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二期会デイズ「テノールの競演」を楽しんだ

 2018629日、サントリーホールブルーローズで二期会デイズ初日、「テノールの競演」を聴いた。出演は城宏憲、又吉秀樹、山本耕平。84年生まれの3人の若手テノールだ。ピアノ伴奏は村上尊志。司会は福井敬。とても楽しかった。

 曲目はほとんどがイタリア・オペラ。最後にはイタリアのカンツォーネなども歌われた。初めのうち、城は少し緊張していたのか、音程が不安定だったが、徐々に良くなった。「ルチア」の中のアリアはとてもよかった。二枚目風の声といえそう。又吉は少しコミカルであけっぴろげな歌。トスティの「夕べに」という歌もよかったし、「海賊」のアリアもよかった。山本は高音が得意なちょっと気取った声。「チェネレントラ」のアリアは素晴らしかった。三者三様の歌がおもしろい。ピアノの村上も、それぞれの歌に合わせて見事に伴奏。

 私の嫌いなプッチーニが一曲も歌われないのは、偶然ではないだろう。きっと、三人ともプッチーニがお好きでないのだろうと思う。あるいは、あえてベルカント時代のオペラから選んだのだろうか。いずれにせよ、ロッシーニ、ドニゼッティ、ベッリーニ、初期のヴェルディを中心にした選曲はとてもよかった。

ただ、三人とも、いわゆる「ベルカント」ではなさそう。山本はロッシーニを得意のしているようだが、生来のロッシーニ歌いというわけではないだろう。三人ともイタリア・オペラに特有の明るくて伸びていく声ではない。イタリア・オペラよりもドイツ・オペラのほうを好む私としては、ぜひドイツものも聴きたかった。

三人ともとても良かったのだが、司会の福井さんがやはり一枚上手だと思った。ユーモアにあふれる福井さんの司会も楽しかったが、歌に福井さんが加わると、一段と素晴らしくなった。若手にはない歌の演技力があって、実に素晴らしい。さすが!

それにしても、一流のオペラ歌手たちは演技力もあり、話もおもしろい。エンターテナーとして見事だと思った。大いに楽しんだ。

 

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フルシャ+バンベルク響の「新世界」 ロマンティックな歌わせぶり!

 2018628日、横浜みなとみらいホールでヤクブ・フルシャ指揮によるバンベルク交響楽団のコンサートを聴いた。曲目は前半にドヴォルザークの交響曲第8番、後半に交響曲第9番「新世界より」。とりわけ、後半は素晴らしかった。

 バンベルク交響楽団の音は、その昔、よく「田舎臭い」と形容されたが、今はまったくそんなことはない。音程がよく、機動力があり、厚みもある。確かに、先日聴いたクリーヴランド管弦楽団に比べると、クリアな明るさに欠ける気がしないでもないが、十分に素晴らしい。いかにもドイツ的。とりわけ低弦の深みは心に響いた。

 フルシャの指揮については、第8番を聴いた段階では、少々疑問に思った。もちろん、スケールが大きく、激しく切り込むときの思い切りもよく、音のバランスもよい。だが、ところどころでロマンティックに歌わせようとするあまり、流れが悪くなっているように思った。第2楽章など極端に遅くして一つ一つの音を大事に奏でるが、そうなると全体のまとまりが曖昧になる。そもそもこの曲は第9番に比べて統一性が危ういと思うのだが、それが余計に露呈するように思った。

 だが、第9番になると、そのようなロマンティックな歌わせぶりが実に的確で、全体の統一を壊すようなところも感じなくなった。オーケストラも指揮にしっかりついて美しい音を出す。木管も金管もとてもよかった。第2楽章を丁寧に作ってドヴォルザーク特有の抒情をじっくりと聞かせてくれた。過度にノスタルジーを強調するわけでもなく、自然な感情がしっかりと歌われる。そうであるがゆえに、しっとりと心の中に入ってくる。第3楽章のスケルツォも切れがよく、躍動感十分。第4楽章も大きなスケールで高揚していく。素晴らしかった。

 アンコールはブラームスのハンガリー舞曲17番と21番。フルシャの祖国であるチェコのドヴォルザークの2曲をプログラムの選んだため、アンコールでは、ドヴォルザークの恩師で、オーケストラの地元であるドイツの作曲家ブラームスの曲を選んだということだろう。これもリズミカルで躍動感があった。

 フルシャが20代のころ、新日フィルの演奏で第九を聴いた記憶がある。まだまだの指揮者だと思った気がする。今回聴くと、まぎれもない第一線の指揮者だと思った。これからも少し追いかけてみたい。

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パキスタン旅行中に思ったこと

 4日間だけだったが、パキスタンを旅行して気づいたこと、思ったことを箇条書きにする。

 

・夏にパキスタンを旅行するべきではないというのが、今回の私の第一の教訓だ。夏のパキスタンは日本よりも10度高いと考えてよい。最高気温が45度くらい、ちょっと暑い日で40度前後。湿気については、日本よりもやや低いと思うが、乾燥しているわけではない。十分に蒸し暑い。暑さに慣れた現地の人はともかく、日本人は40度前後の中では観光は難しい。しかも、博物館などの施設に基本的に冷房はない。レストランも高級店以外では冷房はない。こう暑いと一人でぶらぶら歩こうという気にもならず、もっと見たいという思いもなくなってしまう。とはいえ、軽率にも6月にパキスタンに行ったからには、暑い中でのパキスタン旅行というよい経験をしたと考えるべきだろう。

 

・パキスタンは典型的な途上国だった。一般労働者の年収は5万円ほどだという。資料で見たら、ミャンマーよりは一人当たりGDPは高いが、印象としてはパキスタンのほうが貧しい。ミャンマーよりも格差が大きくて、貧しい人が多いせいだろう。

 

・パキスタン料理はとてもおいしかった。ただ、どれもスパイスがきいているので、胃の調子が悪い時には困った。現地の人は、そもそもスパイスのきいた料理に、テーブルに出された様々な薬味を混ぜて食べる! しかも大量に食べる! そして、パキスタン人はコーラが大好きだ。あちこちにコーラの看板があり、実際に飲んでいる。そのせいか、貧しい社会であるはずなのに、太めの人が多い。

 

・穏やかで優しそうな人が多い。もちろん、狂信的な人、険しい目つきの人は見かけない。人懐っこくて気のいい人たち。外国人には特に親切だ。もちろん、ほんの一部の人にしかあっていないし、あったほとんどは観光関係の人なのだが、それでも人柄の良さが伝わる。友人同士、とても和気あいあいと笑い合って話している。兵士があちこちにいてものものしいが、それはテロ対策であって、社会そのものはきわめて穏やかだと思った。

 

・イスラム教徒は誰もが時間通りにお祈りをしているのかと思ったら、そうでもない。少なくとも、ガイドさんと運転手さんは、行動をともにした10時間くらいのうち一度もお祈りをしていない。時々、コーランの声が拡声器で聞こえるが、こぞってお祈りしているようには見えない。そんな信仰心の強い国ではなさそうだ。

 

1947年のパキスタン建国の際の民族移動についてガイドさんが話してくれた時、私はふと思い出して、かつて読んだサルマン・ルシュディの小説「真夜中の子どもたち」について話した。ガイドさんは、私が日本語の発音で「ルシュディ」といってもピンとこないようだったので、例のホメイニ師に死刑宣告された「悪魔の詩」の作者だと説明したら、すぐに理解した。そして、突然声を荒げて、「その人はイスラム教徒の敵です。私たちはその作家が嫌いです」といった。

 

・車はほぼ100パーセント日本車といえるだろう。ドイツ車をほとんど見かけないので、日本よりもよほど日本車率が高いのではないか。トヨタとホンダが多い。プリウス、アクアくらいの価格の車が多く、いわゆる高級車は少ない。中古車っぽいもの、廃車寸前と思われるものも走っているが、真新しい車も多い。そのほかはスズキ。これらの工場がパキスタン内にあるらしい。スズキは別枠とみなされている。駐車場に「CAR」と「SUZUKI」の料金が違っていた。どうやら「SUZUKI」というのは「軽」のことらしい。

 

・バイクは8万ルピー(1ルピーはほぼ1円と考えてよさそう)くらいだという。一般労働者の年収が5万円くらいだというから、年収を超す。その割にはたくさんのバイクが走っている。ホンダのものが目立つ。中国製も多いようだ。バイクは大事な財産なのだろう。バイクを買えない家庭が圧倒的に多いということでもある。だから、一台購入すると、二人、三人、四人、五人で乗ろうとするのだろう。

 

・バイクを運転しているのは男性に限られる。4日間パキスタンで過ごして、女性がバイクを運転しているのをたったの一人もみなかった。男性同士で乗っているのが最も多い。ただ、女性の免許取得が禁止されているわけではないという。男女仲良くバイクに乗っている光景は見かけない。

 

