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ジャームッシュ監督「パターソン」 日常の中の詩としての映画

 ジム・ジャームッシュ監督の「パターソン」を見た。ニュージャージー州パターソン市に住むパターソンという名前の男(アダム・ドライバー)。バスの運転手として平凡な生活を送りながら、毎日、ノートに詩を書きつけている。美しい中東系の浮世離れした妻(「彼女が消えた浜辺」のゴルシフテ・ファラハニ!)と愛嬌のある犬、そして行きつけのバーでの平凡な日常が描かれる。しかし、その日常の奥底、日々の平凡な生活の中に詩があることが、静かな映像によって観客に伝わる。善良で優しい主人公。日常の向こうに非日常の声を聴きながらも、日常を生きている。バス運転手というきわめて日常的な仕事をしながら、人々の声に耳を傾け、自然を見ている。

 とりあげられる詩人ウィリアム・カーロス・ウィリアムズの詩と人生がとても魅力的だ。そして、何度も出てくる双生児のイメージもおもしろい。パターソンに暮らし、ウィリアム・カーロス・ウィリアムズという名前を重ねたパターソン出身の詩人、パターソンに住むパターソンという名の主人公、時代を超えた二人の双生児としてのイメージが膨らんだのだろうか。よくわからないが、ともあれ微笑ましくて、ちょっと神秘的な双生児というイメージに私は心惹かれた。

 最後、書き溜めた詩を愛犬に食いちぎられて、主人公は途方に暮れて滝の前のベンチに座っている。そこに日本人の詩人(永瀬正敏)が現れ、突然話しかけて、死について話を交わす。主人公はそれに元気づけられ、また日常を取り戻す。

 素晴らしい映画だと思った。まさしく日常の中の詩そのものといえるような映画。役者たちも素晴らしい味を出している。永瀬さんも素晴らしい。ジャームッシュの名前はずっと昔から知っていたが、ヨーロッパ贔屓だった私は、いかにもアメリカ的な題名の映画の多いこの監督を敬遠していた。昔、一作を見た覚えがあるが、それほど惹かれることなく、タイトルも忘れてしまった。

これから何作か見てみよう。

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松尾俊介ギターサロン「バッハから武満まで」 限りなく繊細に武満を演奏

 2017825日、現代ギター社のサロンで松尾俊介ギターリサイタルを聴いた。前半に、バッハの無伴奏チェロ組曲第3番とシャコンヌ(ともに、松尾自身の編曲)、後半に「ロンドンデリーの歌」(武満徹編曲)、武満徹「森のなかで」、アルベニス「アストゥリアス」(松尾編曲)、トゥリーナ「ギターのためのソナタ」。

 多摩大学在職中、ゼミのコンサートで松尾さんには何度も出演していただき、素晴らしい演奏を聴かせていただいた。軽妙なトークと、そのトークの雰囲気とまったく異なる繊細で知的で、しかもとてつもないテクニックによるギター演奏に私は惹かれてきた。

 猛烈に蒸し暑い日だった。夕方になってもまだ30度を超して、むしむししていた。おそらく、そのためにギターが松尾さんの思うように鳴らなかったのだと思う。前半、音を出すのにてこずっている様子が見えた。相変わらずの松尾さんの凄まじいテクニック。実は、私はギターを弾く指をみていることができない。あちこちに行ったり来たりしている指をみていると、頭の中が混乱してくる。だが、それほどのテクニックをもってしても、チェロやヴァイオリンの弦を長く弾くことによって成り立っている曲をギターで弾くのが至難の業であることを感じた。

が、後半、ギターが鳴りだしてからは本当に素晴らしかった。これらは基本的にギターのために作られている。武満の「森のなかで」を初めて聴いたと思うが、武満の世界に触れることができた。実に繊細、一つ一つの音のどれもが心をそっとなでるよう。それを松尾のギターが完璧に再現していく。

最後にスペインの音楽。ご自身がトークで語った通り、松尾さんはギターの本場であるスペインの曲をあまり弾かない。「後にとっておいた」とのことだが、実は、ギターで内面をしっとりと繊細に表現する松尾さんには、どうしても外面的になってしまうスペインのギター曲を遠ざけておきたいという意識があったのだろう。確かに、いつもの松尾さんらしくない演奏。しかし、これも素晴らしかった。外面性と内面性が見事にマッチ。松尾さんが外面的な曲を弾いてもこけおどしにはならない。

アンコールの最後は「愛の賛歌」。しみじみと終った。さすが。

ウランバートル旅行は私には負担が大きかったようで、まだ疲労感が残っている。帰りに最寄りの駅付近でマッサージを受けて(とはいえ、帰国後2度目のマッサージ)、やっと元気を回復した。

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ファビオ・ルイージ+読響 知的躍動の「英雄の生涯」に感動

 2017824日、東京芸術劇場で読響サマーフェスティバル2017「ルイージ特別演奏会」を聴いた。ファビオ・ルイージの指揮。素晴らしい演奏。まれに見る名演奏だと思った。

 前半はシュトラウスの「ドン・ファン」とハイドンの交響曲第82番「熊」、後半に「英雄の生涯」。要するに、描写性を持つ音楽を集めたプログラム。以前、ドレスデン・シュターツ・カペレの来日公演でファビオ・ルイージの「英雄の生涯」を聴いて感動した覚えがある。再び感動したいと思って足を運んだ。

「ドン・ファン」の最初の音からしなやかで研ぎ澄まされていて、しかも躍動的。それが知的に構築されていく。とてもわかりやすい指揮だと思う。どのような音を出したいのか、どのように音を重ねたいのか観客にも良くわかる。オケもそれにぴったりとついていく。読響はもちろんとても良いオケだが、それにしてもルイージの手にかかると、これほど研ぎ澄まされるとは! ドレスデン・シュターツ・カペレほどではないかもしれないが、とても透明で色彩的。あまりロマンティックではない。むしろ、論理的に音を重ねて、きわめて知的に音のドラマを作っていく。聴いているものとしては知的に興奮する。

 ハイドンの「熊」も、曲芸を描写するような第4楽章を山場に持ってきて、とてもおもしろかった。第3楽章までは少し抑え気味にしておいて、古典音楽らしく、しなやかに、おとなしく、しかも気品にあふれた演奏。そして、第4楽章でおもしろさを全開にする。聴くものとしては、最後に種明かしをされたような気分になる。ハイドンのユーモアも聞こえてくる。

 そして、やはり「英雄の生涯」がすごかった。まさしく音の絵巻が展開される。しかし、それほど豊穣な感じはしない。むしろ、引き締まっていて、無駄なものがない。無駄なものはないが、音がしなやかで色彩的で表情があるので、音楽に躍動感があって推進力がある。

 昔、よく「シュトラウスは砂糖づけのように甘ったるい」という言葉を聞いた。それを聞くごとに私には不思議だった。高校生のころにクレメンス・クラウス指揮のレコードでシュトラウスの交響詩をずっと聴いていた私にとって、シュトラウスの音楽は知的でしなやかで引き締まったものだ。ルイージの作りだす音楽も、甘ったるさはまったくなく、知的でしなやかで引き締まっている。これぞシュトラウスだと思った。無意味に感情移入するのでなく、音を完璧にコントロールし、音の織物を作り上げていく。

