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ベロッキオ監督「甘き人生」 生身の人間の存在感

 有楽町スバル座でマルコ・ベロッキオ監督の最新作「甘き人生」をみた。大変な傑作だと思った。

 ジャーナリストのマッシモ・グラメッリーニの原作を映画化したものだという。母親は重病を苦に自殺するが、真相を知らされないまま育てられ、母の死を受け入れられずにいる少年。後年、ジャーナリストになって様々な死を目撃するが、母への思いから逃れられず、しばしば精神的に追い詰められる。新聞への読者の悩み相談への回答を書いたことから、母の死の真相を知ろうとし始める。

 私はまったくもって「マザコン」ではないので、実はこの主人公の気持ちがよくわかるわけではない(ついでに言うと、プルーストの「失われた時を求めて」は大好きな小説なのだが、どうも主人公のマザコンぶりには違和感を覚えて仕方がない。フランス文学、イタリア文学に親しみながら、しばしば描かれるマザコンや、それと重なり合う聖女マリア信仰に対して私はずっと納得できずにいた)のだが、映画を見ていくうちに主人公の気持ちを追体験していく。喪失感、代替物依存、死の誘惑がリアルにじっくりと描かれていく。まさしく生身の人間の心の中までが肉体の重みのような存在感を持って迫ってくる。

 主人公(大人になってからはヴァレリオ・マスタンドレアが演じている)の幼少期を演じるニコロ・カブラスマッシモの演技の見事さ(つまりは、ベロッキオの演出の見事さということでもあるだろう)に舌を巻く。幼少期の母と息子のツイストやかくれんぼなど、息をのむほどに美しい。

 相談に乗ってくれた女医(ベレニス・ベジョ)と愛し合うようになり、二人でツイストを踊る。母親の死から逃れられずにいた主人公が少しだけ吹っ切れかける。その場面が実に感動的。そして、真相を知る場面もまた実に切実でリアリティがある。すべての俳優がすばらしい。

原題は「Fai bei sogni」。映画の中で、母親が死を決意した後、眠っている息子に語り掛ける「よい夢を見なさい」という言葉がタイトルになっている。なぜ、フェリーニの「甘い生活」(ドルチェ・ヴィータ)を思い起こさせるような「甘き人生」というタイトルにしたのか、私には納得できない。甘い生活などどこにも描かれていないような気がするのだが。

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東京二期会「ばらの騎士」(7月29日)、素晴らしかった!!

 2017729日、東京文化会館で、東京二期会公演「ばらの騎士」をみた。一昨日(727日)に別キャストで見たばかりなので、二度目ということになる。素晴らしかった。一昨日よりもずっと良かった。

 私はとりわけ元帥夫人の林正子とオクタヴィアンの小林由佳に圧倒された。世界のトップレベルに決して引けを取らないと思う。林さんの声はヴィブラートの少ない澄んだ声。小林さんも音程のよい強い声。二人の掛け合いの部分は心が痺れた。オックス男爵の妻屋秀和とゾフィーの幸田浩子ももちろん素晴らしい。そして、二人とも演技も見事。とりわけ妻屋のオックスは、下品で滑稽なところを実にうまく描いている。ファーニナルの加賀清孝も張りのある見事な声だった。そして、私はアンニーナを歌った石井藍の深い声にとても魅力を感じた。これだけの歌手がそろえば、素晴らしい舞台になるにきまっている。東京二期会は世界最高の劇場に劣らない実力を持っていることを示してくれた。これほどのレベルの上演を一体世界のいくつの劇場ができるだろう。

 一昨日は不満に感じたヴァイグレの指揮と読売日本交響楽団もとてもよかった。ヴァイグレはしばしばオケを煽り、音楽に勢いをつけようとする。一昨日はそれが不自然で不発であるように感じたのだが、今日はオケがしっかり対応して見事な音を作りだしているのを感じた。第三幕は圧巻だった。オケが違って聞こえたのは、もしかしたら席の違いなのかもしれない。実は前回はちょっとお金を節約して3階で見た。今回は1階前方。音がまとまって聞こえた。

 第三幕はとりわけ絶品。三重唱の三人の声が見事に溶け合っていた。オーケストラも声をしっかりと支え、精妙なアンサンブルを聴かせてくれた。

 演出については、私はやはり中途半端だと考える。DVDでみたグラインドボーンの上演では、もっとグラン・ギニョールを意識した演出だったと思う。だからこそ、あのような衣装だった。東京公演では人形らしさ、グラン・ギニョールらしさはない。だから、元帥夫人の衣装があまりに不自然。結局、ふつうの演出になってしまっている。東京の観客を考えて少々手加減したのだと思うが、かえすがえすも残念。

 もう一つ感じたのは、観客のマナーがあまりよくないこと。何か理由があったのだろうか。私の左前の男女は上演中も身体を寄せ合って時折おしゃべりしていたし、前に座っていた高齢の女性はハンドバッグを何度もガサガサさせていた。右前の人はしばしば居眠り。左隣の二人組(きっと母と娘)は上演中に何度かお茶を飲み、右隣の人は大きく舟をこいで居眠り。その右隣の人はしばしば扇子でバタバタ。後ろの人は配布されたパンフレットの入ったビニール袋をいじっているために上演中もカサカサ音を立てていた(この人には幕間に袋を下に置くようにお願いした。問題なく理解していただいた)。「ばらの騎士」がポピュラーな演目になって、ふだんオペラに足を運ばない人も来ているということなのだろうか。それならそれで、めでたいことではあるが。

 ともあれ、演奏については最高だと思った。このところの東京二期会公演のレベルの高さに驚く。これからが楽しみだ。

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二期会公演「ばらの騎士」はグラインドボーンの演出とかなり異なっていた

2017727日、東京文化会館で二期会公演「ばらの騎士」をみた。

今回のリチャード・ジョーンズによる演出は、グラインドボーンで上演されたもの。私はグラインドボーン音楽祭のDVDを見て衝撃を受け、このブログに感想を書いた覚えがある。DVDでみた演出は、表現主義的で、しかも、それ以上にグラン・ギニョール的だった。つまり、どぎつく煽情的で挑戦的な演出だった。グラン・ギニョールというのは、19世紀末から20世紀前半にパリのグラン・ギニョール劇場で演じられたたぐいの見世物劇を言う。もともとはギニョール(人間芝居)だった。ここで上演された、血なまぐさく不気味な見世物をグラン・ギニョール風という。とりわけ第三幕はまさしく不気味な人形劇の世界が展開され、マルシャリンらの登場人物も人形劇風の動きをしていた。

