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スリランカに来ている

   一昨日、つまり2017年10月12日からスリランカに来ている。今年6回目の海外旅行。今回はスリランカにした。もちろん個人旅行は無理そうなので、前回のモンゴルと同じようにガイド付きツアー。3泊5日の弾丸ツアー。
  とはいえ、今回もメンバーは私だけ。日本語のできるガイドさんが運転して、ガイドしてくれる。
 今、14日のスリランカ時間の早朝。早く寝て、早く目が覚めたので、これまでのことをブログに書く。
 
日本を朝に出てキャセイパシフィックに乗って香港を経由、スリランカには夜中に着いた。   到着時、夜中なので空港は閑散としているかと思っていたら、かなり大きな空港なのにごった返していた。免税店がまるでアメ横のように広い通路の真ん中に列を作って電化製品や化粧品や日曜人の小さな店が並んでいた。サリーを着た女性が売り子に何人もたっていた。
  ガイドさんと顔を合わせてそのままホテルに入った。 ガイドさんは30代の元気な男性。感じがよく、日本語もうまい。ただ、正式に日本語を勉強したことはないとのことで、字はほとんど読めないとのことだった。字を読めないのに、これほど流ちょうに話すことに、外国語会話の苦手な日本人としては信じられない。
    外は夜中だけに車も少なく、すんなりとホテルに到着。暑いといえば暑いが、26~27度といったところだろう。残念ながら、観光にふさわしくない雨季だということで、コロンボに向かう間も時々雨がぱらついた、真新しいホテルだった。シャワーを浴びてすぐに寝た。
10月13日、
 朝の8時40分にガイドさんと待ち合わせて、ホテルを出発して、フォート駅に向かった。道路は大渋滞。日本車が多い。車の割り込みも多い。ただ、このところ途上国を旅行している身からしてみれば、それほど驚くほどではない。マニラ、カイロ、ウランバートルはこんなものではなかった。
  駅付近は屋台が出て、人々が歩き、タクシーやトゥクトゥク(ただ、こちらでは別の名前で呼ぶようだ)が並んで、バンコクの駅などと同じような雰囲気。 駅に到着するころになって、突然大雨になった。しばらく待って、小降りになったところで、ガイドさんの運転する車を降りた。雨はすぐに上がった。 大きな駅で、通勤客でごった返していた。通勤客とはいっても、スーツを着ているわけではないので、私たち日本人は異様に思える。普段着と思える服を着たスリランカ人が列車から降りて出口に向かう。
  列車には一人で乗り込み、ガイドさんはこれから車で目的地に向かうという。目的地で合流してまた行動を共にすることになる。
  私は「てっちゃん」というほどではないが、海外に行くとできれば列車に乗ることにしている。今回も列車に乗れるツアーを選んだのだった。エクスプレスで3時間ほどかけてペラデニアに向かうことになっていた。
 30分ほど待ってやってきた列車に乗り込んだ。1等の指定席のようだが、列車は薄汚れた茶色出し、中に入ってもエアコンはない。椅子はガタピシし、えんじ色のカーテンは汚れが目立つ。窓も汚い。すぐに窓を開けた。私の周囲の客はほぼ全員が観光客のようだった。5,6人の家族でやってきているグループもいた。西洋人が数人いる以外は、インド人か、スリランカ人なのではないか。日本人や中国人は見かけなかった。
 列車で素晴らしい時間を過ごすことができた。
 沿線には低層のさびたトタン屋根の貧し気な家が並んでいる。洗濯物があり、子供の遊び道具があり、生活の道具がある。その周囲にはヤシやバナナなどの熱帯の植物が生い茂っている。バナナがなっており、ヤシが実をつけている。大自然の中に人間が暮らしているのがよくわかる。経済的には貧しいだろうが、自然に恵まれ、大自然の中で生きている。時々、小さなお寺やストゥーパが見える。また、森になる。こんなに緑の多い首都は初めて訪れた。
 しばらく行くと泥色に流れる川があった。周囲は木々でおおわれている。田んぼもあった。畑もあった。手作業で畑を耕す人も時々見える。農作業をする牛もときどき見かけた。トラクターは一台見ただけだった。そのような田や畑も野原に囲まれ、周囲には南洋植物の生い茂るジャングルがある。  時々、駅に近づくと家が増えてくる。だが、緑は相変わらず多い。自然を壊して都会を作ったという印象がない。駅で降りる人もゆっくりしている。50年ほど前の大分県の久大線での光景を思い出す。大きな荷物を持っている人も多い。
