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ティツィアーナ・ドゥカーティの素晴らしい歌声

 20171020日、紀尾井ホールでティツィアーナ・ドゥカーティ、オペラ・コンサートを聴いた。共演はバリトンの井上雅人、ピアノ伴奏は山口研生。全体的にとても良い演奏だった。

 曲目は前半に「サンソンとデリラ」、「ハムレット」、「ルチア」などからのアリア、後半には「トスカ」のハイライト。山口によるピアノ・ソロ曲も演奏された。

ドゥカーティは、音程のしっかりした伸びのある声で見事。井上も日本人離れしたしっかりした声。二人の二重唱も聴きごたえがあった。二人の声はしばしば会場内に響き渡った。素晴らしい歌手たちだと思う。

 ただ、実を言うと、以前にドゥカーティの歌を聴いた時、もっと素晴らしいと思い、もっともっと感動したのだった。今回は少し欲求不満に終わった。

 もちろん、素晴らしい歌声、しっかりした歌唱。素材としては素晴らしい。だが、あれほど素晴らしいドゥカーティの声を十分に堪能できなかった。

 私はプログラムに不満を覚えた。前半の曲目に一貫性がなく、どのような理念でプログラムを組み立てているのかよくわからなかった。フランスものを組みあわせているのかと思うと、最後にはドニゼッティになった。後半は「トスカ」で統一されていたが、ハイライトとしてもドゥカーティを味わうにも中途半端だった。もっともっと堪能したかったのだが、それができずに終わりになってしまった。しっかりした理念に基づき、歌手のよさを発揮できるような曲目を選び、最後の感動させるように演出してこそ素晴らしいコンサートになると思うが、それが欠けているために、せっかくの素晴らしい演奏家がその素晴らしさを示せずに終わったように思った。

 それにしても、ドゥカーティの声は美しい。音程も歌いまわしも実にいい。素晴らしい歌手だと思う。近いうち、理想的なコンサートを聴きたいものだ。

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スリランカについて考えたこと

 スリランカを旅行しながら考えたことをまとめる。もちろん、35日の、しかもガイド付きのツアーなので、ほとんど何もわからなかったに等しい。が、旅行者であるがゆえの視点もあるだろう。ともあれ、素直な感想を記す。

 

・私は、スリランカが大変気に入った。移住しなければならないようなことになったら、ここがいいと思った。ブータンも素晴らしいと思ったが、そこに住むと息苦しくて退屈でたまらなくなるだろうことは目に見えている。スリランカはそんなことはなさそう。気温も思ったほど高くない(少なくとも、私のいる間は20度から30度の間くらいだった)し、治安もいい。食べ物もおいしい(基本的にカレーばかりだけど)。

・物価は意外に高い。観光客向けの店が多かったせいもあるかもしれないが、何度か入ったスーパーでも日本の8割くらいの感じ。小さなバナナ3本とイチゴ10粒、板チョコ、円筒形の筒に入ったポテトチップ(どう呼べばいいのかわからない)を買って1400スリランカルピーだった。日本円で1000円を超す。日本より高いのではないか。ヤシ酒の360ミリリットルが1000ルピー(800円くらい?)、現地のものらしいペットボトル入りのジュースが120ルピー程度(100円くらい?)。ガソリン代がレギュラーで117ルピーだった。税金が含まれているとはいえ、かなり高額。マッサージ40分で4000ルピー(3000円以上!)。

・スリランカは日本人が思っているほど「遅れた国」ではない。少なくとも、今、猛烈な高度成長の時期にあるようだ。あちこちで工事が行われている。物価はインフレ状態にあるという。道には日本車があふれている。バスやトラックにはインド製のTATAのものが多いが、乗用車はほとんどが日本製。時々、韓国製や西洋の車がある。

・私がその国の「民度」を計るのに、一つには交通マナーを意識しているが、全体的には決して悪くない。信号が少ないために割り込みなどが起こるし、トゥクトゥクがとりわけマナーのよくない運転をしているようだが、それを除けば、かなりマナーはよい。

・私がもう一つ「民度」を図るために考えているのは、熱帯地域における上半身裸の男の存在だ。もちろん、スリランカでも農業地域で上半身裸で作業をしている人は見た。だが、都市部にはほとんど見かけない。

・宗教対立に根深さについては感じないでもなかった。表面的には、驚くほど多宗教が併存している。仏教徒、ヒンドゥー教徒、イスラム教徒を見かける。違和感なく歩いている。が、ガイドさん(穏やかで社交的なシンハラ人の30代男性)の様子を見ていると、他民族、他宗教の人と交流しているようには見えない。「ここはタミール人の多い地域だから・・・」「ここにはイスラムの人が多いので・・・」などと、自分の立ち入るべき地域ではないことをほのめかす。2009年まで、スリランカでは、スリランカ政府と一部のイスラム教徒の間で内戦が起こっていた。スリランカ政府にも行き過ぎがあり、罪のないイスラム教徒も被害に遭ったが、政府が勝利して集結した。だが、火種はあちこちにありそう。

・植民地風の建物が多い。つまり、かなり西洋風。小さくて汚い家ではなく、しっかりした作りの家が多い。小さくても西洋の田舎の家のようなしゃれた雰囲気がある。

・かなりの日本びいきの国のようだ。ガイドさんとドライブインのような店(ただし、屋台をきれいにしたような店。国営だという話だった)に行った。紅茶とおいしいパンをお食べていると、社交的なガイドさんが売り子の女性に話しかけた。二人のうち一人は、「姉の夫は日本人」といい、もう一人は「弟が日本に仕事に行っている」と語っていた。

・信心深い仏教国であり、あちこちに寺院があり、ストゥーパがある。寺院にお参りに行くときには白い服を着るのが習わしらしく、寺院の近くには白い服の集団が見える。寺院ではなんだか歌が歌われている。ちょっと不思議な流行歌化、もしかしたら「コーラン」なのかと思っていたら、仏様への感謝を歌っているという。

・念仏を聴いた。尼僧の念仏だった。流麗な歌のようだった。日本の念仏のような厳かさはあまりない。念仏はシンハラ語のほか、元通りのパーリ語で唱えられることもあるという。