・そもそもカップルを見かけない。同年輩の男女で歩いている様子を見ることがほとんどない。夫婦でも一緒に歩くことはあまりないのではないか。夫婦がいると子どももいる。男女でも親子らしいことが多い。私が手をつないで歩くカップルを見たのは2度だけだ。ロータス・フォートの人けないところと、ラホール・フォートの階段のところで、手をつなぐ男女に出会った。きっと観光地でのデートだったのだろう。

 

・どこに行っても、目に入るのは男ばかり。繁華街を歩いても、8割は男性。女性を見かけるとすると、家族連れの場合が多い。女性は家にいるのだろう。そして、女性のほとんどがブルカを着てスカーフをかぶっている。目だけ出して真っ黒のブルカを着ている女性もいるが、それよりは顔はすっぽり出した赤やピンクの柄物の女性が多い。

 

・娯楽がないようだ。映画館もほとんど見かけない。ゲームセンターもない。公園や小さな遊園地で子供や若者が遊んでいる。ガイドさんに、「遊ぶところはないんですか」と尋ねたら、「たくさんありますよ。公園とか動物園とか」と答えられた。私が子どもだった1950年代、60年代と同じような状況のようだ。このようだから、国境セレモニーに大勢押し掛けて楽しむのだろう。

 

・親族で一緒に行動することが多いという。リキシャにたくさんの客が乗っているのは、家族でどこかに行こうとすると、兄弟の家族などを誘って一緒に出かけるかららしい。公園などでも10人前後の集団を何組も見たが、どうやら親族が一緒にやってきて遊んでいるようだ。大家族で行動し、交通費を節約しながら交流を楽しむのだろう。

 

・やたらじろじろ見られる。「写真を撮らせてくれ」「一緒に写真を撮らせてくれ」といってくる人が何人もいる。どうも東アジアの人間が珍しいらしい。そして、どうも私は中国人と思われているらしい。しばしばにこやかに「ニイハオ」と声を掛けられる。親しみを覚えてもらえているようだ。まるでスターになった気分。東アジア人を見ると中国人と思うらしい。中国との関係がよいせいだろう。それで、珍しくて声をかけてくるのだろう。なお、ガイドさんが横にいて、そのような申し出をすべて断ってくれた。承知するときりがなくなってしまうとことだった。若い女性二人に写真を一緒にとってもいいかときかれたので、そのときだけ鼻の下を伸ばして応じた。

 

・どこに行ってもあれほどたくさん見かける中国人観光客をパキスタンではまったくといっていいほど見かけない。観光地にもホテルにも中国人の影がない。空港に行って、数人見た程度。日本人観光客もたった一人に会っただけ。同じホテルにいた高齢男性(私よりもほんの少し年上だろう)だった。パキスタンはまだ観光の受け入れが十分に整っていないということだろう。また、さすがに夏に来る客は少ないということだろう。

 

・バスをほとんど見かけない。長距離バスはあるようだが、市内バスは数台しか見なかった。乗り合いタクシーが済ませているらしい。乗り合いタクシーが安いということもあるのだろう。なお、窓を開けて走る長距離バスを何台か見かけた。39度ある中で窓を開けて走るということは、冷房が効いていないということだろう。この暑さの中を長距離乗るのは過酷だろうと思う。観光バスらしいものもほとんど見なかった。

 

・観光についての設備が整っていない様子なのに、意外にアルファベットの表示が多い。店にもアルファベットが多く出されている。だから、ハングルのあふれる韓国などよりもよほど日本人にも街並みは動きやすい。

 

・道端にごみが散らかっている。私はミャンマーに行ったとき、都会から田舎に行っても道の両側に買い物袋、包装紙、ビニールなどなど大量に散乱し、土に半ば埋まっているのを見てあきれたのだが、パキスタンでも同じような傾向がある。ミャンマーほどではないが、かなりごみが続く。ところどころ、ごみ山のようになっているところもある。

 

・物乞いがかなりいる。有料道路の料金所の前後に障害のある人や女性がいて、手を差し出す。時々、恵んでいる人がいる。確かにこの世界では障害があると生活が大変だろう。女性は五体満足に見えるが、未亡人になって身寄りがないと暮らしていけないのだろう。

 

・レストランのトイレに行き、個室で用を足そうと思ったら、大量のハエがいた。一つの個室内に少なくとも50匹はいたのではないか! もしかしたら、100匹くらいいたのかもしれない。現実とは思えないハエの数だった。恐れをなして、用を足すのをあきらめた。ガイドさんが案内したレストランというのは、おそらく中級以上の店なのだろうから、そこでもこのような状態では、もっと大衆的な店のトイレがどのような状態が想像がつく。ただ、すべてのトイレがこれほど汚かったわけではない。同じくらいハエの多いところを一箇所見たが、清潔なところもいくつもあった。ホテルなどは清潔だった。

 

・途上国では、野良犬をたくさん見かけるが、パキスタンでは犬が少ない。野良犬をほとんど見かけない。ペットとしての犬も見かけない。ブータンやスリランカでは一日車で走っていたら、それこそ100匹近い野良犬を見かけるのではないかと思うほどだが、パキスタンでは4日間で10匹も見ていない。

 

・まとめとして、パキスタンととても貧しくて、立ち遅れた国だった。そして、やはり女性差別が前提となった社会だった。だが、平和で穏やかな、遺跡に恵まれた国だった。そして、とてつもなく暑い国だった!

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過酷な夏のパキスタン旅行

 2018年6月20日から25日まで(ただし、20日の夜にイスラマバードに到着し、24日の深夜にラホールの空港を出発した)、パキスタン旅行をした。

今となっては、なぜ6月にパキスタンに行こうと思ったのか忘れてしまった。今年の初め、仕事が空いた時期に海外に出かけたいと思い、いくつかの旅行を手配した。その一つがパキスタンだった。旅行会社の広告を見るうち、最低催行人数1名のハラッパなどの遺跡見物のツアーを見つけて申し込んだのだった。

 ただ、結論から言うと、この時期にパキスタンに行ったのは、私の思慮不足だった! 6月はもっとも暑い時期だった。毎日、気温40度近くあった。最終日は、41度を経験した。こんな暑い時期にパキスタンに行くと観光どころではない。無知というべきか、私はパキスタンがこんなに暑いところだとは知らず、しかも、6月がもっとも暑い時期だとは知らなかった。それに、少々暑くても、冷房の効いたホテルやレストランや車に逃げ込めば、なんとかなると思っていた。が、パキスタンではそれが通用しなかった。

 ともあれ、外には発信できなかったが、早く目が覚めた時など、その日の出来事をパソコンに書いていた。日記風に旅行の印象を記すことにする。

 

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 イスラマバードに到着。

 到着したのが22時過ぎで、そのままガイドさんに連れられてホテルに来ただけだから、まだ街の様子はまったくわからない。かなり暑いが、覚悟していたほどではない。30度くらいだろう。先月だったが、パキスタンはどんな天候なのだろうかとふと思ってネットで調べてみたら、1週間ほど毎日が最高気温46度、最低気温32度前後になっていて恐れをなしたが、今はそのようなことはなさそう。この1週間では最高気温が40度程度の予報が何度かなされている。

 バンコクのイスラマバード行きの便に並んでいた時から、乗り込む人たちはバンコクの人々とまったく雰囲気が違っていた。顔つきが西洋風だし、服装もイスラム風。とはいえ、スカーフをしていない女性もいる。みんなゆったりしている。通路を歩くときも急ぐ様子がない。ほかのどの国でも、飛行機が着陸し、シートベルト着用のサインが消えると、少なくとも通路側の客はほぼ全員が立ち上がるものだが、立ち上がるのは少数派。

 もうひとつ、飛行機の中で思ったのは、子どもが多いこと! 子ども連れの客が多い。必然的に、あちこちで泣き声が上がる。音に少し神経質な私としてはつらいが、こちらの人は気にしている様子もない。きっとこれが日常なのだろう。そして、きっとこちらのほうが当たり前の社会なのだと思う。

 新しいきれいな空港。パスポートコントロールに並んだが、これも恐ろしく時間がかかる。日本以外のいろいろの国でそれを感じるが、ここは特別。ビザが必要で、検査が厳しいということなのだろうが、それにしても。何人か、パスポートの不備があるらしくて、別のところに連れられていかれたが、そんなこんなで一人につき、短くて2,3分、長いと5分以上かかる計算だった。外に出られたのは23時くらいになっていたかもしれない。

 空港の出口はほかの都市と大差がない。ガイドさんと会って、日本車でホテルへ。高速道路を通る。車のマナーは悪くない。そんなに急がないせいだろう。途上国でこれほど交通マナーがいい国は珍しい。銃を持った警官が空港や道路のあちこちで目に入る。

 30分ほどでホテル。あまりよいホテルではないのだが、入口に銃を持った軍人がいて、荷物検査、身体検査を受けて中に入る。ホテルはそれなりの設備が整っているが、あまり清潔ではない。あちこちにごみがたまっている。これからの旅行が少し不安になってくる。

 そのまま就寝。

 

