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河瀨直美監督「Vision」 人間と自然の合一としての踊り

河瀨直美監督「Vision」を見た。素晴らしかった。

 Visionという薬草を求めて、フランスの女性エッセイスト、ジャンヌ(ジュリエット・ビノシュ)が吉野の山にやってきて、そこで暮らす中年男、智(永瀬正敏)と出会い、愛を交わすようになる。そして、謎の女性アキ(夏木マリ)と知り合い、後に謎の若者、鈴(岩田剛典)を知る。

 ヴィジョンという薬草の存在を介することによって、この映画の舞台である奈良県の山林が一つの自然と生の原初的な結びつきの場となる。そこでは、過去と現在、現実と幻が交錯する。生のエネルギーが形となり、感触を持つ世界になる。

ジャンヌはこの山林で暮らすことで、森山未來演じつかつての恋人である日本人青年(田中泯演じる猟師に動物と間違われて撃たれて死んだという設定のようだ)を思い出し、鈴こそが、ジャンヌと日本人青年の間に生まれ、この山林の老夫婦に育てられた子どもだと知る。

1000年に一度(正確には、素数である997年に一度)現れるヴィジョンという薬草は、この世界に現れる生のエネルギーそのものなのだろう。だから、時空が歪んで過去と現在が交錯するのも当然なのだ。理性でコントロールできないことが起こるのも当然なのだ。ジャンヌはそのような世界の中で生きることになる。

そのようなエネルギーそのものが、夏木マリと森山未來の踊りによって表現される。踊りとは、人間と自然との合一にほかならない。この二人の肉体の中で人間と自然が一つになる。すべてのエネルギーが発散する。

それにしても素晴らしい映像。美しい森が映し出される。しばしば、そこに子どもたちの騒ぐ声が重ねられる。森は生きている。森は生命の声を上げている。犬が吠える。主人公は犬を連れている。犬もまた人間と自然を結び付ける存在だろう。河瀨の描く山林はまさしく生きとし生ける者たちがうごめき、渦巻く世界だ。この上なく美しく、しかし、この上なくおどろおどろしく、得体のしれないエネルギーにあふれている。

 実はわからないところがたくさんあった。ここに書いたのも、もちろん私の勝手な解釈に過ぎない。この映画そのものが、私がここに書いたような理性的な解釈をも吹き飛ばすような力をもっている。

「あん」や「光」のようなわかりやすい映画もよかったが、私はやはり説明を排し、抽象化されながらもきわめて具体的な手触りのある映像にしてくれる河瀨作品が大好きだ。今回はただただ映像と舞踏に酔った。踊りの場面では涙が出そうになった。いや、実際に涙が出た。わけもわからず、ただただ生そのものを私の心の奥底に感じて、魂がゆすぶれた。

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