ところが、今回見た二期会公演では、そのような様子はなかった。第二幕の初めのゾフィーが人形のような動きをしただけだった。むしろ、かなりまともな、つまりはあまり刺激のない演出だった。グラン・ギニョール的な激しい表現がみられると期待していたので、少々残念だった。グラン・ギニョールの伝統のない日本にそのような演出をしても好まれないという判断を演出家がしたのかもしれない。

歌手についてはとても高レベルだと思った。とりわけ、私はオクタヴィアンの澤村翔子に惹かれた。あまり男っぽい演技はしていなかった(演出家に従ったのだろう)が、芯の強いきれいな、そしてよくとおる声。元帥夫人を歌う森谷真理も、容姿を含めて満足のいくものだった。ゾフィーの山口清子もとてもきれいな声で好感を持った。「ばらの騎士」の三人の女性の役を日本人がこれほどのレベルで歌えるようになったことにある種の感慨を覚えた。そのほか、オックス男爵の大塚博章、ファーニナルの清水勇磨もとても健闘していた。マリアンネの岩下晶子、ヴァルツァッキの 升島唯博、アンニーナの増田弥生もとてもよかった。

ただ、実は私が少々不満を感じたのは、セバスティアン・ヴァイグレ指揮による読売日本交響楽団だった。ヴァイグレと読響がよくないはずがないので、きっとリハーサル不足なのだろう。精妙でもなく、かといってダイナミックでもなく、ちょっとバタバタした感じで、私にはどのような音楽を作ろうとしているのか良くわからなかった。びしっと決まらないまま最後の三重唱と愛の二重唱になった。もちろん、第三幕の後半はとても美しい音楽だったが、もっともっと感動させてもらえるつもりだった。ちょっと残念。

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ワイダ 「残像」 ワイダらしい圧倒的なリアリティ

アンジェイ・ワイダの遺作「残像」をみた。みたのは天津旅行前だったが、旅行に紛れて感想を書かなかった。このままでは忘れてしまいそうなので、今のうちに書いておく。

 ヴワディスワフ・ストゥシェミンスキという実在の画家(演じるのはボグスワフ・リンダ)が主人公。革命を支持した有名画家の一人であり、美術大学の教授として生活し、多くの学生の支持を集めているが、政治が硬直して芸術に「社会主義リアリズム」が強制されるようになるにしたがって、政府の方針に反抗している。それを問題視した大臣や学長によって職を終われ、芸術協会の会員資格も取り消されて表現の手段も生活の手段も奪われていく。街の広告を描く仕事をせざるを得なくなるが、それさえままならない。慕ってくる女子学生(ゾフィア・ヴィフワチ)、別れた妻との間の娘で孤児ニカ(ブロニスワヴァ・ザマホフスカ)の間で逡巡しながらも、最後まで信念を曲げずに不遇の中で死ぬ。

 多少の脚色はあるにしても、実話に基づくという。実際にはもっと悲惨だったかもしれない。「灰とダイヤモンド」も「ダントン」も「カティンの森」も、ワイダは主人公の光の当たる面だけでなく、裏の面も描いている。だからリアリティがある(「ワレサ 連帯の男」については少し英雄視しすぎだと思った)。観客は、まさに生きて、逡巡し苦悩し人生という、そして芸術という深みの中をさまよう主人公とともに生きることになる。社会のあり方に怒り、迷いながらも埃を失うまいとする主人公をリンダは実に見事に演じる。そして、それ以上に画面の一つ一つの美しさ、そのリアリティを実現するワイダの力に圧倒される。

 冒頭のハンナ(ソフィア・ヴィフラチュ)と出会う野原の場面、娘とのやり取りの続く雪の場面、別れた妻の墓に青の色彩をつけた花を献じる場面など、人生の深みをひしひしと感じさせる場面がいくつもある。90歳の年に公開された最後の作品でさえもこれだけの力感にあふれ、激しいリアリティを持っているのは驚くべきことだ。それほどの執念で社会主義時代の矛盾を描きたかったのだろう。

 ワイダは私のもっとも好きな監督の一人だ。日本未公開の映画も含めて、私はかなりの数のワイダ作品を見ている(まだ見ていないものが何本かある。DVDなどでぜひ見たいものだ。発売してほしい)。パゾリーニ、アントニオーニに続いて、最後まで残ったワイダも亡くなった。私が大学時代に心の底から感動した映画監督はみんなが亡くなったことになる。「一つの時代の終わり」というのは、偉大な人物が亡くなった時の決まり文句だが、ワイダの死に対して私はそれをとても強く感じた。

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天津旅行まとめ

 一昨日、2泊3日の短い天津旅行を終えて帰国した。天津で特に何をしたわけでもないのに、かなり疲労を感じて、昨日は一日ぐったりしていた。天津の3日間をまとめてみる。

 

天津3日目(2017721日)

 とても涼しい。最高気温が26度という予報だった。前日は38度だったので、10度以上の差。実際、朝食のために外に出てみたら、むしろ肌寒いほど。冷たい風が吹いている。雨の予報だが、いつ雨が降り出してもおかしくない状況。あれこれ店を探すのは面倒なので、昨日と同じ「李先生」で朝食をとることにした。このチェーン店、あちこちで見かけた。ネットで調べたら牛肉麺が売り物らしい。それを食べることにした。これはなかなかうまかった。

 セブンイレブンで買い物をしてホテルに戻り、日本のテレビ番組をみたり、出発の準備をしたりして過ごした。

 出発は一時間遅れたが、JAL機で中部空港到着。その後、夜の飛行機で羽田へ。帰宅は2330分ころだった。

 

天津旅行のまとめ

・私は民度の目安の一つとして交通マナー、タクシー料金の公正さを考えている。上海よりは少しよくない気がした。最終日にホテルから空港まで乗ったタクシーの運転手さんはかなり乱暴な運転だった。ぎりぎりまで接近し、追い越し、割り込み、あおって運転する。後部座席にはシートベルトがないので、少々こわかった。