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 朝、5時ころに目が覚めた。ちょっと周囲を散歩することも考えたが、いちいち検査を受けて出入りするのも面倒くさい。

 ホテルで朝食をとった。バイキング式だが、日本や西洋のものと異なる。カレーが中心で、フレンチトーストやら、穀物を固めたものやらがある。カレーはおいしいが、67歳の人間には、朝からカレーはつらい! ハム、ソーセージ、サラダ、パン、ジャムなどはない。コーヒーはインスタントのみ。久しぶりにインスタントコーヒーを飲んだが、意外においしかった。

 9時にロビーで待ち合わせて、ガイドさん(50代男性)と運転手さん(50代後半の男性)に連れられて、イスラマバード観光に向かった。ツアー客は私一人。このところの私の代理店を使ってのツアー旅行はこのタイプだ。

 暑さに備えて、生まれた初めて日焼け止めクリームを塗り、サングラスをかけ、帽子をかぶって出かけた。

イスラマバードの人口は70~80万人程度だが、近郊を加えると数百万になるという。1960年代に、カラチに代わって首都に指定し、人工的に発達してきた都市だ。

 最初に訪れたのはシャー・ファイサル・モスク。現代的なデザインの真っ白な大きなモスクで、10万人が礼拝できるという。作られてまがないが、イスラマバードの人の信仰の中心になっている。

Jpg  私が訪れたのは9時過ぎであって、朝の礼拝が終わって静まった後だった。すでに33度か34度はあろうという暑さ。はだしになってモスク内に入ったが、ところどころ足の裏が焼けそうなところがある! 手すりの鉄は熱くて触れない! 礼拝所なのに、ごみがあちこちに落ちており、汚れが目立つ。モスクの外にはお菓子の袋や食べ終えて捨てたトウモロコシなどがあった。礼拝所に入ると、さすがに大きなごみはないし、暑さからは解放されたが、それでも床には細かいものが落ちているし、砂のようなものでざらついている。礼拝を終えた人や観光にやってきた人が、そのあたりに寝転んだり、話し込んだりしている。そこには、1000人以上が礼拝できる女性専用の部屋があるとのことで、女性もちらほら見かけた。男性はふつうに1万人以上が入ることを想定しているらしいので、基本的に礼拝所は男性のもののようだ。

 見物を終えてダマネコー展望台に行った。子どもの遊園地にもなっている。子ども連れもいたが、一番多いのは男性数人のグループで、女性数人のグループも時々いた。男女のカップルはまったく見かけない。そういう社会のようだ。ガイドさんに聞くと、「いえ、よく男女で出かけますよ」というのだが、一日あちこちを歩いて、気づいた限りでは一組も見かけなかった。

 35度前後だが、高台には風があって心地よかった。イスラマバードの町は、緑が多く道路も広く、住み心地がよさそう(暑さを除けば!)。

Photo

 その後、タキシラに向かった。途中、テレビや映画などで見たことのある派手な彩色のなされたトラックをたくさん見かけた。中国、インドの間を行きかっているらしい。重い荷物を載せているらしくて、のろのろと走るトラックも多い。そもそも、インド製のあまり性能のよくないトラックなのかもしれない。馬やロバが荷車を弾いているのもしばしば見かける。ここでは、動物が現役で働いている。草むらには牛や羊もいる。

 タキシラは郊外にある遺跡のある町だ。紀元前から紀元後にかけての仏教遺跡が見られる。初めにタキシラ博物館で全体像を見てから、世界遺産になっているジョーリヤーン遺跡とシルカップ遺跡を歩いた。

ジョーリヤーン遺跡は小高い山の上にあり、階段がついている。その時、スマホで見ると気温は37度。ものすごい日差し。石の照り返しもすさまじい。もちろんこれまで経験したことのない暑さというわけではないが、私は元来、怠惰で根性なしなので、こんな暑さの中で何かの活動をしたことはない。が、ここまで来て上まで行かないわけにはいかない。

 上に登るまでに二度ほど休憩した。熱中症寸前だという気がした。頭がふらふらしてきた。私だけでなく、私よりも若く、しかも職業上、このような運動に離れているはずのガイドさん(ちょっと腹は出ている!)も、私以上にハーハーヒーヒ―いいながら自分から「ちょっと休みましょうよ」と言い出した。時間は計らなかったが、かなりの時間をかけて遺跡まで登った。紀元2世紀にたてられたストゥーパの後と僧院の跡がある。あちこちに土の仏像が残されているが、首が取れているものも多い。石だけになり風雨にさらされているが、そこで暮らした信仰心あつい人の思いはわからないでもない。ここは撮影禁止のため、写真を撮れなかった。

 ただ、それにしても暑い。ガイドさんの説明も少々投げやり、聞くほうも投げやり。汗が吹き出してどうにもならない。客は私たち以外に誰もない。丘の下の川で子どもたちが水浴びをする声だけが聞こえている。

 その後、車でシルカップ遺跡に移動。紀元前2世紀の都市の遺跡で、広い土地に屋敷や家の土台などが残されている。入って左側に店の跡が並び、右側に一般住居の跡が残っているという。ところどころにストゥーパ跡があり、寺院跡がある。2~300メートルの距離だと思うのだが、ところどころ遺跡をのぞきながら、メインの通りを行って帰ってくるだけで疲労した。ここにも客は私たち以外にいなかった。係の人が数人とお土産物売りが一人いただけ。鳥が数匹、鳴き声を立てて、舞っていた。

Photo_2  その後、イスラマバードの隣の市に当たるラーワルピンディに行き、マーケットを見物し、私の欲しいもの(アルコール、民族音楽のCD)を探した。口に出しては言えないことかもしれないが、アルコールは何とか手に入れた。この国でアルコールを入手するのはなかなか難しいようだ。私は寝酒がないとどうしても眠れず、酒好きというよりは、眠るための必需品としてアルコールを求めたのだった。

 ラーワルピンディの繁華街にもいった。小さな商店が立ち並び、人でごった返している。秋葉原のような電化製品を売る店が並ぶところもあり、洋品店が並ぶところもある。露店のような店も多い。そこにたくさんの車やバイクが駐車され、その横を人が歩く。道路を横切ろうにも横断歩道がないので、行きかう車の隙間を縫って向こう側にわたる。

Photo_3  繁華街を歩いて気付いたことがある。女性用の洋品店がいくつもある。ところが、売り子は100パーセント男性、客も男性の方が多い。そもそも女性をあまり見かけない。食料品店が集まっている区画になって女性を多く見るようになった。

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 その後、ツアーのプログラムに含まれているパキスタンの一般家庭に招かれての食事をごちそうになった。一般家庭といっても大豪邸だった。とても上品な家庭に招かれ、上品な食事をごちそうになった(プライバシーにかかわるので詳しくは書かない)。とてもおいしかったし、感じよく対応してくれたが、果たしてこれが一般家庭といえるかどうか。

 ここでも、食事を作ってくれるのは奥様らしいが、私に対応してくれたのはその家の二人の息子さんだった。奥様やお嬢さんは顔を出さなかった。そういう社会なのだろう。

 その後、同じイスラマバード市内のホテルに戻って寝た。

 

2018年6月22日

8時にロビーでガイドさんと待ち合わせして、すぐに車でラホールに向かった。幹線道路を進む。

バイクがたくさん通っている。2人乗り、3人乗りは当たり前。4人乗っているバイクも多い。ときどき、5人が乗っていることもある。小さい子どもが抱かれていることも多い。ほかの東南アジアでもかつて見かけた光景だが、それにしても、これほどたくさんの3人乗り、4人乗りを見かけるのは初めてだ。運転しているのは男性。女性は一人もみなかった。男同士か家族(つまり、夫婦と子ども)が多い。

Photo_5 もう一つ気づいたことがある。幹線道路が日本の鉄道のように街を寸断しているようだ。幹線道路に基本的に交差点はない。したがって、信号もない。道路の中心には中央分離帯があるが、ところどころにUターンのために分離帯の途切れた個所があり、そこでUターンして戻る仕組みになっている。しかも中央分離帯が途切れるのはごくまれであって、ほとんどずっと分離帯があり、そこは1メートルほどのコンクリートの壁になっている。人々はその1メートル程度のコンクリートの塀を乗り越えて道路を渡っている(おそらく法律違反なのだろう)。ときには、おそらく後になって住民が無理やりハンマーを使ってコンクリートを壊して、通り抜けられるようにしたらしいところもある。かなり非人間的な道路だと思った。

ともあれ、そのような道路を通って、時速80キロから100キロくらい出しながら、ロータス・フォートに行った。16世紀にできた要塞だ。城壁が残されている。フランスのカルカッソンヌを思い出すような城壁。観光客はほとんどいない。そのせいか、入り口でパスポート検査を受けただけならともかく、その後、銃を持った兵士が私とガイドにずっとついてきた。ガイドさんに私が質問すると答えられずに、ガイドさんがその兵士に尋ねたら答えてくれた。そのあと、その兵士がガイド役をしてくれた。1時間ほど、城壁内を歩いた。