・仏教国とはいえ、ブータンとはかなり雰囲気が異なる。スリランカでは仏教が息づいているのだろうが、ブータンのように仏教のただなかで生きているようには見えない。しかも、仏教はかなり現世利益的な雰囲気がある。生命の原初に仏を考えるというよりは、お釈迦様に自分の無事や成功をお願いしているようだ。

・アジア地域に行くと、これまで、しばしば夜のツアーに誘われた。ナイトクラブやもっといかがわしい看板などもよく見かけた。だが、スリランカではそのようなことはなかった。せいぜい、ちょっと怪しさのあるマッサージ店があったくらいだ。何らかの規制が行われているのだろう。そのため、猥雑さがなく、困った客引きもいない。行くところに行けば、それなりに不健全なところはあるのかもしれないが、日常の中にそれが見えないのはとても慶全なことだ。それだけ安心して暮らせる国だということだろう。

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ホテルから見たコロンボの街 工事中の建物、インド洋

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リワンウェリ・サーヤ大塔の前で行列を作る村人

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スリランカ最終日

 今日は20171018日。16日にスリランカから帰国して2日たつが、スリランカの最終日についてまだ書いていなかったので、ここに記す。疲労と仕事のために、これまで書く時間を見つけることができなかった。

 

 20171015日、朝、ホテル・シーギリヤを出て、シーギリヤの岩山に向かった。

5世紀。カーシャパは王の長男だったが、母は平民だった。王族の血を受け継ぐ腹違いの弟がいた。父を殺し、王位を奪って、シーギリヤの平地に突き出した一枚岩の山に王宮を建てて、そこで暮らした。しかし、11年後、インドに逃れていた腹違いの弟の攻撃を受けて自害した。そのような歴史物語の展開された岩山だ。

 いかにも狂気の王にふさわしい不気味な岩山だ。ホテルのテラスからはっきり見えていた。車でふもとまで行って、そこから山に向かった。

 1000段を超す階段が作られ、頂上まで登れるようになっている。大学の授業のために3階まで階段で上がっただけで息切れがしている運動不足の私には、頂上踏破は無理だろうと思ってガイドさんに途中棄権をほのめかしたが、ガイドさんは取り合ってくれなかった。仕方がないので、腹を決めて歩き出した。ガイドさんとはいったん分かれて、途中で合流することにして、一人で登り始めた。

上りと下りが一人ずつ行き違えるくらいの狭い階段を観光客が行列を作って上る。観光客の半分以上が中国人。ほかはスリランカ人、インド人、西洋人。日本人はほとんどいないようだ。近年になって鉄の手すりがついているので、それほどの危険はないが、すぐ下は岩の崖なので、体力に自信のない私はかなり不安を覚える。ところどころに休憩できる踊り場のようなものもあったので、休み休み進んだ。高齢者もかなりいる。そのためもあって、全体的にかなりゆっくりの歩みになる。私は、自分のせいで列が停滞するのを恐れて、明らかに85歳は過ぎたであろう西洋人を見つけて、その後を歩いた。が、驚いたことに、その御老人は、むしろ私よりも健脚のようで、長く休むことなく歩き続けていた。

岩山の中腹にらせん階段が作られている。それは洞窟に続いていた。そこには色彩豊かな壁画が残されている。シーギリヤ・レディと呼ばれる美人画で、妙になまめかしい5、6人の半裸の女性が描かれている。5世紀に描かれたことは間違いないようだが、この絵の意味は謎のままだという。

洞窟からいったんおりて、ガイドさんと合流し、中腹で一休み。

 シーギリヤとは、「ライオンの喉」という意味で、かつては大きなライオン像があったとされているらしい。ライオンの左右の爪痕の像が残されており、その間を通って頂上に向かった。ここからは踊り場はなく、ずっと上り続けるしかない。またしても、高齢者を見つけて、その後を歩いた。ゆっくりゆっくりだが、ともあれ頂上に到着。かつて王宮があり、カーシャパが自害した場所だ。周囲には平原があり、山がある。風が吹いて心地いい。

 しばらくたって岩山から降りた。足が棒のようになった。つまずきそうで怖かった。

 ガイドさんの車でコロンボに向かった。

足が疲れたことを話すと、「近くにいいマッサージの店がある」とのこと。もちろん、外国人向けの高いマッサージ店なのだろうが、一人で危険なところに行くよりは安心だと思って、誘いに乗った。ホテルの敷地内にマッサージ専用のコテージのようなものが10軒ほどあり、それぞれにベッドがあってマッサージを受けられるようになっている。妙齢の女性によるオイルを使った全身マッサージを勧められたが、私は屈強の男性による足だけのマッサージを選んだ。が、まったく屈強ではないなよなよとした感じの男性がふくらはぎを中心にやさしくマッサージしてくれた。あまり効き目のないやわなマッサージだと思ったが、効果があったのだろう、その後、太腿にかなり強烈な筋肉痛を覚えるが、ふくらはぎは痛くない。

 途中、タンブッラで仏像を見たり、食事をしたり、休憩のお茶を飲んだりしながら、コロンボに到着。コロンボの市内観光。

 夕方、いったんガイドさんと別れて、知人の知人であるコロンボ在住の日本人二人とインディペンデント・スクエア付近にある有名なスリランカ料理の店カーマ・スートラで食事をとった。カレー料理だったが、きわめて洗練された上品な味。驚嘆するべきおいしさだった。とても楽しいスリランカの話を聞いた。

 再びガイドさんと合流。空港にいって、キャセイパシフィックの深夜の便にて香港経由で帰国。日本到着は16日の15時半過ぎだった。

 スリランカについて考えたことについては、そのうちにまた書こうと思う。

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新国立劇場「神々の黄昏」最終日 初日以上の凄さ!

