書いているというが、ツェートマイヤーには現代作曲家を引き付けるだけの力があるのだろう。

 私はバッハの無伴奏曲が大好きだが、時に退屈することがある。きっと良い演奏なのだろうと思いつつ、私にはついていけないと思うことがある。だが。ツェートマイヤーの演奏は波乱万丈でスリリングでまったく退屈しない。そうでありながら決してロマンティックというわけではなく、むしろ真正面からバッハを演奏している。これこそがバッハの世界なのだろうと納得させられる。

 アンコールはパルティータ第3番のガヴォット(私は昔々、いやいやヴァイオリンを習わされていたころ、この曲の初心者ヴァージョンを弾いていた!)とソナタ第2番のアンダンテ。これらも素晴らしかった。

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2017年ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 勝手にベスト5

 昨日、2017年の「熱狂の日」音楽祭 ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンが終わった。今年のテーマは「ダンス」。運動神経が鈍くて踊りが好きではない私は、テーマとは関係なく、ただ聴きたい音楽を聴いた。

 2005年から昨年まで、私が聴いたのは有料のものだけで451のコンサートだった。今年18個のコンサートを聴いたので、これまでに合計469のコンサートを聴いたことになる。もちろん、その中には、東京のラ・フォル・ジュルネだけでなく、ナント、びわ湖、今はなくなった鳥栖のコンサートも含まれる。

 私が聴いた18のコンサートに勝手にベスト5を選ぶと以下のようになる。ただし、言うまでもないことだが、私はまったくの素人であって、しかも鍵盤楽器をあまり好まないという傾向がある。また、こてこてのクラシック音楽好きであって、ふだんはバッハ、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス、ブルックナー、ワーグナー、シュトラウスあたりのドイツ系本流ばかりを聴いている。ここに選んだのももちろん偏りがある。

 

① フランス国立ロワール管弦楽団 、パスカル・ロフェ (指揮) 

ラヴェル「古風なメヌエット」、 ストラヴィンスキー バレエ「春の祭典」

 最終日の最後のコンサートで聴いた。しなやかな音のリズムと爆発が素晴らしかった。

 

➁ テディ・パパヴラミ(ヴァイオリン)、グザヴィエ・フィリップ(チェロ)、フランソワ=フレデリック・ギィ(ピアノ) 

ベートーヴェン ピアノ三重奏曲変ロ長調「大公」

 繊細で高貴でありながら最後には躍動に達する素晴らしい「大公」だった。三人の演奏者の音の美しさにも驚嘆した。

 

③ テディ・パパヴラミ(ヴァイオリン)、フランソワ=フレデリック・ギィ(ピアノ)

ベートヴェン ヴァイオリン・ソナタ第5番「春」、ファリャ「スペイン民謡組曲」、バルトーク「ルーマニア民俗舞曲」

 パパヴラミの音と音楽表現に圧倒された。

 

④ 竹澤恭子(ヴァイオリン)、フランス国立ロワール管弦楽団、パスカル・ロフェ(指揮)

シベリウス「悲しきワルツ」 シベリウス ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 op.47

 ロマンティックな情熱と構築性を兼ね備えた理想のシベリウスだと思った。立沢さんの力量に改めて驚嘆。ロフェの指揮もオケも素晴らしかった。

 

⑤トリオ・エリオス ドヴォルザーク ピアノ三重奏曲第4番「ドゥムキー」、ブラームス(モファット編) ハンガリー舞曲第1番、第6番

 若いトリオの精妙で躍動感ある演奏に惹かれた。活動を続ければ、きっと世界を代表するトリオになると思う。長く追いかけたい。

 

番外 ローザンヌ声楽アンサンブル、シンフォニア・ヴァルソヴィアのメンバー、ダニエル・ロイス(指揮)など。

オネゲル オラトリオ「ダヴィデ王」

 曲の価値を理解できた。最後の「ハレルヤ」には本当に感動した。

 

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 なお、昨日も書いたが、林田直樹著「ルネ・マルタン プロデュースの極意」(アルテス・パブリッシング)がおもしろい。林田さんがあとがきで書いているように、実は今、ラ・フォル・ジュルネは岐路にある。もう東京のラ・フォル・ジュルネはやめにしようという声も日本側から起こったという話も聞いている。そんな時、この本は意味を持つ。初心を知ることができる。改善点のヒントにもなる。いや、ここからもっと素晴らしい企画をする人物が現れてくれたら、私としてはそれもうれしい。

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2017年ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン最終日

