チェドリンス 世界のスター歌手の力量に圧倒された
2017年7月3日、武蔵野市民文化会館小ホールで、フィオレンツァ・チェドリンス ソプラノ・リサイタルを聴いた。チェドリンスはいま第一線で活躍する世界オペラ界の大スターだ。私は彼女の歌うオペラの映像は何枚も見た記憶がある。いずれも素晴らしかった。初めて実演を聞けるとあって大いに期待した。
期待通りの凄まじい歌声が「ノルマ」の最初の声から聴かれた。ホール中に響き渡る美声。しかも、一声で「ノルマ」の高貴で狂気じみた世界を作っている。観客全員を引きつけ、異界に入りこませる。容姿も美しく、メヂカラがすごい。もちろん、音程はピタリと定まり、声の細部まで見事にコントロールされ、人物になり切って歌う。まさしく現在のソプラノ界の最高のパフォーマンス。
そのほか、「オテロ」の「柳の歌」、「運命の力」のレオノーラのアリア、「ある晴れた日に」「私の名前はミミ」など。「オーソレミオ」「カタリカタリ」なども素晴らしい。プログラム最後の「カヴァレリア・ルスティカーナ」のサントゥッツァのアリアはとりわけ絶品だった。
このような世界の第一線の歌手の歌を聴くと、日本人の歌手の線の細さを感じざるをえない。日本人はアリアを一つの旋律線として平ぺったく歌う。発声も無理をしていることが多い。だが、チェドリンスはダイナミックレンジが広い。小さな音、大きな音によって表現を広げる。日本人の歌は観客の目の前をメロディが横に通り過ぎていく感じがするが、チェドリンスの場合、歌によってチェドリンスの魂が目の前に圧力としてぐっと近づいてきたり、遠のいたりする。メロディが観客一人一人に迫ってくる。
ピアノ伴奏はイネッサ・フィリストヴィチという女性だが、ピアノによって世界を作りだすことはできていなかった。ピアノソロの曲も持ち味を発揮していなかった。まさしく伴奏ピアニストという存在なのだろう。ピアニストにもっと力量があったら、もっとすごい世界を作り出せたのかもしれない。
アンコールは、カルメンのハバネラ、越谷達之助「砂山」(私は歌ったことのない曲だが、チェドリンスの求めに応じて大勢の日本人客がともに歌った)、最後にアドリアーナ・ルクヴルールのアリア。まさしく絶品。大盛り上がり。
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