 20171017日、新国立劇場で「神々の黄昏」をみた。今回のプロダクションは初日(101日)にみたので、これが二度目。初日以上に、今回は素晴らしかった。

 第一幕の時点では、初日のほうがよかったのではないかと思った。オーケストラのミスは今回のほうがずっと少なかったが、厚みや緊密性が欠ける気がした。また、ペトラ・ラングの声が十分に出ていなかった。音程も不安定でかなり苦しげだった。が、ラングは徐々に回復。オーケストラも第二幕以降は厚みが増し、うねりだし、徐々にワーグナーの音になっていった。グールドも気品ある声が豊かに響き、ラングは強靭な声で表現力豊かに歌った。

 第三幕は第二幕以上に圧巻だった。もちろん、ところどころにミスはあったが、全体的には世界最高レベルだと思った。ラングとグールドの二人があまりに圧倒的。バイロイトのこれまでの最高レベルの人たちに匹敵すると思う。私が生で聞いたジークフリート歌手の中では、グールドはルネ・コロに劣らないと思う。ブリュンヒルデ歌手の中では、ラングは私が生で聴いたリゲンツァ、グィネス・ジョーンズ、ポラスキ、ヴォイト、テオリン、ワトソンに勝るのではないか。このレベルの二人が歌うのははなかなかないことだと思う。

 そして、日本人歌手たちも素晴らしい。脇役だとはいえ、主役に匹敵する歌をしっかりと歌っている。日本人歌手たちが新国立的情が世界トップレベルにいることを証明している。

 カーテンコールで、ラングに対して激しくブーイングしている人がいた。私には理解できないことだ。どこをどのように否定的にとらえるのか、ラング以上のブリュンヒルデをだれに求めるのか、私としては大いに気になった。

 ともあれ、素晴らしい上演だった。新国立劇場史上でもまれにみる名演だと思う。これほどの上演をしてくれるなら、わざわざバイロイトまで行って意味不明の演出のついた上演を見る必要はないと思った。

 スリランカから16日に戻ったばかり。夕方、自宅に到着。その翌日の「神々の黄昏」なので体調面で少々不安があったが、これほどの上演では、眠気を感じることもなく、体調の異変もなく、ともあれ最後まで感動してみることができた。

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スリランカ3日目 キャンディ・アヌラーダプラ・シーギリヤ

 昨日書いた文章を読んで、あまりに推敲されていないことを反省。が、生のままに書くのもいいだろうと思って、そのままにする(明らかな間違いだけを後でただすことにする)。

 キャンディアン・ダンスについての感想をほとんど書かなかったので、少し付け加える。ドラムを使った音楽とダンスだった。ドラムにはいろいろにリズムがある。が、トンツクテンテン・トンツクテンテンというパターンが最も多かった。踊りは色気ある女性と躍動感のある男性が中心で、腰のひねり、首の回し方がおもしろい。ただ、芸術的に高レベルというものではなかったし、宗教的な儀式という雰囲気もなかった。軽いショーということだろう。その後、屋外で火のショーが行われた。燃え盛るたいまつを体に近づけたり、燃えている木炭(?)の上を5メートルほど歩いたり。確かに恐るべき力だとは思ったが、この種のものに対する感受性は、私はあまり強くない。感心してみただけだった。

 

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 朝、起きてみたら、キャンディの私が泊まったホテルは高台にあり、実に良い見晴らしだった。素晴らしい風景。

8時半にキャンディのホテルを出て、マータレー、ダンブッラを車から見物して、アヌラーダプラに向かった。

ガイドさんの運転はかなり丁寧。安全運転といっていいだろう。ほかの人も、渋滞時には割り込みがあるが、それを除けば無謀なことはしない。道もかなり整備されている。幹線道路ということもあるのだろうが、周囲の建物もきれいに整えられたものが多い。植民地風というのか、西洋風な建物も多い。緑が多く、その中に家がある。

途中、食事をしたりして、13時ころにアヌラーダプラに到着。2500年前にスリランカの都があった場所だ。

まず岩肌を掘って作った寺院(イスルムニヤ精舎)に行った。ここもはだしになって、岩に上った。もちろん、ほとんどがその後修復されたものだというが、紀元前から残っている部分もあるらしい。中には、寝釈迦像もあった。

次に、そのすぐ近くにあるスリー・マハー菩提樹に足を運んだ。釈迦はブッダガヤにある菩提樹の木の下で悟りを開いたが、その木からとった若木をアショーカ王の娘がこの地に持ち運んだという。現在のその木を中心に小さな寺ができており、今も多くの人を集めている。大勢の現地の人が菩提樹を取り囲んで念仏を唱えていた。

その後、歩いてルワンウェリ・サーヤ大塔に行った。白い巨大なストゥーパ。仏舎利が収められているとされており、世界で最も信仰を集めている施設だという(スリランカの人は少なくともそう信じている)。到着したときは観光客だけでがらんとしていたのだが、白い服を着たスリランカ人が次から次へと長い旗を持って現れた。先頭に、キャンディで見たダンスショーと同じような紛争をした人がドラムをたたいて先導し、その後に村人が続く。私は三組見たが、最も多い列は2、3百人いたのではないか。その人たちは念仏を唱和して歩いてストゥーパに向かい、敷地内の座って講話を聴くようだ。あちこちの村人たちがこのようにして人を集めて参拝に来ているのだという。とりわけ、満月の日は大勢の参拝客であふれるらしい。年寄りから子供までたくさんいる。子供はあまり信仰心が強いようには見えない。遊び半分といったところ。

参拝客の中には、足腰が弱くて二人ほどに支えられている高齢の女性がいた。車いすは禁止されているという。きっと子供たちが支えて、母の願いをかなえようとしているのだろう。かなりの距離をこうして歩いて参拝に来たのだろう。

アヌラーダプラを出て、シーギリヤに向かった。幹線道路から周囲を緑に囲まれた整備された細い道路に入って30分ほどで、私の泊まるシーギリヤ・ホテルに到着。シーギリヤ(かつて王宮のあった岩山)がホテルから見えた。みるからの異様。夜になっていたので、そのまま宿泊。ホテルはバンガロー形式で、これもまたとても瀟洒で雰囲気がいい。

今は20171015日のスリランカ時間の午前7時前。そろそろ朝食を取りに行く。写真を載せようと思ったが、接続の関係か、私の技術不足なのか、うまくいかない。ともあれこのままブログにアップする。