2017年5月6日、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン「熱狂の日」音楽祭最終日の感想を簡単にまとめる。

 

・オリヴィエ・シャルリエ(ヴァイオリン)、豊嶋泰嗣(ヴィオラ)、アレクサンドル・クニャーゼフ(チェロ)、アレクセイ・ヴォロディン(ピアノ)

 ハイドン ピアノ三重奏曲第25番ト長調 「ジプシー・ロンド」、ブラームス ピアノ四重奏曲第1 ト短調 op.25

 

 ジプシーつながりの曲を二つ。ハイドンの曲は初めて聴いた。なかなかおもしろいが、クニャーゼフが手持ち無沙汰に見えたのは、気のせいか。ブラームスのほうは私の好きな曲の一つ。ただこれは終楽章に至るまで飽きずに聴かせるのはかなり難しい。急ごしらえのメンバーではどうしても推進力に欠ける。やはり、この名人たちも例外ではなかった。どのような音楽を作りたいのかよくわからなかった。

とはいえ、第4楽章は勢いに乗り、素晴らしかった。それでもまだ不満らしく、アンコールでまた第4楽章。凄まじい演奏。さすが。アンコールには興奮した。

 

・横坂源 (チェロ)
、藤井一興 (ピアノ) 

フランソワ・クープラン「演奏会用小品集」から プレリュード、シシリエンヌ、悪魔の歌    ヨハン・セバスティアン・バッハ ヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ第3 ト短調 BWV1029 チャイコフスキー「懐かしい土地の思い出」から「メロディ」 ドビュッシー チェロ・ソナタ

 今注目の若手チェリストのドビュッシーのソナタを聴いてみたいと思った。伸びやかな音。屈託なさそうな音なのだが、美音なので、魅力的に響く。ただ、バッハもチャイコフスキーも同じように聞こえるのが、私としては不満。藤井一興のピアノはとても安定していて、絶妙にチェロを支えている。

アンコールの無伴奏組曲1番のプレリュードは素晴らしかった。横坂のよさが存分に発揮されていると思った。

 

・クリストフ・バリサ(語り)、ロランス・アミー(巫女)、リュシー・シャルタン(ソプラノ)、マリアンヌ・ベアーテ・キーランド(メゾ・ソプラノ)、エンドリク・ウクスヴァラフ(テノール)、ローザンヌ声楽アンサンブル、シンフォニア・ヴァルソヴィアのメンバー、ダニエル・ロイス(指揮) 

オネゲル オラトリオ「ダヴィデ王」

 改訂版が初演時の小規模なオーケストラによって演奏された。もちろん、私は初めてこの曲の実演を聴く。録音も数回しか聴いたことがない。おもしろいとも思わなかった。いや、実を言うと、そもそもオネゲルの曲を数曲しか聴いたことがないし、これまでおもしろいと思ったことがない。

 が、今回聴いて、とてもおもしろかった。歌手や語りの役者がそろっていたためかもしれないが、音楽は美しく、詩的で、ドラマティック。最後の「ハレルヤ」のコーラスは感動的だった。ただ、語りが多いので、CDで聴くと物足りなく思うのも当然だろう。

語りの見事さ、巫女の役者の迫力、ソプラノのシャルタンの清澄な声、合唱の美しさにとりわけ感嘆した。

 

  ・リチェルカール・コンソート、フィリップ・ピエルロ(指揮)

ディエゴ・オルティスやサンティアゴ・デ・ムルシア、マレ、ラモーなどの作品。

 バロック音楽に特に強いわけではない私はもちろん知らない曲ばかり。しかし、この団体が演奏すると、私は強く惹かれる。ピエルロのヴィオラ・ダ・ガンバの技術の凄まじさもさることながら、その温かみ、親密さに心から満足する。狭いホールで仲間たちとゆっくり聴くのにふさわしい。しみじみと人の心、音楽の素晴らしさを感じる。

ナントでこの団体に出会ってからすっかりファンになり、ほとんどすべてのCDを購入し、時々聴いている。今回も心から満足。

 

・テディ・パパヴラミ(ヴァイオリン)、グザヴィエ・フィリップ(チェロ)、フランソワ=フレデリック・ギィ(ピアノ) 

ベートーヴェン ピアノ三重奏曲変ロ長調「大公」

 

