« 2018年6月 | トップページ | 2018年8月 »

上岡+新日フィル チャイコフスキー第5番に内省を聞き取れなかった

 2018728日、トリフォニー・ホールで新日本フィルハーモニー交響楽団の定期演奏会を聴いた。指揮は上岡敏之。前半にはピアノのオルガ・シェプスが加わってラフマニノフのピアノ協奏曲第2番、後半にはチャイコフスキーの交響曲第5番。

 これまで上岡の指揮を二度聴いたことがある。だが、残念ながら、世間の高い評価にもかかわらず感動できなかった。これまで聴いてきたのはドイツ系の音楽だったので、ロシア音楽を聴いてみたいと思って出かけたのだったが、やはり私には受け入れがたかった。

 コンサートマスターの崔さんとのプレトークでの上岡さんの発言には共感した。チャイコフスキーの第5は外面的ではない内面的な苦しみを表現した音楽なのに、多くの演奏家は外面的に演奏しすぎる、そんなことを言っておられた。その通りだと思う。私はチャイコフスキーのしばしば外面的になりすぎる面を苦々しく思いながら、交響曲第5番と「エフゲニー・オネーギン」の内省的で地味な響きが大好きなのだ。

 だが、私には今回の演奏もかなり外面的に聞こえた。確かに、上岡の指揮はチャイコフスキーの苦悩、内に秘めた情熱、甘美な思いを歌い上げようとする。ハッとするような管楽器の美しい音、時には美しさを犠牲にしたような心をえぐる音が聞こえてくる。上岡はそのような表現によってチャイコフスキーの内面を描こうとしているのだと思う。だが、私にはそれこそがむしろ行き過ぎに聞こえる。あまりに効果を強めようとしているように聞こえる。いや、それ以前に音の響きそのものにやるせなさや動きのとれない悲しみのようなものが感じられなかった。

 前半のラフマニノフについては、私の席のせいなのかピアノの音が鮮明に聞こえず、オーケストラに埋もれてしまっていた。ピアノのアンコールのプロコフィエフのソナタではかなり鮮烈な音だったので、ラフマニノフもきっと素晴らしい音を出していたのだと思うが、それが十分に聞こえなかったのは残念。

 台風来襲の予報のため、ひやひやしながらコンサートを聴いた。幸い、大雨になる前に自宅に帰り着いた。大きな被害にならなければいいが。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

細田守「未来のミライ」 おもしろいと思わなかった

 私はもちろんアニメ・ファンではない。テレビや国際線の機内映画でジブリ作品などの話題になっているアニメ映画を見ることはあるが、劇場でアニメを見たことは、少なくともこの10年以上ないと思う。たまたま時間つぶしのために入った博多駅の駅ビル(AMU)で時間的に都合のよいこの映画を見ただけだった。

「サマーウォーズ」「おおかみこどもの雨と雪」「バケモンの子」はとてもおもしろかったが、それらと比べてもかなり完成度が低いと思った。特に退屈しないで最後まで見たが、最後までおもしろいとは思わなかった。

 妹が生まれて、お兄ちゃんになったばかりの4歳のくんちゃん。妹・ミライばかりかまう両親や祖父母に怒りを感じる。怒りが爆発するごとに時空が乱れて過去や未来の世界につながって、昔の母やひいじいじが現れる。赤ん坊のミライも少女の姿で現れる。妹に嫉妬していたくんちゃんも、現在の生活が過去や未来の家族の生とつながっていることに気付いていく。

 私はまず、ここにまとめたような数行で言い切ってしまえるようなテーマのシンプルさに不満を抱いた。あまりにテーマが単純。しかも、生まれたばかりの赤ん坊に嫉妬するというテーマもありふれている。テーマだけでなく、嫉妬する具体的な出来事もありきたり。幼い子どもはもっと違ったところで嫉妬するのではないかと何度も思った。少なくとも、そのような場面を出してくれないと、見ているものとしてはリアリティを感じない。

 また、不自然さもあちこちに感じた。まず、4歳という設定のくんちゃんが大人びた口調でかなり理路整然と語るのも不自然。自分の感情をコントロールできずに理不尽に甘えるくんちゃんなのだから、これほど大人びた言葉を使えないだろう。また、ひな人形を仕舞うのが遅れると婚期が遅れるのを恐れて未来のミライが現れるという設定も、私にはリアリティが感じられない。細田監督は、ひな人形という家族に代々受け継がれるものを象徴的に出したかったのだろうが、「婚期が遅れる」などというつまらない迷信を真に受けてわざわざこんなキャラクターの少女が未来からやってくるだろうか。