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スリランカに来ている

   一昨日、つまり2017年10月12日からスリランカに来ている。今年6回目の海外旅行。今回はスリランカにした。もちろん個人旅行は無理そうなので、前回のモンゴルと同じようにガイド付きツアー。3泊5日の弾丸ツアー。
  とはいえ、今回もメンバーは私だけ。日本語のできるガイドさんが運転して、ガイドしてくれる。
 今、14日のスリランカ時間の早朝。早く寝て、早く目が覚めたので、これまでのことをブログに書く。
 
日本を朝に出てキャセイパシフィックに乗って香港を経由、スリランカには夜中に着いた。   到着時、夜中なので空港は閑散としているかと思っていたら、かなり大きな空港なのにごった返していた。免税店がまるでアメ横のように広い通路の真ん中に列を作って電化製品や化粧品や日曜人の小さな店が並んでいた。サリーを着た女性が売り子に何人もたっていた。
  ガイドさんと顔を合わせてそのままホテルに入った。 ガイドさんは30代の元気な男性。感じがよく、日本語もうまい。ただ、正式に日本語を勉強したことはないとのことで、字はほとんど読めないとのことだった。字を読めないのに、これほど流ちょうに話すことに、外国語会話の苦手な日本人としては信じられない。
    外は夜中だけに車も少なく、すんなりとホテルに到着。暑いといえば暑いが、26~27度といったところだろう。残念ながら、観光にふさわしくない雨季だということで、コロンボに向かう間も時々雨がぱらついた、真新しいホテルだった。シャワーを浴びてすぐに寝た。
10月13日、
 朝の8時40分にガイドさんと待ち合わせて、ホテルを出発して、フォート駅に向かった。道路は大渋滞。日本車が多い。車の割り込みも多い。ただ、このところ途上国を旅行している身からしてみれば、それほど驚くほどではない。マニラ、カイロ、ウランバートルはこんなものではなかった。
  駅付近は屋台が出て、人々が歩き、タクシーやトゥクトゥク(ただ、こちらでは別の名前で呼ぶようだ)が並んで、バンコクの駅などと同じような雰囲気。 駅に到着するころになって、突然大雨になった。しばらく待って、小降りになったところで、ガイドさんの運転する車を降りた。雨はすぐに上がった。 大きな駅で、通勤客でごった返していた。通勤客とはいっても、スーツを着ているわけではないので、私たち日本人は異様に思える。普段着と思える服を着たスリランカ人が列車から降りて出口に向かう。
  列車には一人で乗り込み、ガイドさんはこれから車で目的地に向かうという。目的地で合流してまた行動を共にすることになる。
  私は「てっちゃん」というほどではないが、海外に行くとできれば列車に乗ることにしている。今回も列車に乗れるツアーを選んだのだった。エクスプレスで3時間ほどかけてペラデニアに向かうことになっていた。
 30分ほど待ってやってきた列車に乗り込んだ。1等の指定席のようだが、列車は薄汚れた茶色出し、中に入ってもエアコンはない。椅子はガタピシし、えんじ色のカーテンは汚れが目立つ。窓も汚い。すぐに窓を開けた。私の周囲の客はほぼ全員が観光客のようだった。5,6人の家族でやってきているグループもいた。西洋人が数人いる以外は、インド人か、スリランカ人なのではないか。日本人や中国人は見かけなかった。
 列車で素晴らしい時間を過ごすことができた。
 沿線には低層のさびたトタン屋根の貧し気な家が並んでいる。洗濯物があり、子供の遊び道具があり、生活の道具がある。その周囲にはヤシやバナナなどの熱帯の植物が生い茂っている。バナナがなっており、ヤシが実をつけている。大自然の中に人間が暮らしているのがよくわかる。経済的には貧しいだろうが、自然に恵まれ、大自然の中で生きている。時々、小さなお寺やストゥーパが見える。また、森になる。こんなに緑の多い首都は初めて訪れた。
 しばらく行くと泥色に流れる川があった。周囲は木々でおおわれている。田んぼもあった。畑もあった。手作業で畑を耕す人も時々見える。農作業をする牛もときどき見かけた。トラクターは一台見ただけだった。そのような田や畑も野原に囲まれ、周囲には南洋植物の生い茂るジャングルがある。  時々、駅に近づくと家が増えてくる。だが、緑は相変わらず多い。自然を壊して都会を作ったという印象がない。駅で降りる人もゆっくりしている。50年ほど前の大分県の久大線での光景を思い出す。大きな荷物を持っている人も多い。
 列車に乗って2時間くらいしたころだろうか。列車が坂を上り始めた。それがずっと続いた。1時間以上、ずっと上り坂だった。周囲はそれまで以上に緑が深くなり、まさしく山になった。トンネルをいくつか通った。まれに人家が見える以外は高原が広がるようになった。絶景だった。
 3時間ほどでペラデニア到着。そこでガイドさんと待ち合わせることになっていた。それほど大きな駅ではないのですぐにわかると聞いていた。確かに、小さな駅だったが、乗換駅らしく客がごった返していた。探してみたが、ガイドさんはいなかった。渋滞していると車のほうが遅くなるかもしれないので、待ってくれと言われていたので、ベンチに座って待った。
 乗り換えホームが決まっていないらしく、駅員さんが何かを大声で言うと、人々の群れがどっと移動してホームに行き、しばらくして大きな音を立てて列車がやってきて、混乱が起こりながら客が乗り込む。そこで降りてきた客が今度はここで別の方面に乗り換えるらしくて、人があふれる。ホームには大きなテレビ画面があって何かを放送していたが、もちろんデジタル放送ではなく、しかも写りが悪くて、見るに堪えなかった。もちろん、どうせ見ても何が話されているかは全く分からないわけだが。
 駅のホームに2,3匹の野良犬がいた。客たちは何も注意を払わないが、それなりに居場所になっているようだ。ブータンほどではないが、あちこちに野良犬がいる。おとなしくて危険はなさそうだ。  駅で待つうちにまた雨が降り出した。かなりの大雨になった。 しばらくしてガイドさんがやって来て、合流。車でキャンディーに向かった。途中で遅めの昼食をとった。川の見える店で、外国人の集まるレストランになっているようだった。ガイドさんはあちこちに顔が利く。多くの人と親しげに話しをかわし、よい席を用意してもらえる。
 その後、キャンディに到着。落ち着いた古都と聴いていたので、京都のようなたたずまいを想像していたら、大渋滞が起こっており、割り込みがあり、日本人からするとガサガサした様子が見える。ただ、コロンボのようなごった返した様子はない。
  キャンディ湖(王宮があったころに作られた人口湖)付近は王宮の跡があり、高台に趣のある家が並んでいて、とても美しい。  すぐ近くに仏歯寺がある。仏歯寺というのは、釈迦が火葬にされた時に拾われた釈迦の歯が祀られた世界で唯一の寺だとのこと。インドにあったものがスリランカに移され、その後、敵からもイギリスからも守って現在に至るという。 雨が続いていた。
  公園のようになった境内を歩いて、本殿に入った。はだしでなければならないというので、雨が降っているのにはだしになって、濡れた廊下を渡って中に入り、仏歯が収納されている祠をみた。観光客がたくさんいた。インド系の人々(スリランカ人かインド人か区別がつないので、このように書かせてもらう)が多いが、そのほかは中国人、西洋人(英語、ドイツ語、スペイン語、フランス語が聞こえた)。日本人には一人も会わなかったかもしれない。今の時期、日本人観光客は少ないのか。 その後、キャンディ・マーケットを見物し、キャンディアン・ダンスを見に行った。マーケットは果物、野菜、肉、衣類を売る小さな店が軒を連ねていた。ダンスは私としては、あまり面白いとは思わなかった。
 朝食の時間になったので、ここでいったんブログを書くのをやめる。 時間があったら、また書く。