 ソロ・ヴァイオリンの長原幸太も素晴らしかった。これもあまりロマンティックではなく、むしろもっと現代的で知的なアプローチ。心にぐいぐいと食い込んでくるような音だった。

 ソロ・ヴァイオリンとホルンの2台の楽器で静かに終わる。舩木篤也さんの解説によると、これは初稿に基づくという。ホルンも素晴らしかった。

 大いに感動し、興奮した。

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ウランバートル(モンゴル)旅行のまとめ

たかだか34日のモンゴル旅行なので、たいしたことはわからなかったが、今回の旅についての印象をまとめておく

・ウランバートルはかなり近代的な大都市だ。きれいな建物があり、20階建て程度のビルもたくさんある。ロシアの雰囲気。ソ連時代ふうの無味乾燥な監獄のような建物も目に入る。おしゃれな建物もロシア風。ただし、売られているものは多くが中国製のようだ。チンギス・ハーン広場に市が立っていたが、文房具、服、機械類のほとんどは中国製のようだった。モンゴル製らしいものは、農業製品以外にはなさそうだった。

 

・ホテルのすぐ隣にスーパーがあったのでのぞいてみた。ヨーロッパでよく見かけるタイプのスーパーだった。果物や野菜は自分で袋に詰めてレジに持っていくようになっている。倉庫のように品物がざっと並んでいる。中国製が多い。ラーメンやうどん、調味料など日本製もある。スコッチなどもある。品ぞろいはとても良かった。夕方、ほんの短い時間だったが、ホテルの周囲を歩いてみた。コンビニを見つけた。小さめの日本のコンビニと同じような雰囲気で、セブンイレブンと似たマークだった。品ぞろえも日本に似ていた。英国製ウィスキーなどは日本と大差ないが、一般の商品については、日本よりもかなり安かった(半額か三分の一くらい?)。

 

・正直言って、3日間食べた料理は、あまり私の口には合わなかった。ただ、私の食べたものが、モンゴル料理かどうか怪しい。西洋風にかなりアレンジされたものだったように思う。とはいえ、きっと、日本人にも抵抗のないように気をつかってくれているのだろうから、実際には、本格的なモンゴル料理はもっと日本人には食べづらいものなのかもしれない。一言で言えば、どれも大味で胃にもたれる。

 

・草原の風景は素晴らしい。ほんの少し郊外に行くと草原が広がり、そこで放牧がなされている。モンゴルの人は見慣れた風景だろうが、まさに絶景。もう少し郊外に出ると、見渡す限りの草原になる。これを見ただけで幸せを感じる。そして、星空。私は本来、天体にほとんど関心のない人間だが、ゲルからトイレに行こうとして、空を見上げてびっくり。もっと暗いところに行ったら、もっと美しかった。ガイドさんと顔を合わせたので、そのことを言うと、ガイドさんは、このくらいの星空できれいだということが不思議らしく、「本当に晴れていたらこんなもんじゃありませんよ」といっていた。よほどすごいのだろう。

 

・ともかく渋滞がすごい。ウランバートル市内は、どこもかしこも大渋滞。電車、地下鉄はない。新学年直前だからいつもよりもひどいというが、それにしても、凄まじい。幹線道路はまったく動かないといってよいほど。朝夕のラッシュ時でなくても、中心道路のどこもが大渋滞だった。左折する場合など、一回の信号で1台か2台しか進めないことも多い。大通りごとに左折車線に長い列ができている。ところが、その列の後方にいた車が、列から抜けるので、左折をあきらめて直進でもするのかと思っていたら、左折車線の前のほうに行って割り込もうとする。そんな車が何台もある。そのためによけいに渋滞する。

 

・交通マナーは、割り込みを除けば、それほど乱暴ではない。まあ、乱暴に運転しようにも渋滞なので、しようがないとも言えるだろ。ただ、割り込みと車線の奪い合いは凄い。少しでも先に行こうとする。気持ちはわからないでもない。少しでも先に行けば、先に大状態から抜け出せる。

 

・チンギス・ハーンの騎馬像付近もホテル付近も、階段の破損や道路の陥没などが気になった。また、道路の破損もあちこちにあった。昔、東ヨーロッパに行ったとき、建物そのものは立派に見えるものの、中に入るとあちこち故障していたり、機能していなかったりするのを経験したことがあるが、それに似たものを感じた。外見はそれなりに整っているが、手抜き工事なのかメンテナンス不足なのか、その両方なのか、きちんと機能していない。これでは、地下鉄などの公共交通システムが完成させ、メンテナンスを続けるのは難しそうだ。

 

・とても有能なガイドさん(日本人とまったく変わらない日本語だった。ただ、現在の日本の言葉などについてはよくわからない様子だった)だったが、約束の時間に少し遅れてきたり、モノを紛失したりということがあった。また、ホテルにバスタブ付きの部屋を申し込んだはずなのに、シャワーしかなかったり、フロントにモーニングコールを頼んだのに何の連絡もなかったりというホテルの不手際もあった。多くの面でザツさを感じた。これだけで決めつけることはできないが、街の雰囲気などから考えて、緻密にきちんと行うことが苦手な人が多いという印象を受けざるを得ない。

 

・人の顔を識別するのが苦手な私は、モンゴルの人の顔を見分けるのに苦労した。モンゴル人はみんな似ている! これほどみんなが似ている国民は少ないのではないか。男性は、8割くらいの人が、白鵬か朝青龍か旭鷲山にそっくり。とりわけ、朝青竜に似ている人が多いと思った。さっきの人と今の人が同一人物なのかどうか、たびたびわからなくなった。私についていたガイドさんは白鵬に似ていたが、(たぶん目印として)ニューヨークヤンキースの野球帽をかぶっていたので識別できたものの、帽子を脱いだとたん、どの人がガイドさんなのかわからなくなっていた(ガイドさん、ごめんなさい!)。モンゴル人はみんな兄弟のようだと思った。

 

・ゲルというのはモンゴルの誇るべき伝統文化なのだと思っていたら、現実にはそうでもなさそうだった。ガイドさんの話をつなぎ合わせて考えると、モンゴルの市民はゲル地域の人とマンション地域の人の二つの階層に分かれているようだ。ゲル地域の人は貧しくて、暖房に石炭を使うために、その周辺は空気が悪い。マンション地域では水蒸気を使ったセントラルヒーティングになっており、空気を汚さない。そのため、経済的余裕のある人は空気の汚れていないマンション地域に移り住んでいるようだ。

 

・韓国人観光客が異様に多かった。テレルジのゲルの私の周辺は韓国人の若い男女や中年男女でいっぱいだった。そのほかは中国人が多かった。西洋人(フランス人が意外と多かった)、日本人もしばしば見かけた。韓国人が多いのは、北朝鮮のミサイルへのサード配備の問題で韓国人は中国に行けなくなったため、その周辺地域への旅行客が増えているのだろう。

 