人間の姿になって語る愛犬もひねりがなく、あまりに当たり前すぎるし、ひな人形をしまおうとあわてる場面のくんちゃん、ミライちゃん、愛犬の行動にも納得がいかなかった。「だるまさんが転んだ」を使ってドタバタっぽくしたかったのだろうが、それぞれの人物にそのような行動をとる必然性がないので、私には少しもおもしろいと感じられない。映画の冒頭で違和感を覚えると、ずっと尾を引いて、最後までリアリティを感じられなくなってしまう。

 で、結局、「妹が生まれて、かまわれなくなって怒っていたくんちゃんも、家族に支えられていたことに気付いて、ちょっとお兄ちゃんになりました」というわかりきった話を、ありふれたエピソードをむりやりファンタジーっぽくして語っただけの話になってしまったように思った。

 最後のクレジットで有名な俳優さんが声優を務めていたことを知った。不覚にも、私は一人も気づかなかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

日田の祇園祭 見事な祭り しかし観光客は少ない

 2018年7月20日に大分県日田市に入った。21日と22日に行われる祇園祭見物が目的だ。日田祇園祭は、500年ほど前に悪疫鎮護のために始められ、2016年に全国の33の団体とともにユネスコ無形文化遺産に登録されている。昨年は九州豪雨の影響で開催されなかったので、今回、登録後初めての開催だ。

 日田市は私の故郷だ。祖父母はそこに住み続け、一時期日田から離れていた両親も、その後、住むようになったが、私自身は5歳でこの地を離れて以来、時々訪れるだけになっている。そのためもあって、祇園祭の存在は知っていたが、見物した記憶がない。両親が高齢になって日田から離れ、その後、父が亡くなり、母も東京の施設で暮らすようになって、私と日田のつながりは少し残った所有地だけになってしまった。そんなとき、クラブツーリズムの日田の祇園祭を見るツアーを見つけた。「日田祇園祭を見たい」と思った。とはいえ自分の故郷なのにツアーで行くのもしゃくだ。日田には親戚も多い。そんなわけでひとりで祇園祭を見に来たのだった。


7月20日

 午後、福岡空港におりてバスで日田に向かった。空港から出た時の福岡の気温、そしてバスから降りた時の日田の気温はパキスタン並みだと思った。先月、パキスタンで数日過ごしてその暑さに閉口したが、それに匹敵する暑さ。が、バスから降りて、腰痛肩こりを感じたので、ホテルに入る前に目の前にあるマッサージ店でマッサージを受けるうち、一雨あったようで、店を出た時にはかなり涼しくなっていた。それでも34度くらいはあったようだ。日本人も34度で涼しいと感じるようになったことに改めて驚く。

昔ながらの街並みの見える景観地区である豆田までタクシーでいき、有名店でウナギと鮎を食べた。土用の丑の日でもあり、祇園祭の前日でもあるので、ここも大賑わいだと思っていたら、がらがら。テイクアウトのウナギのかば焼きなどを受け取りに来る人は数人いたが、客は5、6人。祇園祭を前にした熱気のようなものも感じない。

豆田から駅前のホテルまで歩いた。途中、5歳まで私が住んでいた場所(今は別の建物がある)、両親が暮らしていた場所(売却したので、今、新たな家が建設されている)をみた。

それにしても、あまりに閑散としている。祇園祭の前だというので賑わいがあるのかと思ったら、何もない。夕方になると真っ暗。そもそも人を見かけない。駅前ですら午後8時に深夜のように人影をまったく見ない。車も一回の信号の青の時間に2、3台通過する程度。車がまったく通過しないのに、歩道が青に変わるのを長い時間待たなければならない。

日田駅は改修されてきれいになっているが、それにしても人通りが少ないのが心配になってくる。

 

721

 早く目が覚めたので、朝食を済ませて、7時ころに隈地区(三隈川付近に発達した町で、旅館が並んでいる)まで歩いてみた。山鉾会館付近を見た。山鉾が見え、法被姿の町の人たちが準備している様子が見えたが、もちろんまだ山鉾は動いていない。ついでに昔からのなじみの場所である三隈川の川辺を歩き、亀山公園を見た。朝から暑い。汗だくなった。ホテルまで歩いても10分ほどなのだが、タクシーを見つけてホテルに戻った。

