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東京二期会オペラ劇場「こうもり」 見事な声と演技 

20171123日、日生劇場で、ベルリン・コーミッシェ・オーパーとの提携による東京二期会公演「こうもり」をみた。

指揮は阪哲朗、演出はアンドレアス・ホモキ。管弦楽は東京フィルハーモニー交響楽団、合唱は二期会合唱団。

とてもおもしろかった。とても楽しかった。堪能した。

まず、演出がおもしろいし、美しい。すべてがファルケの仕掛けという設定になっている。オルロフスキーもファルケの仕立てた女優だということがしばしばほのめかされる。第一幕から最後まで舞台の変更なしだが、むしろ自然に感じる。色遣いも美しく、舞台は豪華な雰囲気が出ている。

歌手たちもそろっている。しかも、みんな実に芸達者。とりわけ、アイゼンシュタインの又吉秀樹のあまりのうまさにびっくり。途方に暮れる様子などを、実に生き生きと演じ、歌ってくれる。ロザリンデの嘉目真木子も美しい声と見事な演技。容姿も美しくロザリンデにふさわしい。オルロフスキーの和田朝妃もこの不可解な役柄を素晴らしい声で歌ってのけた。アデーレの三井清夏も美しい声と可憐な演技。ただ、オケと合わないことが何度かあったのが気になった。フランクの杉浦隆大もアルフレードの吉田連も、ファルケの小林啓倫もブリントの大川信之もすばらしい。文句なし。

フロッシュを演じたのはイッセー尾形。アドリブを多く混ぜ、センスのいい笑いをふんだんにみせてくれた。この人がいなかったら、この舞台はかなり違ったものになったかもしれない。私は、故・坂上二郎さんや桂ざこばさんがこの役を演じるのを見たことがある。今回は一味違って、ちょっと下品でありながら、ちょっと知的だった。

日本人が「こうもり」を演じると、往々にして田舎くさくなり、しゃれた雰囲気がなくなる。それなのに、今回、最高レベルの上演になったのは、ホモキの演出の力もあるかもしれない。客席から笑いが途切れなかった。

ただ、私は阪哲朗の指揮については、もっと躍動的であってほしいと思った。あまりに安全運転で、しかも歌手と合わないところがあった。もしかしたら、練習の時間が取れなかったなどの事情があるのかもしれない。きっと、このキャストによる2度目の上演では改善されていると思う。

とはいえ、満足。このところの日本のオペラ界の発展を本当に頼もしく思う。「こうもり」をこれほどのレベルで上演できるなんて、少し前まで考えられなかったことだ。

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インドネシア旅行 その3 旅のまとめ

 昨日(20171121日)、無事、インドネシアから帰国。

 インドネシア旅行は、ともあれ満足だった。

 ほんの数日間の、しかも一人だけの客だったとはいえ、基本的にツアー旅行なので、詳しく現地を理解できたわけでも観察できたわけでもない。表面だけしか見ていない。その視点から、気づいたことを記す。

 

 ブータンやスリランカほどではないが、ここにも野良犬がかなり多く見られた。車道にも野良犬がまよいこんでいた。ブータンやスリランカでは、犬に出会うと車はそっとよけて、犬を轢かないように誰もが細心の注意を払っていたが、インドネシアではそんなことはない。私の乗った車は、道端に寝ている犬の上を車で通りすぎたりもした。もちろん、上を通過するのだから、犬を轢くわけではないが、安全ともいえない。轢かれた犬らしい跡を路上にいくつも見た。仏教国と、イスラム・ヒンドゥー地域の違いか。

 

ベトナムほどではないが、オートバイが多い。オートバイは125CCの、それなりの値段のするものが大半。二人乗り、三人乗りも多い。次々と割り込んできて、きわめて危険。オートバイのマナーはよくない。が、その割には、車の運転マナーは悪くない。信号機が少ない。混雑する道路も信号がない。それなりに、なんとか機能しているのが不思議だ。阿吽の呼吸で、割りこんだり、逆に道を譲ったりしている。フィリピンなどでは大混乱だったが、そうなっていないのは見事だと思う。

 

 笑い声やくしゃみの音も国によって異なる。ある種の学習によってその民族特有の笑い声やくしゃみの音を習得していくのだと思う。これまで、どの国に来ても、「あ、ここの人の笑い声は、やはり日本人とは違うな」と思ってきた。ところが、インドネシアに来て、「あ、この笑い声は、日本人だ」と思って振り返ると、現地の人だということが何度かあった。インドネシア語圏(ただし、スワヒリ語、ジャワ語、バリ語はかなり異なるらしいので、もしかするとそれらの言語のうちのいずれかかもしれない)の笑い方は日本人に似ている!

 

 今回の旅の最大の目的はボロブドゥール寺院だった。素晴らしかったが、思ったよりも狭かった。アンコールワットのような広大な敷地で、一日では見切れないほどかと思っていたら、1時間余りでほぼ全体を見ることができた。しかし、日本とは異なる仏教の形を見ることができた。

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 ジョグジャカルタの裏町は、まさしく途上国の趣きがあった。安っぽい商品を並べた小さな道が並び、ごみが散乱し、腐敗臭の漂うところもあった。そこに貧しそうな人々が集まって生活している。道路は舗装されているが、あちこちで水たまりができており、インフラの不備が感じられる。しかし、人間の活力が感じられ、そこに生きる人の生命が感じられる。

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 観光客が接する限りでは、物価はそれほど安くない。万単位のために、すべてが大雑把な値段設定になり、端数を切り上げた感じ。何でもかんでも「10万」と要求される。

 

 バリ島には、海辺を中心としたリゾート地と、島内部の伝統的で宗教的な地域でかなりの雰囲気の違いがありそう。リゾート部分は、海があり、サーフィンや泳ぎを楽しむ人々が世界からやってきている。高級ホテルがあり、きれいなビーチがあり、ディスコがあり、西洋人がラフな服装で歩き回る。同時に、大都市でもあり、多くの人が常に行き来し、人々が密集し、夜中も騒ぐ人たちがいて、道路は常に大渋滞をしている。それに対して、島の内部は静かで、緑が多く、伝統にあふれ、宗教的な生活をしている。もちろん、私は伝統的な部分に大いに惹かれた。

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 ペンジョールと呼ばれる竹の飾りが多くの家の前に立てられている。日本のお盆のような時期に立てられるものだという。宗教が息づいているのを感じる。