Photo_6 その後、車でラホール方向に向かった。

ラホールはカラチに次ぐパキスタン第二の都市で、人口は1000万程度とのこと。

ラホールに入った途端に車が増え、バイクもますます増える。ほとんど道をぎっしりと車やバイクが埋めることになる。乱暴な運転も増える。無理な割込み、ぎりぎりの場所でのすり抜けなど、数限りなく見かける。

リキシャ(バイクにリヤカーのようなものをつけたタクシー)やクンキー(リキシャのようなもの。ただ、中国製のバイクを使ったものを特にこう呼ぶらしい)が行きかっている。どれも一様に薄汚く、ぼろぼろのほろがついている。一人か二人で乗っている客は少ない。子どもを抱いて、6人か7人、場合によってはそれ以上の人がぎっしり乗っている。バイクの後ろに小さな子供を抱いて乗っている女性も多い。ちょっと急ブレーキがかかったら、子どもを落とすのではないかと心配になってくる。

道の両側には、店が並んでいるが、おしゃれな店はほとんどない。よくて、薄汚いレンガ造りの1階建てが2階建ての小さな家に店を開いて、そこに食料品やバイク用品などが並んでいる。ひどいところになると、店の前に水たまりがあったり、ごみためのようなものがあったりして、日本人にはボロ家としか見えないような建物が立っているような店だ。

Photo_7 ホテルに入る前に、インドとの国境であるワガでパキスタンとインドの両方の国旗降納式を見に行った。国旗を降ろすセレモニーだというので、ロンドンのバッキンガム宮殿のような儀式だろうと思っていったら大違い。

到着したのは16時少し前。開始が17時と聞いていたので、ゆっくりと会場に向かった。気温は39度。曇り空。曇っていてこの気温なのだから、快晴だったらどんな恐ろしいことになるんだろう!

大勢の人がやってきていた。厳重な荷物検査(3か所で機械を通され、パスポートもチェックされた)を受けて、10分ほど歩いて国境に行くと、まるでスタジアムのようになっていた。1万人かそれ以上収容できるようなスタンドがあり、そこに人が埋まっている。

すでに数千人の客がサッカー場のような椅子に座っていた。ここでも女性だけで来た客のために女性専用のコーナーがある。続々と客がやってくる。その間、大音響でノリのよい音楽がかかっていた。

私がガイドさんとともに席についてすぐ、中心部分でアイドルっぽい男の子があらわれて踊り始めた。姿かたちはよいが、踊りは見ていられないレベル。すぐに片足の不自由な男性が踊りはじめた。こちらの男性は驚くべき身体能力を見せて、くるくる回ったり飛びはねたりしている。観客は大拍手。

その間、多くの観客が儀式用の制服を着た兵士と並んで写真を撮ってもらっているひともいる。記念撮影をする人々も多い。客の多くが子供連れで、まさに子供連れでサッカー観戦に訪れている雰囲気。物売りもやってくる。お菓子や水類が売られている。

大音響の曲によっては一万人を超す観客が強く反応する。大声を出す人がいる。一度はみんなが立ち上がって歌い出した。パキスタン国歌だとのこと。アイドルっぽい少年や初老の男性が観客席に向かってあおって、拍手を促すなどの指示をする。まるでサッカー応援の雰囲気。音楽が途切れている時には、「パキスタン万歳」などの叫び声が上がる。

17時開始と聞かされていたのに、セレモニーが始まったのは18時だった。つまり、2時間、39度の気温の中で音の割れた音楽と下手な踊り(2時間近く、この暑さの中で踊るのは恐るべきことだと思うが)と観客の叫びの中で過ごした。私としては少々閉口した。ただ、面白いのは、国境に向こう側のインド領でもそっくり同じようになされているらしいことだ。やはり大勢の人が集まり、音楽をかけ、中心部分で人が踊り、それをリードしている人物がいる。

セレモニーは次々と儀式用の軍服を着た兵士が行進するだけ。背の高い兵士たちが頭の上に扇子のような飾りをつけているので一層長身に見える。その兵士たちが足を自分の身長ほどの高さに挙げて歩く。背が高くて足が高く上がる兵士がここではスターだ。兵士が現れるごとに大喝采が起こる。私には何が面白いのかさっぱりわからないのだが。国境の向こうでかろうじて見えるインドの側でも、服装は違うものの、そっくり同じようにしている。同じような扮装、同じような歩き方。

次々と兵士が現れ、国境の門が開き、それぞれの旗がおろされた。その間、太鼓が鳴り、門の上で兵士がマイクで大声で何かをしゃべる、シュプレヒコールのようなものだ。そして、大声でワーという声を長く続けた。何事かと思っていたら、パキスタンとインドでどれほど声が長く続くかを競い合っているらしい。それを何度も繰り返す。パキスタンの兵士のほうが声が長く続くようで、1回を除いてそれ以外はすべて(5、6回だったと思う)パキスタン側の価値だった。インドの兵士の声が途切れたとたんに観客席から大喝采が起こる。

Photo_8 要するに、パキスタンとインドがそれぞれ全く同じことをして競い合っているわけだ。セレモニーが一つの大イベントになり、スペクタクルになっている。

パキスタンとインドはカシミール地方の領有権などの問題で長く扮装を続けてきた。今も決して関係がよいわけではない。そんな中、このような同じルールに基づいて競い合っているのは、それはそれで平和なことで、好ましいことだと思う。それにしても、このようなイベントが毎日行われ、毎日大勢の客を集めていることに驚いてしまう。

セレモニーが終わって、ラホールのホテルに入った。またしても、銃を持った軍人が警備をする。車のボンネットとトランクも開けて調べられる。もちろん荷物検査と身体検査を受けて中に入る。部屋はとても快適。

 

 

2018年6月23日

 朝8時に出発して、ハラッパに向かった。ハラッパ、モヘンジョ・ダロという言葉は、昔々、高校生の頃、世界史で習ったが、どんな所かイメージできなかった。今回、モヘンジョ・ダロは遠いので行けないが、ハラッパには行ける。というか、ハラッパに行ってみたくて、パキスタン旅行を決めたのだった。

 車で3時間。私の乗る車の運転手さんは決して乱暴な運転ではないし、この国の車がひどい運転をするわけではないのだが、日本人からすると、やはりあまりに無謀な運転。時速100キロくらいで走っている時も、前の車の1、2メートルのところまで近づいて、その車が別車線に移動するように仕向ける。先頭の車がなかなかどかないと、そのようにして何台もの車が縦列駐車のようにして時速80キロから100キロくらいで走っていたりする。そうやって、自動車専用道路やら一般道(ほとんど信号はないので、一般道でも100キロくらい出せる)やらを進んだ。

 途中、ハプニングがあった。ヤギが道路に出てきたために前の車が急停車した。私の乗る車もすぐに急ブレーキをかけ、左のハンドルを切った。ところが、目の前にヤギが現れ、ぶつかった。ただ、軽くぶつかっただけだったようで、車の損害はなく、ヤギも逃げ去っただけだったようだ。道路わきにはラクダや牛や羊やヤギがいて、時々道路上に出てくる。

 そうした運転上のスリルを別にすれば、木々が連なり、麦やトウモロコシの畑が続く平和な風景だ。朝方雨が降ったおかげで、午前中はそれほど熱くなかったが、天気は回復して、ハラッパに着いた時には37度になっていた(ちなみに、帰りに運転手さんの休憩のために寄った場所は、ネットで見ると39度とのことだった!)。

 ハラッパの博物館を見て、遺跡に向かった。紀元前3000年以前から成り立っていた都市遺跡で、1920年代から発掘されているとのこと。数か所にわたって、富裕層の住居跡、労働者の住居跡、倉庫跡などがあり、それらが当時のレンガ(復元のために新しいものも加えられているらしい)が見られる。ただ、赤茶けた土の上にレンガが並んでいるだけなので、専門家ではない人間には、これまで見たことのあるギリシャのミケーナイ遺跡などとどこが違うのかさっぱりわからない。まあ、ともあれ「見た!」ということで良しとしよう。

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Photo_10  なにしろ気温37度。立っているだけでもつらいのに、1時間近くかけて回ったので、汗だくで、大げさに言うと「ふらふら」の状態。車に乗って冷房をガンガンにかけてもらって、しばらくしてやっと回復した。

 その後、途中で現代的な建物のレストランで食事。パキスタン料理はなかなかおいしい。が、気温37度の炎天下、1時間ほど歩いて、へとへとになり、頭がくらくらし、胃もむかむかしていた直後に食欲が出ようはずがない。しかも、実は私は21日の夜から胃をこわしていた。夜中に嘔吐した。それ以来、刺激の強い食事は避けようとしてきた。が、パキスタンに胃にやさしい料理はないようだ。