 8時半頃、歩いて豆田に向かった。歩く途中、中城地区の山鉾がちょうど動き出すところに遭遇した。飾りつけのされた山鉾の高さは3階建てのビルくらいだろうか。下の階層に人が入って笛を吹いたり、太鼓を鳴らしたりしている。町の衆20人くらいが綱を引き、その後に子供を含む20人から30人が歩いていく。警察官が数名ついて、道に入ってくる車を別の道に誘導している。私もあとをついて歩いた。

85e0f2c4aa7941a6ae0a5770b13b8c1c

近くでも別の山鉾が動いている様子だった。囃子の音が聞こえてきた。そこに移動してみた。同じような山鉾だった。また、別の一つが見えた。狭い豆田地区のいくつかの道で山鉾が動き出し、日田の中心部を流れる花月川に向かっていた。

そして、橋の上で4基が合流。川の上で四基が一列に並んだ。なかなかの壮観。

B1169f57a831465b97f059ae349fe2ec

 実は観光客でごった返していると予想していた。が、見る限り、観光客はゼロに近い。ほとんどが関係者。つまり山鉾を引く町内会の人やその家族。水筒を持ったり、着替えを持ったりして後についている。それに、一つの山鉾に警察官が数人ついているようだ。それ以外はたまたま自宅の前を通る山鉾を見送っている程度。地方のケーブル局のテレビ取材のカメラはあったが、私のような観光を目的としているらしいのは、私以外に4、5人しか見かけなかった。

 しばらくして、隈地区に行ってみた。山鉾会館の近くに行くと、こちらでも山鉾が3基ほど集まっていた。こちらにはツアー客がいた。中国人らしい客(ただ、どうも祇園見物に来たというより、何かの研修のついでに見物しているようだった)もいた。総勢で50人くらいの観光客がいたのではないか。ほかは日田市の人たち、そして関係者だろう。

E6c984cdedda4180bad4fa0b99e45a17

 しばらく見物して、昼食(好物の川魚定食)を済ませてホテルに戻った。一休みして、午後、なじみの町を少し歩いた。昨日に比べると、いくらか過ごしやすい。気温33度くらい。

 夕方、いとこたち(二人の従姉と一人の従弟、そして亡き従兄の夫人)と駅付近のビストロで会食。楽しい時間を過ごした。そして、夜8時過ぎに車で豆田に移動。夜の山鉾を見た。

 昼間はちょっと「しょぼく」見えたが、夜は壮観。橋の上には観光客がごった返しており、そこに3基が集まっていた。少し前までもう1基がいたようだ。たくさんの提灯をつけて多くの人に引かれていく。それが橋の上で大きな掛け声とともにすれ違う。交通整理の警察官も数人出ている。これぞ私がイメージしていた祇園祭だ。

17f42601feb844e69a2a5c3cb82b42d6

243b56e073f4418f813b534ad9e45d89

 橋の上から山鉾がすべてなくなってから、車でホテルまで送ってもらった。

 それにしても人が少ない。盛り上がっていない。ホテルにも観光客はいるが、大賑わいしているわけではない。

 日田の祇園祭は地方の祭りとして見事だ。ただ、山鉾が道を練り歩き、時々それが合流するだけなので、盛り上がりがあるわけではない。山鉾の巡航が豆田と隈の二つの地区に分かれているので、一箇所に集まる賑わいがない(祭りの前々日に顔見世が行われたらしいが,本祭の間にはそのような機会がない)。そのために観光客を集めにくいのだと思った。これほどの規模の祭りのわりに観光客が少ないのを大変残念に思った。

 

722

 22日も夕方まで祇園祭を見ようと思っていたが、この様子では昨日と同じような光景になるのは目に見えている。夜までいればいろいろなイベントがあるらしいが、仕事の関係で、それは難しい。私はディスカウントの航空便とホテルのパックチケットでやってきて、福岡空港を2045分に出発する便を予約しているが、もっと早く東京に戻りたい。