 

バリ島、特に私の泊まったホテルの近くはコンビニが異様に多かった。ミニマート、サークルK、アルファ・マートなどが並んでいる。多いところには100メートルおきくらいにこれらがある。私の泊まったホテルの出口から右に100メートルほど行ったところにも、左に100メートルほど行ったところにもミニマートがあった。いずれの店もごく小さい。すべてが日本の最も狭いコンビニくらいの大きさ。飲み物、スナック菓子、日用品が並んでいる。それほどに観光客が多いということか。

 

タトゥーを入れた人が多い。現地の人にも多いし、西洋人にも多い。タトゥーを入れる店も多い。あちこちに看板がある。ここの売り物の産業の一つなのだろう。

 

鼻歌を歌う人が多い。考えてみると、このごろ日本では、道路で鼻歌を歌う人を見かけなくなったが、とりわけバリでは何人にも出会った。鼻歌を歌いながら歩いている。あけっぴろげというべきか。

 

とても親切な人が多いと思った。デンパサールの中心街で雨宿りしている時に、タクシー乗り場を尋ねたら、そこにいた多くの人が、あれこれと相談してくれた。そして、その中の一人がスマホでタクシーを予約してくれたのだった。その人は私のために何度もスマホをいじり、運転手に連絡を取り、車が来てからも雨の中、一緒に来てくれてあれこれと説明してくれた。40歳前後の男性だった。あちこちのお店の人たちもとても丁寧で親切だった。日本のようなマニュアル通りの丁寧さではなく、親身になってくれる。これも一つの文化だと思った。

 

 ともあれ、私はバリ島のヒンドゥー教に強く惹かれた。インドやマレーシアでみたヒンドゥー寺院と違って、もっとずっと厳かで壮麗。インドやマレーシアでは聖なるものが宿っているとは少しも感じなかったが、ここでは聖なるものを感じる。バリは聖なる島だと思った。

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インドネシア旅行 その2

 2,017年、1120日。インドネシア旅行4日目。

朝のうちに、デンパサール(といっても、レギャン、クタ地区)のホテル付近の海岸を見に行った。昨日は一日中、バリ島ツアーだったので、すぐ近くに海があるのに、見に行かなかった。青空に美しい海、観光客は西洋人が多い。朝なのに泳ぐ人もいるし、サーフボードを持った人もいる。パラソルの下で飲み物でも飲んでゆっくりしようかと思ったが、ともかく近くを歩き回った。無国籍のリゾート地という雰囲気。立派なホテルもある。が、路地を入ると、雑多な小さな店がひしめいており、現地の人が歩いている。

 タクシーでデンパサールの中心街に行った。10キロ強の距離があり、40分ほどかかった。それで料金は7万8000ルピア(日本円で600円程度?)。

 まず、ジャガッナタ寺院に行った。中に入ろうとすると、門のところにいた老人(といっても私よりも年下かもしれない)が近づいてきた。寺院の関係者なのか、それとも部外者なのか、もしかして詐欺師なのか乞食なのかわからない。老人は、中に入るには、それなりの服装が義務だと英語で言った。それについては知っていたし、昨日のツアーの際に準備していた(残念ながら、雨のために寺院には入れなかったので使わなかったが、手元に残していた)ので、それでよいのかと思ったいたら、黄色い帯も必要だという。そういいながら、服を着せてくれた。それで終わりかと思ったら、「私がガイドをする。10万ルピアだ」という。振り切って一人で中に入ることもできると思ったが、まあ10万ルピア(800円くらいかな?)くらいなら、かな法外とはいえ、日本人としてはそれほど懐は痛まないので、頼んでみることにした。あれこれ説明してくれた。写真も撮ってくれた。

 デンパサールで最も大きな寺院で、信仰の中心地だという。満月の夜には影絵芝居やガムランが演奏され、宗教儀式が行われるということだった。とても雰囲気の良い寺院で、建物が美しかった。シヴァ、ヴィシュヌ、ブラーフマの神の彫像もおもしろかった。

 次に隣にあるバリ美術館を訪れた。料金(5万ルピア)を支払っていると、料金所の横に男性が現れたので、それについて歩いて、英語によるその人のガイドを受けた。初めは少し疑ったが、料金を払っている横で、私は支払いをするのを待って私についてくるように促したので、当然、博物館の職員だと思ってついていった。

 ところが、最初の建物の説明が終わると、「ここまでの説明が10万ルピアに当たる。これから先全部の説明だと20万ルピア」といわれた。こちらは当然、この説明は入場料に含まれると思って聞いていたので、そこまでにして、あとは断った。頑張って、「いや、払う義務はない」と突っぱねることもできるが、それも面倒くさい。しかし、それにしてもこれまた法外な値段!

 このようにして、職員と「ガイドまがい」が結託して暮らしているのだろう。あるいは、見て見ぬふりというか。バリ島の誇りを汚すものであるような気がするが、このような目に合うのも旅の楽しみの一つではある。

 しばらく、ププタン広場で休憩。市民の憩いの場のようで、ベンチに市民が座っている。

 その後、周辺をぶらぶら。ところが、にわかに空が暗くなり、強い雨が降り始めた。スコールの始まりだ。私は例によって100均で買ったレインコートを持参していたので、慌てて着た。が、昨日同様、すさまじい雨。しばらく雨宿りしていたが、いつまでもやまない。周囲に靴屋さん、服屋さん、雑貨屋さんなどはあるが、喫茶店のような座って休めるところはない。雨の中、店を探したが、雨脚は強まるばかり。

考えを変えてタクシーでホテルに戻ることにした。が、今度はタクシーが見つからない。ププタン広場に戻ればタクシーが見つかるかと思って、雨の中を歩いて戻ったが、そんな気配もない。広場の中の屋根のある場所に20人くらいが雨宿りをして立ち尽くしていた。私もそこに立っていたが、それでもやまない。待ちきれずに、近くの人に「タクシーはどこで捕まえられますか」と尋ねたところ、すぐ近くにいた別の男性がウーバーのようなシステムでタクシーを呼んでくれた。それに乗ってホテルに戻った。

 到着したとき、ホテル(今日の夕方まで部屋を使える)の近くでは雨が降っていなかったので、濡れた服が乾いたら、朝、歩いた海岸を、今度はゆっくり味わおうと考えていた。ところが、雨が降り出した。やむのを待ちながらブログを書いたのだった。