・都市全体が世俗的だと思った。寺院もあまりに現世利益的。厳かさや精神的な深さが感じられない。ブータンとはかなり異なる。社会主義の時代のために、過去のモンゴルの文化は失われてしまったのだろうか。それとも、私の選んだツアーがそのような傾向だったのだろうか。

 

・帰りの飛行機のエコノミー席には180人近くの客が乗っていたと思うが、トイレが二つしかなかった。5時間ほどの飛行時間で、しかも、朝の出発(つまり、家やホテルを朝の6時くらいに出て、朝食を機内でとっている)のだから、一人一回程度はトイレに行くし、かなりの人が短時間で済まない。トイレの前にはずっと長い列ができていた。この飛行機を海外の長距離に用いるのは無理があると思った。

 

・ガイドさんがつきっきりのツアーだった。ホテルでの朝食以外は、朝、昼、晩とガイドさんととった。とても優秀なガイドさんだったが、ひとりで散歩したり、自由に食事したりする時間がなくて少々きつかった。ガイドさんから離れた時には、私の体力ではかなり疲れきっていて、もう外に出る気力を失っていた。私のようなわがままな人間は好き勝手に街の中をふらふら見たいと思う。言葉も文字もまったくわからず、一人で観光地を回る自信がないので、ガイドさんにはいてもらいたいが、もう少し余裕がほしかった。もしかしたら、大渋滞のために予定通りの時間が取れずに、このような過密スケジュールになったのかもしれないが。

 

・ウランバートルがどんなところを知っただけで、とても有意義だった。ゴビ砂漠ツアーがあるとガイドさんに聞いた。そのうち行ってみたい。ただ、私のような体力も根性もない人間には少々つらいのかもしれない。

 

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ウランバートル(モンゴル旅行)3日目

 一昨日(2017822日)、ウランバートルから帰国した。昨日は、体調もよくなかったため、ゆっくり休養。本日(824日)、活動開始。ウランバートル3日目(821日)かkらの行動について記しておく。

 

ウランバートル3日目(2017821日)

 

 テレルジの国立公園内のキャンプ場にあるゲルで宿泊。

テレルジを朝のうちに出発し、ガイドさんに連れられて車でエルデネ村に行き、チンギス・ハーン像テーマパークをみた。高さ12メートルのステンレス製のチンギス・ハーンの騎馬像。展望台があり、お土産物がある。周囲に様々な施設を建設予定だという。ただ、正直なところ、私には少しも魅力的には見えない。像そのものも何の変哲もない、芸術性など全く感じられないものだし、娯楽施設も何もない。先ごろ大統領になったバトトルガ氏の会社が行った事業だというが、観光客もそれほど訪れているように見えない。しかも、できてから10年しかたたないというのに、階段があちこち壊れ、道路にもへこみや水たまりが多い。

 その後、ウランバートルに戻って、まずザイサン・トルゴイという丘に行った。ソ連とモンゴルの友好を記念するためものらしい。頂上に行くとウランバートルを一望できるとのことで、ここがウランバートル市内観光の出発点として選ばれたのだろうが、残念ながら、頂上まで階段を歩く体力の不足を感じて、中ほどでめげた。ただ、あまり芸術性も歴史性も感じられそうもないと思った。

 その後、一般家庭での昼食がツアーに含まれていた。スープとチャーハンをお年を召した女性が出してくれた。これはおいしかった。1LDKのこぎれいなマンションで、とても趣味のよい清潔な部屋だった。ただ、これが本当の一般家庭かどうか少々疑わしい。生活感があまりにないし、この年配の女性はツアー・スタッフの関係者らしい。もしかしたら、このような場所にビジネスとして使っているのかもしれないと思った。ま、もちろん、それでも一般家庭の雰囲気を味わえるのはありがたい。

 その後、ガンダン寺にいった。19世紀にたてられたチベット仏教の寺院。社会主義政権の初期には弾圧されたらしいが、その後、復権されて、現在に至っているという。市民の信仰の場になっているようで、多くの市民が参拝に来ていた。堂内ではたくさんの僧侶が一堂に会して読経をし、若い見習い層のような人たちが読経の練習をしているようだった。

 ただこれも、ブータンで実際に見たり、チベットの映像を見たりしたのと比べると、あまり信仰心が強いようには見えない。塀が壊れていたり、草がぼうぼうに生えていたり、コンクリートで簡易的にあちこちを修復したような跡があったりで、威厳がない。念仏を唱えている僧侶たちも、あまり熱心に見えなかった。居眠りしている年配の僧侶やおしゃべりしている少年僧もいる。

 その後、デパートを見た後、大渋滞を縫って、民族舞踊コンサート(たぶん、トゥメン・エフ民族アンサンブル)鑑賞。これは、とてもおもしろかった。ホーミーを初めて聴いた。確かに一人の男性が重音を出し、それが不思議な和音を作っている。そのほか、馬頭琴もいくつかの金管楽器も大変おもしろかった。歌も見事。モンゴル人のオペラ歌手が注目されてきているが、なるほど、オペラが盛んなのが納得できる。オペラの歌唱とはかなり異なるが、力強くよく響く声。中心地域にオペラ劇場があって、オペラ好きが多いというのも頷ける。

 その後、またまた大渋滞の中、チンギス・ハーン広場に行った。ウランバートルの中心をなす広場。スフバートル広場と呼ばれる時代も長かったようだ。私の泊まるホテルがこの広場のすぐ近くなので、初日にホテルの部屋から見えていた風景だが、この時初めて足を踏み入れた。広い広場の周りを政府関係の建物、オペラ座などがある。モンゴルの威信をかけているかのようなきれいで威容のある広場と建物だ。

 ざっと周囲を散歩して、そのまま大渋滞の中、レストランに行き、食事をしてホテルに戻った。

 翌日、朝6時にホテルを出て、空港に向かって帰国。

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ホテルの部屋から見たチンギス・ハーン広場

 

 

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ウランバートル駅

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駅付近で馬乳酒などを売る人

 

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草原

 

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テレルジの山とゲル

 

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チンギス・ハーンの騎馬像

 

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ガンダン寺

 

 

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ウランバートル

以下の文章を書いたのは、今朝(2017821日)だった。が、ネット環境が悪く、アップできなかった。ウランバートルのホテルに到着して、やっとアップできそう。この続きは、日本に帰ってからにする。

 

今、私はウランバートル近郊の国立公園テレルジ内のキャンプ場のゲルの中にいる。

ウランバートルに到着したのは昨日、2017819日。モンゴル観光を専門にする旅行代理店のツアーを申し込んだ。何人かのツアーかと思っていたら、カイロ、ブータンに続いて客は私1人だった。今年、10回計画している海外旅行の6回目。

 チンギス・ハーン空港でガイドさんに会ってそのまま車でホテルに向かった。ホテル近くのガイドさん(20代のとても日本語の上手な男性。子どもの頃、日本に住んでいたとのこと)とレストランで食事を終えたらもう夜だった。治安が悪いので夜は外に出歩かないようにガイドさんに厳しく言われていたので、急ぎの雑用を済ませただけでそのまま寝た。ウランバートルの何も見ていない。

