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インドネシア旅行 その1

1日目

2017年11月17日からインドネシアに来ている。初めてのインドネシア旅行だ。今回も3泊5日の弾丸ツアー。ただし、例によって客は私だけ。ガイドさんと運転手さんがつく。

17日の午前中にガルーダ・インドネシア航空でジャカルタ経由でジョグ・ジャカルタに到着。出発が1時間ほど遅れた。ガイドさんに会って、すぐにボロブドゥール遺跡の近くのボロブドゥール史跡公園の敷地内にあるマノハラ・ホテルに車で向かった。ホテル到着は23時過ぎ。バンガロータイプの感じのいいホテルだった。道中はずっと夜だったので、何も見えなかった。ただ、オートバイが異様に多い。学生が多いので、オートバイに乗っているのはかなりが学生らしい。大学が市内にかなりあるとのこと。寝たのは24時近くだった。

 

2日目

翌2017年11月18日、朝、6時半からボロブドゥール寺院観光。

さすがというしかなかった。アンコール・ワットの仏教版というべきか。アンコール・ワットによく似ている。黒ずんだ石の塔があり、それぞれの石に彫刻が施され、仏像や仏教にまつわる様々な形が描かれている。釈迦の出生、悟りなどが描かれていた。買いが上になるにしたがって、地獄から現世、極楽を描いているらしい。最上階にあるストゥーパに上った。スリランカのジシーギリヤに比べればそれほどの高さではなく、思っていたほど疲れなかった。

観光客がたくさんいた。その中にはインドネシアの人が多かった。子どもたちもたくさんいた。学校単位で来ているらしい。制服姿の超学生や中学生が多い。帰りに、小学生らしい集団に出会った。なんだか声を合わせて何かを叫んでいる。ガイドさんに何を語っているのかを聞いたら、「受験を頑張ろう」と叫んでいるとのこと。どうやら、塾か何かのイベントとしてボロブドゥールのぼりが敢行されているらしい。

それはそれで、ボロブドゥールが国民に根付いていることであって、悪いことではないと思った。何しろ、ボロブドゥール寺院は仏教遺跡であって、インドネシアの大半を占めるイスラム教徒からすれば異郷の遺跡だ。邪魔者扱いされ、アフガニスタンのバーミヤンのような扱いを受けるようになっては大変だと思っていたが、そんなことにはなりそうもない。十分にインドネシアのイスラム教徒はボロブドゥール寺院を誇りに思っているようだ。

その後、一旦ホテルに戻ってシャワーを浴び、朝食をとってからチェックアウト。ガイドさんに連れられてジョグジャカルタの市内観光に出た。パオン寺院、ムンドゥット寺院、クラトン(王宮)を見た。王宮では影絵が行われ、それに合わせてオペラのような楽器淘汰の演奏が行われていた。すぐにその場を立ち去らねばならなかったが、とても楽しい経験だった。もっときちんと見たいと思った。DVDCDを探してみよう。

ジョグジャカルタ市内は古いものが多く、それなりには落ち着いた街だとのことだが、オートバイが多く、その多くが乱暴な運転をするので、どうしてもがさついているように見える。赤信号でも危険がないとみると、どんどん違反してくる。子どもを二人抱えて三人乗り四人乗りをしているオートバイも多い。オートバイ・タクシーもあるらしい。ウーバーのようにネットで予約して、拾ってもらうものもあるという。そのユニフォームを着たライダーをかなり見た。

その後、食事を済ませてから、パランバナンを見物。ヒンドゥー教の遺跡だ。ボロブドゥール寺院よりも少し後の時代に作られたらしい。これはボロブドゥール寺院よりももっとアンコールワットに似ている。ヒンドゥーの神々やその偶像が描かれている点で、釈迦や仏教にまつわる物語が語られているボロブドゥール寺院と異なる。が、遠くから見ると、少なくとも私のような門外漢には全く見分けがつかない。

パランバラン遺跡を見ているうちにスコールに襲われた。突然の大雨。が、私はそのようなこともあろうと、100均で購入したレインコートを用意していた。みんなが慌てふためく中、私は悠々と歩いた。ただ、そのせいでガイドさんは濡れてしまったが。

ガイドさんは中尾彬をもっと人相を悪くしたような男性だが、とても知的で気が利く。私よりはいくらか年下だろうと思っていたが、父上が私よりも若いと知ってびっくり。インドネシアの人は老けて見える! ガイドさんにいろいろなことを教えてもらったが、それは後程書く。

ジョグジャカルタは一日で観光して、夜の便でバリ島デンパサールにわたった。

時間よりも少し早く到着。とても快適な空の旅だった。晴れていたので、しばしば夜の地上が見えたが、ジャカルタはもちろん、その後もずっと人家の明かりがたくさん見える。改めてインドネシアの人口の多さを感じる。

10分ほど予定より前にデンパサール到着。すぐに出口に行った。ところが、来てくれているはずのガイドさんがいない。焦った。正規の到着時間になれば来るかと思って待っていたが、それでも来なかった。緊急連絡先に電話してみたが、通じなかった。が、正規の時間よりも15分から20分遅れでやっと到着。しかも、遅れたことで焦る様子も詫びる様子もない。私が文句を言ったら、「すみません」と一言言っただけ。しかも、日本語がよく通じない。ガイドさんの運転する車でホテルに行ったが、まさしくあおり運転。無理な追い越しを何度もし、前の車が遅いとぴったりついて、しばしばパッシング。

