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映画「ペルセポリス」「チキンとプラム」「彼女が消えた浜辺」「別離」「ある過去の行方」

 急ぎの仕事がないため、久しぶりにゆっくりしている。イラン出身の監督の映画を数本みたので、感想を書く。

 

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「ペルセポリス」 マルジャン・サトラピ、ヴァンサン・バロノー共同監督 
2007

 イラン出身の女性マルジャン・サトラピの漫画をもとに、サトラピとヴァンサン・バロノーが共同監督して完成させたアニメ。とてもおもしろかった。イランの上流階級の家庭に生まれたマルジャンが息苦しさに耐えられず、オーストリアに留学、そこで挫折していったんイランに戻るが、再び出国してフランスに移り住むまでを描く。

パーレビ国王時代の圧政、その崩壊、民主化されると思われたところに起こり、いっそう抑圧的な社会になっていったイラン革命が、マルジャンの目を通してユーモラスに、そして鋭く描かれる。子どもの目を通すことによって、マジック・リアリズムとして戯画化しながら深刻な社会状況を描くことができる。しかも、ういういしくて茶目っ気があって、素直なマルジャンがとても魅力的。なんと、フランス語版の声はカトリーヌ・ドヌーヴやダニエル・ダリュー、そしてキアラ・マストロヤンニが担当している! 

 

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「チキンとプラム」 マルジャン・サトラピ、ヴァンサン・バロノー共同監督 2012年

 「ペルセポリス」に続いて、同じ二人によって作られた実写の映画。中東のどこかの国に住む天才ヴァイオリニスト(マチュー・アルマリク)が横暴な妻(マリア・デ・メディロス)にヴァイオリンを壊され、死ぬことを決心して実際に死ぬまでの8日間の出来事を漫画的に描く。死を決意する少し前にたまたま街で出会った女性イラーヌ(ゴルシフテ・ファラハニ)が、実はかつて熱烈な恋をした女性だったこと、街で出会ったときに孫を連れていたのでヴァイオリニストを覚えていないと答えたが、実はずっと思い続けていたことが明らかになる。

 他愛のない恋愛ドラマだが、メルヘン風、漫画風でとてもおもしろい。「アメリ」を思い出す作風。ヴァイオリニストの母親役をイザベラ・ロッセリーニ(なんてったって、ロベルト・ロッセリーニの娘!)、成長後の娘の役をキアラ・マストロヤンニ(なんてったって、ドヌーヴとマストロヤンニの娘!)が演じている。華麗なる二世女優の共演!

 

「彼女が消えた浜辺」  アスガー・ファルハディ監督 2009年

 先ごろ、「セールスマン」でアカデミー賞外国語賞を獲得したファルハディ監督の2009年の映画。23年前だったか、DVDでこの映画をみたが、もう一度みたくなった。改めて素晴らしいと思った。

 イランの大家族が車でカスピ海沿岸の避暑地に向かう。リーダー格の女性セピデ(ゴルシフテェ・ファラハニ)が最近知り合った女性エリを大家族の中の男性に紹介するために仕組んだバカンスだった。ところが、エリは海辺で行方不明になる。そこにいた誰もエリについて何も知らなかったこと、全員の善意が空回りしていたことがわかってくる。それぞれの立場で考える人全員にそれなりの言い分がある。どれも正しい。しかし、家族は言い争いをはじめ、エリの状況がわかるにつれて混乱してくる。

 ずっと昔のアントニオーニ監督の「情事」を思い出した。主人公と思われた女性が孤島で行方不明になり、それを探す様子が映画の中心に描かれるが、最後まで女性の行方はわからない。見ているものは心の中に空虚を残すことになる。それと同じような雰囲気がある。女性がいなくなって、人間存在のあやふやさが浮き彫りになっていく。人間てなんだ? 人間関係てなんだ? という根底的な疑問が湧きあがってくる。同時に、イスラム社会独特の問題点も見えてくる。

 最初にみた時、登場人物の顔の区別ができずに困ったが、今回見直して、やっと識別しながらみることができた。異世界の映画の登場人物を識別するのは難しい!

 

「別離」 アスガー・ファルハディ監督 2011

 同じファルハディ監督の作品。これも、正真正銘の名作。

テヘランの中流階級の夫婦の別離の物語。みんなが少しずつ嘘をつき、みんながそれぞれの言い分を持っている。誰かが悪いわけでもない。みんながよかれと思って行動するが、徐々に深みにはまっていく。相手のことを思いやりながらも、他人に責任を押し付け合う。人間としての性(さが)があり、イスラム社会の宿命があり、それぞれの社会的役割があって、どうにもならない。徐々に真実が明らかになり、人々の関係に深淵が広がっていることがわかってくる。それをサスペンス・タッチでスリリングに描いていく。子どもを含めたすべての登場人物があまりにリアル。特典映像で監督自身が語る通り、ドキュメンタリー風のリアルな演出、出来事を観客に想像させる作風。それが見事。まったく無駄がない。

それにしても、イラン社会の男女関係は私がこれまで思っていたものとはかなり異なる。ほとんど、日本と変わらないのではないかとさえ思える。「妻」は日本の我が家と同じように夫を振り回しているし、自分から離婚を申し出ている。かなり自由に見える。イラン社会の女性はどういう地位にあるのか。それに、テヘランの都市も、女性がスカーフをしていることを除けば、アジアの都市と大差ないように思える。一度、イランにも行ってみたくなった。

 

「ある過去の行方」 アスガー・ファルハディ監督 2013年

 私が劇場で最初に見たファルハディ監督の映画がこれだった。これに感動して、私はこの監督の大ファンになったのだった。改めてみてみたが、やはり圧倒的。「彼女が消えた浜辺」「別離」「セールスマン」も素晴らしいが、この「ある過去の行方」は別格。

 元の妻マリー・アンヌ(ベレニス・ベジョ)に求められて、イラン人の男アーマド(アリ・モッサファ)が正式に離婚をするためにイランから久しぶりにパリに戻ってくる。ところが、元妻は別の男サミール(タハール・ラヒム)と再婚しようとしていた。そして、マリー・アンヌの連れ子リュシーは母親の新しい夫を拒絶している。アーマドが現れたことによって、それまで隠されていたことが次々とあらわになり、人間関係の真実が見えてくる。

 心理サスペンスとして、実におもしろい。ハラハラドキドキの展開。まるでピランデッロの戯曲のように、真実があやふやになってくる。それぞれの人物の抱える問題がリアルで、それぞれに真実がある。一人一人に悪意はない。幸せでありたいと願い、周囲を幸せにしたいと願っている。だが、ちょっとしたエゴが混じるために、関係全体が歪んでくる。そのような人間の真実が真正面から描かれる。パリで暮らすイラン人の置かれている状況も垣間見える。

ベートーヴェンの交響曲が一つ一つの音のゆるぎない組み合わせから成っているように、ファルハディの映画も一つ一つの画面の緊密な構成によって成り立っている。私は一つ一つの画面の色、登場人物の動き、表情、セリフの見事さに酔う。子どもたちの表情の自然さにも驚嘆する。

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