 歩いているのは日本人とほとんど顔の区別のつかないモンゴル人だが、建物はロシア風。あちこちが広々としている。看板の文字もキリル文字が多い。車は圧倒的に日本車が多い。しかもプリウスが目立つ。

 

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朝ガイドさんに連れられて車で駅まで行った。途中、小さな朝市が開かれている場所に寄った。馬乳酒、果物、野菜が並んでいる。酸っぱいものが苦手な私は馬乳酒は一口で懲りた。

 ウランバートル駅は新しいが、駅舎は小さい。東京の私鉄の駅と大差がない。だが敷地は広大。駅の中は人でごった返していた。9月からの新入学の前の時期だということで、若い人やその親に見える人たちがたくさんいた。ウランバートル駅の列車を使うのはほとんどが遠距離客らしい。通勤に列車を使う人はごくわずかだと言う。

ロシア製の列車に乗って出発。シベリア鉄道の一部だとのこと。1970年代にフランスやイタリアンで乗っていたコンパートメント式の列車によく似ている。懐かしい! そのコンパートメントのひとつにガイドさんと乗り込んだ。2段式の寝台車になっていた 実は私は、この列車に乗るというスケジュールがあるために、このツアーを選んだのだった。列車好きの人間には、ほんの少しでも列車に乗るのはうれしい。数年前、ハバロフスクからウラジオストクまで乗っていらいのシベリア鉄道。

 

 ウランバートル駅を出ると、すぐにゲルがたくさん見えるようになる。マンションで暮らすことのできない人がゲルで暮らしていると言う。そのうちに草原が見えてきた。牛や馬や羊が草を食んでいる。ウランバートル駅から数キロのまだ道で車がたくさん通っているところに草原があり牛や羊や馬が放牧されていることにびっくり。徐々に草原が多くなり、動物の数が多くなった。そして見渡す限りの草原になった。

 ウランバートルから50分ほど乗ってホンホル駅で降車。ウランバートル駅まで送ってくれた車に乗ってテレルジ国立公園に向かった。車はガイドさんと私をウランバートル駅でおろしてホンホル駅で待っていた。

 しばらくなだらかな草原を走った。放牧されており、牛や馬や羊やヤクがあちこちにいる。しばらく行くと、それまでの草原と雰囲気の異なる風景が遠くに見えてきた。岩山が多く、切り立った山も見える。それがテレルジ国立公園だった。道は舗装されていないところもある。しかも雨たまりや雨でできた溝が出ている。車は、それらの溝を避けながら、ゆっくり走る。

 キャンプ場に到着して、ゲルに入った。要するにキャンプ場のテントの代わりにゲルが並んでいる。ゲルは個室になっていて、私にも一室が与えられた。その時点で、快適な一日が過ごせることはあきらめた。ストーブとベッドと椅子があるだけ。洗面台はあるが、水道が通っていない。自分でバケツでくんでくるしかない。共同シャワーはあるが、そこまで寒い中を100メートルほど歩かなければならない。夕方、すでに15度くらい。夜は5度前後になるらしい。

 その後、すぐにゲルを出て、牧場を経営している農家に行き、乳製品(馬乳酒やお菓子)を少し食して、次は乗馬体験。列車に乗るということばかり考えてこのツアーに申し込んだのだったが、後で乗馬体験が含まれていることに気付いた。断ることもできたようだが、まあこれも経験だと思って、馬に乗ることにした。

少女の乗る別の馬に先導してもらって、ゆっくりと進む。初めはバランスを取るのが難しかったが、すぐに慣れて、そこそこ乗れた。見る風景が素晴らしい。岩がせり出してた山々。人が乗せたとしか思えないような石が山頂や尾根に見える。亀石と呼ばれている、まるで亀のような形をした岩山まで行って馬を降りた。

 その後、寺などを見て、ゲルに戻った。

 寒い。乗馬には持ってきたすべての服を着こんで臨んだが、それでも寒かった。たぶん。温度は10度そこそこだと思う。しかも、天気が不安定で、しばしば小雨が降る。ズボンがしっとりとぬれている。ゲルのベッドにもぐりこんだ。ストーブがあり、薪があるが、ストーブに火を入れるのは夕食後だという。なんとか寒さをしのいで、キャンプ場のレストランでガイドさんと食事。その後、ゲルのストーブに火を入れてもらった、なんとか寒さをしのいだ。

 ところが、夜になって、ストーブの火が消えそうになっていた。薪は1時間程度で燃え尽きてしまうことを知らなかった。消えかかった火に手持ちの紙(旅行の日程表の既に不要な部分)や、地球の歩き方の今回使用しない部分をストーブに入れて、なんとか火を元気づけようとしたが、無駄だった。仕方なしに、22時過ぎにガイドさんを呼んで、スタッフに再び火を起こしてもらった。その日は5、6度くらいの温度になりそうだということで、石炭を入れてもらった。

 ただ、それで安心かと思っていたら、朝の4時ころ、寒くなって目が覚めた。石炭の火力が弱くなっていた。あわてて薪をくべた。薪をどうくべるかで、火が強まったり、そのまま消えたりする。当たり前のことだが、まきを使った経験がないと実に困る。

 トイレに行きたいが、そこに行くには5度の寒さの中を歩かなければならない。できるだけ我慢するしかない。8月中旬だから、まだ温かいと思っていたが、ちょっと時期が遅すぎた。

 今、朝の7時前。6時ころ、薪の火力が弱まってきたので、目を覚まして、ゲルの中でこれを書いていた。今日はこのくらいにする。

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映画「ペルセポリス」「チキンとプラム」「彼女が消えた浜辺」「別離」「ある過去の行方」

 急ぎの仕事がないため、久しぶりにゆっくりしている。イラン出身の監督の映画を数本みたので、感想を書く。

 

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「ペルセポリス」 マルジャン・サトラピ、ヴァンサン・バロノー共同監督 
2007

 イラン出身の女性マルジャン・サトラピの漫画をもとに、サトラピとヴァンサン・バロノーが共同監督して完成させたアニメ。とてもおもしろかった。イランの上流階級の家庭に生まれたマルジャンが息苦しさに耐えられず、オーストリアに留学、そこで挫折していったんイランに戻るが、再び出国してフランスに移り住むまでを描く。

パーレビ国王時代の圧政、その崩壊、民主化されると思われたところに起こり、いっそう抑圧的な社会になっていったイラン革命が、マルジャンの目を通してユーモラスに、そして鋭く描かれる。子どもの目を通すことによって、マジック・リアリズムとして戯画化しながら深刻な社会状況を描くことができる。しかも、ういういしくて茶目っ気があって、素直なマルジャンがとても魅力的。なんと、フランス語版の声はカトリーヌ・ドヌーヴやダニエル・ダリュー、そしてキアラ・マストロヤンニが担当している! 

