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バイエルン国立歌劇場公演「タンホイザー」 あまりに沈潜した音楽

 2017921日、NHKホールでバイエルン国立歌劇場公演「タンホイザー」をみた。今年最高の感動を得られると期待して出かけたのだったが、実は期待したほどではなかった。

 とはいえ、素晴らしい演奏。やはり、タンホイザーを歌うクラウス・フロリアン・フォークトが圧倒的に素晴らしい。ヴァルターとローエングリンはバイロイトや日本でも聴いたが、タンホイザーは初めてだった。柔らかい自然な声。音程ももちろんしっかりしているし、まさしくタンホイザーの苦悩もよく伝わる。領主のゲオルク・ツェッペンフェルトを太くて柔らかい声で見事。ウォルフラムのマティアス・ゲルネも実に繊細で柔らかく、しかも温かい声でヴォルフラムにぴったり。それに比べると、エリーザベトのアンネッテ・ダッシュ、ヴェーヌスのエレーナ・パンクラトヴァは少し弱いかもしれない。もう少し声の輝きがほしいと思った。

 とはいえ、私は歌手陣にはまったく不満はない。そして、もちろんオーケストラは素晴らしい。なんという美しい音! 

私がまず不満を覚えたのはキリル・ペトレンコの指揮だった。

 ペトレンコは素晴らしい指揮者だとは思った。なんと柔らかい音色。しなやかでとぎすまされ、心の底にじんわりと伝わる深い音。それはそれで素晴らしい。しかし、「タンホイザー」をこのように深く沈潜する音楽にしてしまったら、おもしろくなくなるではないか! 「トリスタン」や「リング」や「パルジファル」をこのような音色で演奏されると、それはそれは魅力的だろう。しかし、「タンホイザー」にはもっとナマの音がほしい。こんなに深くて、こんなに洗練された音では、「タンホイザー」の生々しいエロスや邪教的な宗教を描けないではないか。

 いつか生の音が鳴り響くだろうと待っていたが、最後まで沈潜された音だった。私はこの音に人工性を感じた。もっと生々しさがほしい。本音を叫んでほしい。私のような俗っぽい人間にはこれではものたりない。

 演出については、実はよくわからなかった。私はまったく事前の知識なしにこの演出を見たのだったが、理解の糸口さえつかめなかった。いや、何度か演出を理解したような気がしたが、全幕を通して考えると矛盾してくる。いくつか仮説はあるが、自信がない。

だが、それ以上に、せっかく歌手たちが素晴らしい歌を歌っているときに、後ろで小芝居をして音楽の邪魔をしているとしか思えなかった。とりわけ、「ローマ語り」の際に、後ろでモルグのように死体が次々と運び込まれ、徐々にそれが古びて、ついには土になっていくが、それに気を取られてしまった。

 たとえ、ワーグナーの音楽の本質に触れる思想をこの演出が語っているにしても、音楽を邪魔する演出を私は認めたくない。小芝居で音楽の邪魔されたくない。

 そんなわけで、満足できる上演ではなかった。残念。

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コメント

25日に行きました。私も今年最高の観もの聞きものになるかと期待しましたが、少し覚めて見終えました。ペトレンコの指揮は、冒頭のホルンの音から柔らかな美しい音を出しており期待しましたが、ヴェヌスベルグになっても透明なままで、官能美があまり感じられません。聖と俗の違いが伝わらず、1幕でヴェヌスベルグからヴァルトブルグの森への転換もあっさりでした。
しかし一番の肩透かしは、私にとってはフォークトでした。この人のローエングリンは大好きで今回も期待しましたが、彼の声はタンホイザーにしては透明すぎると感じました。中性的で、低音で歌うところはヴェーヌスと間違うほど、ヴェヌスヴェルグでの彼の苦悩が伝わってはきませんでした。彼は声量はすばらしいですが、声質はリリックのようで、ヘルデンテナーではないようです。私はもっと野太い声をこの役に期待したいです。
しかし腹立たしいのはその演出とやらです。わけがわからないだけではなく、鑑賞には邪魔な存在でした。意味を考えなきゃならない演出は、それだけで失敗ではないでしょうか。ドイツ人はどこがよくてこんな演出を好んでいるのでしょうね。

投稿: ル・コンシェ | 2017年9月26日 (火) 14時40分

リツイートから訪問させていただいたら、樋口先生だったので吃驚しました。
こちらは予め配信ラジオと動画を何度も鑑賞し、シルヴィア・コスタの講演会まで受講。つまりやれる予習を全部してからホールに行きました。
演出に関しては面白く感じましたが、全体として懐疑的です。ローマ語り背後の
役者の動き等、音楽に集中できないシーンでは共通の意見です。