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インドネシア旅行 その1

1日目

2017年11月17日からインドネシアに来ている。初めてのインドネシア旅行だ。今回も3泊5日の弾丸ツアー。ただし、例によって客は私だけ。ガイドさんと運転手さんがつく。

17日の午前中にガルーダ・インドネシア航空でジャカルタ経由でジョグ・ジャカルタに到着。出発が1時間ほど遅れた。ガイドさんに会って、すぐにボロブドゥール遺跡の近くのボロブドゥール史跡公園の敷地内にあるマノハラ・ホテルに車で向かった。ホテル到着は23時過ぎ。バンガロータイプの感じのいいホテルだった。道中はずっと夜だったので、何も見えなかった。ただ、オートバイが異様に多い。学生が多いので、オートバイに乗っているのはかなりが学生らしい。大学が市内にかなりあるとのこと。寝たのは24時近くだった。

 

2日目

翌2017年11月18日、朝、6時半からボロブドゥール寺院観光。

さすがというしかなかった。アンコール・ワットの仏教版というべきか。アンコール・ワットによく似ている。黒ずんだ石の塔があり、それぞれの石に彫刻が施され、仏像や仏教にまつわる様々な形が描かれている。釈迦の出生、悟りなどが描かれていた。買いが上になるにしたがって、地獄から現世、極楽を描いているらしい。最上階にあるストゥーパに上った。スリランカのジシーギリヤに比べればそれほどの高さではなく、思っていたほど疲れなかった。

観光客がたくさんいた。その中にはインドネシアの人が多かった。子どもたちもたくさんいた。学校単位で来ているらしい。制服姿の超学生や中学生が多い。帰りに、小学生らしい集団に出会った。なんだか声を合わせて何かを叫んでいる。ガイドさんに何を語っているのかを聞いたら、「受験を頑張ろう」と叫んでいるとのこと。どうやら、塾か何かのイベントとしてボロブドゥールのぼりが敢行されているらしい。

それはそれで、ボロブドゥールが国民に根付いていることであって、悪いことではないと思った。何しろ、ボロブドゥール寺院は仏教遺跡であって、インドネシアの大半を占めるイスラム教徒からすれば異郷の遺跡だ。邪魔者扱いされ、アフガニスタンのバーミヤンのような扱いを受けるようになっては大変だと思っていたが、そんなことにはなりそうもない。十分にインドネシアのイスラム教徒はボロブドゥール寺院を誇りに思っているようだ。

その後、一旦ホテルに戻ってシャワーを浴び、朝食をとってからチェックアウト。ガイドさんに連れられてジョグジャカルタの市内観光に出た。パオン寺院、ムンドゥット寺院、クラトン(王宮)を見た。王宮では影絵が行われ、それに合わせてオペラのような楽器淘汰の演奏が行われていた。すぐにその場を立ち去らねばならなかったが、とても楽しい経験だった。もっときちんと見たいと思った。DVDCDを探してみよう。

ジョグジャカルタ市内は古いものが多く、それなりには落ち着いた街だとのことだが、オートバイが多く、その多くが乱暴な運転をするので、どうしてもがさついているように見える。赤信号でも危険がないとみると、どんどん違反してくる。子どもを二人抱えて三人乗り四人乗りをしているオートバイも多い。オートバイ・タクシーもあるらしい。ウーバーのようにネットで予約して、拾ってもらうものもあるという。そのユニフォームを着たライダーをかなり見た。

その後、食事を済ませてから、パランバナンを見物。ヒンドゥー教の遺跡だ。ボロブドゥール寺院よりも少し後の時代に作られたらしい。これはボロブドゥール寺院よりももっとアンコールワットに似ている。ヒンドゥーの神々やその偶像が描かれている点で、釈迦や仏教にまつわる物語が語られているボロブドゥール寺院と異なる。が、遠くから見ると、少なくとも私のような門外漢には全く見分けがつかない。

パランバラン遺跡を見ているうちにスコールに襲われた。突然の大雨。が、私はそのようなこともあろうと、100均で購入したレインコートを用意していた。みんなが慌てふためく中、私は悠々と歩いた。ただ、そのせいでガイドさんは濡れてしまったが。

ガイドさんは中尾彬をもっと人相を悪くしたような男性だが、とても知的で気が利く。私よりはいくらか年下だろうと思っていたが、父上が私よりも若いと知ってびっくり。インドネシアの人は老けて見える! ガイドさんにいろいろなことを教えてもらったが、それは後程書く。

ジョグジャカルタは一日で観光して、夜の便でバリ島デンパサールにわたった。

時間よりも少し早く到着。とても快適な空の旅だった。晴れていたので、しばしば夜の地上が見えたが、ジャカルタはもちろん、その後もずっと人家の明かりがたくさん見える。改めてインドネシアの人口の多さを感じる。

10分ほど予定より前にデンパサール到着。すぐに出口に行った。ところが、来てくれているはずのガイドさんがいない。焦った。正規の到着時間になれば来るかと思って待っていたが、それでも来なかった。緊急連絡先に電話してみたが、通じなかった。が、正規の時間よりも15分から20分遅れでやっと到着。しかも、遅れたことで焦る様子も詫びる様子もない。私が文句を言ったら、「すみません」と一言言っただけ。しかも、日本語がよく通じない。ガイドさんの運転する車でホテルに行ったが、まさしくあおり運転。無理な追い越しを何度もし、前の車が遅いとぴったりついて、しばしばパッシング。

そのガイドさんに帰りに空港まで送ってもらうことになっていたが、ホテルに到着後、キャンセルした。また遅刻されてもかなわないし、こんな運転の車に乗りたくない。

ホテルもあまりよくない。「スーペリア・ルーム」ということだったのだが、場末の小さな、そしてあまり設備もよくなく、がやがやしてかなりうるさいホテル。スタンダード以下のレベルではないか。今更仕方がないが。

ホテルまでの車で行きながら、ここが大都会だと知った。リゾート地だと思っていたが、それ以上に大都会だ。道は夜中なのにぢ亜渋滞し、人でごったがえし、建物が並んでいる。私のバリ島のイメージは30年以上前のものなのかもしれない。

 