 

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「チキンとプラム」 マルジャン・サトラピ、ヴァンサン・バロノー共同監督 2012年

 「ペルセポリス」に続いて、同じ二人によって作られた実写の映画。中東のどこかの国に住む天才ヴァイオリニスト(マチュー・アルマリク)が横暴な妻(マリア・デ・メディロス)にヴァイオリンを壊され、死ぬことを決心して実際に死ぬまでの8日間の出来事を漫画的に描く。死を決意する少し前にたまたま街で出会った女性イラーヌ(ゴルシフテ・ファラハニ)が、実はかつて熱烈な恋をした女性だったこと、街で出会ったときに孫を連れていたのでヴァイオリニストを覚えていないと答えたが、実はずっと思い続けていたことが明らかになる。

 他愛のない恋愛ドラマだが、メルヘン風、漫画風でとてもおもしろい。「アメリ」を思い出す作風。ヴァイオリニストの母親役をイザベラ・ロッセリーニ(なんてったって、ロベルト・ロッセリーニの娘!)、成長後の娘の役をキアラ・マストロヤンニ(なんてったって、ドヌーヴとマストロヤンニの娘!)が演じている。華麗なる二世女優の共演!

 

「彼女が消えた浜辺」  アスガー・ファルハディ監督 2009年

 先ごろ、「セールスマン」でアカデミー賞外国語賞を獲得したファルハディ監督の2009年の映画。23年前だったか、DVDでこの映画をみたが、もう一度みたくなった。改めて素晴らしいと思った。

 イランの大家族が車でカスピ海沿岸の避暑地に向かう。リーダー格の女性セピデ(ゴルシフテェ・ファラハニ)が最近知り合った女性エリを大家族の中の男性に紹介するために仕組んだバカンスだった。ところが、エリは海辺で行方不明になる。そこにいた誰もエリについて何も知らなかったこと、全員の善意が空回りしていたことがわかってくる。それぞれの立場で考える人全員にそれなりの言い分がある。どれも正しい。しかし、家族は言い争いをはじめ、エリの状況がわかるにつれて混乱してくる。

 ずっと昔のアントニオーニ監督の「情事」を思い出した。主人公と思われた女性が孤島で行方不明になり、それを探す様子が映画の中心に描かれるが、最後まで女性の行方はわからない。見ているものは心の中に空虚を残すことになる。それと同じような雰囲気がある。女性がいなくなって、人間存在のあやふやさが浮き彫りになっていく。人間てなんだ? 人間関係てなんだ? という根底的な疑問が湧きあがってくる。同時に、イスラム社会独特の問題点も見えてくる。

 最初にみた時、登場人物の顔の区別ができずに困ったが、今回見直して、やっと識別しながらみることができた。異世界の映画の登場人物を識別するのは難しい!

 

「別離」 アスガー・ファルハディ監督 2011

 同じファルハディ監督の作品。これも、正真正銘の名作。

テヘランの中流階級の夫婦の別離の物語。みんなが少しずつ嘘をつき、みんながそれぞれの言い分を持っている。誰かが悪いわけでもない。みんながよかれと思って行動するが、徐々に深みにはまっていく。相手のことを思いやりながらも、他人に責任を押し付け合う。人間としての性(さが)があり、イスラム社会の宿命があり、それぞれの社会的役割があって、どうにもならない。徐々に真実が明らかになり、人々の関係に深淵が広がっていることがわかってくる。それをサスペンス・タッチでスリリングに描いていく。子どもを含めたすべての登場人物があまりにリアル。特典映像で監督自身が語る通り、ドキュメンタリー風のリアルな演出、出来事を観客に想像させる作風。それが見事。まったく無駄がない。

それにしても、イラン社会の男女関係は私がこれまで思っていたものとはかなり異なる。ほとんど、日本と変わらないのではないかとさえ思える。「妻」は日本の我が家と同じように夫を振り回しているし、自分から離婚を申し出ている。かなり自由に見える。イラン社会の女性はどういう地位にあるのか。それに、テヘランの都市も、女性がスカーフをしていることを除けば、アジアの都市と大差ないように思える。一度、イランにも行ってみたくなった。

 

「ある過去の行方」 アスガー・ファルハディ監督 2013年

 私が劇場で最初に見たファルハディ監督の映画がこれだった。これに感動して、私はこの監督の大ファンになったのだった。改めてみてみたが、やはり圧倒的。「彼女が消えた浜辺」「別離」「セールスマン」も素晴らしいが、この「ある過去の行方」は別格。

 元の妻マリー・アンヌ(ベレニス・ベジョ)に求められて、イラン人の男アーマド(アリ・モッサファ)が正式に離婚をするためにイランから久しぶりにパリに戻ってくる。ところが、元妻は別の男サミール(タハール・ラヒム)と再婚しようとしていた。そして、マリー・アンヌの連れ子リュシーは母親の新しい夫を拒絶している。アーマドが現れたことによって、それまで隠されていたことが次々とあらわになり、人間関係の真実が見えてくる。

 心理サスペンスとして、実におもしろい。ハラハラドキドキの展開。まるでピランデッロの戯曲のように、真実があやふやになってくる。それぞれの人物の抱える問題がリアルで、それぞれに真実がある。一人一人に悪意はない。幸せでありたいと願い、周囲を幸せにしたいと願っている。だが、ちょっとしたエゴが混じるために、関係全体が歪んでくる。そのような人間の真実が真正面から描かれる。パリで暮らすイラン人の置かれている状況も垣間見える。

ベートーヴェンの交響曲が一つ一つの音のゆるぎない組み合わせから成っているように、ファルハディの映画も一つ一つの画面の緊密な構成によって成り立っている。私は一つ一つの画面の色、登場人物の動き、表情、セリフの見事さに酔う。子どもたちの表情の自然さにも驚嘆する。

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2冊の本「≪ニーベルングの指環≫教養講座」(山崎太郎)と「ひとりヴァイオリンをめぐるフーガ」(パパヴラミ)、そして拙著のこと

 久しぶりに原稿の締め切りに追われていない。お盆の間、本を読んだり、映画のDVDを見たりして過ごした。

 私は読んだ本についての感想は基本的にはこのブログに書かないことにしている。時間が取れなくて、実はたいして読んでいないという事情もあるし、私も本を書くのが商売なので、手の内を明かしたくないという事情もある。が、この数日に読んだ2冊の音楽関係の本については、この原則を破ってもいいだろうと思った。簡単に感想を書く。

 

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山崎太郎「≪ニーベルングの指環」教養講座」

 ワーグナー研究家の山崎氏による入門書だが、入門書のふりをしつつ、きわめて専門的なことまで踏み込んだ名著だと思う。

私は高校生のころからワーグナーの「指環」に親しんできたが、レコードを聴いたり映像を見たり、実演を見たりしてして、疑問に思うことがいくつもあった。「え、なぜ突然、こんなセリフが出てくる?」「え、この登場人物はなぜそんなことを知ってるんだ? 一体いつ知る時間があったんだ?」「つまり、このセリフはどういうこと?」「え? このセリフ、前の部分と矛盾するんじゃないの?」「おいおい、この登場人物、今一体何歳なんだ?」「前の場面から一体、何年たっているんだ? 計算が合わないではないか」「きっと、ワーグナーが台本を書くときに、つい勘違いしてこんなことを書いてしまったんだろう」などなど。