ただ、料金はメーター通りに52元だった。考えてみると、空港とホテルを結ぶ道は迷いようのないわかりやすい道。東京で言えば、おそらく羽田から表参道の交差点に行くようなものだ。それなのに、初日、空港からホテルに向かうタクシーは何度も細い道を通り、ぐるぐる回り、料金も70元ほどした。きっとごまかそうとしたんだろう! 私はmaps.meでフォローしながらタクシーに乗っていたので、時々、ナビの指示とは異なる道に入りこむのには気づいていた。あまりにひどいようなら抗議しようと思っていた。許容範囲内なので黙っていたが、帰りのタクシーに乗った後になって、行きのタクシーが明らかに意図的に遠回りしたことに確信を持った。

天津はまだまだ交通マナー、タクシーマナーについては先進国レベルではない。

 

・暑い地域での民度の目安として私が考えているのは、上半身裸の男だ。途上国に行くと必ず見かける。本当の途上国では、子どもが素っ裸でいたりする。上海では見かけなかった気がするが、天津では上半身裸の男は何人か見かけた。上半身裸とまではいかないまでも、シャツをたくし上げて胸近くまで上げて歩いている男は何人も見かけた。まだ、そのような文化が残っている。

 ただ、私はこのような姿を見るとホッとする。近代化されずに残っている人間身を感じる。昭和のころ、私も私の父も友人たちもそのような格好で外を歩いていたのだから。

 

・あちこちでプロ意識の不足を感じた。市内観光のガイドさんもその典型。それ以外に、タクシーの運転手にも感じた。空港とホテルの間以外にも何度かタクシーを使ったが、道を知らずにスマホのナビをセットする運転手が何人かいた。日本人観光客に行こうとするところなど、指折りの観光地に決まっているのに、その場所を知らなかった。ホテルのフロント、お店の店員も、まるで今日始めたばかりのアルバイトのような雰囲気の人が混じっている。あちこちで、「これで大丈夫なのだろか?」と思った。今回たまたまそんな場面に出会っただけなのか? 伝統的な職業がなくなって、多くの人が新しい時代に適応して新しい仕事を始めたということなのだろうか。そして、今、それに誇りを持てずにいるということだろうか。日本でもしばしば「研修中」という人を見かけるが、そんな人ももう少しまともな気がする。

 

・ホテルのすぐ近くに日本語で「成人の店」と書かれた小さな店があった。興味をもってのぞいてみたら、いわゆる「大人のおもちゃ屋」だった。自動販売機に怪しげな道具がぎっしりと並ぶ無人の店だった。日本人向けなのだろうか。こんな店があちこちにあるのだろうか。中国政府はこのようなものを許しているのだろうか。もちろん私には用のない品物ばかりなので、何も購入しなかった。だいぶ前に、私は夜の街の探索を卒業したが、そのあたりの状況がどうなっているのか気になった。

 

・文化的に見るべきものがないという印象も抱いた。市内観光をお願いしたガイドさん特有のキャラクターによるのかもしれないが、連れていかれた場所のいずれも美術的、芸術的にかなりレベルの劣るものに思えた。日本人なら、どんなに芸術についての素養のない人でも一目で、それが芸術と呼ぶものに値しないとわかるような絵画や陶器を中国の人は人だかりを作ってみている。中国人は、長い間、お金儲けにばかり気を取られて、芸術に目を向けることを怠ってきたのだろうか。それとも、行くべきところに行けば優れた芸術に出会えるのだろうか。それともたまたま天津があまり文化的な土地ではないのだろうか。

 

・上海ほど国家資本主義によって無理やりに大躍進を遂げた大都市という雰囲気はなかった。古いものと新しいものがそれなりに折り合いをつけながら発展しているのを感じた。路地に昔ながらの、ちょっと不潔そうな店があり、そこに庶民がやってきて総菜を買ったり、おしゃべりしたりしているのは、とても健全なことに見えた。上海はそれが見られなかった(もちろん、たまたま私がそのようなところに行かなかっただけかもしれないが)。

 

・制限した内部での無秩序をあちこちに感じる。国家自体がそのようなシステムなのだろう。空港から出るにも、地下鉄に乗るにも、時には大きな店に入るにも荷物検査を受ける。どこにも大勢の制服を着た管理側の人間がいて管理している。だが、そのわりに内部は無秩序で、混乱している。国が枠組みを作り、それに違反する人は厳しく罰し、強権で一部の市民を排除するが、一般社会では人々が思い思いに金儲けに邁進し、時には汚いことをしても他人を出し抜こうとし、それほど規律だって生活しているわけではない。これが中国の原動力なのだろう。もう少し成熟すると、もっともっと文化的に世界をリードするものが生まれてくるのだろう。しかし、そうなると、制限そのものを否定するようにもなるだろう。

 

とりたてて大観光地があるわけではなかったが、私個人としては天津旅行を十分に楽しんだ。あといくつか中国の都市に行ってみたいと思った。

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 天津の二日間

 昨日(2017719日)から天津に来ている。今年に入って月に一回程度の海外旅行をしているが、今回は天津にした。

 旅の場所に天津を選んだ理由は三つある。第一の理由、それはマイレージを消化するのに最も都合がよかったということだ。思い立ったのが遅かったためか、ほかの都市はすでに予約でいっぱいだった。中部空港経由の天津だけはまだ予約できた。

第二の理由は、多摩大学で天津財経大学の交換留学生と何人も付き合ってきたことだ。私のゼミに入ってくれた留学生もいた。天津ってどんなところだろう、天津甘栗と天津丼くらいでしか知らないけれど・・などと思っていた(ついでに言うと、甘栗も丼も実際には天津が名物ということではないらしい)。三つ目の理由というのは、昨年は広州、先月は上海に行って中国の躍動を目の当たりにしたが、もう少しほかの都市を見てみたいと思った。

 

1日目(719日)

 19日の朝、羽田を出て中部空港経由で、午後、天津濱海空港についた(飛行機の中では、「君の名は。」を初めてみた。中国語字幕がついていたので煩わしかったが、とてもおもしろいと思った)。空港から出て中国国内に入るときにも赤外線の荷物検査を受けた! もしかして空港出口ではなく、出発口に迷いこんでしまったのかと思った。おそろしく厳重な検査!

