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映画「エル Elle」と「ダンケルク」

 2本の新作映画をみたので、感想を書く。

 

「エル Elle」 ポール・バーホーベン監督

 最後まで面白く見たが、実をいうとしっくりいかなかった。もうひとひねりあるのかと思っていた。私の主観的な印象から言えば、中途半端で終わった気がした。結局何が言いたかったんだろうと思った。

 ゲーム会社を経営しているかなり年配のきれいな女性ミシェル(イザベル・ユペール)が覆面をした男にレイプされる。女性はかつて大量殺人をした男性の娘なので警察不信であるため、警察に届けずに自分で犯人探しをする。そうする間に、会社内部や近隣住民の人間関係が浮き彫りになってくる。「ネタバレ」を避けて語るとこういうことになるだろう。

 登場人物の全員がフィクションとしての愛を生きている。金だけでつながっていたり、誤解でつながっていたり、思い込みでつながっていたり。そこに宗教が大きな意味を持つ。ミシェルの父親が大量殺人を犯したのも宗教的な思い込みが原因だったらしい(ただ、映画を一度見ただけでは、そのあたりのことはよくわからなかった)し、レイプ犯が暴力的な形でしか愛をかわせなくなっているのも宗教に原因がありそうなことがほのめかされる(レイプ犯は割礼されているらしいが、レイプ犯の妻は間違いなくその宗教ではない)。

ミシェルがレイプされたのをきっかけに嘘をつくのをやめて本音で生きようとしたことによってあれこれの真実があぶりだされる。そのような状況を監督は描きたかったのだろうか。

 離婚をし、次々と愛人を変え、元夫婦が二人の間の子どもとかかわるときに顔を合わせてそれなりに付き合っていく。自分の子どもと思っているのが別の男との間の子供であることも珍しくない。友人のパートナーとも性的な関係を結ぶ・・・。映画の中で描かれるそのような状況は、必ずしも非現実的なことではなく、フランスでは日常的なことなのかもしれない。この映画は、そうした社会での愛のあり方をえぐり、愛が脆弱なフィクションから成っていることをあからさまにしている。

 

「ダンケルク」 クリストファー・ノーラン監督

 第二次大戦初期、ドイツ軍の攻撃によってフランスとイギリスの軍隊はダンケルクの海岸に追い詰められてイギリスへ逃走するしかなくなる。ところが、軍に使える船では40万人の兵士のうち3~4万人ほどしか運べない。その時、イギリスの漁民が危険を顧みずに立ち上がり、自分たちの漁船を使って兵士を運んで、多くの兵士を救出する。有名な実話だ。

ダンケルクを題材にした映画を以前見たことがある。今回もそんなものかと思ってみにいったらこれは素晴らしい映画だった。

 映画が始まってすぐ、「陸1週間  海1日  空1時間」というクレジットが出る。初めは何のことかわからないがフランスでドイツ軍に攻撃されて逃げ惑う陸軍の兵士たちを扱う「陸」のエピソードと、漁船を出してイギリス・フランスの兵士を助けようとする海の男たちを扱う「海」のエピソード、そして、空軍の3人のパイロットを扱う「空」のエピソードが交互に描かれていることがわかってくる。この映画は一つの時間軸で描かれているのではなく、「陸・海・空」がそれぞれ別の時間軸で描かれている。「陸」編はドイツ軍に追われて敗走し、イギリス本土に逃げようとした船を待ちながらも爆撃を受ける絶望的な1週間の陸軍の動きを追いかける。「海」編は、英仏軍の窮地を知って船を出す漁民の一日を追う。「空」編はダンケルクに軍を助けに行く空軍の1時間を追う。

クライマックスの部分で三つのエピソードが重なり合う。そこで高揚を味わうように作られている。以前に起こっていたことが、別の視点から描かれることも何度かある。こんな時間軸の映画をこれまで見たことがなかった! 感服!

 登場人物の描き方にも恐れ入った。「陸」編では、逃げることに必死の若い兵士、「海」編は英雄的に立ち上がる民間人、「空」編は英雄的な軍人が中心的に描かれる。しかし、いずれもが突出した人間ではなく、その場にいた全員が同じように行動しただろうことを納得させられる。それぞれの編で一人の人物に焦点を当て、一人一人の心の中まで描かれるが、その場にいた多くの人がおそらく同じようない気持ちを抱いていただろう。

 すべての場面で必死感が伝わり、観客もまたいつ爆撃されるかわからないという危機感を共有し、しかも端役に至るまでの人物の行動(とりわけ、海編)に説得力がある。

 ドイツ軍の姿が一切描かれないのも見事。彼方から爆撃され、戦闘機がやってきて攻撃される。わけもわからず、理不尽に攻撃される兵士の置かれた状況がよくわかる。また、音、そして音楽の使い方のうまさにも驚いた。少々いきすぎな気がしないでもないが、恐怖や脅威を感じさせる音楽や音が充満する。CGは一切使っていないという。

 兵士たちは、敗走したために世論にひどく非難されていると覚悟していたのに、むしろ生きて帰ったことを国民は大歓迎する。人命を大事にし、そうであるがゆえに故国を守ろうと多くの人が立ち上がる国の偉大さ(当時のドイツや日本との違い)を印象付ける。

 私はミニシアターで上映される「芸術映画」のたぐいを見ることが多いのだが、娯楽超大作の質の高さも改めて実感したのだった。

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コメント

「助ける」ことを通して、戦争の無残さが滲む佳作でした。時計の刻む音など無機質的リズムに終始していた音楽が、義勇的な漁民の救出では、音価を倍にしたエルガーの「ニムロッド」に変化するところはなかなかに感動的でしたね。

投稿: さすらい人 | 2017年9月12日 (火) 17時46分

さすらい人 様
コメント、ありがとうございます。
そうでしたか!
エルガーに無知な私(実演では、数曲しか聴いたことがありませんし、CDもほとんど所有していません)はまったく気づきませんでした。映画の前半、時間軸を十分に理解できずに見ていましたので、レンタルが始まったら、もう一度見たいと思っています。そのとき、エルガーにも気を付けて聴いてみます。

投稿: 樋口裕一 | 2017年9月13日 (水) 08時55分

ダンケルク、見ようかどうしようかと思っていたのですが、これで踏ん切りがつきました。見てみようと思います。ありがとうございました。

投稿: Eno | 2017年9月13日 (水) 16時59分

Eno 様
コメント、ありがとうございます。「ダンケルク」、ぜひご覧になってください。
ブログを拝見しました。「ダンケルク」の感想を楽しみにしております。

投稿: 樋口裕一 | 2017年9月15日 (金) 08時33分

ノーランは現在活動している映画監督では一押しです。是非インソムニアやメメントをご覧ください。ダンケルクも京都の舞台の合間に見にいきました。ちょっと美しすぎるとも思いましたが、彼の時間軸に対する挑戦は素晴らしいと思います

投稿: 三浦安浩 | 2017年10月15日 (日) 21時51分

三浦安浩 様
コメント、ありがとうございます。
実は、ノーランの映画は初めてみたのでした。ほかも見てみることにします。

投稿: 樋口裕一 | 2017年10月16日 (月) 20時56分

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