 最高の演奏だった。繊細にして緻密。だが、内にこもるのではなく、じわじわと情熱、喜びが外に伝わっていく。三人が心を一つにして音楽を作っているのがよくわかる。音楽を推進しているのはきっとピアノのギィだと思うが、フィリップの繊細さ、パパヴラミの音の強さがそれぞれに一つの世界を築いていく。躍動があり、高貴でしなやか。最終楽章は、躍動し、愉悦が爆発し、苦しみを知った後の人生の喜びが胸に迫ってくる。まさしく圧巻。感動した。

 

・フランス国立ロワール管弦楽団
、パスカル・ロフェ (指揮) 

ラヴェル「古風なメヌエット」、 ストラヴィンスキー バレエ「春の祭典」

「春の祭典」はまさしく名演。このオーケストラ、実に素晴らしい。しなやかで香りがあり、しかも、機動力も爆発力も持っていることを今日、知った。パスカル・ロフェも素晴らしい指揮者だ。この複雑な曲の魅力を最大限に発揮して聴かせてくれる。音楽を手際よく整理しているだけでなく、生き生きとして、しかもわざとらしくなく、爆発力もあり、ワクワク感もある。後半、ずっと圧倒されっぱなしだった。

 

 本日の最後の四つのコンサートは実に素晴らしかった。興奮して家路についた。ラ・フォル・ジュルネはまさしく驚異の祭典だと思う。人々を興奮させてくれる。音楽のよさを教えてくれる。知らなかった曲を味わうことができる。

 

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林田直樹著のラ・フォル・ジュルネ公式本「ルネ・マルタン プロデュースの極意」(アルテス・パブリッシング)を読み始めた。ラ・フォル・ジュルネの精神が語られている。これまで私がラ・フォル・ジュルネのコンサートを聴きながら感じていたことが林田さんの手によって的確にまとめられている。理想論に聞こえる部分もあるが、マルタンはこれをまさしく実行し、成功させている。驚くべきことに、マルタンの考えが正しかったことがすでに証明されている。その音楽観の基本にあると思われる家族について、セックスについてのマルタンの考えもとても興味深い。

 私は多摩大学のゼミでクラシックコンサートの企画運営を指導していた。客に来てもらうのにとても苦労した。この本をもう少し前に読んでいれば、学生の読ませ、私もこれで勉強し、もっと根本的なところからコンサート企画を、それどころか様々な企画を考え直すことができたのではないかと思った。ちょっとこの本を知るのが遅すぎた!

 

 明日から日常に戻る。あと数日、4月末締め切りだった原稿を仕上げるまで猛烈に忙しい。

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ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン 2日目

2017年5月5日、ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン2日目の感想を簡単に書く。

・アレクサンドル・クニャーゼフ(チェロ)、アレクセイ・ヴォロディン(ピアノ)

シューマン「民謡風の5つの小品」、ストラヴィンスキー(ピアティゴルスキー編)「イタリア組曲」、ラヴェル「ハバネラ形式の小品」、ピアソラ「ル・グラン・タンゴ」

 

 今回のラ・フォル・ジュルネのテーマは「ダンス」。テーマがあまりに広すぎるので、あまり気にせずに聴いていたが、このコンサートは舞踊風の音楽を集めている。クニャーゼフはかなり思い入れたっぷりの音楽づくり。ロマンティックというのとは違うが、独特の思い入れ。シューマンとラヴェルがとてもよかった。ストラヴィンスキーも躍動感があった。ヴォロディンのピアノもぴたりと合っている。とても良い演奏。満足。

 

・テディ・パパヴラミ(ヴァイオリン)、フランソワ=フレデリック・ギィ(ピアノ)

ベートヴェン ヴァイオリン・ソナタ第5番「春」、ファリャ「スペイン民謡組曲」、バルトーク「ルーマニア民俗舞曲」

 素晴らしかった。パパヴラミの弓全体を使った思いのこもった音が何とも感動的。ただ、音楽の作りは、パパヴラミの体型(筋肉隆々が外から見えるような服を着ている!)と同じようにきわめて筋肉質で無駄がない。万感の思いをぐっとこらえてさりげなく弾く。そんな雰囲気。ファリャとバルトークの民族性を表に出した踊りの曲も、そこに民族の悲しみ、怒り、そして日々の喜びが込められていることがよくわかる。感動した。

 

・メキシコ民俗音楽演奏団体による演奏

 曲目については省略

 

 「テンベンベ」というメキシコの民俗音楽とバロック音楽の演奏を続けている団体の演奏。バロック楽器のようなものが中心。ヴァイオリン、マンドリン、タンバのような楽器と歌による演奏。メキシコ民俗音楽はバロック音楽の発展だという。なるほど、聴いてみるとよくわかる。メキシコ民俗音楽はとても楽しい。逆に言うと、バロック音楽も当時、メキシコ民俗音楽のようなノリで演奏されていたのかも。とても楽しかった。子のような曲はめったに聴けないので、このような機会を得たのがありがたい。