3日目

 この日は、私が参加したツアーでは自由日となっていたので、別の業者のバリ島観光を予約しておいた。ガイドさんと7時45分にホテルのロビーでの待ち合わせだったが、kん回のガイドさんも5分近く遅刻。まあ、5分は許容範囲だろう。遅れるのはお国柄なのかもしれない。

 今回のガイドさんも日本語が達者ではない。質問したことの多くに的外れな答えが返ってくる。時々説明してくれるが、半分くらいしかわからない。善良な人だとは思うが。

 車でタバナンに向かったが、まず、バリ島がとてもきれいだということに気付いた。ジョグジャカルタの裏町のような不潔さがない。貧しい様子も見えない。ほとんどすべての家には必ず木が植えられており、道も整備されている。左側通行でもあり、日本を車で走っている気分に陥る。交通マナーも、オートバイ以外はかなりよい。

 タバナンに行く途中、ガムランの楽器を作る作業所と木の彫刻を作る作業所に寄った。バリの村々はその村ごと職能があるらしい。織物を作る村、石像を作る村、楽器を作る村、彫刻を作る村、銀細工を作る村などがあるという。いくつかを訪れる予定になっていたようだった。

「お土産は買う気はない。作業所見学という名前のお土産物屋には連れて行かないでくれ。音楽が好きなので、それに関するところだったら見たい」と強く言ったら、ガムランの作業所に連れて行ってくれたのだった。打楽器や管楽器、鐘を作っていた。これは楽しかった。彫刻の作業所は、「買わなくていいから」と無理に連れていかれた。確かに、手の込んだ見事な彫刻。芸術性のありそうなものも多い。ヒンドゥー教に基づくのかエロティックな題材も多かった。もちろん、何も買わなかった。

 タバナンの棚田をみた。美しい棚田。景色そのものが美しい。緑が多く、実に落ち着く。そのあと、キンタマーニに行き、バトゥール山とその横のバトゥール湖を見下ろすレストランで昼食。作業所を断ったせいで、11時ころからの昼食。腹がすいていないので困った。

 道中、田舎の家々を見ることができた。ちょっとした家には、敷地内に祠がある。お寺の銅のような建物が一つの敷地にいくつもある。ヒンドゥー寺院かと思っていたら、一般の民家だという。5つも6つも敷地内に建てられている。赤い美しい瓦の屋根、神々などの彫刻された木や石によるお堂だ。特に素封家に限らないらしい。そのようないくつもの堂を持った家が何軒も続く。バリ島の豊かさと信仰心を強く感じる。

 その後、ウブドで散策。ウブドは軽井沢のような街。おしゃれな店が並び、観光客が歩いている。西洋人が多い。何も予備知識なしに、プリ・ルキサン美術館に入ってみた。緑の多い公園内にいくつかの西洋式の建物があって、実に雰囲気がいい。バリ人の画家たちの作品を集めている。素晴らしかった。宗教画風のものが多い。地獄絵のようなものもたくさんあった。ヒンドゥー教に基づくので、官能性が隠されずに真正面から描かれる。人間の業、愛、苦しみを細密に描く作品が多かった。素晴らしいと思った。

その後、タマン・アユン寺院に向かったが、豪雨になった。タマン・アユン寺院に入ろうとしたら、駐車場も、その先の寺院へ行く道も水があふれており、警備員に入場しないように指示された。確かに、奥の方の人たちは、ズボンをまくり上げ、くるぶしの上まで水につかって歩いていた。あきらめて、次の目的地タナロット寺院に向かった。ところが、あちこちで水路や小川が氾濫して、道が水浸しになっている。交通止めになるほどではなかったが、インフラの不備を感じた。

タナロット寺院は、海の神がまつられる海辺の寺院だ。陸地から、満水時には隠れてしまう道を通って寺院に行く。モンサンミシェルや江の島と同じような作りの寺院だ。到着したが、雨がやまない。カッパと傘で進んだ。しばらく待って、少し小降りになったので近くまで行った。

が、それでバリ島巡りのプログラムは終わり。あとは夕食。あれこれパスしたので、16時半頃の夕食になった。そして、ホテルに戻って一休み。

詳しいことは後日、書くことにして、そろそろ本格的に休憩する。

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フェドセーエフ+チャイコフスキーSO 苦手なタイプの演奏だった

20171114日、ウラディーミル・フェドセーエフ指揮によるチャイコフスキー・シンフォニー・オーケストラ(旧モスクワ放送交響楽団)の演奏を聴いた。曲目は、前半にボロディンの「イーゴリ公」より「ダッタン人の踊り」と三浦文彰が加わってのチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲。後半にはショスタコーヴィチの交響曲第5番。

フェドセーエフの指揮を実演で聴くのは初めてだと思う。もしかしたら、1980年代に聞いたことがあるかもしれないが、あまり記憶にない。今回聴いて、私の最も苦手なタイプの指揮者だと思った。オーケストラをあまり抑制しないで、自由に演奏させるタイプだと思う。私はこのような演奏を「野放図」と感じてしまう。高い評価を得ている指揮者の中にこのような演奏をする人がかなりいるので、きっとこれは私が主観的に受け付けないだけなのだと思うが、受け付けないものはどうにもならない。

チャイコフスキーの協奏曲は先日、ギル・シャハムとネルソンス指揮のボストン交響楽団の演奏で聴いたばかりだったが、かなり大きな差があると思った。ギル・シャハムはもっと雄弁でもっとずっと自在だった。三浦はまだ十分に自分らしい表現ができずにいるのを感じる。まだこれからの人だと思う。

後半のショスタコーヴィチに期待していたのだが、私にはこれも不発だった。抑制がないので、爆発もない。少なくとも私は緊張感も厳しさも感じなかった。

アンコールは知らない曲とチャイコフスキーの「白鳥の湖」の中の曲とのこと。これはオーケストラの息の合った演奏で見事だった。アンコールが一番良かった。

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ブロムシュテット+ゲヴァントハウスの「ドイツ・レクイエム」に感涙した

  20171113日、NHKホールでNHK音楽祭公演、ヘルベルト・ブロムシュテット指揮によるライプチヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の演奏で、ブラームス「ドイツ・レクイエム」 作品45を聴いた。素晴らしい演奏。感動した。