 空港は上海や広州に比べると客も少ない。時間帯によるのかもしれないが、入国審査も列を作ることもなくスムーズに進み、外に出た。地理的な無知をさらすようで恥ずかしいが、私は天津というのは少なくとも東京よりは涼しいのだろうと思っていた。ところが、このところ37度くらいまで温度が上がっていたらしい。覚悟していた。覚悟していたほどではないが、暑い。33~3度はあるようだ。

中国ではタクシー料金が安いので、少し離れたところにあるタクシー乗り場に急いだ。若い運転手さんのタクシーに乗りこんだ。上海の時と同じように、エクスペディアで予約したホテル名を英語で口にして、印刷した用紙を渡しても運転手さんは理解してくれなかった。英語の文字を読めないようだ。ワン・ツー・スリーといったレベルの英語もまったく通じない。運転手さんは車を降りてタクシー乗り場の守衛のような人に尋ねて、やっと出発。しかし、到着といわれて、料金を支払って外に出てみると、私の予約したホテルではない。ただ、私のホテル(日航ホテル)はそこからすぐだったし、私もmaps.meというアプリ(wifiなしで使える地図。ナビにもなる)で確認していたので、それを運転手さんに見せて、500メートルほど余計に走ってもらった。その分、10元追加料金を取られた。

英語が全く通じない人がかなりいる。「ハウマッチ」さえも通じない。内気というわけではない。中国語でガンガンとしゃべっており、なんとか話をしようと思っている人が、基本的な英語を知らない。どういうわけだろう。中国ではしっかりと英語教育をすると聞いていた。私が教えた中国人留学生たちも英語がかなりできていた。

タクシーから見えた光景は、上海や広州を少し小規模にした感じとでもいうか。近代的、あるいは未来的な高層建築物があり、高層マンションがあり、道路は整備され、良い車がたくさん通っている。交通マナーは東南アジアに比べれば悪くない。特に貧しい地域は目に入らない。取り残された雰囲気のある街もあるが、それでもそれほどの貧しさは感じない。

チェックインの時間になっていなかったが、部屋に入って一休みして、ホテルの日本人スタッフ(少々古い作りで、室内のエアコンが一括管理であるために温度調節ができないなどの不便がないでもないが、感じのよいホテル。日本人スタッフもとても親切)に地図をもらって周辺を歩いてみた。南京路から近くの道に入ってみた。日本語にはない漢字なので、変換できない。似た漢字を当てておくと、歩いたのは、管口道や浜江道、西宇道だ。ブランド店や百貨店やチェーン店(マクドナルドやユニクロなどの店がある)があり、人々が買い物を楽しんでいた。上海や広州に比べるといくらか静かな雰囲気がある。人もそれほど多くないし、みんながそれほど大声で話しているわけでもない。おしゃれな人が多く、30年ほど前とは逆に、化粧の薄い人、あまり大胆な色合いの服を着ていない人をみると、日本人ではないかと感じる。スマホを見ながら自転車、バイクに乗っている人が異様に多い。赤信号を堂々と渡っている歩行者(ほとんどが高齢者)が多いのにもびっくり。これも一つの文化なのだろう。

1時間半ほど歩きまわったが、あまりに暑くて冷房に当たりたくなった。セブンイレブンでお茶(甘いかどうかを確かめて買おうとしたが、店員さんはまったく英語が通じなかったのであきらめて買ったが、やはり甘い緑茶だった)などを買って、ホテルに戻り、また休憩。

ついでに言うと、セブンイレブンがやたらと多い。上海は確かファミリーマートが多かったが、何かの事情でそうなっているのだろう。品ぞろえは日本とさほど変わらない。日本の製品、日本でもよく見かける品も多いが、そのようなものは日本と同じかそれ以上に高い。中国製品になると、日本の半額か三分の一くらいになる。それなのに、多くの人が日本で見かけるのと同じような商品(ポテトチップ、チョコレート、お菓子など)を買っている。

夕方からタクシーで鼎泰豐(ディン タイ フォン)という有名レストランに食事に行った。多くの客が車で集まるような有名店らしい。日本人の客もいるようで、日本語も聞こえてきた。小籠包などをお腹いっぱい食べた。とてもおいしかった。

何はともあれ、海外の初めての街を歩くのは楽しい。観光地に行くまでもない。人々が歩いているところを歩くだけで、ほんの一端かもしれないが、その土地を感じることができる。それが好きでこれまで旅をしてきた。

 

2日目

朝、早く目が覚めた。しばらくぐずぐずしていたが、8時近くになってホテルの外を歩いてみた。

まず、全体が煙っている感じ。大気汚染だろうか。霞がかかっているようで、少し離れたところにある高層建築物がうっすらしている。通勤客が大勢歩いている。自転車(レンタル自転車を使っている人が多いようだ。なかなか便利そう。スマホをかざすとカチッという音がして鍵が外れるシステムのようだ)の人も多い。

繁華街の裏道を歩いてみた。小さな庶民的な店が並んでいた。パンや惣菜、ミルクなどを買う人が大勢押し掛けている。現代的な建築物の裏でこのような生活が行われているのがよくわかる。小さな公園があったので入ってみた。お年寄り(といったも、私よりも年下の人のほうが多かったのかもしれない)が、太極拳のようなことをしたり、フォークダンスのようなものを踊ったり。ジョギングをしている人もいる。

ホテルでの私の宿泊プランは朝食なしだった。中国ですごすのに朝食をホテルで食べることもあるまい、外でいくらでもおいしい地元の料理を食べられるだろうと思って、あえてそのプランにしたのだった。が、いざ、歩いてみると、庶民的な店に食欲をそそられながらも、中に入る勇気がない。不衛生なもの、危険なものが使われているかもしれないという思いがある。やはりホテルで食事をししようかと思っていた時、町の一角に「李先生」という中国人らしい男性の顔の入ったロゴマークのチェーン店らしい店を見つけた。ケンタッキー・フライド・チキンやマクドナルドの「パクリ」といえば、その通りだが、日本も一昔前はパクリばかりしていたのだから、それは当然のことだろう。チェーン店ならともあれそれほど不潔なことはしていないだろうと思って、粥と肉まんのセット(9元。日本円で150円程度かな?)だった。味のほうは特に美味しいわけではなかった。