投稿: Jun | 2017年9月27日 (水) 13時22分

ル・コンシェ 様
コメント、ありがとうございます。
そうですね。私もフォークトのタンホイザーには、初めのうち、少々戸惑いました。が、考えてみますと、実は彼のローエングリンを初めて聴いた時も、あまりに自然な歌い方であるために、英雄らしくないと思ったのでした。何度か聞くうちに慣れてきましたので、タンホイザーについても、こんな歌い方もあるだろうと思い返したのでした。
演出については、本当に苦々しく思います。このような流行を食い止めることはできないのでしょうか。

投稿: 樋口裕一 | 2017年9月27日 (水) 23時18分

Jun様
コメント、ありがとうございます。
私は、オペラの演出については、比較的理解できる方だと自負していたのですが、今回の演出については、まったくお手上げでした。もし、よろしかったら、大まかな演出意図をお教えいただけますでしょうか。あるいは、それがわかるサイトなどありましたら、教えていただけますか。演出に共感はできないと思うのですが、いったい何が起こったのか理解したいとは思います。申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。

投稿: 樋口裕一 | 2017年9月27日 (水) 23時27分

返事が遅くなり失礼いたしました。
タンホイザー実演の19日にシルヴィア・コスタの講演会を受講いたしました。
「イメージの求心力:アイディアを舞台上に具現化する方法」
ロメオ・カステルッチの共同演出家、シルヴィア・コスタの芸術世界と実践
http://artscommons.asia/news/1035 ←芸術公社のサイトです。
そしてその時のメモ書き感想を自分のブログとして公開しました。
https://blogs.yahoo.co.jp/junbunshi1/21765991.html
↓は悪文のサンプルみたいで恥ずかしいですが、25日タンホイザーの記事です。
https://blogs.yahoo.co.jp/junbunshi1/21775122.html

ブログにも記しましたが、全幕共通のアイテムは弓矢です。
序曲&1幕では「武器としての矢」プリミティブなもの。
二幕では詩人の矢。詩が何もかも突き刺し主人公も傷を受ける。
三幕は象徴としての矢。これはゼノンの矢です。
ゼノンの矢のお話では「移動するものはその瞬間おいて常にそれ自身と等しいものに対応している場合は移動する矢は動かない」という理屈で、お気づきになったか?ですが、ステージ後方の壁面に投影された時計のようなマークが死体の腐乱と同調するように動き出すのです。それは時空を超えるという意味合いだと思います。
最後にタンホイザーとエリーザベトが灰になります。灰は「救済」を意味します。そして身体を離れたところでしか愛は成就しない。
おそらくカステルッチは真面目な人で(場合によって融通がきかないくらい)感じたままを疑い無しに表現するのです。
観客に「あそこの意味はなんだろう?」と質問されても、本人にすれば野暮な問いかけにすぎず答えようがない。
たぶんイタリーのカトリック封建制と関係するように感じられるのです。
彼らの結論が「身体を離れたところでしか愛は成就しない」と言葉にしても、日本人にはなんのことだか理解が難しい。
僕の友人は「禁欲的な愛の言説が一種のクリシェーとして通用しやすい」とコメントをくれました。

僕はブログで批判的なこと書きましたが、面白い演出だと思いました。きっと他の人はもっと的を得た感想をお持ちかと思いますので、誰かの独り言と解釈いただければ幸甚です。

最後に、ペトレンコは初日があまり良くないと個人的に感じています。あくまでラジオや配信動画での感想ですが、マイスタージンガーもルルもマーラー5番もそう聴こえるのです。
それでタンホイザーは2日目の25日を購入しました。

投稿: jun | 2017年9月29日 (金) 00時38分

jun 様
今回の演出について、お知らせくださいましてありがとうございます。お手数を煩わせてしまい、大変申し訳ありませんでした。
なるほど、そういう演出意図だったのですか。が、舞台を見るだけでそれを理解するのは絶対に無理だと改めて思いました。それに、私は、すべての幕を通して「矢」は当然、同じ意味を持っていると思っていましたので、それを頭に中でずっと考え、いつまでも理解できないために途方に暮れていたのでした。幕ごとに意味が違っていたのでは、演出としてどうかと思いますし、それでしたら、余計に、観客に伝わるはずがないと思います。やはり、結果として、私は今回の演出は許容できません。
ブログのほかの投稿も大変興味深く読ませていただきました。私と異なる感想がかなりありますが、だからこそ、とても面白く、そしていっそう敬意をもって読ませていただくことができました。ありがとうございました。

投稿: 樋口裕一 | 2017年9月29日 (金) 21時14分

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