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スリランカについて考えたこと

 スリランカを旅行しながら考えたことをまとめる。もちろん、35日の、しかもガイド付きのツアーなので、ほとんど何もわからなかったに等しい。が、旅行者であるがゆえの視点もあるだろう。ともあれ、素直な感想を記す。

 

・私は、スリランカが大変気に入った。移住しなければならないようなことになったら、ここがいいと思った。ブータンも素晴らしいと思ったが、そこに住むと息苦しくて退屈でたまらなくなるだろうことは目に見えている。スリランカはそんなことはなさそう。気温も思ったほど高くない(少なくとも、私のいる間は20度から30度の間くらいだった)し、治安もいい。食べ物もおいしい(基本的にカレーばかりだけど)。

・物価は意外に高い。観光客向けの店が多かったせいもあるかもしれないが、何度か入ったスーパーでも日本の8割くらいの感じ。小さなバナナ3本とイチゴ10粒、板チョコ、円筒形の筒に入ったポテトチップ(どう呼べばいいのかわからない)を買って1400スリランカルピーだった。日本円で1000円を超す。日本より高いのではないか。ヤシ酒の360ミリリットルが1000ルピー(800円くらい?)、現地のものらしいペットボトル入りのジュースが120ルピー程度(100円くらい?)。ガソリン代がレギュラーで117ルピーだった。税金が含まれているとはいえ、かなり高額。マッサージ40分で4000ルピー(3000円以上!)。

・スリランカは日本人が思っているほど「遅れた国」ではない。少なくとも、今、猛烈な高度成長の時期にあるようだ。あちこちで工事が行われている。物価はインフレ状態にあるという。道には日本車があふれている。バスやトラックにはインド製のTATAのものが多いが、乗用車はほとんどが日本製。時々、韓国製や西洋の車がある。

・私がその国の「民度」を計るのに、一つには交通マナーを意識しているが、全体的には決して悪くない。信号が少ないために割り込みなどが起こるし、トゥクトゥクがとりわけマナーのよくない運転をしているようだが、それを除けば、かなりマナーはよい。

・私がもう一つ「民度」を図るために考えているのは、熱帯地域における上半身裸の男の存在だ。もちろん、スリランカでも農業地域で上半身裸で作業をしている人は見た。だが、都市部にはほとんど見かけない。

・宗教対立に根深さについては感じないでもなかった。表面的には、驚くほど多宗教が併存している。仏教徒、ヒンドゥー教徒、イスラム教徒を見かける。違和感なく歩いている。が、ガイドさん(穏やかで社交的なシンハラ人の30代男性)の様子を見ていると、他民族、他宗教の人と交流しているようには見えない。「ここはタミール人の多い地域だから・・・」「ここにはイスラムの人が多いので・・・」などと、自分の立ち入るべき地域ではないことをほのめかす。2009年まで、スリランカでは、スリランカ政府と一部のイスラム教徒の間で内戦が起こっていた。スリランカ政府にも行き過ぎがあり、罪のないイスラム教徒も被害に遭ったが、政府が勝利して集結した。だが、火種はあちこちにありそう。

・植民地風の建物が多い。つまり、かなり西洋風。小さくて汚い家ではなく、しっかりした作りの家が多い。小さくても西洋の田舎の家のようなしゃれた雰囲気がある。

・かなりの日本びいきの国のようだ。ガイドさんとドライブインのような店(ただし、屋台をきれいにしたような店。国営だという話だった)に行った。紅茶とおいしいパンをお食べていると、社交的なガイドさんが売り子の女性に話しかけた。二人のうち一人は、「姉の夫は日本人」といい、もう一人は「弟が日本に仕事に行っている」と語っていた。

・信心深い仏教国であり、あちこちに寺院があり、ストゥーパがある。寺院にお参りに行くときには白い服を着るのが習わしらしく、寺院の近くには白い服の集団が見える。寺院ではなんだか歌が歌われている。ちょっと不思議な流行歌化、もしかしたら「コーラン」なのかと思っていたら、仏様への感謝を歌っているという。

・念仏を聴いた。尼僧の念仏だった。流麗な歌のようだった。日本の念仏のような厳かさはあまりない。念仏はシンハラ語のほか、元通りのパーリ語で唱えられることもあるという。

・仏教国とはいえ、ブータンとはかなり雰囲気が異なる。スリランカでは仏教が息づいているのだろうが、ブータンのように仏教のただなかで生きているようには見えない。しかも、仏教はかなり現世利益的な雰囲気がある。生命の原初に仏を考えるというよりは、お釈迦様に自分の無事や成功をお願いしているようだ。

・アジア地域に行くと、これまで、しばしば夜のツアーに誘われた。ナイトクラブやもっといかがわしい看板などもよく見かけた。だが、スリランカではそのようなことはなかった。せいぜい、ちょっと怪しさのあるマッサージ店があったくらいだ。何らかの規制が行われているのだろう。そのため、猥雑さがなく、困った客引きもいない。行くところに行けば、それなりに不健全なところはあるのかもしれないが、日常の中にそれが見えないのはとても慶全なことだ。それだけ安心して暮らせる国だということだろう。

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ホテルから見たコロンボの街 工事中の建物、インド洋

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リワンウェリ・サーヤ大塔の前で行列を作る村人

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コメント

お忙しいのにブログをアップしていただき、ありがとうございました。行ってみないと分からないことばかりですね。興味津々読ませていただきました。物価が意外に高いとはびっくりでした。旅行の本当の醍醐味はこういうところにあるのかもしれませんね。

投稿: Eno | 2017年10月20日 (金) 21時32分

Eno 様
コメント、ありがとうございます。
表面を見ただけの観光客の感想でしかありませんので、本来、人に読んでもらうようなものではないのですが、一つの記録として書いております。印象記の一つとして読んでいただければ、こんなうれしいことはありません。
ブログを読ませていただきました。とりわけ、新国立の「神々の黄昏」についてのご意見はとても興味深く読みました。ありがとうございました。

投稿: 樋口裕一 | 2017年10月21日 (土) 23時50分

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