ガイドさんにお願いして、刺激の少ないものにしてもらうが、食べてみると、辛くて油濃くて胃に負担が大きそう。22日の昼には、メニュに「チャイニーズ」の料理もあると記されていたので、中華麺なら胃にもたれないだろうと思って「ヌードル」を頼んだたら、運ばれてきたのは焼きそばで、しかもパキスタン味だった! 今回も半ばあきらめ気味に、「魚」と頼んだら、出てきたのは、これまたカレー味の魚フライだった。食べてみたら大変おいしかったし、食べるうちに食欲がいくらか回復しているのを感じたが、それにしても、こんなに暑い時には日本人なら、そうめんかざるそばにしたいと思うところなのだが、なぜこちらの人はこんなものばかり食べるのか。パキスタンにだって胃の弱い人がいるだろうに!と思ったのだった。

 ともあれ、夕方、無事にラホールのホテルに到着。一休みして、今度はガイドさんに連れられて、ラクシュミ・チョークという繁華街に夕食に行った。多くの人でごった返し、料理店が立ち並ぶ界隈。たくさんの人が車やバイクでやってきて、狭いところに無理やり駐車して大混乱しているが、こちらの人にとっては当たり前の光景のようだ。「胃は回復した」とガイドさんに言ったせいではあるのだが、これまた刺激の強いマトンとチキン。とてもおいしかったのだが、私はガイドさんと運転手さんの三分の一も食べられなかった。ラホールの同じホテルに宿泊。

 

 

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 朝から暑い。それまでの2日間は、朝方は曇り空だったり、雨だったりで、朝の9時には30度を少し超えたくらいだったが、今日は快晴で、9時にホテルを出る時にはすでに36度。そのままラホール市内のラホール・フォートに向かった。まずはフォートの横にあるバードシャーヒー・モスクに行った。ムガール時代のモスクで、赤い石でできているが、形はインドにあるタージマハールにちょっとだけ似ている。日曜日なので各地からの観光客が来ていた。裸足で歩く。太陽に照り付けられた石が焼けているために人の通る道に絨毯が敷かれていたが、そのうえでもかなり足が暑い。絨毯の途切れるところは仕方なしに石を上を歩いたが、やけどしそう。

Photo_11  その後、すぐ近くにあるラホール・フォートをみた。ムガール帝国の歴代の皇帝が築いてきた城跡で、石の下の部分は紀元前のものもあるという。噴水の庭園や鏡の間、皇帝の謁見室などを見て歩いた。が、このとき、すでに38度、39度。歩いていられない。汗が吹き出し、頭がくらくらする。とても良い光景なのだが、味わう余裕がない。

 ガイドさんが入場料を払おうとしている時、料金表を見てびっくり。一般の市民は20ルピー、子どもや高齢者は無料。外国人は500ルピー! なんという差だ! 「不当だ!」と言いたくなるが、市民に安く提供しているのはよいことだと思うことにしよう。

 その後、ラホール博物館を見物。パキスタンでいくつかの博物館を見たが、ここが最も充実している。ただ、どこもエアコンがない。外よりは暑くないのだと思うが、間違いなく室内の温度は35度以上ある! 有名な「断食するシッダールタ」の像があった。これはさすがに素晴らしい。まさしく別格。1階にヒンドゥー教、シーク教、イスラム教の様々な時代の美術品や器具があった。2階にはパキスタン国誕生後の歴史的な写真などが展示されていた。

 そのあと食事の時間になった。が、暑い中を後では、またしても食欲はなく、小さなバナナ3本でいいとガイドさんに行って、果物屋に連れて行ってもらって、チェックアウトを延長してもらっていたホテルに戻って一休みした。

 午後、また観光開始。

シャリマール庭園に行った。ムガール帝国最盛期の皇帝が保養地として作った庭園だという。ヴェルサイユ宮殿を思わせるような幾何学的な庭園で、とても美しい。ただ、気温はますます上がって、41度。しかも、日が照っているので、太陽に照らされているところは50度を超えているに違いない。歩いていられない。庭園を歩くようにガイドさんに促されたが、体力に自信がないので拒否。

 日曜日なので多くの客がいる。少し遠くから遊びに来ているのだという。ほとんどが子ども連れ。10人程度の集団が多い。親族や友達が家族でやってくるのだという。木陰にシートを敷いて、語り合ったり、笑いあったり、何かを食べたり。クリケットのバットとボールで遊んでいる子ども、駆け回っている子どももいる。よくもまあ、この暑い中に遊びに来ようとする家族がいて、この炎天下で駆け回る子どもがいるものだと、日本人としては感心するやあきれるやら。

 その後、アナルカリ・バザールにいった。多くの人でごったがえしている。アメ横の雰囲気。衣服、靴、革製品などの店が立ち並び、狭い道をバイクが行きかい、人が歩いている。ただ、私は食料品店の並ぶところは通らなかった。たまたまその区画を歩かなかっただけかもしれない。あるいはこのバザールでは食料品は扱っていないのか。夕方近くになっていたが、まだ39度くらいあるので、「もっと見たい」とガイドさんに注文する気になれない。むしろ、「早く冷房の効いた車に戻ろうよ」と言いたい気持ちをぐっと抑えている。

 その後、ガイドさんにお願いして、冷房の効いた車の中で、サンドイッチやチキン(タンドリーチキン風のものだったが、もっときついカレー味だった)、春巻き風のもの(中華風を期待したのだったが、これも中はかなりスパイシーだった)を食べて、空港に向かった。

 空港に行くのは早すぎるので、もっとどこかに行こうかとガイドさんは言ってくれたが、さすがに空港は冷房が効いていると思うので、そこで出発までぼんやりと過ごすほうがいいと思ったのだった。すくなくとも、そのほうが健康を害せずに済む。

 こうして、空港に行き、これまで経験のないほどの厳しいチェックを受けて空港に入り、飛行機に乗り、バンコクを経由し、成田へと帰ったのだった。

 

 明日、今回の旅行で気づいたことを箇条書きふうに記すことにする。

 

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河瀨直美監督「Vision」 人間と自然の合一としての踊り

河瀨直美監督「Vision」を見た。素晴らしかった。

 Visionという薬草を求めて、フランスの女性エッセイスト、ジャンヌ(ジュリエット・ビノシュ)が吉野の山にやってきて、そこで暮らす中年男、智(永瀬正敏)と出会い、愛を交わすようになる。そして、謎の女性アキ(夏木マリ)と知り合い、後に謎の若者、鈴(岩田剛典)を知る。

 ヴィジョンという薬草の存在を介することによって、この映画の舞台である奈良県の山林が一つの自然と生の原初的な結びつきの場となる。そこでは、過去と現在、現実と幻が交錯する。生のエネルギーが形となり、感触を持つ世界になる。

ジャンヌはこの山林で暮らすことで、森山未來演じつかつての恋人である日本人青年(田中泯演じる猟師に動物と間違われて撃たれて死んだという設定のようだ)を思い出し、鈴こそが、ジャンヌと日本人青年の間に生まれ、この山林の老夫婦に育てられた子どもだと知る。

1000年に一度(正確には、素数である997年に一度)現れるヴィジョンという薬草は、この世界に現れる生のエネルギーそのものなのだろう。だから、時空が歪んで過去と現在が交錯するのも当然なのだ。理性でコントロールできないことが起こるのも当然なのだ。ジャンヌはそのような世界の中で生きることになる。

そのようなエネルギーそのものが、夏木マリと森山未來の踊りによって表現される。踊りとは、人間と自然との合一にほかならない。この二人の肉体の中で人間と自然が一つになる。すべてのエネルギーが発散する。

それにしても素晴らしい映像。美しい森が映し出される。しばしば、そこに子どもたちの騒ぐ声が重ねられる。森は生きている。森は生命の声を上げている。犬が吠える。主人公は犬を連れている。犬もまた人間と自然を結び付ける存在だろう。河瀨の描く山林はまさしく生きとし生ける者たちがうごめき、渦巻く世界だ。この上なく美しく、しかし、この上なくおどろおどろしく、得体のしれないエネルギーにあふれている。

 実はわからないところがたくさんあった。ここに書いたのも、もちろん私の勝手な解釈に過ぎない。この映画そのものが、私がここに書いたような理性的な解釈をも吹き飛ばすような力をもっている。

「あん」や「光」のようなわかりやすい映画もよかったが、私はやはり説明を排し、抽象化されながらもきわめて具体的な手触りのある映像にしてくれる河瀨作品が大好きだ。今回はただただ映像と舞踏に酔った。踊りの場面では涙が出そうになった。いや、実際に涙が出た。わけもわからず、ただただ生そのものを私の心の奥底に感じて、魂がゆすぶれた。

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オペラ映像「ノルマ」「アデルソンとサルヴィーニ」「椿姫」「ドン・カルロ」

 少し時間ができたので、DVDやBDのオペラ映像を数本みた。簡単に感想を書く。

 

564 ベッリーニ 「ノルマ」2016年 ロンドン、コヴェント・ガーデン

ノルマのソーニャ・ヨンチェヴァとアダルジーザのソニア・ガナッシはもちろんとても素晴らしい。が、そのほかの歌手たちはまずまず。ポリオーネのジョセフ・カレヤはあまりに不安定。音程がよくない。彼が歌うたびにげんなりして聴いていられなくなった(カーテンコールで大喝采を受けているのが信じられない)。