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ユロフスキ+ロンドン・フィルノチャイコフスキー 私の好みの演奏ではなかった

 20171011日、東京文化会館で を聴いた。実は会場を間違えてサントリーホールに行ったため、遅刻した。我ながら情けない! 年に一度くらいこんなことがある。そのため、ワーグナーの「ニュルンベルクのマイスタージンガー」第1幕への前奏曲は聴けなかった。前半は最後尾の席で聴いた。

 曲目は、そのほか、辻井伸行が加わってラフマニノフのピアノ協奏曲第2番。後半にチャイコフスキーの交響曲第5番。

 しばらく前から、ユロフスキを聴きたいと思っていた。グラインドボーン音楽祭で上演されたDVDによるワーグナーを聴いて、実はあまり気に入らなかったのだが、途中に盛り上げ方などがとても気になった。一度、実演を聴きたいと思っていた。

 ところが、 残念ながら、やはり私の好きな演奏ではなかった。 ラフマニノフもチャイコフスキーも、私には求心力がないように聞こえる。時々、一本調子な感じがする。盛り上がっていくし、それはそれでダイナミックであり、情熱的なのだが、なんだかちぐはぐな感じがしてしまう。ロシア音楽風にもなっていないし、だからといってそれを超える魅力も感じることができなかった。

 グラインドボーン音楽祭のDVDを思いだした。同じような印象だった。じっくりと盛り上がっていかず、突然、盛り上がってしまって、私にはついていけない気がしてしまう。

 辻井伸行のピアノについても、私はあまりおもしろいとは思わなかった。ラフマニノフは私の好きな作曲家ではないので、もちろんよくはわからないのだが、もっと絢爛豪華にやるか、もっとロマンティックにやるか、あるいは内向的にやるか、何かしら自己主張してくれないと、聴いていてよくわからない。

 アンコールは「エフゲニー・オネーギン」の第三幕のワルツ。もちろんとても良い演奏。ロンドフィルの実力が良くわかる。だが、この曲についても、私には何をしたいのか、よくわからなかった。

 なんだかよくわからないままコンサートが終わった印象。もちろん、良い演奏だと思う。大喝采が続いていた。が、少なくとも私の好みの演奏ではなかった。

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風の丘HALL公演 オペラ「ヘンゼルとグレーテル」 大人の世界に対する子どもの世界の反乱

 2017109日の昼、千葉市の風の丘HALL公演、フンパーディンク作曲「ヘンゼルとグレーテル」をみた。

 この劇場は、85席ながらピアノ伴奏によって本格的なオペラを上演している。目の前で一流の歌手、一流の演出によるオペラを見られるのは、実に贅沢。今回もきわめて高レベルの上演だった。

 とりわけ、グレーテル歌った吉原圭子が素晴らしかった。音程がよく、澄んだ声が伸びている。演技も見事。容姿も含めてグレーテルにぴったり。かわいらしい女の子に見える。日本語もとても聞きとりやすかった。

 ヘンゼルの杉山由紀もしっかりとした歌唱と演技で見事だったし、魔女の小山陽二郎とペーターの飯田裕之は、ともに笑いを誘う演技とアドリブも含めて、とても楽しかった。ゲルトルートの斉藤紀子も張りのある声、眠りの精・露の精の藤井冴も神秘的な雰囲気を出してとてもよかった。ピアノの巨瀬励起も指揮者の役割を果たして、全体をコントロールしているのがよくわかった。風の丘HALLの主催する千葉ジュニアオペラ学校の子どもさんたちが出演。

 グリム童話では、子減らしのために母親が二人を捨てようとして森に追いやる。ところが、フンパーディンクの「ヘンゼルとグレーテル」は、ワーグナーの弟子にしては台本も音楽も毒がない。魔女を除けばみんなが善人。魔女にしたところで、なかなか愛嬌があって、間が抜けている。残酷な場面はない。

三浦安浩の演出も、表面的には無邪気でかわいらしい子どもたちの夢を描いている。表だって残酷なことを描かない。が、ゲルトルートはかなり過激な表情をし、まるで魔女のよう(もし、意図していなかったとしたら、斎藤さん、ごめんなさい!)だし、偶然かもしれないが魔女とペーターは顔も体型もよく似ている(もし、意図していなかったとしたら、もしかしたら、失礼にあたるでしょうか?)。つまり、魔女と母親・父親の相似性が現れている。そして、三浦さん自身がプログラムに書いている通り、魔女の家はヘンゼルとグレーテルの家にそっくり!(私はこれは単に経費節約のためだとばかり思っていたが、このような一石二鳥があったとは!)

