パールマンのリサイタル 肩の力を抜いた自然体の名演奏
2017年11月1日、サントリーホールでイツァーク・パールマンのヴァイオリン・リサイタルを聴いた。ピアノ伴奏はロハン・デ・シルヴァ。とても良い演奏だった。
記憶が正しければ、私がパールマンの実演を聴くのは二度目だ。最初に聴いたのは80年代だったと思う。当時、クレメルと人気を二分しており、私は録音で聴く限りクレメルのほうがずっと気にいっていたのだが、実演を聴いてみると、クレメルの音楽をあまりに神経質だと感じ、むしろパールマンの勢いのある美音にしびれたのだった。
その記憶のまま今回、最初の曲、シューベルトのヴァイオリンとピアノのためのソナチネ 第1番を聴いて、あまりの地味さに驚いた。かつてのような勢いがない。おとなしく、悪く言えば、覇気がない。パールマンも70歳を超す。まさに老境の音楽。二曲目の「クロイツェル」はもっとこじんまり。ベートーヴェンのあのスケール感がない。が、聴き進むうち、大上段に振りかざすのでなく、肩の力を抜いて自由に親密な雰囲気の音楽を作ろうとしていることに気付いた。そう考えて聴くと、実に繊細にして自由。心の底から音楽の楽しみがわいてくる。「クロイツェル」の第二楽章ははっとするほど美しく繊細。
そのような姿勢は後半のドビュッシーのヴァイオリン・ソナタにいっそう現れていた。誇張せず、諧謔を交え、自分の内面を静かに表現するような音楽。しみじみと美しい音色が静かに響く。
そのあと、ピアノのシルヴァが大量の楽譜とともに登場。パールマンが楽譜の中からその場で曲を選んで演奏する。聴いたことはあるけれども曲名のわからない曲がほとんどだったが、掲示によると、クライスラーの「シンコペーション」「ディッタースドルフの様式によるスケルツォ」、ヴィニャフスキー「エチュード・カプリース」、からイスラ―「中国の太鼓」が演奏されたらしい。
パールマンの小曲の演奏のうまさには舌を巻く。しなやかでウィットに富み、しかも気品がある。本当に楽しい。自由で自然体で親密な雰囲気。
ただ、このような演奏でこのような曲だったら、サントリーホールなどではなく、もっと小さなホールで聴きたかったと思った。そのほうがもっと楽しめただろう。そして、これはこれでとても良い演奏だとは思いつつ、やはり、もっと切れの良い勢いのあったパールマンを懐かしく思ったのも事実だった。
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コメント
樋口先生、私も年老いた母と共に10/29のパールマンのリサイタルに参りました。母はパールマンとほぼ同年齢で何十年か前の演奏(コンチェルト)を何度か聴いているとのこと。私は何と言っても大好きなクロイツエルに大きな期待を持って参りました。おそらく素晴らしい演奏であったものと思いますが、左ブロックの我々の席では背を向けられた形となりしかし時々振り返ってニッコリと演奏されるので何か、音が不自然なパンニングのようにも感じてしまいました。シューベルトとドビュッシーは正直あまり印象に残っていません。母はピアノの音が大きすぎると言いました(汗)。
先生がおっしゃる通りもう少し小さなホールであれば、パールマンのおしゃべりも含めてもっと親密になったかもしれません。後半の「シェフのお任せ」も11/1とほぼ同じ選曲でした。ウィリアムズの「シンドラーズリスト」は本家本元の演奏ですが、母も私も「ネマニャの演奏の方が泣ける!」という感想を持ちました。
投稿: Tamaki | 2017年11月 5日 (日) 00時55分
Tamaki 様
コメント、ありがとうございます。
私も実は、「クロイツェル」の第二楽章まで不満を感じ続けていたのでした。が、第二楽章の三つ目の変奏当たりでハッとするような美しいところがあって、「そうか、こんな音楽を作りたかったんだ!」と思ったのでした。
といいつつ、しみじみとした名演奏よりも、ぐっと心をかき乱してくれる演奏を期待していたのは事実でした。
投稿: 樋口裕一 | 2017年11月 6日 (月) 08時34分