 

 

・ボリス・ベレゾフスキー (ピアノ) アレクサンドル・ギンジン (ピアノ)

アレンスキー 2台のピアノのための組曲第1 、シューベルト「幻想曲」 ヘ短調 D940 ブラームス ワルツ集「愛の歌」op.52aから ストラヴィンスキー(バビン編)「サーカス・ポルカ」、 コープランド「キューバ舞曲」

 2人のピアノのテクニシャンによる演奏。アレンスキーの曲は初めて聴いた。ロマンティックでとてもおもしろい。ちょっとCDを探してみたくなった。あまりに素人じみた感想だが、それにしても2人の音がぴたりと合っているのにびっくり。息が合っているというレベルを超えている。名ピアニストというのはこれほどまでに即妙に音を合わせることができるのかと驚嘆した。二人ともシャープでヴィヴィッドな音だが、嫌味でなく、とても楽しい。舞曲っぽいものを集めた曲集。「サーカス・ポルカ」も「キューバ舞曲」も初めて聴いたが、まったく飽きず、楽しさと二人の名人の技の見事さに聞きほれた。

 

 

・アレクサンドル・クニャーゼフ(チェロ) J.S.バッハ 伴奏チェロ組曲第2番、第5

 

 ひとつひとつの音に魂を込め、たっぷり鳴らしながらゆっくりと演奏する。初めのうちは、あまりの思い入れの強さに「ついていけないなあ」と思っていたが、他人がどう思おうが自分を貫く迫力に押されて、いつの間にか納得して聴いていた。信仰の世界というよりきわめて人間的。しかし、ロマンティックというのとも違う。日々生きる感情のエッセンスを音に込めようとしているのだろう。独特の思い入れだと思う。感動する・・・ということはなかったが、大変面白い演奏だった。 

 

・竹澤恭子(ヴァイオリン)、フランス国立ロワール管弦楽団、パスカル・ロフェ(指揮)

シベリウス「悲しきワルツ」 シベリウス ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 op.47

 

 素晴らしかった。感動した。竹澤のヴァイオリンに酔った。情熱的な演奏。しかし、我をなくしてのめりこむという感じではなく、知的に構築されているのを感じる。音色の切り替えが見事。映画のスクリーン上に遠景が広がったり、クローズアップになったりするように、音の世界が外に広がっていったり、うちに集中したりする。それが実に自然。

オーケストラも素晴らしかった。冒頭の弦のトレモロが凍てついた北欧の中に佇む人の呼吸のよう。そこにヴァイオリンのソロが現れるところは圧巻だった。

竹澤さんがアンコールにバッハの無伴奏ソナタ第三番のラルゴを演奏。これもよかった。

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2017年ラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポン初日(5月4日)

 2017年のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンが始まった。私は、初期のころこの音楽祭の「アンバサダー」を仰せつかっていたため、2005年の最初の年から昨年まで、フランスのナントの本場のラ・フォル・ジュルネを含めて、有料のものだけで451のコンサートを聴いている。きっと日本一だと思う。今年も記録更新中。

 そんなわけで、今年の初日である5月4日も朝から6つのコンサートを聴いた。簡単に感想をまとめる。

 

・テディ・パパヴラミ(ヴァイオリン)、グザヴィエ・フィリップ(チェロ)、フランソワ=フレデリック・ギィ(ピアノ)、シンフォニア・ヴァルソヴィア、廖國敏(指揮)

メンデルスゾーン「夏の夜の夢」から 結婚行進曲、べートーヴェン ピアノ、ヴァイオリンとチェロのための三重協奏曲

 

 朝、945分からのコンサート。まだ、十分に目が覚めていない。聴いている側も演奏者も、そして楽器も。そのせいか、パッとしない演奏だった。オーケストラはきれいな音。弦はとてもしなやか。ソリストもさすが。私はとりわけパパヴラミのヴァイオリンに惹かれた。素晴らしい美音で、しかも勢いがある。ピアノのギィもきれいで知的。ただ、どうも盛り上がらない。指揮の廖がちょっと一本調子のせいかも。

 とはいえ、初日の最初のコンサートとしては、特に不満はない。

 

・ローザンヌ声楽アンサンブル、ダニエル・ロイス(指揮)