 ブロムシュテットは90歳。さすがのブロムシュテットも老いたという話を聞いていたが、実際に聴いてみると、かつてのように若々しい。オーケストラを完璧にコントロールし、徒にドラマティックにすることもなく、徒にロマンティックにすることもなく、明晰に論理的に構成していきながら、聴くものを感動に導く。明るめの音できびきびしており、しかも細かいニュアンスも素晴らしい。いったいこの人は90歳になってまでも、なぜこんな音楽を作ることができるのだろう。もはや一つの神秘としか思えない。

 そして、言うまでもなくそれに応えるゲヴァントハウス管弦楽団が本当に美しい。弦はもちろんいいが、木管の美しさにほれぼれした。アンサンブルも見事。抑制されたリリシズムを見事に描き出す。

 ウィーン楽友協会合唱団も圧倒的な声を聴かせてくれた。音程がいいということだろうか、完璧な和音をなし、音が澄み切っていて潤いがある。これほど美しい合唱はめったに聴くことができない。

 独唱のミヒャエル・ナジ(バリトン)とハンナ・モリソン(ソプラノ)もよかった。とりわけ、ナジはきれいな声で知的な歌い回し。モリソンはちょっとだけオケと合わないところを感じたが、全体的には清澄な声でしっかりと歌ってすばらしい。

 ともかく、全体的に素晴らしかった。これまで実演で聴いた「ドイツ・レクイエム」のうち、バレンボイム、シカゴ交響楽団が最高だと思っていたが、今回は間違いなくそれ以上に感動した。何度か魂が震えた。何度か涙が出てきた。

 改めて、「ドイツ・レクイエム」の音楽の素晴らしさも痛感した。

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ダムラウ 当代随一の声の美しさ

 20171110日、サントリーホールでディアナ・ダムラウ&ニコラ・テステ オペラ・アリア・コンサートを聴いた。素晴らしかった。

 ダムラウは圧倒的に素晴らしい。「セヴィリアの理髪師」「ロメオとジュリエット」「清教徒」「ディノーラ」「椿姫」の有名なアリア。まさしくコロラトゥーラ・ソプラノの定番曲。高音の美しさ、声のコントロールは当代随一ではないか。現在のグルベローヴァよりもネトレプコよりも、声の美しさという点ではダムラウのほうが上ではないのか。完璧な音程でクリアに最高に美しい声が響く。声を聴くだけで魂が震えるほどにすごい。ネトレプコのように感情豊かではないが、声の技術によって聴衆を引き付ける力を持っている。

 バス・バリトンのテステもとてもよかった。「セヴィリアの理髪師」のドン・バジーリオのアリアはちょっと伸びが足りないと思ったが、「ドン・カルロ」のフェリペ王のアリア、「さまよえるオランダ人」のダーラントのアリア、「ひとり寂しく眠ろう」は深く余裕のある声でみごと。

 ただ、私はパーヴェル・バレフの指揮については大いに疑問を抱いた。東京フィルハーモニー交響楽団はよくついていたが、私の最も嫌いなタイプの指揮だ。音をコントロールしないで、野放図に鳴らす。一本調子になり、ニュアンスが欠けてしまう。大きな音を出すが、ニュアンスがないので迫力を感じない。冒頭の「セヴィリアの理髪師」序曲も勢いがなかったし、「さまよえるオランダ人」の序曲は耐えがたく感じた。「カヴァレリア・ルスティカーナ」の間奏曲もあまりに平板。オーケストラ曲が5曲演奏されたが、それほど多く演奏する必要はあったのだろうか。

 それと、全体的に音が十分に響かないのを感じた。2011年に東京文化会館でメトロポリタン歌劇場の来日公演「ルチア」をみた時、ダムラウの声量、元気いっぱいの声に圧倒された。それに比べると、音量が小さい。意識的なのか、それとも席のせいなのか。私は2階席だったが、もっと前方で聴けば、もっと声に酔えただろうと思った。

 アンコールは3曲。ダムラウによる「春よこい」と「ポギーとベス」の二重唱、最後にダムラウの「ジャンニ・スキッキ」のアリア。とりわけ、「ジャンニ・スキッキ」は絶品。感動した。本当に美しい声! 終演は2150分くらいだった。

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日生劇場「ルサルカ」 素晴らしかった!

2017119日、日生劇場でドヴォルザークのオペラ「ルサルカ」をみた。素晴らしかった。日本のオペラ界の充実は目を見張るほどだ。

歌手全員がそろっている。その中でも、やはりルサルカの田崎尚美が圧倒的だと思った。澄んだ声で音程もよく、声量も十分。容姿も見事。悩めるルサルカを見事に演じて見せてくれた。そのほか、イェジババの清水華澄がよく通る声で、得体の知れない魔女役を魅力的に聴かせてくれた。森番のデニス・ビシュニャも料理人の少年の小泉詠子も申し分ない。リズム感が良く、道化役をうまく演じている。三人の森の精(盛田麻央・郷家暁子・金子美香)もとてもよかった。このオペラを冒頭からレベルの高い上演にしたのは、この三人の功績といってもおいいだろう。

 王子の樋口達哉もとてもよかったが、私としては、ちょっとイタリアオペラ風すぎる気がした。私は王子にもう少し違うイメージを持っている。もっと孤独な王子の姿を描いてもよかったのではないかと思う。ヴォドニクの清水那由太も太い見事な声。外国の公女の腰越満美も妖艶で素晴らしい。狩人の新海康仁も文句なし。

 そして、それ以上に驚いたのは、指揮の山田和樹の力量だった。私の席からは山田の指揮ぶりがはっきり見えたが、わかりやすい指示をだし、的確に表情をつけていくのに畏れ入った。オーケストラ曲の語り口のうまさはよく知っているが、オペラまでもこれほどドラマティックに、そして抒情的に描き切るとは! 読売日本交響楽団も素晴らしかった。これほどオーケストラがいいと、安心してドラマに浸れる。演出は宮城聰。簡素な舞台で、特に目新しい解釈は感じないが、妖精の世界の神秘を十分に出している。東京混声合唱団の合唱も取れもきれいだった。

 ただ、「ルサルカ」をみるたびに思うのだが、私はまだ子の台本も音楽もよくわからない。納得できないところがたくさんある。もっとも不思議に思うのは、ルサルカの有名なアリアも、その後の歌も、そしてヴォドニクのアリアも、とても雰囲気が似ていることだ。メロディ線も似ている。そして、王子のキャラクターも外国の公女の位置づけも明確でない気がする。そのため、全体がぼやけてしまう。もちろん、とても美しい音楽だと思うし、私はこのオペラが大好きで、上演されるごとにみているのだが、それでも謎が残ったままだ。