最後、子どもたちが神様に感謝する。もちろん、フンパーディンクの頭にあるのはキリスト教の神様だろう。しかし、おそらく、三浦演出では、間違いなくもっと広い意味の、子どもが思い描くような「神様」だろう。お菓子を与えてくれ、元気を与えてくれ、エネルギーを与えてくれるような大きな存在。そして、大人の世界の論理をひっくり返してくれるような巨大なエネルギー。

私には、この「ヘンゼルとグレーテル」は、大人の世界に対する子どもの世界の反乱宣言のように思えた。

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リフシッツのベートーヴェン 壮大さと禁欲的リリシズム

 2017108日、武蔵野市民文化会館でコンスタンチン・リフシッツのピアノ・リサイタルを聴いた。曲目は前半にベートーヴェンの「ディアベリ変奏曲」、後半にピアノ・ソナタ第29番「ハンマークラヴィーア」。長大な難曲2曲をリフシッツは見事に演奏。素晴らしい。

 すべての音がクリア。強い音はクリアな中に強烈さがある。弱い音はしなやかでリリシズムにあふれている。それをきわめて知的に構築していく。私にわかる限りでは、ミスはまったくないように思えた。完璧な技術、見事な音楽性。

 ただ実は、私はピアノ曲はあまり聞かない。今回のコンサートは、知人に勧められて聴いてみた。そんなわけで、「ディアベリ変奏曲」の実演を聴くのはこれが初めてだった。これまでLPCDで何度か聴いたことがあったが、何度聴いても、ディアベリのテーマをベートーヴェンがどう変奏しているのかつかめない。どこがどう変奏されているのかわからない。実演をじっくり聴けば納得できるだろうと思っていたが、やはりわからなかった。私の音楽的素養不足を痛感。

とはいえ、ある種の制限の中で独自の宇宙を展開しているのを聴くつもりになると、圧倒的で感動的な部分はたくさんある。何番目の変奏かは確かめていないが、何度かその禁欲的なリリシズムや壮大な音の躍動に酔った。

「ハンマークラヴィ―ア」も素晴らしい演奏。第一楽章の壮大さもさることながら、終楽章のフーガに圧倒された。これはとてつもない曲だと改めて思った。ただ、これも私の音楽的素養不足としか言いようがないが、有名な第3楽章について、演奏云々の前に、私は十分にベートーヴェンの音楽そのものを理解できない。もちろん、しばしば素晴らしいと思うが、ピアノの音だけで演奏されると、頭がついていかない。ピアノの独奏曲をめったに聴かないので、弦楽器か管楽器がほしくなってしまう。

 アンコールはベートーヴェンのバガテルの中の1曲とのこと。

 ベートーヴェンのすごさ、リフシッツのすごさを大いに感じながら、ピアノ曲を聴きなれない自分の音楽的素養の不足を痛感するリサイタルだった。

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幻のソプラノ歌手ティツィアーナ・ドゥカーティ・オペラコンサート迫る!

S_6804995296533  ティツィアーナ・ドゥカーティというイタリア人のソプラノ歌手がいる。私がその真価を知ったのは、昨年のことだ。そして、今年の4月、そのリサイタルを聴いて、改めてそのすごさを知った。澄んだ声。ドラマティックな歌いまわし。正確無比な音程。そして、華麗な容姿。すべてにおいて申し分ない。その時の感動については、このブログにも書いた(http://yuichi-higuchi.cocolog-nifty.com/blog/2017/04/post-6a0f.html)。ソプラノ歌手として世界最高レベルの一人だと思う。

かつてイタリアの数々の声楽コンクールに入賞、ミレッラ・フレーニ、ニコライ・ギャーロフとも共演、フェニーチェ劇場でゲルギエフ指揮により「ドン・カルロ」のエリザベッタを歌うなど、イタリア各地でヴィオレッタ、ルチア、蝶々夫人などの主役を歌ってきた。

 ところが、事情があって、イタリアでのキャリアを振り切って来日したという。なんと、現在、日本で活動している。それなのに、多くの人に知られていない。こんな世界的なソプラノ歌手がすぐ近くにいるのに、知られずにいる。こんなもったいないことはない。

 そのティツィアーナ・ドゥカーティが、1020日(金)に紀尾井ホールでコンサートを開く。曲目はドゥカーティが得意とするイタリア、フランスのオペラからのアリアが中心だ。ピアノ伴奏は山口研生、井上雅人(バリトン)がゲスト出演する。

 私は、たまたまこの歌手の実力を知った人間として、応援している。ぜひ、多くの方においでいただきたい。そして、これほどすごい歌手が日本で暮らしていることを知っていただきたい。

 

日時:20171020日(金) 1900 開演 (1830開場)

会場:紀尾井ホール(東京)

入場料: 全席自由一般 5000円 /学生 3000円 (当日500円増し)

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シャイー+ルツェルン祝祭管の「春の祭典」に驚嘆

 2017106日、サントリーホールで、リッカルド・シャイー指揮、ルツェルン祝祭管弦楽団の演奏を聴いた。前半はベートーヴェンの「エグモント」序曲と交響曲第8番、後半にストラヴィンスキーの「春の祭典」。

「エグモント」序曲が始まった途端に、オーケストラのとてつもない音に驚嘆。日本のオーケストラもなかなかいいと思っていたが、こうして世界最高レベルの音を聴くと、日本のオケもまだまだだという気になる。それほどすごい。オーケストラの音って、こんなにきれいなんだったか! と改めて思った。弦の柔らかくて強靭で味わいのある音。管楽器も美しい。

 ただ、シャイーのベートーヴェンに関しては、私はかなり疑問に思った。とりわけ交響曲第8番に関しては納得いかないところだらけだった。構成感がなく、なんだか意味なく急いでいる感じがする。時々、「ぐしゃぐしゃ」という感じで突っ走る。第三楽章冒頭のテーマのリズムも私には少し不自然に聞こえた。シャイーは決して嫌いな指揮者ではない。実演も何度か聴いてかなり感動した記憶があるし、CDのボックスも購入し、気に入って聴いている。が。今回、なぜだか性急さが気になって仕方がなかった。