いったんホテルに戻って、10時からある旅行会社を通じて依頼した半日観光ツアーに参加。といっても、今回も私一人だけ。ガイドさんは若い中国人男性。とても感じのよい、おとなしくて真面目な青年だったが、いかんせん日本語がうまくない。というか、ほとんど通じない。会話が成り立たなかった。しかも、あまり天津の地理や歴史にも詳しくなく、私が質問をしても、語学的な問題とともに知識的な問題もあってほとんど答えてもらえなかった。また、道に迷ったり、博物館があると知らなかったり。しかも、これまで経験した市内観光はすべて専用車だったのだが、今回はタクシーを使ってのツアー。タクシー代はすでに支払ったツアー料金(中国の半日ツアーとしてはかなり高額!)に含まれているということで新たに請求されることはなかったが、そのせいか、どうもガイドさんはタクシー代金を節約しようとしているようで、「どこか行きたいところはありますか」と尋ねてくれたのはいいが、私が行きたい場所を答えると、「そこはちょっと遠いので」と渋る始末だった。

 それでも古文化街、静園(溥儀が過ごした館。表示の英文を読んだところ、溥儀は西洋かぶれの人物として批判的に解説されていた)五大道(旧イギリス租界の5つの通りの走っていたところ)、天津外国語大学を訪れ、庶民的なおいしいレストランにも連れていってくれた。

 しかし、あまりに暑く、観光に疲れた。それに、このガイドさんではらちが明かないと判断して、早めにツアーを切り上げてもらってホテルで休憩した。

 1時間半ほどホテル内で涼んで、気を取り直して、一人で出発。朝、ホテル近くを歩いている時、地下鉄の行き先に「天津財経大学方面」という表示を見つけた。「天津財経大学」という駅があるらしい。この大学の留学生を何人も教えてきたので、ついでだから大学まで行ってみようと思い立った。

ホテルを出ると、ますます暑くなっていた。16時過ぎに中心部の地下鉄駅の「現在の気温」の表示が38度になっていたので、おそらく私がホテルを出た時はもっと暑かっただろう。天津財経大学駅から大学まで歩こうと思っていたが、ちょっと大げさに言うと命の危険を感じるほどの暑さだった。これまで一度も経験したことのない暑さというか。40度は超えていたのではないか。すぐに地下鉄で引き返して、今度は天津駅に行ってみることにした。

 ところで、地下鉄内でちょっとしたことが起こった。

 私は66歳。日本では、一度だけ電車の中で席を譲られそうになったことがある。その時は、丁寧にお断りした。ところが、中国でたかだか合計で1時間ほど地下鉄に乗っている間(しかも、私が電車の中で立っていたのは合計15分くらいだと思う)に二度も席を譲られた。外国人だから席を譲られたわけではない。私はどこでも中国人に見られる(日本人の多い日航ホテルでも、ほかの日本人はスタッフに「おはようございます」と声をかけられているのに私は「ニーハオ」と声をかけられる)。だから、間違いなく私は老人と見られて席を譲れられたのだろう。大変心外だ。しかし、中国の人はなんと心優しいんだろう! 日本人となんという違い。中国人はマナーが悪く、席を奪い合うと一部で言われているが、まったくそんなことはないではないか! 心外に思いながらも、「中国人、あっぱれ!」と思ったのだった。

 地下鉄駅に入るにも荷物検査を受けなければならなかった。天津駅に到着したが、国鉄の駅に入るにも荷物検査を受ける必要があるようで長蛇の列ができていた。駅を見物したいと思っていたが、恐れをなして、そのままホテルに戻った。

 ホテルで一休みして、夕食に外出しようと思っていたが、暑い中を歩く気力がなくなって、ホテル内で食事した。天津の料理があるかと思っていたら、日航ホテルだけあって、和食が中心。牛丼を食べた。

 ちょっと夏バテ気味。明日はほとんど観光はしないで、日本に帰る予定。

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札幌にて、トレーケルさんとお弟子さんたちのリハーサルに驚いた

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 2017715日、札幌のザ・ルーテルホールで「ドイツリートの調べ 
駒田敏章・尾崎佑里子ジョイントコンサート」のリハーサルをのぞかせてもらった。このコンサート、なんとゲスト出演はローマン・トレーケル。出演者のお二人はトレーケルの愛弟子とのこと。尾崎さんが札幌出身ということでこの企画が生まれたらしい。

 私は1999年のバイロイト音楽祭で「ローエングリン」の伝令を歌うトレーケルさんを聴いて以来のファンだ。その後、ベルリン・シュターツオパーでのバレンボイム指揮のワーグナー10演目連続上演の際にもヴォルフラムを歌うのを聴いてますますトレーケルさんのファンになった。2014年には武蔵野市民文化会館小ホールで「白鳥の歌」を聴いて深く感動した。映像でもCDでもトレーケルさんの演奏は何枚も聴いている。

数か月前、私が武蔵野で聴いたリサイタルの感想を書いたブログの記事を札幌のコンサートで配布したいという連絡があった。私としては光栄この上ないことなので、もちろん喜んで承諾し、ちょうど学研との共同事業で札幌を訪れることになったので、リハーサルだけでも聴かせていただきたいと思ってお邪魔したのだった。

トレーケルさんと少しだけ挨拶をして、三人の歌を聴かせていただいた。少し聴いただけで驚いた。繰り返すが、大変失礼ながら、本当に驚いた。トレーケルさんが素晴らしいのはよく知っている。少し声を出すだけで現在の声楽界をリードする最高のリート歌手だということがすぐにわかる。音程のしっかりとした深い声。堂々たる声量。改めてすごさを感じた。が、今回、驚いたのは、駒田さんと尾崎さんの歌の素晴らしさだ。日本人離れしたというと、日本人声楽家に大変失礼だが、まさしく日本人離れした発声と声量。無理のない安定した歌。

 トレーケルさんが声楽家として世界最高であるだけでなく、指導者としても大変優れていることを痛感。私はトレーケルさんと尾崎さんのデュオを聴いて本当に素晴らしいと思った。シューベルトの曲が多かったが、とてもきれいに、とても楽しく、しなやかに歌っていた。駒田さんについては、以前「アリアドネ」の音楽教師を歌ったのを東京で聴いてとても感銘を受けた記憶があるが、今回も素晴らしいと思った。日本人が歌っていると、すぐにそれとわかることが多いのだが、尾崎さんと駒田さんに関してはそんなことがない。ドイツ人の歌に聞こえる。

 そして、もう一人忘れてならないのはピアノ伴奏の新堀聡子さん。三人の歌手にぴたりと寄り添って見事な音で音楽を作っている。とてもしなやかで知的で、しかも情感豊か。いやはや本当に高いレベルのコンサート。