 そう思って、朝方、日田市を少し歩いた後、すぐにチェックアウトして、バスで福岡空港に向かった。そして、空港で便の変更ができないかを尋ねてみた。が、やはりだめだった。仕方がないので、コインロッカーに荷物を置いて博多駅に移動。駅の付近だけでも見物したいところだが、なにしろ35度を超す気温だ。観光どころではない。そこで、駅ビルで映画を見ることにした。たまたま待たないで見られるのが「未来のミライ」だった。67歳の男が一人でアニメを見るのもどうかと思ったが、まあ仕方がない(映画の感想は改めて書くことにする)。

 映画を終えた後、マッサージを受け、その後、食事をしようかと思っていたら、映画を見ている間に夕立があったらしい。外は大雨。JR博多駅は雨漏りだそうで大混乱している。あちこち探したが、適当な場所がないので、映画館と同じ階に戻って郷土料理(鯖、イカ)を食べた。

ところが、その間に、家族から「福岡空港が雷で閉鎖されているとニュースで見たけれど、大丈夫か」という連絡があった。そのまま新幹線で東京に戻る手もあるが、荷物を空港に置いているので、ともあれ空港に様子を見に行くことにした。

 空港は大混乱。東京行きの便のほとんどが欠航になっていた。だが、幸い、私の乗る便は運行された。結局、1時間ほどの遅れで羽田に到着した。

19890917ayuayuayu

| | コメント (2) | トラックバック (0)

「万引き家族」 心の絆で結びつく偽装家族の危うさ

 カンヌ映画祭でパルムドールを受賞したことで話題になっている是枝裕和監督の「万引き家族」をみた。とてもいい映画だった。

 万引きで生活している家族。虐待されている女の子の面倒を見るうち、その子までも家族の一員のようになっていく。だが、祖母(樹木希林)の病死を契機に、家族に見えていた人々が他人の集まりだったことがわかり、しかも死体遺棄や誘拐の罪で男(リリー・フランキー)と女(安藤サクラ)は、警察に逮捕されてしまう。

 行為だけを客観的には見れば、中心の男女はまちがいなく犯罪を行う犯罪者にほかならないのだが、ふたりは善意にあふれ、一般の社会から見捨てられた人々を救っている。助けられた人々もそこでは自分らしくいられ、存在を認められて生きている。

 まさしく最下層の生活。子どもたちは学校に通えず、日々の食べ物に事欠き、壊れかけた家で雑魚寝をして暮らす。この偽装家族は資本主義のシステムに痛めつけられて生きているがゆえに、そこから逃れるために万引きをし、年金詐欺を働いているともいえるだろう。彼らは一般の家庭のように制度化された経済的結びつきとしての家庭を築いているのではなく、セリフの中で語られるように、心の絆によって結びついている。だが、万引きや年金詐欺という日本の経済システムの裏をかく行為によって経済から自由な生活を送っているように見えて、常にお金の問題に振り回され、せこく後ろめたく生きていくしかない。その意味で危うさにあふれている。長続きするはずがない。

 是枝監督はもちろん万引き家族を肯定的に描いているわけではない。だが、間違いなく、資本主義の犠牲になって最底辺で肩を寄せ合って、ある意味で社会への復讐として心を大事にして生きていく人に共感を寄せて描いている。そのような絆の危うさを認識しながらも、それに愛情を注いでいる。

 女性と少女が風呂の中で同じような傷があるのに気付く場面、女性が少女を抱き寄せる場面など感動的な場面がいくつもある。

 二人の子どもの演技も見事。そして、やはり安藤サクラのさりげない表情、そして同居する娘を演じる松岡茉優も素晴らしい。彼女が風俗の仕事をして、言葉の不自由な客を抱きしめる場面も感動的だ。テレビのバラエティ番組で見たことのある顔だったが、こんなにいい女優とは知らなかった。樹木希林の演技については言葉をなくすほど。

 ただ、私としては、上に書いた内容以上の深さをこの映画の中に感じることはできなかった。とても良い映画だと思ったが、これまでの是枝作品に比べて圧倒的に優れた映画とは思えなかった。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

東京二期会「魔弾の射手」 噴飯物の演出だと思った

 2018718日、東京文化会館で東京二期会公演「魔弾の射手」をみた。

 私はドイツ系のオペラは大好きだが、多くの日本人と同じようにウェーバーにはなじみがない。「魔弾の射手」も実演は一度見た覚えがあるだけ。昔、レコードでなじんだという経験もない。それを読み替えを得意とし、しかも私の嫌いな演出家の一人であるペーター・コンヴィチュニーが演出するというので、恐る恐る出かけた。

