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前橋汀子カルテットのベートーヴェン もっと殺気がほしいと思った

 2017102日、武蔵野市民文化会館小ホールで前橋汀子カルテットの演奏を聴いた。メンバーは、そのほか久保田巧(第二ヴァイオリン)、川本嘉子(ヴィオラ)、原田禎夫(チェロ)。曲目は前半にベートーヴェンの弦楽四重奏曲第4番と第11番「セリオーソ」、後半に第16番。すべてベートーヴェンの弦楽四重奏。日本の名手たちなので、素晴らしいベートーヴェンの弦楽四重奏曲が聴けると思って、期待して出かけた。

 ただ、私は少々不満を抱いた。

 私は、1970年代、アルバン・ベルク四重奏団を聴いて、音程のよい、キレのある、ビシッと決まってヴィヴィッドなベートーヴェンに私は驚いた。とりわけ後期の四重奏曲は殺気だつほどの音楽だった。それ以前、ベートーヴェンの後期弦楽四重奏曲に納得できずにいた私は、これを聴いて、なるほどこのように演奏してほしくてベートーヴェンは作曲したのかと納得したものだ。

 アルバン・ベルク四重奏団の後に出てきた団体は、すべてそれを踏襲したり、それに新たなものを付け加えた演奏をしてきたと思う。ベートーヴェンの死後、すべての作曲家がその偉大な存在を意識せざるを得なかったと同じように、アルバン・ベルク四重奏団の登場以降、それを意識しないでベートーヴェンの弦楽四重奏曲を演奏することはできなかったと言えるだろう。

 ところが、前橋汀子カルテットの演奏はまるでアルバン・ベルク四重奏団が存在しなかったかのような演奏だった。もちろん、アルバン・ベルクの演奏を乗り越えようとして、あえて1970年より前の様式で演奏しようとしているのなら、それでよいと思う。が、それならそれで、もう少し自己主張してほしい。私には、何をしようとしているのかよくわからなかった。

 名手たちの演奏なので、縦の線はぴたりと合っており、自然に音楽は流れる。が、メリハリがなく、ベートーヴェンの精神に肉薄するところがないように私には思えた。ベートーヴェンの、とりわけ後期の曲は殺気にあふれているのではないか。とりわけ、第16番は、殺気だった世界の後の、平明な達観した境地ではないのか。まったくそれが感じられなかった。いや、そうでなければなくていい。が、そのような解釈とは異なる別の解釈であれば、それを聴かせてほしかった。

 アンコールにチャイコフスキーの「アンダンテ・カンタービレ」。これが一番良かった。その後、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第2番の終楽章。これもよい演奏だった。が、全体として、私としては満足できなかった。

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