 昨日はPMFのコンサートを聴いて札幌の音楽のレベルの高さに驚いたばかり。リハーサルだけでなく、本番のコンサートを実に聴きたかった。が、明日の午前中から仕事なので、今日中に東京に戻らなければならない。夜まで札幌でコンサートを聴いていたら、間違いなく東京に戻れなくなる。残念ながら、途中で新千歳空港に向かった。

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札幌でPMFウィーンの演奏を聴いた

 2017714日、札幌のKitaraホールで、PMFウィーン(ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団メンバー)による演奏を聴いた。

 午前中に東京を出て、午後、札幌市内で、私が塾長を務める白藍塾が学研と共同事業で行っているクリティカル・シンキングのセミナーを行い、そこで短い講演をした。大変実りあるセミナーだった。セミナー終了後、あわててタクシーでKitaraホールに駆けつけて、小ホールでのコンサートを聴いたのだった。

 PMF.(パシフィック・ミュージック。フェスティバル)には以前から関心を持っていた。最初にこの音楽祭でのコンサートを聴いたのは10年近く前だったように思う。シュミードルのクラリネットだった。今回が二度目のPMF。今回は、私はPMFの公式ガイドブックに原稿を寄せている(「ウィーンとベルリン、それぞれの街とオーケストラ」)ためもあって、ぜひ聴きたいと思っていた。たまたま仕事と重なったので、その機会を利用した。

 演奏は、第一ヴァイオリンがライナー・キュッヒル。そのほか、第二ヴァイオリンがダニエル・フロシャウアー、ヴィオラがハンス・ペーター・オクセンホーファー、チェロがロベルト・ノージュ。そして、コントラバスがミヒャエル・ブラーデラー。曲目は、最初にハイドン:の弦楽四重奏曲ニ長調「ラルゴ」、次に弦楽五重奏版のモーツァルト「アイネ・クライネ・ナハトムジーク」、前半最後にロッシーニ:のチェロとコントラバスのための二重奏曲 ニ長調。後半にドヴォルザーク:の弦楽四重奏曲 14番。

 さすがキュッヒルのヴァイオリンがあまりに美しい。独壇場とでもいうか。ただ、キュッヒルさんには大変申し訳ないが、第一ヴァイオリンが素晴らしくて、そこにばかり耳が行ってしまって、音楽が必要以上にホモフォニックに聞こえてしまう。ハイドンとモーツァルトはもともとそういう曲ではあるとはいえ、ヴァイオリンだけが旋律を奏で、それ以外はすべて完全な伴奏に聞こえてしまう。ドヴォルザークでもそのような感じがする。致し方ないとはいえ、もう少しほかの楽器に耳が行くほうがバランスがよいのではないかと思った。

 とはいえ、もちろんあまりに素晴らしい音。そして、もちろん最高に楽しい。こんなに見事な演奏なのだからキュッヒルのヴァイオリンに耳が行ってしまうのも仕方がないとつくづく思う。

 ロッシーニの曲はたいへんおもしろかった。以前、この曲の演奏を聴いたことはあるが、ウィーンフィルのメンバーで聴くと、これはまた格別。あらためてロッシーニの魅力を存分に味わった。

 アンコールは弦楽五重奏版のヨハン・シュトラウスの「春の声」と、ハープが加わっての「観光列車」。最高に盛り上がった。楽しい演奏。

 素晴らしいホール、素晴らしい雰囲気。札幌の人にPMFが、そしてクラシック音楽が根付いているのを感じる。

 ただとてつもなく暑い!! 今日の札幌の最高気温は36度を超したという話を聞いた。札幌は涼しいかと思っていたのだが、大違い。東京よりも暑かった。中島公園を歩いて地下鉄の駅に向かったが、21時を過ぎてもまだ暑かった。もちろん、昼間に比べるとかなり過ごしやすくなっていたが、北海道にしては異常に暑い。明日も同じように暑いのだろうか。

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トルナトーレの映画「教授と呼ばれた男」「明日を夢見て」「シチリア!シチリア!」「天文学者の恋文」

 忙しさからやっと解放された。数日前から少しずつ時間が作れるようになり、今日はかなりのんびりできた。明後日にはまた札幌に行き、その後もあれこれと仕事はあるが、これまでのように時間に追われることはなくなりそう。

 この数日間にみた映画DVDの感想を書く。トルナトーレ監督の映画を4本みた。

 

「教授と呼ばれた男」 1986年

 トルナトーレの処女作。姉をからかった男を衝動的に殺して刑務所に入り、そこで頭角を現してマフィアのトップに上り詰めた男(ベン・ギャザラ)の死までを描く。後のトルナトーレの映画からは考えられないような暴力的な場面が続出する。マフィアに支配されるイタリア世界の状況がよくわかる。知的で残酷な男の人間性を見事に描いて、最後まで飽きないし、見ている者に不思議な感情移入をさせてしまうところはさすが。処女作とは思えないほどの演出力に舌を巻く。

 

「明日を夢見て」 1995年

 映画の新人発掘だと称してシチリアを回り、市民を募ってお金を取って紹介フィルムを取る詐欺師(セルジオ・カステリット)を中心に描く。カメラの前では誰にも言えない真実を語る市民の描写が素晴らしい。女優を夢見て男を追いかけ、その愛人になる孤児役のティツィアーナ・ロダトがとても初々しい。小悪党を狂言回しにしたロードムービーというよくあるタイプの映画なのだが、庶民への愛と人物描写、シチリアの風景がみごと。かつてのデ・シーカを思わせる作風。とても良い映画だと思う。

 

「シチリア!シチリア!」 2009年

 原題は「バーリア」。シチリアのバーリアという町で暮らすペッピーノ(フランチェスコ・シャンナ)の一代記。貧しい家に生まれ、共産党員になり、議員になり、家族を養う。1930年代から戦争が始まり、戦争が終わり、豊かになっていく時代を背景にしている。起承転結のある物語というよりも、様々なエピソードを並べ、シチリアの町の人間模様、家族の葛藤、ペッピーノの成長、時代の変遷を描いていく。実にリアリティがあり、生き生きとしている、作りごとではない、人間が生きてきた歴史、そして世代から世代へと受け継がれていく精神が感じられる。愛があり、死があり、いたずらがあり、哀しみがある。これが人生だと強く感じる。映像の美しさ、あらゆる俳優の魅力的な動き、そして何よりもトルナトーレ監督の演出手腕を強く感じる。ただちょっとわかりにくいところがあった。「卵が割れる」エピソードが出てくるが、これって「死産」を意味するのだろうか。

 