山崎は愚直なまでに台本をそのままに受け取って、そこに整合性を見出し、そこに込められた意味を解き明かしていく。その手際が見事。生真面目な研究書でも、教科書的な入門書でもなく、知的冒険に満ちた独自の解説書。しかも、あれこれの文章作成上の仕掛けがある。読み始めると、おもしろくてやめられなくなる。目を見開かれた指摘がいくつもあった。バルザックやドストエフスキーとの関係の指摘にも深く納得した。

これから先、ワーグナーに触れるたびにこの本を読み返すことになりそうだ。

 

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テディ・パパヴラミ(山内由紀子訳) 「ひとりヴァイオリンをめぐるフーガ」 

 パパヴラミは私の大好きなヴァイオリニストの一人だ。2011年のナントのラ・フォル・ジュルネで初めて接し、様々な感情の入り混じった独特の音色と情熱的でありながらもきわめて知的な弾きっぷりに圧倒された。2011年と今年(2017年)のラ・フォル・ジュルネ・オ・ジャポンでも来日している。そのパパヴラミが自伝を出していると聞いて読んでみた。この本のタイトルを音楽愛好者向けにいいかえれば、「独奏ヴァイオリンのためのフーガ」ということになる。

 単にヴァイオリニストの自伝というレベルを超えておもしろい。1971年に生まれ、鎖国時代のアルバニアで少年時代を過ごし、神童として知られるようになり、12歳の時、奨学金を得てフランスに留学する。しかし、実はパパヴラミの家系は独裁者ホッジャに批判的だった。パパヴラミ自身もすでにアルバニア社会に息苦しさを覚え、アルバニアに帰国したら芸術家としての将来がないことに気付いていた。両親とともにフランスに出てこられたときに亡命を決行する。が、そのため、祖父母は強制収容されてしまう。その後、ホッジャは死亡、東欧の社会主義体制が崩壊し、パパヴラミも故国を訪れられるようになる。

 パパヴラミはアルバニアの作家イスマイル・カダレの作品を何冊もフランス語に訳しているという。文学に大きな関心と才能を持っているようだ。子ども時代の心理や体験が実に初々しく語られる。また、隔離された国家で英才教育を受け、フランスに留学して戸惑う様子、徐々に社会主義の中でも特殊な当時のアルバニアの息苦しさに気付いていく様子も実にリアル。文学作品としてもとても優れていると思う。

 何とパパヴラミがジャンヌ・モローの推薦によって映画「危険な関係」に出演して、カトリーヌ・ドヌーヴと共演したという記述がこの本の中にあった。言われてみれば、確かに、パパヴラミは引き締まった体型のなかなかの好男子。さっそくDVDを注文した。

 

 そして、私の新刊の参考書を二冊紹介させていただく。

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 ひとつは、「小論文これだけ! 今さら聞けないウルトラ超基礎」。小論文をまったく書いたことがない、それどころか、子どものころから作文を書くのも大の苦手だったという高校生向けに、一つの文を正しく書く方法など、基礎の基礎から手取り足取り解説している。

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 もうひとつは、「
AO・推薦入試をひとつひとつわかりやすく」(共著)。AO・推薦の志望理由書の書き方、面接の受け方、小論文の書き方を解説(私は小論文を担当)。

 ともに、小論文をこれから始める人にぜひ読んでいただいたい参考書だ。

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ゴバディ監督の映画 「サイの季節」「酔っぱらった馬の時間」「わが故郷の歌」「亀も空を飛ぶ」「ペルシャ猫を誰も知らない」に圧倒された

 ものすごい映画監督を初めて知った。バフマン・ゴバディというイラン出身のクルド人監督。イラン映画を何本か見ていくうちに、「サイの季節」をみて、とてつもない映画だと思った。ゴバディ監督の映画をたて続けに見た。どれも素晴らしい。世界の名匠の一人だと思った。感想を書く。

 

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「サイの季節」 2012年

 冒頭からあまりの映像の美しさに圧倒された。ポエジーにあふれている。すべての画面の映像美に酔いしれる。私がこれまで見たすべての映画の中のベストテンに入るかもしれない。

 セリフが少ない。少ないセリフから何が起こっているのかを推測するしかない。しかも、どこまでが現実でどこからが幻想なのか曖昧なところもある。

ともかく、イラン革命期、反体制的な詩を書いたという理由で投獄されていた詩人サヘル(ベヘルーズ・ヴォスギー)が30年ぶりに解放されたところから始まる。イスタンブールに暮らす妻ミナ(何とモニカ・ベルッチが演じている!)を探し当てるが、自分は死んだことにされており、妻には二人の子供がいるので名乗り出ることができない。革命前に若きミナに横恋慕していた運転手アクバル(ユルマズ・エルドガン)が革命の混乱で権力者になり、ミナを手に入れるために、サヘルを陥れたことが徐々にわかってくる。しかも、アクバルは夫と同時期に投獄されていたミナに目隠しをし、夫サヘルだと思わせて性交渉をする。その時に受胎したのがミナの双子の子供だった。サヘルは娼婦になったミナの娘と交流を持ち、それと知らずに交わってしまう。あとになってそれに気付く。アクバルを見つけ出し、車に乗せてともに死を選ぶ。

三人の主人公の目の演技が凄まじい。とりわけ、サヘルを演じるヴォスギーの存在感が半端ではない。少ないセリフと表情ですべてをわからせる、しかも、それが少しも不自然ではない。ヒルや亀やサイが登場する。その不気味な形状や動きが生々しい生命を強く感じさせる。生きる者の業、悲しみ、社会の混乱に翻弄される人々の生きざまが詩的に描かれる。モニカ・ベルッチの美しさにも改めて感嘆した。

 

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「酔っぱらった馬の時間」 2000年

 イランとイラクの国境の荒れ果てた山岳地帯に住んで、イラクへの密輸で暮らしを立てるクルド人の家族。母はお産で死に、父は地雷で死ぬ。子どもたち5人が残される。しかも、子どもの一人には障害がある。しっかりした男の子が密輸の荷物運びで働き、一家を支える。

 極寒の中での馬(字幕ではラバとなっていた)を使っての密輸なので、ラバが凍えないように酒を飲ませる。そこからこのタイトルができている。警備兵に追われて、酔っぱらったラバたちが雪の中をよたよたと動く場面は滑稽であり、悲惨であり、しかも生命を感じさせる。

 初めに字幕が出る。これがクルドの現実らしい。過酷な現実が描かれる。少年と、その妹が中心に話が展開するが、お涙頂戴の感傷的なかわいそうな映画ではなく、過酷な現実の中に生きる子どもたちの真実の映画。障害のある子どもは過酷な現実を十分に理解せず、しかも過酷さに直面すると苦しみを表に出す。おそらく演技ではないのだと思うは、実に凄まじい場面だ。

 ポエティックで圧倒的な映像美だった「サイの季節」とはまったく作風が異なって、あくまでリアルに徹しているが、これもまた名作だと思った。

 