 指揮はアントニオ・パッパーノ。メリハリがあって生き生きとしていて、とてもいい。アレックス・オレの演出は、20世紀に舞台を移し、ノルマは十字架のペンダントをかけ。十字架の前で祈り、百を超えるような舞台いっぱいのイエス磔刑像を前にして銃殺される。ノルマが殉教者になっている。ノルマは異教の女のはずなのに、なぜキリスト教徒に変えてしまったのか、私には納得できない。

 

094 ベッリーニ 「アデルソンとサルヴィーニ」 2016年 イェージ、ペルゴレージ劇場

 ベッリーニの珍しいオペラなので、一度見たいと思ってDVDを購入したが、正直言って、あまりレベルの高い上演ではない。歌手陣はおそらく全員が若手だと思う。出てくる歌手出てくる歌手、音程が怪しく、歌唱そのものもぎこちない。そのなかでは、アデルソンを歌うロディオン・ポゴソフがしっかりしているといえそう。ホセ・ミゲル・ペレス・シエッラの指揮するオーケストラも情けない音を時々出している。私は途中で聴くのがつらくなってきた。ロベルト・レッキアの演出も背景に写真を写しただけに見える。

 アリアとセリフでつないだオペラ。だが、このような演奏では、良い曲なのかどうか判断できない。

 

884 ヴェルディ 「椿姫」 2011年 エクサンプロヴァンス音楽祭

 全盛期を過ぎているのかもしれないが、ヴィオレッタを歌うナタリー・デセイはやはり素晴らしい。少しだけ声のカスレが気になるものの、高音の美しさに酔いしれる。ジャン=フランソワ・シヴァディエによる演出で舞台を現代に移されているが、デセイはうぶな若者に心を奪われるちょっと年増の娼婦をリアルに演じている。名歌手は役者としても超一流であることを痛感する。アルフレードのチャールズ・カストロノーヴォはなかなかの「イケメン」なのだが、少し癖のある歌い方。デセイと歌うと聴き劣りするのはやむを得ないが、しっかりと歌っている。ジェルモンのルドヴィク・テジエはとても風格がある。アクセントの強いルイ・ラングレの指揮に、このドラマを過去の美しくも悲しい物語としてではなく、現代の女のリアルな悲劇として描く。私としては好きな演奏ではないが、最終幕ではこのような音楽も説得力を持つ。ヴィオレッタに悲惨な最期に暗澹たる気持ちになった。

 

535 ヴェルディ 「ドン・カルロ」(イタリア語5幕版)2013年 ザルツブルク祝祭大劇場

 今回見たほかのDVDとはまったくもってレベルが異なる。大スターたちの競演による最高レベルの「ドン・カルロ」。ウィーンフィルの音の凄さを改めて感じる。厚みがあり、しかも透明で、ダイナミックで繊細。素晴らしい上演だ。

 ドン・カルロのヨナス・カウフマンは張りのある深い声。エリザベッタのアニヤ・ハルテロスは最高の美声。この主役二人だけでも圧倒的なのに、エボリ公女のエカテリーナ・セメンチュクも強い声で見事。ロドリーゴを歌うトーマス・ハンプソンは、音楽的にはむらがあって全盛期を過ぎているのを感じるが、役を歌うと、この人以上のロドリーゴは存在しないのではないかと思えてしまうほどの説得力。同性愛的な要素も見せ、またもっと様々な豊穣も見せて演技に余裕がある。大審問官のエリック・ハルフヴァーソンも、この狂信的で凄みのある役をふてぶてしく演じている。

フィリッポ2世のマッティ・サルミネン、修道僧とカルロス5世を歌うロバート・ロイド。ともにかつての大スターだが、いまだ健在。この時点で二人とも70歳前後のはず。かつての声の輝きはないが、風格と存在感は圧倒的。

 アントニオ・パッパーノの指揮は、ドラマティックで切れがいい。ただ、私の趣味としては、第三幕以降はもっと凄みをきかせて戦慄するような音楽にしてほしいのだが、パッパーノは最後まで重くしないことを選択したようだ。演出はペーター・シュタイン。わかりやすくて美しい。特に個性的な解釈はなされていないようだ。

 いずれにせよ、これほどの大歌手たちがパッパーノ指揮のウィーンフィルで歌えば、そりゃこれほどすごくなるのは当たり前だよな・・・と思った。

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プレトニョフ+ロシア・ナショナル管弦楽団「イオランタ」 充実の歌手陣による見事な演奏

 2018612日、サントリーホールでミハイル・プレトニョフの指揮によるロシア・ナショナル管弦楽団のコンサートを聴いた。2018ロシア年&ロシア文化フェスティバルオープニングとのことで、最初にロシア、日本ぞれぞれの組織委員長(日本側は高村正彦自民党副総裁)の挨拶があった。

その後、演奏が始まり、まずは木嶋真優のヴァイオリンが加わって、チャイコフスキーの「セレナード・メランコリック」。オーケストラとしては、まずは小手調べといったところ。ヴァイオリンはとてもきれいな音だったが、まったくメランコリックという雰囲気ではなかった。どう捉えればよいのかわからないまま終わってしまった。

休憩後、「イオランタ」全曲の演奏会形式。これは素晴らしかった。

まず歌手陣が充実している。とびっきり素晴らしかったのが、イオランタを歌ったアナスタシア・モスクヴィナ。音程のよい美声がビンビンと響き渡る。歌い回しも見事。とても良い歌手だと思う。そのほか、ヴォテモン伯爵のイリヤ・セリヴァノフも端正な美声が見事だった。また、ムーア人医師役のヴィタリ・ユシュマノフも、金髪のいかにもロシア人風の男性だったが、太い声でこの役を歌ってとても良かった。

日本人の歌手陣もまったく引けを取らなかった。私はとりわけロベルト侯爵役の大西宇宙に驚いた。主役格としてまったく堂々たるもの。音程のよい美声だった。音量的には少しだけロシア人歌手よりは劣ったかもしれないが、素晴らしい。そのほか、ルネ王の平野和、アルメリックの高橋淳、マルタの山下牧子もそれぞれの訳を見事に聴かせてくれた。ベルトランのジョン・ハオ、ブリギッタの鷲尾麻衣、ラウラの田村由貴絵、そして新国立劇場合唱団もよかった。

ロシア・ナショナル管弦楽団はプレトニョフの創設したオーケストラとのこと。とてもいいオーケストラだ。ロシアのオーケストラらしく実にパワフル。金管の馬力はもちろん、弦楽器の音の強さはすさまじいし、木管(とりわけクラリネットがとても美しかった)もとてもしっかりした音を出す。イオランタの目が治ってからの光の賛歌。神への祈りの部分の響きは圧倒的だった。プレトニョフの指揮も実に手際がいい。

ただ、私の好きなタイプの「イオランタ」だったかというと、ちょっと違った。これは私の単なる個人的な思い入れだと思うのだが、「エフゲニー・オネーギン」や「イオランタ」はこじんまりと陰鬱に演奏してほしい。朗々と派手に大声で歌うのではなく、内省的に室内楽的に演奏してほしい。やるせない思いが静かに盛り上がっていくような演奏が、私の好みだ。「イオランタ」はとりわけ、盲目の王女を題材にした一幕ものの短いおとぎ話なのだから、大人のオペラにしないでほしい。ところが、実に堂々たるオペラになっていた。もちろん、それはそれでよいのだが・・・。

私は「イオランタ」を見るごとに思う。このオペラでは、ムーア人の医師(おそらくイスラム教徒)が、精神と肉体の二元論の解消を唱え、精神と肉体は結びついていること、そして、個人の意思によって肉体をコントロールできることを教えるという筋立てになっている。これは歴史的にどのような思想の変化を意味しているのだろうか。このような思想は本当にイスラム教に基づいているのだろうか。そのうち、時間ができたら考えてみたいテーマの一つだ。

ともあれ、大変満足できるコンサートだった。

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ANCORA第5回公演ナイトメア・オブ MACBETH 生と死、虚と実の入り混じる不思議な世界

2018611日、角筈区民ホールでANCORA5回公演ナイトメア・オブ MACBETH をみた。鬼才演出家・三浦安浩の脚色・台本による「マクベス」だ。音楽監督・ピアノは村上尊志。大変レベルの高い上演だった。とても楽しんだ。

ヴェルディの「マクベス」がピアノ伴奏版で上演されるだけでなく、それに現代のドラマが加わっている。嵐の夜、ある山小屋に立ち寄った数人が不思議な小冊子を見つける。そこには「マクベス」のセリフが書かれている。それをみんなで読んでいくうち、現実と非現実が入り混じり、映画「バイオハザード」のような生と死が入り混じった世界が展開する。それが「マクベス」と交差していく・・・という趣向になっている。