 が、後半の「春の祭典」になると、ただひたすら圧倒された。切れがよく、リズム感がよく、力感にあふれ、ダイナミック。そして、やはりオーケストラが素晴らしい。音に色彩感があり、きわめて鮮明で、音がまったく濁らず、あれほど速くて大きな音を出しているのに、まったくずれない。ただただビックリ。

 アンコールは「火の鳥」の一部。これもすさまじい。色彩的な音の洪水に酔った。

 ただ、感動したかといわれると、実はそれほどでもなかった。「春の祭典」はそれほど好きな曲ではない。私は古典派好き、ドイツ音楽好きであって、今日の目的はベートーヴェンだった。ちなみは、第8番は第4番、第5番、第9番とともに大好きな曲だ。ストラヴィンスキーはおまけみたいなものだった。ベートーヴェンに感動できなかったので、少々残念だった。

 しかし、凄まじいオーケストラの音を味わい、とてつもない「春の祭典」を聴けたので、もちろん不満はない。

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ジャームッシュの映画「デッドマン」「ゴースト・ドッグ」「コーヒー&シガレッツ」「ブロークン・フラワーズ」

 小さな仕事は次々と押し寄せるが、大きな原稿はほぼ書き終わったので、あと2か月ほどは少し余裕がある。小さな仕事をしながら、時々映画DVDをみたり、本を読んだりしている。

 先日に引き続いて、ジム・ジャームッシュの映画を何本か見た。短い感想を書く。

 

51rvpwxlt0l__ac_us160_ 「デッドマン」 1995

 ジョニー・デップ主演、ロバート・ミッチャムも出演するモノクロの西部劇。デップが演じるのはウィリアム・ブレイクという名の都会派の会計士。クリーヴランドから仕事を求めて西部の町にやってくるが、仕事にありつけず、しかも女性がらみで男に殺されそうになって、逆に男を殺してしまう。森に逃げ込んでノーボディという名のインディアンに助けられ、追っ手と戦ううちにお尋ね者の銃使いになっていく。最後、瀕死の重傷を負い、ノーボディの計らいで海と空が一つになる場所へとボートで向かう。

 ノーバディはインディアンでありながら西洋社会育ちという設定で、ウィリアム・ブレイクの詩を愛しており、同じ名前の会計士の中に詩人を見る。会計士=お尋ね者と詩人が重なり合っていく。モノクロの森の風景があまりに美しい。まさしく心証世界を描く詩的世界。

 ただ残念ながら、英米詩に強くない私としては、ブレイクの詩について無知なので、この映画の中のブレイクへの仄めかしについてはほとんど理解できない。素晴らしい映画だと思うが、私の理解力が届かない思いが残る。

 

5175lcwe9l__ac_us160_ 「ゴースト・ドッグ」 1999

「葉隠」に影響された黒人の殺し屋(フォレスト・ウィテカー)。マフィアに助けられたために、その手下として働いていたが、ちょっとした行き違いから、マフィアに狙われることになり、結局、敵を皆殺しにするが、かつての恩人に対しては自ら撃たれることを選ぶ。動物を愛し、伝書鳩を通信手段に使い、フランス語しか話さないアイスクリーム売りとコミュニケーションをとる。アクション映画の外観を装いながら、人間の孤独をさりげなく描く。

芥川の「羅生門」の英訳が示されたり、「藪の中」について語られたりして、ジャームッシュの日本への関心がよくわかる。それを体現しようとするのが、かなり肥満気味の黒人の大男という設定もおもしろい。禁欲的になりすぎず、日常的な味わいが出ている。日常の中の孤独がひしひしと伝わってくる。素晴らしい映画だと思った。 

 

51gydmqhrsl__ac_us160_ 「コーヒー&シガレッツ」 2003

 コーヒーを飲み、タバコをふかしながらも二人、または三人の会話から成る11の短いエピソードから成る。日常のちょっとした行き違い、ディスコミュニケーションというべきものを描いて見せる。アンジャッシュや東京03のコントを思わせる。ただ、もっとさりげなく、もっと静か。とてもセンスがいいし、会話が面白いし、人間の機微を描いている。

ただ私としては、この映画にはそれほどの魅力を感じなかった。なかなかの佳作、ということで済んでしまう。短くてさりげなくて、ちょっと面白いエピソードということなのだと思うが、やはりこれだと私の好みからは短すぎて、一つ一つのエピソードを深く理解できない。

 とはいえ、ちょっとしたしぐさやセリフで登場人物の心をわからせ、日常の中のちょっとした行き違いを描く手腕に驚いてしまう。

 出演しているのは超大物たちらしいが、アメリカ映画、アメリカ音楽に詳しくない私は、知っているのはほんの数人しかいない。この人たちになじんでいたら、もっと感動できたのかもしれない。

 

41sqbqnkmfl__ac_us160_ 「ブロークン・フラワーズ」 2005

かつてドン・ファンとして鳴らした男(ビル・マーレイ)のもとに、匿名のピンク色の手紙が届く。「あなたと別れてから、あなたの息子を産んだ。19歳になる息子があなたを訪ねようとしている」と書かれている。男は覚えのある女性(シャロン・ストーン、フランセス・コンロイ、ジェシカ・ラング、ティルダ・スウィントン)を次々と訪ねて、手紙の主を確かめようとするうち、それぞれの人生を垣間見る。

昔のジュリアン・デュヴィヴィエ監督のフランス映画「舞踏会の手帖」を思い出す構成だが、雰囲気はまったく異なる。ビル・マーレイのとぼけた味のために、ウェットなところがなくなり、コメディになる。しかも、それぞれの再会、それぞれの女性の現在の生活がかなり突飛。結局、わけもわからず暴力を受けただけで、結局、手紙の主はわからない。ついには、男の家に近づく若者もみんなが息子に見えてしまう…。

何も解決しないまま終わるが、見終わると、「確かに、人生ってこんなもんだよなあ」「自分も日常生活をこんな気持ちで過ごしているよなあ」という気持ちになる。

 それにしても、ビル・マーレイを主役にし、このような設定にしているからこそ成り立つ物語だと思う。ちょっと設定を変えたら、まったく不自然で荒唐無稽でリアリティのない話になってしまう。微妙な線を狙って成功させている手腕にも驚く。