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「わが故郷の歌」 2002年

 クルド人の誰もが知る有名な老歌手ミルザが自分を裏切って出ていった元妻ハナレから助けを求められ、二人の中年の息子とともに難民キャンプにいるというハナレに会いに行く様子を描くある種のロードムービー。

しかし、アメリカのロードムービーなどと違って、三人が進むのは、イラン・イラク戦争中にイラクからの攻撃を受ける戦場となっている国境付近の山間部であり、雪の岩山でもある。まさに過酷。しかも、これが作りごとではなく、クルド人の現実らしい。

三人の珍道中にはユーモアがあり笑いがあるが、強盗に襲われて身ぐるみはがされたり、爆撃にあったり、虐殺された死体を掘り起こす現場に居合わせたり。しかも、ハナレの願いというのは、戦争で夫を亡くし、化学兵器のために容姿を失い、声が出なくなったために育てられなくなった娘をミルザに託すことだった。生と死が隣り合うところで必死に生きる人々の悲しみと喜びと怒りの入り混じった生そのものが伝わってくる。

「サイの季節」や「酔っぱらった馬の時間」ほどの感銘は受けなかったが、映像は美しく、クルドの人々の生きざまを目の当たりにでき、しかも歌もふんだんに聴ける。これをクルド人の映画監督が作ったことに驚く。描かれるのは殺伐とした世界だが、その映像美と手法は斬新でしかもきわめて芸術的。ゴバディ監督はとてつもない天才だと思う。

 

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「亀も空を飛ぶ」 2005年

 岩波ホールで公開されたらしいが、私は今回、DVDで初めてみた。いやはや凄まじい映画。

少女が断崖から身投げする冒頭の場面から衝撃的。イランのクルド人の住む荒れ果てた山間部の子どもたちが描かれる。まるで大人のように生きる孤児たち。そこに三人のきょうだいにみえる子どもたちがいる。両手のない少年とその妹アグリン、そして幼児。幼児は実はアグリンがイラク兵にレイプされて産んだ子供だった。アグリンは自分の子どもを憎み、かわいがろうとしない。そのアグリンに少年たちのリーダー格のサテライトが恋をして、何かと助けようとする。だが、アメリカがイラクへの攻撃を開始し、サダム・フセイン政権が倒れてアメリカ兵がやってきた日、少女は息子を池に投げ込み、自らも自殺する。

 両手のない子は未来を予言する能力を持っているという設定になっている。監督自身が魔術的リアリズムを使いたかったことをメイキング映像で明かしている。そのような非リアルな状況設定を行うことで、魔術的なリアリズムが拡大鏡のように働いて、いっそう過酷な現実がリアルになる。

 実際のクルド人の村人や孤児たちを使って撮影されたらしい。両手のない子も実際にそのままの姿だ。それだけに本当にリアル。単なる反戦映画でも、かわいそうでけなげな子どもたちの物語でもない。人間のリアルそのもの、クルド人のリアルそのものをたたきつけてくる。なお、「亀も空を飛ぶ」というタイトルは、不可能なことはないという意味らしい。平和を祈り、子どもたちの将来の幸せを祈ることばだろう。

 

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「ペルシャ猫をだれも知らない」 2009年

 大都会テヘランでインディー・ロックを演奏する若者たちを描いた作品。これまで見たゴバディの映画とまったく雰囲気が異なる。

青年アシュカンとその恋人ネガルはイラン国内では演奏の許可が出ないのでロンドンに出ようとしている。あれこれ手をまわして、偽造パスポートの作成を依頼し、ロンドンに出る間際となるが、偽造パスポート作成者は逮捕され、アシュカンが立ちよったパーティが警察の手入れを受けて、アシュカンは窓から逃げ出そうとして転落し、命を失う。

実際のミュージシャンが演じているという。音楽を演奏できず、映画も自由に作ることができず、犬や猫が室外に出ることも禁止されたイラン社会の閉塞感とそこから脱出しようとする衝動がよくわかる。重いテーマを扱っているが、昔のアメリカ映画「イージーライダー」にも似て、古い社会に穴をあけて新しい社会を築こうという意志が明確に描かれるので、これを見る者は決して暗い気分にはならない。タイトルは、ペットの室外への持ちだしさえもが禁じられているイラン社会において、室内にいるペルシャ猫が外からは知られていないことを意味しているという。これもなかなかの名作だと思った。

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オペラ映像「ローエングリン」「ダナエの愛」「パルジファル」

 パソコンに向かって原稿を書き、疲れたら映画やオペラのDVDBDをみる。このところ、そのような生活をしている。これが私には一番合っている。最近購入したオペラ映像についての感想を書く。

 

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「ローエングリン」2016年 ドレスデン、ザクセン州立歌劇

 

 ティーレマン指揮、シュターツカペレ・ドレスデンの演奏。最高の演奏。近年のティーレマンの充実ぶりはすさまじい。

 エルザを歌うのはネトレプコ。私としては待ちに待ったネトレプコのエルザだ。ただ、だんだんと調子が上がってくるものの、前半は気負いすぎてちょっと不安定な感じ。とはいえ、第三幕は絶唱。ゼンタやエリーザベトやエファ、そしてできればイゾルデやジークリンデを歌ってくれないだろうか。ローエングリンを歌うピョートル・ベチャワはネトレプコ以上に役にはまっている。私はこの人の歌は実演では「ラ・ボエーム」のロドルフォを二度(一度はフリットリのミミを相手にしたメトロポリタン歌劇場の来日公演、もう一度はネトレプコがミミを歌ったザルツブルク音楽祭)聞いているし、映像では何度も聴いている。素晴らしい歌手だと思っていたが、ローエングリンまでもこれほど見事に歌うとは! 張りのある強い声。ヘルデン・テノールといえるほどの強靭さ。カウフマンやフォークトに決して劣らないと思う。

 テルラムントのトマス・コニエチュニーも素晴らしい。この役は影が薄くなりがちだが、コニエチュニーが歌うと人間味が増し、強い陰影を帯びる。そして、特筆するべきはオルトルートのエヴェリン・エヴェリン・ヘルリツィウス(もしかしてイヴリン・ハルリチアス  ハーリッチアスという発音なのか?)。何度か実演を聴いて素晴らしい歌手だとは十分に認識していたが、改めてすごさを実感した。魔女オルトルートの凄みがビンビンと伝わる。ハインリヒのゲオルク・ツェッペンフェルトも威厳のある堂々たる声と演技、素晴らしいと思う。

 そして、それにもまして圧倒的なのがオーケストラと指揮のティーレマン。言葉をなくす凄さ。濃密でダイナミックで表情豊かで力感にあふれている。とてつもない名演。ただ、演出については、とてもまとまりがよいとはいえ、特に新しい解釈は示されない。

 

 

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シュトラウス 「ダナエの愛」2016年 ザルツブルク祝祭大劇場

 

 NHKBSで放送されたもの。演奏は見事というしかない。私はこのオペラは最初から最後までずっと同じ調子で豊穣な音楽が鳴り続けている点で苦手意識を持つのだが、さすがフランツ・ヴェルザー=メストの指揮というべきで、そのような弱点を感じさせない。精緻で知的でしかも豊穣。いや、豊穣すぎないところがいい。