 ともあれ、日本人中心のキャストでこれだけのレベルのオペラが上演できるようになっていること、そして山田和樹がオペラまでの素晴らしい指揮をしてくれることを確認して、今日は大変満足だった。

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ネルソンス+ボストン ショスタコーヴィチの凄まじさ

 2017117日、サントリー・ホールでアンドリス・ネルソンス指揮、ボストン交響楽団のコンサートを聴いた。曲目は、ギル・シャハムが加わってのチャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲と、ショスタコーヴィチの交響曲第11番「1905年」。とりわけ、ショスタコーヴィチはものすごい演奏だった。

 やはりオーケストラが見事。アメリカのオケの機能とヨーロッパ的な伝統美を併せ持っているのを感じる。弦楽器の音の美しさにまず驚き、管楽器の音の勢いにも驚いた。さすが。そして、ネルソンスの指揮も素晴らしい。スケールが大きく、ダイナミックに音を動かす。細かいニュアンスもあるので、大味にならない。エネルギッシュで豊穣。以前、バイロイト音楽祭の「ローエングリン」を聴いた記憶がある。悪くはなかったが、それほど感心した記憶はない。が、今回、チャイコフスキーを聴いて真価を知った。ただ、チャイコフスキー的な陰鬱で甘美で情熱的な雰囲気は少し欠ける。やはり、かなりアメリカ的なチャイコフスキー。あけっぴろげなチャイコフスキー。

 ヴァイオリンのシャハムも音の刻みが鮮烈。情熱的でアクセントが強いが、不自然なところがなく、ぐいぐいと音楽を引っ張っていく。ただ、これもチャイコフスキー的な情緒はない。あけっぴろげというのは違うが、抑圧された世界での情熱の爆発がない。しかし、それはそれでとても魅力的。

 アンコールはバッハの無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番のガボット。とても鮮明な演奏。

 ショスタコーヴィチはもっと鮮烈だった。第二楽章の虐殺の場面はあまりに凄惨。第三楽章の犠牲者へのレクイエムの場面も悲痛さが広がる。第四楽章はわざと大袈裟に、そして戯画的にソ連の勝利を描き、その後、それに対する皮肉をたたきつけ、そして最後には人民の勝利をたたえているように聞えた。ネルソンスは標題音楽として見事に描く。実に手際が良く、語り口がうまい。雰囲気の切り替えも実に見事。オーケストラを完璧に掌握しているのがよくわかる。

 実は私はチャイコフスキー好きでもショスタコーヴィチ好きでもないので、心の底から感動するということはなかったが、あまりの音に豊穣さ、あまりの音の切れのよさにしばしば酔った。素晴らしいと思った。「1905年」の第二楽章の凄惨な音楽に魂を奪われた。

 アンコールはショスタコーヴィチの「モスクワのチェリョムーシュカ」の「ギャロップ」とバーンスタインのディベルティメントの「ワルツ」。これもオケの性能の良さを存分に発揮し、ネルソンスのリズム感の良さとセンスの良さを見せてくれた。見事。

 皇太子殿下ご夫妻が来ておられた。「1905年」という、ロシア皇帝の圧政に対して人民が立ち上がった事件を描く音楽を皇太子夫妻が聴かれるというのは、考えてみると、不思議なことだ。きっと皇太子殿下がこの音楽がお好きなのだと思う。世界における民主主義の進化、そして、同時に日本の天皇制と民主主義の懐の深さを感じる。

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ハンガリー国立歌劇場公演「ランメルモールのルチア」 若手中心のキャスト

2017116日、武蔵野市民文化会館大ホールでハンガリー国立歌劇場公演「ランメルモールのルチア」をみた。武蔵野でのオペラは若手中心のキャストであることが多い。よそ行きの公演ではなく、ふだん現地で行われているレベルのオペラが楽しめる。その意味では、とてもよかった。

未知の人ばかりだが、歌手陣ではそろっている。エンリーコのミケーレ・カルマンディが悪役にふさわしい張りのある声。若いのに容貌も風格がある。エドガルドのイシュトヴァン・ホルヴァートもしっかりした美声、アルトゥーロのティボル・サッバノシュも、少し声は弱いが、美声には魅力がある。ライモンドのクリスティアン・チェルは、ちょっと音程に不安定さを感じたが、それでもしっかりしたよい声。

 ルチアのエリカ・ミクローシャは、きれいな声と清楚な容貌はとても魅力的だが、声に威力がものたりない。ルチアを歌うにはもう少し圧倒的な声の力がほしい。

 マーテー・サボ-の演出はきわめて穏当。取り立てて目新しいところはないが、存在感はあり、美術的にもなかなかきれい。

 もっとも問題が大きかったのは指揮のバラージュ・コチャールだろう。丁寧に歌を伴奏するのはいいのだが、狂乱の場になっても、残酷な場面でも一本調子で、ドラマティックなところがない。歌手陣はかなりのレベルなのに、少しも盛り上がらなかったのは指揮のせいだろう。「ルチア」でこれでは辛い。

 少々欲求不満だった。

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ペルゴレージ「オリンピーアデ」 完成度の高い見事な上演

 2017113日、紀尾井ホールでペルゴレージ作曲のオペラ「オリンピーアデ」(セミ・ステージ形式) をみた。台本はピエトロ・メタスタージオ。素晴らしい演奏だった。

 歌手全員が実に素晴らしい。音程もいいし、声もしっかり出ている。声のコントロールも完璧。昨日、オペラのスターを目指す若手の演奏を聴いたが、今日の歌手たちはまさしく日本の大スターたち。しかも、すべての歌手が美しい容姿を兼ね備えており、立ち居振る舞いも見事。日本の歌手がこれほどまでに完成度の高いオペラを上演できるようになったことを改めて実感。おかげで、これまでみたことのなかったペルゴレージの名作オペラを堪能できた。

 ペルゴレージは、「スターバト・マーテル」が圧倒的名曲だが、オペラもとても楽しいことを改めて知った。実演でペルゴレージのオペラを見るのは初めて。映像では「妹の恋した兄」や「奥様女中」「リヴィエッタとトラコッロ」をみたことがあるが、今回の「オリンピーアデ」は映像もみたことがなかった・