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前橋汀子カルテットのベートーヴェン もっと殺気がほしいと思った

 2017102日、武蔵野市民文化会館小ホールで前橋汀子カルテットの演奏を聴いた。メンバーは、そのほか久保田巧(第二ヴァイオリン)、川本嘉子(ヴィオラ)、原田禎夫(チェロ)。曲目は前半にベートーヴェンの弦楽四重奏曲第4番と第11番「セリオーソ」、後半に第16番。すべてベートーヴェンの弦楽四重奏。日本の名手たちなので、素晴らしいベートーヴェンの弦楽四重奏曲が聴けると思って、期待して出かけた。

 ただ、私は少々不満を抱いた。

 私は、1970年代、アルバン・ベルク四重奏団を聴いて、音程のよい、キレのある、ビシッと決まってヴィヴィッドなベートーヴェンに私は驚いた。とりわけ後期の四重奏曲は殺気だつほどの音楽だった。それ以前、ベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲に納得できずにいた私は、これを聴いて、なるほどこのように演奏してほしくてベートーヴェンは作曲したのかと納得したものだ。

 アルバン・ベルク四重奏団の後に出てきた団体は、すべてそれを踏襲したり、それに新たなものを付け加えた演奏をしてきたと思う。ベートーヴェンの死後、すべての作曲家がその偉大な存在を意識せざるを得なかったと同じように、アルバン・ベルク四重奏団の登場以降、それを意識しないでベートーヴェンの弦楽四重奏曲を演奏することはできなかったと言えるだろう。

 ところが、前橋汀子カルテットの演奏はまるでアルバン・ベルク四重奏団が存在しなかったかのような演奏だった。もちろん、アルバン・ベルクの演奏を乗り越えようとして、あえて1970年より前の様式で演奏しようとしているのなら、それでよいと思う。が、それならそれで、もう少し自己主張してほしい。私には、何をしようとしているのかよくわからなかった。

 名手たちの演奏なので、縦の線はぴたりと合っており、自然に音楽は流れる。が、メリハリがなく、ベートーヴェンの精神に肉薄するところがないように私には思えた。ベートーヴェンの、とりわけ後期の曲は殺気にあふれているのではないか。とりわけ、第16番は、殺気だった世界の後の、平明な達観した境地ではないのか。まったくそれが感じられなかった。いや、そうでなければなくていい。が、そのような解釈とは異なる別の解釈であれば、それを聴かせてほしかった。

 アンコールにチャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」。これが一番良かった。その後、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第2番の終楽章。これもよい演奏だった。が、全体として、私としては満足できなかった。

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新国立劇場「神々の黄昏」 すべてがそろった世界的名演に感涙した

2017101日、新国立劇場で「神々の黄昏」の初日をみた。指揮は飯守泰次郎、演出はゲッツ・フリードリヒ。「リング」のチクルスの最終回。素晴らしかった。第三幕後半はずっと興奮していた。

まず、ブリュンヒルデを歌ったペトラ・ラングに圧倒された。これまで、ジークリンデやオルトルートを聴いたことがあったが、ブリュンヒルデは初めて。清純な細めの声だが、よくとおり、芯が強い。第二幕は声量もたっぷりに音程の良い美しい声を聴かせてくれた。第三幕では、やや疲れが出た感じがしたが、それでも最後まで見事に歌い切った。しかも、この人、演技も素晴らしい。新妻らしい色気にあふれる場面、呪いに満ちた怒れる場面、最後の自己犠牲の場面、すべての面を自然に見せてくれた。そして、もちろん容姿も大変良い。素晴らしい歌手だと思った。このような可愛らしさのあるブリュンヒルデもとても魅力的だ。

ジークフリートを歌ったステファン・グルードももちろん素晴らしい。私は、バイロイトでも日本でも何度か彼のジークフリートを聴いてきたが、声が安定しており、輝きがある。そのほか、ハーゲンのアルベルト・ペーゼンドルファーも太いしっかりした声で、存在感のある悪役ぶりを発揮してくれた。グンターのアントン・ケレミチェフもこの役にふさわしい。しっかりした声。

 ヴァルトラウテを歌ったのはヴァルトラウト・マイヤーだった。かつての大歌手。私は、バイロイトでもベルリンでも日本でも、何度も感動に打ち震えた覚えがある。確かに声の輝きは以前ほどはないが、存在感、歌い回しはさすがというしかない。心にぐいぐいと迫ってくる。

 アルベリヒの島村武男は外国人勢にまったく引けを取らない歌唱。アルベリヒにぴったりの歌と演技。そして、グートルーネの安藤赴美子も、ちょっと声は小さいが、優雅で色気があって実に良い味を出していた。

 ヴォークリンデの増田のり子、ヴェルグンデの加納悦子、フロスヒルデの田村由貴絵、竹本節子、池田香織、橋爪ゆかのノルンたちも、世界最高の劇場にまったく引けを取らない。三澤洋史指揮の新国立劇場合唱団も時に震えがくるくらいすごかった。

 そして、特筆するべきは、飯守指揮による読売日本交響楽団だろう。前回の「ジークフリート」では、マエストロ飯守らしい「うねり」がないのが、私には少し物足りなかったのだが、今回はしっかりと「うねり」があり、厚いワーグナーの響きがあった。私は今回のオーケストラの音にしばしば酔った。もちろん、いくつかミスはあったが、全体的には実に精妙で芯のある音が続いていた。

 ゲッツ・フリードリヒの演出は、今となってはかなり常識的な解釈。すべて既視感がある。とはいえ、そうした現在、常識とされているような演出を作りだした一人がゲッツ・フリードリヒなのだから、その偉大さを味わうべきだろう。先月のバイエルン国立歌劇場の「タンホイザー」のような意味不明の演出に邪魔されず、しっかりとワーグナーの楽劇の世界に浸ることができた。第三幕は、やはり圧倒され、感動し、涙を流した。

 皇太子殿下が見えられていた。そのせいもあるのかもしれない。とても気合の入った演奏に思えた。まさしく世界最高レベルの「神々の黄昏」だと思った。

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