主役のふたりの歌手は素晴らしかった。マクベスの清水良一は見事な声。ただお顔が温和な感じがするので、マクベスを演じるのにかなり苦労されている様子がうかがえた。しかし、声量といい声の美しさといいまさしく見事。マクベス夫人の斉藤紀子もまた強い声で見事に歌った。マクベス夫人になり切るためのメヂカラもすごい。高音もとても良かった。

そのほか、バンクォーの山田大智、マクダフの青柳素晴、マルコムの野村京右もとても魅力的な要素を持つ。そして、特筆するべきは、魔女たちのアンサンブルだろう。全員が素晴らしかった。そのほか、端役の一人一人まで、主役格の人たちと変わらない見事な歌唱だった、実にレベルの高い上演。この団体の実力と努力がよくわかる。

舞台上での全員の合唱の場面など、息がぴたりと合っていた。音も、私のわかる限りでは、大きな音程の揺れもなく見事だった。私は確かめなかったのだが、歌手たちのきっかけを示す指揮がどこかでなされていたのだろうか。指揮棒がどこにも見えないのに、歌手全員がぴたりと合うのに驚いた。

ただ、小さな劇場で聴くと、やはり歌手たちのちょっとした音程の不安定さ、そして、イタリア語の発音の不自然さ(いかにもカタカナ・イタリア語だとわかる気がする)を感じてしまう。そのあたりが日本の若手歌手たちの大きな課題かもしれない。

しかし、それにしても三浦マジック。一つの政権が純粋な意味で成り立っても、すぐにそれは権力闘争になり、人の心に闇と愛が棲みついていること、それが権力者だけでなく現代の一般人にもいえることを示して見せる。

・・・とはいえ、実は私はもともとイタリアオペラには弱く、ヴェルディの「マクベス」についても一度、ザルツブルク音楽祭(ムーティ指揮、ネトレプコ出演)で見たことがあり、DVD1枚持っている程度。内容を知悉しているわけではない。しかも、人間の顔の識別能力に難があるためもあって、イタリア語によるオペラの部分も日本語による現代劇の部分も、だれがどの役を行っているのか十分に理解しないまま見ていた。最後にはともあれ、「ああ、楽しかった。不思議な世界に入り込んだ!」という思いを作り出すところはさすがだが、細かいしぐさなど不明なところがたくさんあった。

もう一度見てみたいところなのだが、残念ながら、今日、明日ととても忙しい。

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ムローヴァのメンデルスゾーン 感動はもたらされなかった

2018610日、武蔵野市民文化会館大ホールでえヴィクトリア・ムローヴァのヴァイオリン、デイヴィッド・グレイルザマーの指揮、ジュネーヴ・カメラータの演奏を聴いた。

私の好きなヴァイオリニストの1人であるムローヴァのメンデルスゾーンを聴けると思って期待して出かけたが、一言で言ってかなり期待外れだった。

 曲目は、最初にチャールズ・アイヴスの「答えのない質問」、次に、メンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲ホ短調、後半にケレン作曲「ガーシュインの主題による変奏曲」、そして、ベートーヴェンの交響曲第8番。

 ウェルザー=メスト指揮、クリーヴランド管弦楽団のベートーヴェン・チクルスを聴いた直後だったせいもあるかもしれないが、まず、オーケストラの音に大いに不満を抱いた。比べるほうが悪いとは思うのだが、それにしても、縦の線が合わないし、音程もあまりよくない。汚い音が混じることがある。とても上手な奏者が何人もいるのだが、アンサンブルとなると、うまく合わない。古楽的な奏法を取り入れているのだと思うが、それがマイナスになっている気がする。メンバーは全員がかなり若そう。まだまだこれからのオーケストラなのだろう。

 指揮についてはオーケストラ以上に問題を感じた。一本調子で、拍子に強いアクセントをつける。そのため、メロディが流れないし、ガサガサした感じになってしまう。あまりに落ち着きがないし、だからといって推進力があるわけでもない。現代曲もメンデルスゾーンもベートーヴェンも同じような雰囲気だった。かなり若そうな指揮者だ。ほとんど実績がないのではなかろうか。

 肝心のムローヴァだが、もちろん、オーケストラに比べると圧倒的に素晴らしい。が、なぜかこれまで何度か聴いた時のような透徹した音楽性を感じなかった。無用なものをそぎ取って、そこに残る清潔さのようなものが現れなかった。つまり、ふつうのヴァイオリニストのような音だった。もちろん、悪い演奏ではないのだが、私はもっと研ぎ澄まされた迫力のあるメンデルスゾーンが聴けるものと思っていたのだった。とはいえ、この指揮とオーケストラだったら、ヴァイオリンだけ名演奏するのも難しいだろう。

 ヴァイオリンのアンコールとしてミーシャ・ムローヴ・アバドの「ブラジル」が演奏された。未知の作曲家の未知の曲。なんだかよくわからなかった。

  そんなこんなで、期待していた感動を得ることができずに、雨の中を帰った。

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ウェルザー=メスト+クリーヴランド管の第九 凄まじい名演奏!

201867日、サントリーホールで、フランツ・ウェルザー=メスト指揮、クリーヴランド管弦楽団によるベートーヴェン全交響曲演奏の最終日を聴いた。最高の演奏だった。私はまだ興奮している。少なくとも、今年のこれまでのコンサートでは圧倒的にベストワン。私の人生の中でも最高の演奏の一つだと思う。

最初に弦楽オーケストラのための大フーガが演奏された。このオーケストラの弦楽器の素晴らしさを十分に示す演奏だったが、ただ私としては、「大フーガ」は弦楽四重奏版のほうがよいと思った。

休憩後の交響曲第9番については、私はただただ圧倒されるばかりだった。第1楽章冒頭からして、凄まじい集中力。やや速めのテンポで、矢継ぎ早に音が重なっていく印象だが、推進力があって、緊迫感にあふれ、劇的な感情が深まる。小手先の激しさではなく、心の奥底にある思想が音として宇宙に広がっていくのを感じる。第2楽章もすさまじい躍動。だが、しっかりと理性的にコントロールされている。そして、第3楽章。それにしてもオーケストラの音が圧倒的に素晴らしい。木管楽器の美しさのほれぼれする。何と美しい演奏だろう。第1楽章から第3楽章まで、まさしく完璧。私はしばしば感動に身を震わせた。何度か感動の涙が出てきた。

4楽章。歌手はラウラ・アイキン(ソプラノ)、ジェニファー・ジョンストン(メゾソプラノ)、ノルベルト・エルンスト(テノール)、ダション・バートン(バス・バリトン)、合唱は新国立劇場合唱団。ソリストたち全員素晴らしいが、四人のアンサンブルが甘いにように思えた。が、三澤洋史が指揮による新国立合唱団がみごとなので、ソリストのちょっとした瑕疵はまったく気にならなくなった。最後は最高度に高揚。ただ、高揚はするが、ディオニュソス的なおどろおどろしい高揚ではなく、きわめて理性的でアポロ的な高揚。これぞウェルザー=メストとクリーヴランド管の持ち味だろう。これほど完成度の高い第九はこれまで聴いたことがないような気がした。

終了後、多くの人が立ち上がっての「スタンディング・オーベーション」。私も立ち上がった。興奮した。

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ウェルザー=メスト+クリーヴランドのベートーヴェン2番・6番 えもいわれぬ音楽の快楽

 20186月6日。サントリーホールで、ウェルザー=メスト指揮、クリーヴランド管弦楽団のベートーヴェン交響曲全曲演奏の4日目を聴いた。曲目は前半に交響曲第2番、後半に第6番「田園」とレオノーレ序曲第3番。これまでの3日間に劣らない名演。

 オーケストラが素晴らしい。木管も金管も、もちろん弦も、えもいわれぬ美しさ。本日演奏されたのはいずれも偶数番号の交響曲であって、爆発的な音楽にはならない。ウェルザー=メストらしい知的で均整がとれている。しかし、音が美しく、緻密に構成されているので、まったくだれることもなく凡庸になることもない。音楽が生きている。自然に音楽にメリハリができ、音楽的ドラマが展開する。

 第2番も実に名曲。爆発的ではないが、まったくスキがなく、エネルギーがあり、絶妙の音の重なりがある。それをウェルザー=メストとクリーヴランド管はみごとに演奏。

「田園」はそれ以上に素晴らしかった。私はこれまで「田園」を聴いて感動したことはほとんどない。もっとはっきり言えば、「田園」はベートーヴェンの交響曲の中で最も苦手な曲だ。ずっと前(おそらく1980年代)、大好きだったドホナーニがクリーヴランド管を率いてベートーヴェン・チクルスを行った時、「田園」を聴いて、「ドホナーニが指揮をしても、この曲はつまらん」と思ったのを覚えている。唯一、チェリビダッケ+ミュンヘン・フィルのまるで「創世記」を音楽にしたかのような「田園」(これも多分1980年代)に感動したが、あれは「田園」に感動したというよりは、チェリビダッケの音楽に感動したのだった。