 列車に乗って2時間くらいしたころだろうか。列車が坂を上り始めた。それがずっと続いた。1時間以上、ずっと上り坂だった。周囲はそれまで以上に緑が深くなり、まさしく山になった。トンネルをいくつか通った。まれに人家が見える以外は高原が広がるようになった。絶景だった。
 3時間ほどでペラデニア到着。そこでガイドさんと待ち合わせることになっていた。それほど大きな駅ではないのですぐにわかると聞いていた。確かに、小さな駅だったが、乗換駅らしく客がごった返していた。探してみたが、ガイドさんはいなかった。渋滞していると車のほうが遅くなるかもしれないので、待ってくれと言われていたので、ベンチに座って待った。
 乗り換えホームが決まっていないらしく、駅員さんが何かを大声で言うと、人々の群れがどっと移動してホームに行き、しばらくして大きな音を立てて列車がやってきて、混乱が起こりながら客が乗り込む。そこで降りてきた客が今度はここで別の方面に乗り換えるらしくて、人があふれる。ホームには大きなテレビ画面があって何かを放送していたが、もちろんデジタル放送ではなく、しかも写りが悪くて、見るに堪えなかった。もちろん、どうせ見ても何が話されているかは全く分からないわけだが。
 駅のホームに2,3匹の野良犬がいた。客たちは何も注意を払わないが、それなりに居場所になっているようだ。ブータンほどではないが、あちこちに野良犬がいる。おとなしくて危険はなさそうだ。  駅で待つうちにまた雨が降り出した。かなりの大雨になった。 しばらくしてガイドさんがやって来て、合流。車でキャンディーに向かった。途中で遅めの昼食をとった。川の見える店で、外国人の集まるレストランになっているようだった。ガイドさんはあちこちに顔が利く。多くの人と親しげに話しをかわし、よい席を用意してもらえる。
 その後、キャンディに到着。落ち着いた古都と聴いていたので、京都のようなたたずまいを想像していたら、大渋滞が起こっており、割り込みがあり、日本人からするとガサガサした様子が見える。ただ、コロンボのようなごった返した様子はない。
  キャンディ湖(王宮があったころに作られた人口湖)付近は王宮の跡があり、高台に趣のある家が並んでいて、とても美しい。  すぐ近くに仏歯寺がある。仏歯寺というのは、釈迦が火葬にされた時に拾われた釈迦の歯が祀られた世界で唯一の寺だとのこと。インドにあったものがスリランカに移され、その後、敵からもイギリスからも守って現在に至るという。 雨が続いていた。
  公園のようになった境内を歩いて、本殿に入った。はだしでなければならないというので、雨が降っているのにはだしになって、濡れた廊下を渡って中に入り、仏歯が収納されている祠をみた。観光客がたくさんいた。インド系の人々(スリランカ人かインド人か区別がつないので、このように書かせてもらう)が多いが、そのほかは中国人、西洋人(英語、ドイツ語、スペイン語、フランス語が聞こえた)。日本人には一人も会わなかったかもしれない。今の時期、日本人観光客は少ないのか。 その後、キャンディ・マーケットを見物し、キャンディアン・ダンスを見に行った。マーケットは果物、野菜、肉、衣類を売る小さな店が軒を連ねていた。ダンスは私としては、あまり面白いとは思わなかった。
 朝食の時間になったので、ここでいったんブログを書くのをやめる。 時間があったら、また書く。

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コメント

面白いですね!世界地図を引っ張り出して、場所を確かめながら、読ませていただきました。続編も楽しみです。

投稿: Eno | 2017年10月14日 (土) 21時48分

Eno 様
暖かいコメント、ありがとうございます。
旅の途中の生の記録として書こうとしています。感じたことをそのまま書こうとしているだけのことでして、文章として練られていませんので、恥ずかしいかぎりです。
先ほど、自宅に帰りましたが、時間を見つけて、スリランカ旅行の最終日のことを書こうと思っています。

投稿: 樋口裕一 | 2017年10月16日 (月) 20時46分

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