オリンピックに優勝すると褒美に意中の女性を妻にできるので、過去に助けたことのある男性を替え玉につかおうとしたところ、替え玉になった男性がその褒美になる女性と恋仲にあったために苦悩することになる・・・という物語。ハッピーエンドで終わるが、なかなかに劇的。ストーリーもおもしろい。

 それぞれの人物がいくつかのタイプの歌を割り当てられ、それぞれが存在感を示すことができるように作られている。どの歌も魅力的。ただ、モーツァルト以降のオペラに比べて、どの人物の歌もそれほど大きな差がないので、繰り返し音楽を聴いて楽しむのは難しいかもしれないとは思う。

カストラートのために作られたオペラなので、男性もソプラノで歌われる。男役のリーチダを歌う澤畑恵美とメガークレを歌う向野由美子がいずれも男性的に歌って見事。アリステーアの幸田浩子とアルジェーネの林美智子はいずれも美しい女性を歌い上げていた。二人は容姿も華麗で言うことなし。男性では、クリステーネ役の吉田浩之とアミンタ役の望月哲也がいずれも数少ない男の声の存在感をしっかりと示していた。もう一人、アルカンドロを歌うカウンターテナーの彌勒忠史が弱音を見事にコントロールしていた。カウンターテナーは音程が不安定なことが多いのに、まさしく完璧。

河原忠之の指揮もとてもよかった。きびきびしていて、しかもドラマティック。紀尾井ホール室内管弦楽団もまったく不満はない。粟國淳の演出も、簡素ながら、とても分かりやすく、しかも美しい。

ともかく全体的にこれ以上望めないほどの完成度だった。もっとペルゴレージのオペラをみたくなった。さっそくDVDを何枚か注文した。

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スターファーム第一回公演「メイキング・カルメン」 そして、日本シリーズ第5戦

 2017112日、13時から、東京メトロポリタンオペラ財団 スターファーム第一回公演「ニューオペラ(新歌劇) メイキング・カルメン」を見た。

 1980年代、アントニオ・ガデスが出演した「カルメン」という映画をみた覚えがある。フラメンコ集団が「カルメン」を上演することになる状況をオペラ「カルメン」と重ね合わせた物語で、中にふんだんにフラメンコが登場する映画だった。私はスペインでフラメンコを見て衝撃を受けて以来、一時期、フランメンコの映画をみたり、カンテのCDを聴いたりしていた。今回の「メイキング・カルメン」はそのオペラ版のような舞台。

 スターをめざすオペラ歌手とその演出家、ジョルジュ・ビゼーをめぐる家族や周囲の人々の確執と「カルメン」が重なり合う。ビゼーは自分の人生を「カルメン」に重ね合わせて作曲しており、演出家は自分をビゼーやドン・ホセと重ね合わせる。オペラ歌手たちはカルメンやカルメンの同僚の女工たちと重ね合わせる。それが同時進行で進んでいく。混乱してわからないところ、整合性のないところもあるが、歌があり、音楽があるため、さほどそのようなことは気にならなくなる。そして、それぞれの生き様、エネルギー、苦しみ、生きる力が現実のものとして浮かび上がってくる。

 実は私は、かつてフランス文学を学んでいたが、フランス音楽はあまり聴かない。好むのはもっぱらドイツ系であって、フランス・オペラ、イタリア・オペラは最近になって関心を持ち始めたに過ぎない。「カルメン」も実は数回しかみたことがない。だから、良く知らない。作曲家のビゼーについても、何枚かCDを聴いている程度。音楽の断片が出てきてもすぐにそれとわからない。今回、「カルメン」以外の歌もいくつか歌われたように思うが、曲名を知らない。

 休憩時間を入れて、2時間半ほどの上演だったが、とてもおもしろかった。あっという間の時間だった。実にセンスがよく、よくわからないところはたくさんあるが、それでも納得がいく。台本、演出の三浦アンコウさんのマジックだと思う。これはまちがいなく前衛劇、前衛オペラの範疇に入ると思うが、楽しくて面白くて、オペラ入門にもなって、総合芸術にもなっている。まったく小難しくない。素晴らしい。

 役者・歌手たちはまさに「スターファーム」を成す新人たち。やはりどうしても、芝居が学芸会的になる人もいるし、音程も不安定になりがちだが、全体的にはとてもレベルが高い。私はカルメンなどのいろいろな役を演じる鈴木麻由に特に惹かれた。この歌手は、昨年だったか、風の丘HALLでみた「オテロ」でも見事な歌と演技を披露してくれたのを覚えている。ちょっと音程が不安定になることはあったが、しっかりした声と演技。全体を引き締めている。そのほか、ドノ・ホセの青柳素晴、エスカミーリョの大山大輔(三枝作曲の「狂おしき真夏の一日」で聴いたばかり)、フランスキータの宮埜舞もとてもよかった。

そのほか、多くの歌手たちが大健闘。ただ、私はもう一人の題名役の歌手の方の発声と音程の不安定さに大きな問題を感じた。そのために、聴くのがつらくなる場面もあった。

 しかし、このような試みは素晴らしい。オペラを外国の素晴らしいものとして崇めるのではなく、自分のものとしてどんどんと広めたい。そのような意図が伝わってくる。

 

 終演後、急いで自宅に帰り、すぐに着替えて日本シリーズ第5戦の観戦に行った。

 我が家は、一家を上げて1990年代からのベイスターズ・ファンだ。そのころは、年に4、5回家族で横浜スタジアムの観戦に行った。1998年に大魔神を要する横浜ベイスターズが優勝した時には、我が家もお祭り騒ぎだった。横浜ベイスターズが低迷し、DeNAベイスターズになり、優勝時のメンバーが一人また一人と減っていってからは、徐々に我が家でも野球から関心が離れていた。

が、今回、DeNAベイスターズは奇跡的に19年ぶりの日本シリーズ進出を果たした。しかも、家族の中で最も熱くベイスターズ・ファンを続けてきた息子が来年から広島に赴任する。きっと息子は来年から広島ファンになるだろう。私の中でベイスターズ熱が再燃。息子と二人で応援に出かけることにした。第4戦で終わるのではないかと心配していたが、ベイスターズが一矢を報いたために、第5戦も行われた。