ブラームス「2つのモテット op.74」から 何ゆえ悩む者に光が与えられたのか、「愛の歌」 op.52、「運命の歌」 op.54

 

 初めはかなり不安定だったが、モテットの途中から、ぴたりと音が合い、ニュアンスも豊かになった。ローザンヌ声楽アンサンブルはやはり素晴らしい団体だと思う。「愛の歌」は、もしかしたら、録音も含めて初めて聴いたのかもしれない。ブラームスがヨハン・シュトラウス2世を高く評価していたことはよく知られているが、これはまさにヨハン・シュトラウスを連想させる。楽しい曲。「運命の歌」は特に素晴らしかった。

 

・ボリス・ベレゾフスキー(ピアノ) グリーグ「4つのノルウェー舞曲」op.35、ヒンデミット 組曲「1922年」 op.26、ラヴェル「ラ・ヴァルス」

 

 初めは少しザツさを感じた。ベレゾフスキーはしばしば酔っ払って演奏すると聞いたことがあるが、まさにそんな感じ。ちょっと悪い予感がした。だが、ヒンデミットの途中から、まったくそのような雰囲気はなくなった。ラ・ヴァルスは圧巻。きわめて男性的な音。ワルツの流麗な流れではなく、ハガネのような音の塊。それがワルツのリズムによって命の塊を作ってゆく。アンコールもチャーミングにして壮大。ただ、ピアノ曲に疎い私は曲名はわからなかった。

 

 ・トリオ・エリオス ドヴォルザーク ピアノ三重奏曲第4番「ドゥムキー」、ブラームス(モファット編) ハンガリー舞曲第1番、第6番

 

 このトリオを聴くのは初めてだと思う。2015年結成の若いトリオ。シャープな音。音程がよく、アンサンブルも完璧。ドヴォルザークがまるでシェーンベルクのように響く。ドヴォルザーク特有の郷愁のようなものはほとんどない。都会的で現代的。しかし、踊りのリズムはそれはそれで賑やかで猥雑に盛り上がる。私は大いに気に入った。ハンガリー舞曲もよかった。私は情緒的な演奏よりも、このようなシャープな演奏のほうが好きだ。あと少しこの団体の演奏を聴いてみたいと思った。

 

梁美沙(ヴァイオリン) J.S.バッハ:無伴奏ヴァイオリンのためのパルティータ第2番、イザイ 無伴奏ヴァイオリン・ソナタ第5 op.27(曙光、田舎の踊り)

 

 イザイが始まるとばかり思っていたら、バッハが先に演奏されたのでびっくり。素晴らしい演奏だった。このヴァイオリニストは数年前から注目していた。躍動感があり、ヴィヴィッドな雰囲気がある。シャコンヌなどスケールが大きて、小柄な彼女の弓とともに私の魂も振り回されそうな気持ちになってくる。イザイも鮮烈。といいつつ。バッハのサラバンドまでは実はちょっと退屈だった。ジーグあたりからぐいぐい引きこまれた。私の体調のせいもあるのかもしれないが、、十分にバッハを自分のものにしていないのかもしれない。

 

 ・盛田麻央(ソプラノ)、下園理恵(メゾ・ソプラノ)、又吉秀樹(テノール)、与那城敬(バリトン)、東響コーラス(合唱)、シンフォニア・ヴァルソヴィア、廖國敏(指揮)

ベートーヴェン:交響曲第9

 

 廖の指揮に注目していた。若い東洋人なのに第一楽章はあまりにドイツの巨匠風なので驚いた。壮大に鳴らそうとしているようだ。昔、モノラル時代にレコードで聴き馴染んだスタイルの演奏。しかし、私としてはかなり好感を抱いた。大時代的とはいえ、私はこのような演奏が大好きだ。ただ、第2楽章、第3楽章はやはりオケを十分にコントロールできていないところが見受けられた。音が少しずれたり、団子状の音になったり。しかも一本調子になってきた。第4楽章も所々ひやひやするところがあった。が、とはいえ、スケール大きく人類の大賛歌を演奏しようとしているところは実に頼もしい。高揚感もなかなかいい。バリトンの与那城は、予定されていたガスパール・コロン体調不良のための代役だったが見事に歌い切った。今や日本を代表する、いや間違いなく日本一のバリトン歌手だと思う。そのほかの歌手もいいし、合唱も見事。

 第九を聴くとほかの曲を聴く気持ちがうせてしまったので、そのまま帰宅。ともあれ、充実した一日だった。

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