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バッティストーニ+東フィル イタリア・オペラのようなベートーヴェン

 2018310日、千葉市の京葉銀行文化プラザホールで東京古ハーモニー交響楽団第50回千葉市定期演奏会を聴いた。指揮はアンドレア・バッティストーニ。曲目は前半にベートーヴェンの交響曲第5番(運命)、後半に第7番。

 私は千葉県民ではないので、はるばる出かけたことになる。実に遠かった。バッティストーニのCDで聴いた第九が素晴らしかったので、第5と第7もぜひ聴いてみたいと思って、千葉市にまで足を運んだ。

 かなりデッドなホールだった。私はM席(つまり13列にあたる)の右隅の方だったが、それでも音が届かない感じ。そのせいもあるかもしれないが、第5には私は不満だった。クレシェンドをつけたり、タメを作ったり、テンポを動かし、全力で音を出し切るバッティストーニの持ち味が、いずれもわざとらしく感じられた。まるで、ベートーヴェンがイタリア・オペラのようになっていた。むしろ、完璧に構成されたこの楽曲の形を壊しているように感じた。第4楽章は大いに盛り上がり、大喝采が起こったが、私はそれに加わる気分にはならなかった。

 だが、第7番については、私は大いに心を動かされた。単に私の第5と第7への思い入れの違いのせいかもしれない。が、第7に関しては、舞踏ふうに揺れ動き、音がダイナミックに駆け回るのに、まったく異存はない。これもイタリア・オペラ風のベートーヴェンだが、この曲をヴェルディ風に演奏しても、それはそれで十分に成り立つ。とりわけ、第4楽章はすさまじかった。音の洪水のようにたたきつけられ、それが勢いをもって迫ってくる。

 東フィルはバッティストーニのダイナミックな音楽をしっかりと作っていた。管楽器の美しさがもう少しほしいと思ったが、ないものねだりをしても仕方がない。

 アンコールはチャイコフスキーの弦楽セレナードの第二楽章。このような曲を演奏すると、もっと潤いやもの悲しげな情緒がほしくなる。

 とはいえ、第7に関しては実に満足。千葉まで足を延ばした甲斐があった。

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