 そして、今回。私はおそらく初めて「田園」に感動した。こんないい曲だったのか!と思った。すべての音が美しい。人生の喜び、自然の美しさが音楽の快楽とともに開放されていく。終楽章には、心があけっぴろげになって、自然の美しさを味わう。最高に美しい音が奏でられ、それが美しく重なり連なっていく。特に何かを工夫しているようには思えないのだが、極上の音楽が形作られていく。まさに名人の業だと思う。

「レオノーレ」3番も素晴らしかった。奇数番号的な盛り上がりがあり、最後、勝利のファンファーレがある。内側から盛り上がっていく躍動感がある。

 ただ今回も昨日と同じように三分の二くらいしか席が埋まっていない。空席が目立つ。なんともったいないことだ! が、逆に言えば、私はほかの多くの人の持てない、このような最上の時間を運よく持てたのだ。この幸運に感謝しよう。

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ウェルザー=メスト+クリーヴランドのベートーヴェン8番と5番 またも超名演

201865日。サントリーホールで、ウェルザー=メスト指揮、クリーヴランド管弦楽団のベートーヴェン交響曲全曲演奏の3日目を聴いた。曲目は、「コリオラン」序曲、交響曲第8番、そして休憩後に交響曲第5番。初日、2日目に続いて、圧倒的演奏だった。

「コリオラン」も素晴らしい演奏だったが、私は第8番にとりわけ感動した。まず、すべての楽器の音があまりに美しい。木管楽器も素晴らしいし、ホルンもトランペットも何という美しい音! 

指揮も見事。真正面からの正攻法の演奏だった。緻密に織り上げられ、生気にあふれ、実にしなやかで美しい。近年、この曲を奇数番号の交響曲のように激しく演奏するスタイルが流行しているように思うが、ウェルザー=メストの指揮はまったくそんなことはない。偶数番号らしい演奏。力まず、外面的な効果を狙うことなく音楽が進んでいくが、内面から力がみなぎってくる。これほど均整がとれて、しかも生き生きとして緻密に織り上げられた第8番を初めて聴いた。

 第5番は、予想以上に激しい演奏だった。ウェルザー=メストが突然、情熱の虜になったかのように速いテンポであおり気味に音楽を進めた。それでもオーケストラは乱れず、最高に美しい音を出す。ウェルザー=メストも、もちろん感情に我を忘れるのではなく、完璧にオーケストラをコントロールし、ベートーヴェンのパッションを再現した。終楽章の最後の部分では感動で体が震えた。本当にすごい演奏。

 それにしても、空席が目立ったのが残念だった。これほどの名演奏なのに、せいぜい三分の二くらいしか席が埋まっていない。何が原因でこんなに客が集まらなかったのだろう? ウェルザー=メストとクリーヴランド管弦楽団は日本では知名度がないのだろうか。これを機会にもっと多くの人に真価を知ってほしいものだ。

 

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METライブビューイング「サンドリヨン」 最高に楽しい演出

 東銀座の東劇でMETライブビューイング「サンドリヨン」をみた。とても楽しい上演だった。あっという間の時間だった。

 何よりもロラン・ペリーが何より楽しい。これまでペリー演出のオペラをいくつも映像で見ているが、どれも本当に楽しい。バレエの動きが美しく、衣装も見た目に美しく、大人のユーモアがあり、まさしくフランスのエスプリが全開。漫画的でありながらも、とてもおしゃれで上品。音楽も楽しいが、見ているだけでワクワクしてくる。

 サンドリヨン(リュセット)のジョイス・ディドナートが強い声で不遇の歌を歌い、アリス・クートの王子も強くて澄んだ声で孤独の王子を演じる。二人のデュエットがとりわけ素晴らしい。黄金コンビだと思う。ステファニー・ブライズの継母とロラン・ナウリの父親は実に芸達者で憎々しい女と情けない男を演じて見せる。キャスリーン・キムの妖精も清澄な声が美しい。

 指揮はベルトラン・ド・ビリー。とてもしなやかでやわらかい演奏。まさしくフランス的。

 私は同じ演出、同じ指揮、同じ二人の主役によるDVD(2011年、コヴェント・ガーデン)をみてとても楽しんだ覚えがある。時間を見つけて、今回のライブビューイングの記憶が薄れないうちに、DVDを見直してみたい。

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ウェルザー=メスト+クリーヴランド管のベートーヴェン7番 超名演だった!

 201863日、サントリーホールでウェルザー=メスト指揮によるクリーヴランド管弦楽団のベートーヴェンの交響曲連続演奏の2日目を聴いた。最初に「エグモント」序曲、そして交響曲第4番、後半に第7番。第7番は圧倒的に素晴らしい演奏だった。興奮した。

「エグモント」序曲と第4番も、もちろんとても良かった。なんといっても、オーケストラが素晴らしい。木管楽器の音色の美しさにはおそれいる。昨日はオーボエにうっとりしたが、今日はクラリネットに酔った。もちろん弦楽器も得も言われぬ音。

 ウェルザー=メストの指揮は誇張がなく、とりわけどこかを激しく表現したりといったことはまったくない。情熱的というわけでもないし、重々しく演奏するわけでもない。正攻法で、緊密に組み立てていく。そのためか、「エグモント」序曲も第4番も、こういうとはなはだ僭越だが、ただ「感心して」聴いているだけだった。第4番の第1楽章の最後と終楽章は楽器の重なりあいが絶妙でみごとに盛り上がっていく。

 そして、後半の第7番。第1楽章から第4番の時とはかなり異なる気合の入り具合を感じる。管楽器の聴かせどころでしっかり聴かせてくれるが、それがいっそう音楽の厚みを増し、大きなうねりを作り出す。すべての音のつながりに連動性があり、必然性があるのを強く感じる。なるほど、そういう風にこの音楽はできているのだと納得しながら、それが感動に結び付く。

 すべての楽章が素晴らしかったが、とりわけ第4楽章がよかった。洪水のような音のうねりがまったくわざとらしくなく重なり合っていく。最後の5分間くらい、魂が震えてきた。昨日の「英雄」もよかったが、それ以上。

 実は私は第7番はあまり好きではない。小学生のころ、初めてこの曲に触れたときから「わざとらしさ」「こけおどし」とでもいったものを感じてきた。もちろん、この曲の演奏を聴いて感動したことは何度もあるが、それでもやはり「わざとらしさ」「こけおどし」の印象を拭い去ることはできなかった。が、ウェルザー=メストとクリーヴランド管の演奏を聴くと、まったくそんなことはない。内側からの躍動を強く感じる。ウェルザー=メストは世界最高の大巨匠の一人であり、クリーヴランド管弦楽団は世界最高のオーケストラの一つであることを確信した。

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ウェルザー=メスト+クリーヴランド管の「英雄」に圧倒された

 201862日、サントリーホールでフランツ・ウェルザー=メスト指揮、クリーヴランド管弦楽団によるベートーヴェン全交響曲演奏の第一日を聴いた。曲目は、最初に「プロメテウスの創造物」序曲、そして交響曲第1番と第3番「英雄」。素晴らしい演奏。

「プロメテウスの創造物」を聴いた時点で、まずオーケストラの精度の高さに改めて驚いた。私はドホナーニの時代にこのオーケストラを聴いて、緻密なアンサンブルとヨーロッパ的な音色に酔ったのだったが、やはり今回も同じような印象を持った。管楽器も弦楽器も本当に美しい。縦の線がぴたりと合い、薫り高い音が広がる。

1番はウェルザー=メストらしい緻密で知的な演奏。構成もしっかりして、力感もある。前半は、ややスケールの大きさに欠ける気がした。ニュアンス豊かなのは素晴らしいが、少々物足りないと感じていた。が、ウェルザー=メストは意識的にそのようなつくりにしていたようだ。第3楽章以降、徐々に盛り上げて、第4楽章は圧巻だった。

休憩時間にカメラマンが大勢押し掛けているのに気付いた。天皇・皇后ご夫妻が後半を聴きに来られた。

「英雄」は圧倒的名演だった。第1楽章から速めのテンポで音の構築物を築き上げていく。ほかの指揮者の演奏では、しばしばつぎはぎだらけの粗削りな部分が目立ってしまうこの曲なのだが、ウェルザー=メストの手にかかると、そのような感じがしない。隙間なく構築されているのを感じる。無理やり巨大にしようとしていないし、誇張もないのだが、スケールが大きい。

2楽章も素晴らしかった。音楽にまったく無理がないのだが、さらさら流れるのではなく、しっかりとベートーヴェンの世界が築かれていく。第3楽章もよかったし、第4楽章の盛り上がりも素晴らしかった。一つ一つの楽器の音が本当に美しい。それを指揮者が完璧に引き出している。

ウェルザー=メストの指揮は、これまで何度か聴いたことがある。素晴らしい指揮者だと思いながら、心の底から感動したことはなかった。が、今回は何度も感動に震えた。明日以降が楽しみだ。

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