そのガイドさんに帰りに空港まで送ってもらうことになっていたが、ホテルに到着後、キャンセルした。また遅刻されてもかなわないし、こんな運転の車に乗りたくない。

ホテルもあまりよくない。「スーペリア・ルーム」ということだったのだが、場末の小さな、そしてあまり設備もよくなく、がやがやしてかなりうるさいホテル。スタンダード以下のレベルではないか。今更仕方がないが。

ホテルまでの車で行きながら、ここが大都会だと知った。リゾート地だと思っていたが、それ以上に大都会だ。道は夜中なのにぢ亜渋滞し、人でごったがえし、建物が並んでいる。私のバリ島のイメージは30年以上前のものなのかもしれない。

 

3日目

 この日は、私が参加したツアーでは自由日となっていたので、別の業者のバリ島観光を予約しておいた。ガイドさんと7時45分にホテルのロビーでの待ち合わせだったが、kん回のガイドさんも5分近く遅刻。まあ、5分は許容範囲だろう。遅れるのはお国柄なのかもしれない。

 今回のガイドさんも日本語が達者ではない。質問したことの多くに的外れな答えが返ってくる。時々説明してくれるが、半分くらいしかわからない。善良な人だとは思うが。

 車でタバナンに向かったが、まず、バリ島がとてもきれいだということに気付いた。ジョグジャカルタの裏町のような不潔さがない。貧しい様子も見えない。ほとんどすべての家には必ず木が植えられており、道も整備されている。左側通行でもあり、日本を車で走っている気分に陥る。交通マナーも、オートバイ以外はかなりよい。

 タバナンに行く途中、ガムランの楽器を作る作業所と木の彫刻を作る作業所に寄った。バリの村々はその村ごと職能があるらしい。織物を作る村、石像を作る村、楽器を作る村、彫刻を作る村、銀細工を作る村などがあるという。いくつかを訪れる予定になっていたようだった。

「お土産は買う気はない。作業所見学という名前のお土産物屋には連れて行かないでくれ。音楽が好きなので、それに関するところだったら見たい」と強く言ったら、ガムランの作業所に連れて行ってくれたのだった。打楽器や管楽器、鐘を作っていた。これは楽しかった。彫刻の作業所は、「買わなくていいから」と無理に連れていかれた。確かに、手の込んだ見事な彫刻。芸術性のありそうなものも多い。ヒンドゥー教に基づくのかエロティックな題材も多かった。もちろん、何も買わなかった。

 タバナンの棚田をみた。美しい棚田。景色そのものが美しい。緑が多く、実に落ち着く。そのあと、キンタマーニに行き、バトゥール山とその横のバトゥール湖を見下ろすレストランで昼食。作業所を断ったせいで、11時ころからの昼食。腹がすいていないので困った。

 道中、田舎の家々を見ることができた。ちょっとした家には、敷地内に祠がある。お寺の銅のような建物が一つの敷地にいくつもある。ヒンドゥー寺院かと思っていたら、一般の民家だという。5つも6つも敷地内に建てられている。赤い美しい瓦の屋根、神々などの彫刻された木や石によるお堂だ。特に素封家に限らないらしい。そのようないくつもの堂を持った家が何軒も続く。バリ島の豊かさと信仰心を強く感じる。

 その後、ウブドで散策。ウブドは軽井沢のような街。おしゃれな店が並び、観光客が歩いている。西洋人が多い。何も予備知識なしに、プリ・ルキサン美術館に入ってみた。緑の多い公園内にいくつかの西洋式の建物があって、実に雰囲気がいい。バリ人の画家たちの作品を集めている。素晴らしかった。宗教画風のものが多い。地獄絵のようなものもたくさんあった。ヒンドゥー教に基づくので、官能性が隠されずに真正面から描かれる。人間の業、愛、苦しみを細密に描く作品が多かった。素晴らしいと思った。

その後、タマン・アユン寺院に向かったが、豪雨になった。タマン・アユン寺院に入ろうとしたら、駐車場も、その先の寺院へ行く道も水があふれており、警備員に入場しないように指示された。確かに、奥の方の人たちは、ズボンをまくり上げ、くるぶしの上まで水につかって歩いていた。あきらめて、次の目的地タナロット寺院に向かった。ところが、あちこちで水路や小川が氾濫して、道が水浸しになっている。交通止めになるほどではなかったが、インフラの不備を感じた。

タナロット寺院は、海の神がまつられる海辺の寺院だ。陸地から、満水時には隠れてしまう道を通って寺院に行く。モンサンミシェルや江の島と同じような作りの寺院だ。到着したが、雨がやまない。カッパと傘で進んだ。しばらく待って、少し小降りになったので近くまで行った。

が、それでバリ島巡りのプログラムは終わり。あとは夕食。あれこれパスしたので、16時半頃の夕食になった。そして、ホテルに戻って一休み。

詳しいことは後日、書くことにして、そろそろ本格的に休憩する。

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