河瀨直美演出「トスカ」 生命の賛歌!
2017年10月27日、東京芸術劇場で、プッチーニ「トスカ」をみた。映画監督の河瀨直美の演出で話題になっている。プッチーニ嫌いではあるが、オペラ好きで河瀨ファンの私としては見ないわけにはいかない。
初めから河瀨演出に触れないわけにはいかない。第一幕の背景にあるのは富士山。字幕では、トスカはトス香、カヴァラドッシはカバラ導師、スカルピアは須賀ルピオと呼ばれ、教会は「神殿」と訳され、ローマは牢魔と記される。登場人物は富士山に向かって柏手を打つ。日本化された「トスカ」。第二幕では、背景の映像には海が映し出され、カメラがぐんぐんと海に沈んでいく。息苦しさを表現しているのか。「歌に生き、愛に生き」のところで海底に到達して一息つく。トスカがスカルピアを刺し殺すところで盛大な花火が映し出される。第三幕冒頭、牧童が現れるが、何と第二幕で死んだスカルピアを起こして、再び命に導く。背景に再び富士山。銃殺を前にしたカヴァラドッシは手紙を毛筆で書き、その内容が背後に映し出される。そこには「命はそれほどに愛しいのか」と達筆で書かれている。そして、富士山に象徴される命、聖なるものが強調され、愛の賛歌の部分で背後に子どもたちの顔が現れる。最後、トスカは身投げして、天使のように羽をつけて天を飛ぶ。
河瀨自身がプログラムでも語っているように、救いようのない悲劇を、命の賛歌、愛の賛歌、聖なるものへの賛歌として描いている。そして、確かにプッチーニの音楽の中にそれはある。見事な演出だと思う。
ただ、実は私は河瀨にはもっと期待していた。「トスカ」はいわば、だまし合いのオペラだ。スカルピアはトスカをだまし、トスカはスカルピアをだまし、カヴァラドッシは偽りの銃殺だと考えていながら、実際に銃殺されてしまう。しかも、トスカは歌姫。虚像を演ずることを生業にしている。カヴァラドッシも画家であって、偽の聖女を教会に描いている。この偽物にあふれ、しかもオペラという現実ではありえない虚の世界を、まさしく虚と実にこだわってきた河瀨がどう描くか。そこに興味があった。そして、第一幕、舞台に花が映し出されたりする部分で、それが展開されるのではないかと期待した。が、その点は、少なくとも、私に十分に理解できるようには展開されなかった。
とはいえ、私は河瀨演出は素晴らしいと思う。これから先、もっとオペラ演出を手掛けてほしい。ぜひともワーグナー、とりわけ私の大好きな「トリスタンとイゾルデ」を演出してほしい。これこそ河瀨さん向きの楽劇だと思う。
歌手陣は粒ぞろいだった。トスカのルイザ・アルブレヒトヴァは美しくて強い声。容姿も素晴らしい。カヴァラドッシのアレクサンドル・バディアも張りのある声で、なかなかの好男子。スカルピアの三戸大久は二人の外国人に少しも劣ることなく悪漢を演じて見事だった。ほかの日本人歌手も見事。
広上淳一の屈伸運動のような指揮ぶり、その出てくるダイナミックな音には驚いた。オーケストラは東京フィルハーモニー交響楽団。わかりやすい指揮に基づいてしっかりと音楽を形作っていた。
ただ、やはり私はプッチーニが苦手だ。メロディについても、オーケストレーションについても、台本についても、私の中で異議申し立てが起こる。私の頭の中で、「違うだろー!」(豊田議員の声を思い浮かべて読んでいただきたい)という声が響き渡る。ことごとく納得できない。改めて、私はプッチーニを理解することができないと痛感した。
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コメント
私は、河瀬直美さんの映画は、樋口様もご覧になった「光」を観ましたが、そのとき、その繊細さに感動しましたので、今回の「トスカ」に注目していました。私は今回は行けませんでしたが、そうですか、今一つの出来だったかもしれませんね。樋口様もおっしゃるように、河瀬さんにはまた挑戦してもらいたいものです。
投稿: Eno | 2017年10月31日 (火) 07時51分
Eno 様
コメント、ありがとうございます。
いえ、オペラとしては、演奏も演出もとても良い出来だったと思います。 河瀨さんにブーイングが浴びせられていましたが、革新的な演出にはつきものですので、演出の出来とは関係ないだろうと思います。
ただ、河瀨ファンとして、私はもっと大胆なことをしてほしかったと思うのです。もちろん、そうなるともっとブーイングがひどくなっただろうと思いますが。
いずれにしましても、河瀨さんにはほかのオペラにも挑戦してほしいものです。
投稿: 樋口裕一 | 2017年11月 1日 (水) 23時56分