 歌手はそろっている。クラッシミラ・ストヤノヴァのダナエは、声も伸びているし、声の演技も見事。そして、何よりもトマシュ・コニエチュニーのユピテルが素晴らしい。威厳のある強い声で意地悪なユピテルを見事に演じている。ゲルハルト・ジーゲルのミダスも、冴えない純朴なオタクという感じで、容姿的には恵まれないが、それはそれでとてもいい。

 演出に関しては、めったに上演されないオペラをわかりやすく、おしゃれに、そして華麗に見せてくれている。「サロメ」「エレクトラ」「ばらの騎士」「ナクソス島のアリアドネ」「影のない女」と比べるとやや劣るのは間違いないと思うが、シュトラウスのオペラとしてとてもおもしろい。一度だけ東京二期会の公演を見たことがあるが、もっと上演してほしいオペラだ。

 

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ワーグナー 「パルジファル」2012年 アムステルダム音楽劇場

 

 細身で鋭利な「パルジファル」。かつてクナッパーツブッシュ指揮のレコードでこの楽劇を繰り返し聴いた人間からすると、改めてワーグナー演奏の時代的な変化を感じる。イヴァン・フィッシャーの指揮によるコンセルトヘボウ管弦楽団はクナッパーツブッシュのようにどっしりとして重心の低い演奏をしない。繊細で幻想的。それはそれでとても素晴らしい。

 歌手たちは超一流。パルジファルを歌うクリストファー・ヴェントリス、クンドリのペトラ・ラングともに熱演。二人ともちょっと不安定なところを感じないでもないが、声は伸びているし、現在、これ以上の声を聞かせる人はそれほど多くないだろう。とりわけ、ラングの第二幕の不気味さはとても説得力がある。グルネマンツはファルク・シュトルックマン。久しぶりに見る顔だが、声の輝きは失っているものの老人らしい渋みがあってとてもいい。  ミハイル・ペトレンコの中性的で異様なクリングゾル(私の知る限り、ペトレンコはかなり荒々しくて男性的なので、これは演出によるものだろう)、むしろキリストを思わせるアレハンドロ・マルコ=ブールメスターのアンフォルタスは、ちょっと声楽的には弱さを感じたが、不満に思うほどではなかった。

 ピエール・オーディの演出は、赤や青のライト、いびつに映る鏡、異教的な衣装を使って幻想性を高めている。ティトゥレルやアンフォルタスらのキリスト教社会も、またそれに対立するクリングゾルの側の社会もともに狂信的で偏狭でいびつだ。それをパルジファルが救済する。そのようなメッセージに見える。

とてもおもろしろかった。ただ、私としては名演として感動するには至らなかった。

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ジャリリ監督の映画4本

 時間的な余裕ができて、自分のペースで仕事を進めている。9月中旬からは週に一日だけ多摩大学で非常勤の仕事をするが、それまでは週に一、二回の割合で大学の入試関係の仕事をするくらい。今年中にあと4冊の本を完成させる必要があるが、焦る必要はなさそう。

 イランの映画監督アボルファズル・ジャリリの映画DVD4本セットを購入して、見た。いずれも10歳前後の少年を主人公にした映画。簡単な感想を書く。

 

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「スプリング ~春へ」 1986年

 名作だと思った。イラン・イラク戦争の真っただ中。イラク軍に攻められた地域に住む少年が家族と別れて森の中で見知らぬ老人に引き取られて二人で暮らし始める。冬の森の中で暮らすうち、少年は徐々に自然の生活に慣れ、老人になじんでいくが、両親への思いを捨てきれない。冬の状況と、戦争の終わりとしての春が重なり合う。森が春になり、戦争が終わるのを待つ少年の気持ちが痛いほど伝わる。孤独な老人の少年への思いもよくわかる。そして、どこをとっても絵画になりそうな美しい映像。

 画面の右から左、左から右へと登場人物が移動する場面が多い。それをじっくりと撮影していく。自然の中での人間の営みという事実が印象付けられる。迷子になった少年を老人が見つけ出す場面、そして、最後の少年の育った地域がイラクにもどったラジオ放送を聴く場面は感動的だった。

 

「ぼくは歩いていく」 1998

 父親が薬の中毒でしかも兵役逃れようと子どもの出生届を出さなかったために戸籍を持たないまま育った9歳の少年を主人公にした映画。生活のためにいろいろな仕事をしているが、学校にも行けずにいるために読み書きもできず、身分証がないために仕事を続けられない。父は牢獄に入り、母も収容され、兄弟も助けてくれずに一人で仕事を求めてさまよう。時々、ドキュメンタリータッチになって監督が登場人物にインタビューする場面が入る。起承転結のある物語というよりも、けなげに生きる少年をずっと追いかけていく。

 イラン社会の現実、大人の犠牲になって苦しむ少年、大人と同じように過酷な労働をする子供たちが描かれる。とても良い映画だと思うが、主人公の少年が垢ぬけており、しかもセンスの良い色彩の服を着ているために、私はあまりリアリティを感じられなかった。感じのよい少年であり、演技も見事だが、あまりにお坊ちゃんぽい。

 

「ダンス・オブ・ダスト」 1998

 ほとんどセリフのない映画。しかも監督の要望により字幕を付けないという断り書きが初めに示される。昔の新藤兼人監督の「裸の島」に似た雰囲気。ただ、舞台は砂漠の中で、主人公は少年と少女。字幕がないだけでなく、説明のほとんどない映画なのでわかりにくいところがある。主人公の少年は孤児のようだ。大人に混じってレンガ作りの仕事をしている。季節労働者の娘である同年代の少女と心を通わせ、少女の手形の残ったレンガを大事にするが、雨期が来て少女は去っていく。孤児である少年は心の支えを失ってしまう。それを貧しく過酷な自然を背景に描く。

埃だらけの世界。ぼろをまとった子供たちが、大人に構われることなく、おもちゃもなしにただ走り回って遊んでいる。大人たちも砂だらけの世界でひたすら生活する。それだけで圧倒的な存在感がある。生命の原型を示しているかのよう。とても良い映画だと思った。

 

「トゥルー・ストーリー」 1996

 ジャリリ監督はある劇映画を作ろうとするうち、ある少年に出会って映画への出演を誘うが、その少年は足が不自由で出が必要だと知り、映画の方針を変更して、その少年のドキュメンタリーを作り始める。父親を亡くし、子どものころからたくさんの仕事をしてきた少年が、監督の力で手術を受けるまでが描かれる。どのくらい現実そのままなのかはよくわからない。そうした手法で、イランの現実、貧しい人々の生活、人間の生きざまを描いていく。

 ただ私としては、おもしろい試みだとは思いながらも、この少年を選んで出演を誘おうとすることについても、手術を撮影しようとすることについても、なぜ監督がこだわるのかよくわからなかった。最後に、手術が成功したことが字幕で知らされるが、やはりこれは大事なことなので映像で出してほしいと思った。私としては少々消化不良の一本だった。

 

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