17年ぶりくらいの横浜スタジアム。超満員で、日本シリーズ独特の興奮した雰囲気。DeNAになってから初めてベイスターズをみた。初めてなまの筒香、宮崎、山崎康晃をみた。筒香のホームランをみた。「ヤスアキ・コール」に参加した。95パーセントがDeNAファンで埋め尽くされていたが、数万人の応援に加わった。勝利に酔った。

野球終了後、息子と二人で中華街で祝杯を挙げてから帰った。

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パールマンのリサイタル 肩の力を抜いた自然体の名演奏

 2017111日、サントリーホールでイツァーク・パールマンのヴァイオリン・リサイタルを聴いた。ピアノ伴奏はロハン・デ・シルヴァ。とても良い演奏だった。

 記憶が正しければ、私がパールマンの実演を聴くのは二度目だ。最初に聴いたのは80年代だったと思う。当時、クレメルと人気を二分しており、私は録音で聴く限りクレメルのほうがずっと気にいっていたのだが、実演を聴いてみると、クレメルの音楽をあまりに神経質だと感じ、むしろパールマンの勢いのある美音にしびれたのだった。

 その記憶のまま今回、最初の曲、シューベルトのヴァイオリンとピアノのためのソナチネ 1番を聴いて、あまりの地味さに驚いた。かつてのような勢いがない。おとなしく、悪く言えば、覇気がない。パールマンも70歳を超す。まさに老境の音楽。二曲目の「クロイツェル」はもっとこじんまり。ベートーヴェンのあのスケール感がない。が、聴き進むうち、大上段に振りかざすのでなく、肩の力を抜いて自由に親密な雰囲気の音楽を作ろうとしていることに気付いた。そう考えて聴くと、実に繊細にして自由。心の底から音楽の楽しみがわいてくる。「クロイツェル」の第二楽章ははっとするほど美しく繊細。

 そのような姿勢は後半のドビュッシーのヴァイオリン・ソナタにいっそう現れていた。誇張せず、諧謔を交え、自分の内面を静かに表現するような音楽。しみじみと美しい音色が静かに響く。

 そのあと、ピアノのシルヴァが大量の楽譜とともに登場。パールマンが楽譜の中からその場で曲を選んで演奏する。聴いたことはあるけれども曲名のわからない曲がほとんどだったが、掲示によると、クライスラーの「シンコペーション」「ディッタースドルフの様式によるスケルツォ」、ヴィニャフスキー「エチュード・カプリース」、からイスラ―「中国の太鼓」が演奏されたらしい。

 パールマンの小曲の演奏のうまさには舌を巻く。しなやかでウィットに富み、しかも気品がある。本当に楽しい。自由で自然体で親密な雰囲気。

 ただ、このような演奏でこのような曲だったら、サントリーホールなどではなく、もっと小さなホールで聴きたかったと思った。そのほうがもっと楽しめただろう。そして、これはこれでとても良い演奏だとは思いつつ、やはり、もっと切れの良い勢いのあったパールマンを懐かしく思ったのも事実だった。

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三枝成彰作曲、林真理子台本のオペラ「狂おしき真夏の一日」 ついに日本は世界的な傑作オペラを生み出した!

 20171031日、東京文化会館で、三枝成彰作曲、林真理子台本のオペラ「狂おしき真夏の一日」をみた。素晴らしかった。本当に素晴らしかった。私は興奮している。

これまでの三枝オペラ、「忠臣蔵」も「悲嘆」も素晴らしかったが、今作はそれを上回る傑作だと思う。ついに、世界に誇る日本のオペラが誕生したと思った。「フィガロの結婚」や「椿姫」や「アイーダ」などとともに世界のレパートリーに入っても不思議はないほどの傑作だ。

「フィガロの結婚」と「ファルスタッフ」を合わせたようなストーリー。そこに「ばらの騎士」や「アラベラ」のような雰囲気が加わる。3組のカップル(中年夫婦、その息子とフランス女性、もう一人の息子とゲイの相手)が愛し合ったり、誤解したり、仲直りしたり。そして、最後、それぞれが愛を深める。

 林真理子の台本が実によくできている。「フィガロの結婚」「ファルスタッフ」へのオマージュもピタリとはまっている。あえて卑俗な言葉を使いながらも、徐々に詩情を高めていく。3組の話を手際よく展開させ、誰もが楽しめる喜劇を作り上げ、最後には感動させる。見事。

そして、その台本を最高レベルにいかした三枝の作曲が素晴らしい。第一幕もよかったが、私は第二幕の軽妙な音楽に心が躍った。とてつもなく複雑な音符。だが、いわゆる「現代音楽」ではなく、親しみやすく感動的な調性音楽。技巧を極めていながら、それを感じさせない。そして、第3幕のドタバタの部分も軽妙で深みがあり、しかも、官能的。第四幕幕切れの「世界はいいように回っている」の9重唱は圧巻。「ファルスタッフ」の最後を意識していると思うが、それ以上に感動的。世界を肯定する音楽だと思う。「フィガロの結婚」や「ドン・ジョヴァンニ」や「マイスタージンガー」などの重唱に匹敵する素晴らしい音楽だ。心が震えた。涙が出てきた。秋元康による演出もしゃれていて、楽しく、しかも最後は感動を盛り上げる。

演奏も素晴らしかった。まずは、大友直人指揮による新日本フィルハーモニー交響楽団が見事はアンサンブルを聞かせてくれた。歌手たちもいい。私はとりわけ、大石太郎のジョン・健・ヌッツォの声に聞きほれた。そのほか、大石恭一の大島幾雄、陽子の佐藤しのぶ、エミコの小林沙羅、フミエの坂本朱も見事な美しい声で、とてもよかった。ユウキを歌ったカウンターテナーの村松稔之のしっかりした声も見事だった。フランシーヌの小川里美、大石次郎の大山大輔、リサの小村知帆ももちろん見事。まさに粒ぞろい。

合唱は六本木男声合唱団ZIG-ZAG。これはちょっと音程の怪しいところがあったが、アマチュアなので、ご愛嬌というところだろう。

それにしても、日本の才能を結集すれば、これほどのオペラが作れるのだということを改めて認識した。間違いなく、このオペラは世界のレパートリーとして定着するだろう。定着させなければいけないと思う。ついに、日本はこれほどのオペラを生み出したのだから、それを世界に発信する必要があると私は思う。

今もまだ私は日本がついに大傑作オペラをうみだしたことに興奮している。

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