「ある天文学者の恋文」2016年

 トルナトーレの最新作。昨年、劇場でみようと思っていたが、行く前に終わってしまったのでDVDでみた。天文学を学ぶ女子学生(オアルガ・キュリレンコ)は天文学の権威である教授(ジェレミー・アイアンズ)と恋に落ちる。だが、教授は病死。ところが、死後も教授からメールが届き、プレゼントが届く。考えられないような設定だが、それはそれでとても納得できる。教授は死後も女子大生を過去の重みから解放させようとする。年の差のある男女の恋を美しく描いている。確かに考えてみれば、私たちは星々という数億光年前の光をみている。星の中にはずっと昔に死んでしまったものも混じっている。天空という無限の世界を前にしての生と死というテーマが男女の恋という形で描かれるというか。素晴らしい映画だと思った。

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ドールのホルンによるモーツァルトのホルン協奏曲全曲、素晴らしい演奏

 2017711日、武蔵野市民文化会館小ホールで、シュテファン・ドールのホルン、アカデミッシェ・アンサンブルの演奏でモーツァルトのホルン協奏曲全曲と交響曲17番と33番を聴いた。素晴らしかった。

 ドールのホルンはまさしく超絶技巧。よくもまあホルンをこれほど歯切れよく演奏できるものだ。舌を巻いた。こんなホルンを初めて聴いた(バボラークがすごいという話だが、まだ聴いたことがない)。そして、それ以上に、音楽性が素晴らしい。交響曲2曲はドールの指揮だったが、実に自然で、しかものびのびとして躍動感がある。ホルン協奏曲では、いっそうホルンが躍動する演奏。

 もちろん私は今日演奏された曲については、これまで録音を何度か聴いたくらいで実演を聴くのは初めてだと思う(もしかしたら、一、二度聴いたことがあるかもしれないが、ほとんど記憶にない)。だから演奏についてどうこう言う資格はない。が、モーツァルトの音楽の美しさ、音楽そのものの楽しさを存分に感じることができた。これこそが最高の演奏なのだと思う。

 ところで、アカデミッシェ・アンサンブルってどういう団体なのだろう。この名称に覚えはない。プログラムには演奏者一人一人の氏名が出ているが、団体についての説明がない。今回のドールの来日に合わせて臨時に日本だけで作られた団体なのだろうか。それにしてもレベルが高い。ドールの指揮に即座に反応するし、とてもきれいな音。若い人が中心のようだが、音も若々しく躍動するし、弦のアンサンブルがとてもいい。

 モーツァルトのホルン協奏曲を素晴らしい演奏で聴けて満足。

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私の故郷・日田の豪雨

 201776日。私が子どものころから見慣れた光景が、豪雨の被災地としてテレビに繰り返し映されている。しばしば使っていた久大線の鉄橋が流されている。日田市大鶴地区(私の母の実家があったところであり、私が生まれたところでもある)も特に被害の大きい地域として報道されている。緑の多い穏やかな土地が泥だらけの姿になっている。鮎の住む清流が泥川になり、流木やごみがたまっている。福岡空港から日田までバスで移動する地域が今回の豪雨の中心的な被災地だ。

 両親は一昨年、高齢のために東京に越してきた。父はその年に亡くなった。両親はそれまで日田市内に住んでいた。両親の暮らしていた地域もどうやら避難指示地域に指定されていたようだ。両親が日田に住んでいなくてよかったと心から思う。いとこたちが何人か日田市内に住んでいるが、彼らはまだ若い(といっても私とほぼ同年代だから結構な老人だが)ので、濁流にのまれる前に対応できるだろう。

 日田に住んだのは5歳までで、それ以降は父の仕事の関係で中津市、大分市で暮らした。父の実家は日田市内にあったので、帰省先は日田だったが、私自身は日田についてもそれほど強い故郷意識は持っていない。持っていないつもりだった。だが、日田の惨状をみると、私の中の郷愁が刺激される。故郷が失われていくような気分に陥る。両親とともに日田の風景をみていたころを思い出す。

 母は老人ホームでテレビを見て日田の状況は知っているようだ。今日、老人ホームに母を見舞った息子によると、母はそれほど大きな落胆や心配の様子は示していなかったという。私自身で確かめたいが、実は私は札幌で風邪を引いたらしく、咳が出て、一昨日からはほとんど声が出ない。老人ホームに風邪を蔓延させるわけにはいかないので、しばらく母のところには行っていない。

 これ以上、被害が拡大しないことを祈りたい。

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シュテファン・ザンデルリンクの指揮 最も嫌いなタイプの演奏だった

 201774日、武蔵野市民文化会館でシュテファン・ザンデルリンク指揮、ハンブルク交響楽団の演奏を聴いた。私の最も嫌いなタイプの演奏だった。このごろ、年齢のせいか私もかなり「丸く」なってあまり人をけなさなくなったが、聴いているうち、口をきわめて罵りたくなった。それほど嫌いな演奏だった。

 オーケストラについては、特に悪いとは思わなかった。私がひどいと思ったのはシュテファン・ザンデルリンクの指揮だ。先ごろ、同じ武蔵野市民文化会館でミヒャエル・ザンデルリンク指揮、ドレスデン・フィルの素晴らしい演奏を聴いたばかりだったので、その兄であるシュテファンの演奏も期待していた。だが、失望した。それどころか怒りさえ覚えた。

 曲目は前半にブラームスの交響曲第4番、後半に第1番。

 第4番の冒頭からあまりにゆっくりした演奏。歌わせているのだろう。だが、あまりにのん気で天下泰平な歌わせ方。楽し気にあっけらかんと楽天的にすべての楽器を歌わせる。楽器演奏者は気持ちよく演奏しているのだろう。だが、ずっとそんな調子なので、一本調子になる。しかも、ゆっくりしているので、私には弛緩しているように聞こえる。曲の構成を熟慮しているとは思えない。オケをコントロールしているようにも聞こえないし、視覚的にもそうは見えない。そもそもブラームスのこの交響曲特有の諦観にあふれたロマンティックな感情など少しもない。まるでクリスマスコンサートか何かのお祝いコンサートのように、メリハリもなく、ただ楽しそうに演奏する。

 しかも、意識的なのか、それともこの指揮者の癖なのか、独特のリズムを刻む。踊るようなリズムというか。それが余計に楽天的に響く。ずっとそんな調子。まったく緊張感がなく、メリハリがない。私に言わせれば、これではブラームスにならない。

