映画「モリのいる場所」 一本締めの場面に涙しそうになった
試写会で、映画「モリのいる場所」をみた。素晴らしい映画だった。
昭和49年(1974年)、94歳の孤高の画家・熊谷守一(山崎努)が自宅で過ごす一日を描く。守一は30年近く、妻(樹木希林)と姪(池谷のぶえ)が三人で暮らすこの家から外に出ずに暮らしている。だが、そこに様々な人が訪れる。人だけでなく、緑豊かな庭に様々な生き物が訪れる。守一は世俗の欲望にとらわれず、やってくる人々を拒むこともなく、利用されることもなく、もちろん利用することもなく淡々と生きる。
この場所は守一の森のような世界だ。生きる者のすべてがやってくる。生命のすべてがある。そこで、守一は庭の石をじっと見つめ、アリなど虫や植物を飽きずに眺めて過ごす。子どもたちを早く失った夫婦は、生きるものいとおしむ。生命を、いやそれだけではなく、自然の作り出す存在そのものをいとおしむ。
言ってみれば、それだけの映画だ。だが、守一の生きざまがあまりに常軌を逸しており、あまりに純粋なので、見るものは、笑い声を上げ、共感しながら、まるで守一がアリに対するように、いとおしい気持ちをもって、この老人の生態を見てしまう。
「ネタバレ」になるので、くわしくは書かない。
マンション建設の現場責任者(青木崇高)と守一との「一本締め」の場面では涙がこみ上げそうになってきた。
1974年。近代化され、マンションが建設され、社会は豊かになっていった。同時に、自然が壊され、緑が減っていった。自然破壊がようやく問題になりかけた時代だ。時代に必然として自然が都市部から失われていく。だが、どっこい近代化を推し進める側にも、粗野な形ながら、芸術を愛し、自然を慈しもうという心が残っている。守一の精神のようなものは人々の心の中に素朴な形で伝えられていく。それを「一本締め」に感じた。
それにしても、名優ぞろいのキャスト。最初の一言を発する昭和天皇役の林与一がまず素晴らしい。山崎勉、樹木希林の二人はすべての画面が最高の絵画になっている。加瀬亮、光石研、吹越満、青木崇高、きたろう、三上博史。よくぞここまで魅力ある俳優がそろったものだ。このように俳優を輝替える監督沖田修一の演出力に脱帽。映像も美しい。
今の時期にこんなことを言うのは時期尚早だが、少なくとも私の中では、今年の日本映画の主演男優賞、主演女優賞は間違いなく、山崎勉と樹木希林だ。これ以上の演技がありえるなど考えられない。
| 固定リンク

コメント