 前半を聴き終わった時点でもう帰ろうかと思った。が、まあせっかくだからと後半も聴いてみた。

 第1番は第4番よりは良かった。同じような演奏だが、若々しい交響曲なので、このようなリズム、このような楽天性もそれほど気にならない。

 第1番を聴きながら思った。おそらくこの指揮者はミンコフスキーのような指揮をしたいのだろう。確かにミンコフスキーも踊るような独特のリズムを刻む。ある意味で一本調子だ。ただ、ミンコフスキーはシュテファン・ザンデルリンクとちがってきびきびと、そしてぐいぐいと音楽を進めていく。しかも、もちろん構成をしっかりと作り出す。シュテファンは音楽を推進せず、ただ全体を掌握しないで、それぞれの楽器が歌うに任せている。

 耐え難いと思った。観客は大喝采していたが、私はアンコールを待たずに帰った。もちろん、私の勝手な言い分だが、こんな演奏に喝采するべきではないと思った。

 私は武蔵野市民ではないが、この市民会館を愛している。武蔵野文化事業団の企画によってたくさんの素晴らしい演奏家を知った。たくさんの素晴らしい演奏を聴いてきた。感謝に堪えない。が、このごろのオーケストラの演奏には多少疑問を感じるものが混じっているのを感じる。以前のようにレベルの高いものばかりではなくなった気がする。先ごろ、文化会館の階層のこけら落としに演奏されたベートーヴェンの全交響曲演奏も、今回と同じようなタイプの、あまりにあっけらかんとして一本調子の演奏だった。

 二日連続の武蔵野市民文化会館(昨日は小ホールでのチェドリンスのリサイタル)。昨日は素晴らしかったが、今日はがっかり。もちろん、これもまたコンサートの楽しみではある。

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チェドリンス 世界のスター歌手の力量に圧倒された

201773日、武蔵野市民文化会館小ホールで、フィオレンツァ・チェドリンス ソプラノ・リサイタルを聴いた。チェドリンスはいま第一線で活躍する世界オペラ界の大スターだ。私は彼女の歌うオペラの映像は何枚も見た記憶がある。いずれも素晴らしかった。初めて実演を聞けるとあって大いに期待した。

期待通りの凄まじい歌声が「ノルマ」の最初の声から聴かれた。ホール中に響き渡る美声。しかも、一声で「ノルマ」の高貴で狂気じみた世界を作っている。観客全員を引きつけ、異界に入りこませる。容姿も美しく、メヂカラがすごい。もちろん、音程はピタリと定まり、声の細部まで見事にコントロールされ、人物になり切って歌う。まさしく現在のソプラノ界の最高のパフォーマンス。

 そのほか、「オテロ」の「柳の歌」、「運命の力」のレオノーラのアリア、「ある晴れた日に」「私の名前はミミ」など。「オーソレミオ」「カタリカタリ」なども素晴らしい。プログラム最後の「カヴァレリア・ルスティカーナ」のサントゥッツァのアリアはとりわけ絶品だった。

このような世界の第一線の歌手の歌を聴くと、日本人の歌手の線の細さを感じざるをえない。日本人はアリアを一つの旋律線として平ぺったく歌う。発声も無理をしていることが多い。だが、チェドリンスはダイナミックレンジが広い。小さな音、大きな音によって表現を広げる。日本人の歌は観客の目の前をメロディが横に通り過ぎていく感じがするが、チェドリンスの場合、歌によってチェドリンスの魂が目の前に圧力としてぐっと近づいてきたり、遠のいたりする。メロディが観客一人一人に迫ってくる。

 ピアノ伴奏はイネッサ・フィリストヴィチという女性だが、ピアノによって世界を作りだすことはできていなかった。ピアノソロの曲も持ち味を発揮していなかった。まさしく伴奏ピアニストという存在なのだろう。ピアニストにもっと力量があったら、もっとすごい世界を作り出せたのかもしれない。

 アンコールは、カルメンのハバネラ、越谷達之助「砂山」(私は歌ったことのない曲だが、チェドリンスの求めに応じて大勢の日本人客がともに歌った)、最後にアドリアーナ・ルクヴルールのアリア。まさしく絶品。大盛り上がり。

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北海道出張 そして映画「22年目の告白」のこと

 2017630日から一泊二日で北海道に出かけていた。30日はすっきりとした良い天気。25度くらいあってとても快適だった。

私が塾長を務める白藍塾が江別市にある立命館慶祥中学の小論文指導をサポートしているため、研修が毎年行われている。私も10年間近く前から毎年訪れている。革新的な教育を行っている立命館慶祥のお手伝いをできることは大変楽しい。今回も有意義な研修だった。研修後、立命館慶祥の小論文担当の先生方と新札幌駅付近の魚鮮というお店で小さな懇親会。魚がとてもおいしい。札幌駅付近のホテルに宿泊した。

 考えてみると、615日に鹿児島、21日に上海、30日に札幌と、このところあちこちに足を運んでいる。再来週にはまた別の仕事で札幌に行く。上海は完璧な観光だったので文句は言えないが、少々疲れた。

 71日、帰りは夕方の飛行機だったので、少し観光をしようと思っていた。登別か室蘭にでも行ってみようかとも計画した。が、朝、起きてみると、その元気がわかない。駅付近のマッサージ店を見つけて午前中にマッサージを受け、昼食後、映画を見て時間をつぶすことにした。予告編をみて興味を引かれていた「22年目の告白 私が殺人犯人です」をみることにした。入江悠監督。出演は藤原竜也、伊藤英明、夏帆、仲村トオル。

 とてもおもしろかった。はらはらしながら最後まで見た。さすがに途中で(つまり、登場人物よりはだいぶ早く)真相にたどり着いたが、それまでは意外な展開に目を見張ってみていたし、その後も十分に説得力を覚えた。宮部みゆきの「模倣犯」ととても良く似た発想だと思った。ちょっと言いたいことがないでもないが、それを言い出すと完全に「ネタバレ」になってしまう。このタイプの映画ではそれはルール違反だろうからこのくらいにしておこう。

私は日本のエンターテインメント映画をあまり見ないが、テレビドラマなどでかけだしのころからみていた俳優たちが堂々たる演技をする名優となっているのに驚いた。

 その後、新千歳空港に向かった。映画を見ているうちに、札幌は雨になっていた。22時半ころに帰宅した。

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