 で、やはりこのオペラを楽しむことはできず、演出については何をかいわんや! まさに噴飯物だと思った。このオペラはどうしても学芸会っぽくなるが、コンヴィチュニーが演出して、台詞を日本語でやるものだから、ますます西洋を真似た学芸会のようになる。もしかしたら、おふざけのB級ホラーのパロディにしたかったのかもしれないが、それにしても、少なくとも私はセンスを感じない。あれこれのことが起こり、きっとそれはそれでコンヴィチュニーにしてみれば意味があるのだろうが、私には悪趣味としか思えないので、ここには書かない。改めて、私はコンヴィチュニーという演出家が大嫌いだということを確認した(念のために言っておくが、私は読み替えといわれる演出家全員が嫌いというわけではなく、カタリーナ・ワーグナーやシュテファン・グートについては、素晴らしい演出家だと思っている)。

 音楽的には、アレホ・ペレスの指揮する読売日本交響楽団はなかなかの健闘。時に素晴らしい音楽を聴かせてくれた。歌手陣では、オットカールを歌う大沼徹が実力を発揮して見事。ただ出番が少ないのが残念。カスパールの清水宏樹、クーノーの米谷毅彦、マックスの片寄純也はしっかりとした声だったが、時にコントロールし切れていない個所があるのを感じた。アガーテの嘉目真木子とエンヒェンの冨平安希子はともに、とてもきれいな声で容姿も素晴らしかったが、もう少し声量がほしいと思った。

 私はまったく知らなかったが、大和悠河という宝塚のスターがザミエルの役で登場。一部から大喝采を受けていた。とてもきれいな容姿で、身のこなしに魅力を覚えたが、演出的にあまり意味があるとは思えなかった。

 私は二期会のファンで、多くの上演に感動してきたが、今回については私には受け入れられなかった。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

ヤング+新日フィルのブルックナー第4番(1874年初稿・ノヴァーク版)に驚いた

 2018714日、すみだトリフォニーホールで、シモーネ・ヤング指揮、新日本フィルハーモニー交響楽団の演奏を聴いた。曲目は前半にヴァイオリンの木嶋真優が加わって、ブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番、後半にブルックナーの交響曲第4番(1874年初稿・ノヴァーク版)。

 木嶋のヴァイオリンは流麗な音。ヤングが骨格のしっかりしたオーケストラで支える。もちろんとても良いのだが、私の考えるブルッフとは少々異なっていたので、戸惑った。ヴァイオリンがまるでコルンゴルトのような洗練された官能的な音になる。それはそれでよいのかもしれないが、私個人としては、もう少しブラームスふうに渋くて構成的な演奏のほうが好みだ。

 ブルックナーの第4番のこの版は初めて聴いた。この曲の最初の版はこのようなものだったのだとは驚きだ。通常耳にする曲とはかなり異なる。第124楽章については、聴き慣れた箇所が出てくるかと思うと、すぐに覚えのない展開になっていく。第3楽章はまったく別の曲。雰囲気や構成は似ているが、テーマそのものがまったく異なる。

 演奏に関しては見事だと思う。わかりやすい棒さばきで、構成感があり、しなやかで美しい。オーケストラも厚みのあるしっかりした音を出した素晴らしい。ホルンをはじめとした金管楽器が実に堂々たる音を出していた。

 知的にはとてもおもしろく感じたが、知っている曲になったり、知らない曲になったりして、落ち着いて感動していられない。いや、それ以前に、やはり通常耳にするものこそが「本物」で、その「できそこない」を聞かされているという気にどうしてもなってしまう。事実、改訂された版のほうがずっと完成度が高いと思う。

 とはいえ、このような珍しい版を素晴らしい演奏で聴くことができたことは、とてもうれしい。とても満足だった。ヤングの指揮者としての力量も改めて思い知らされた。

| | コメント (7) | トラックバック (0)

東京シティ・フィルのブルックナーのミサ曲第3番 曲の弱さを感じた

2018713日、東京オペラシティ、コンサートホールで東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団の定期演奏会を聴いた。曲目は前半にブラームスの「ネーニエ(悲歌)」、後半にブルックナーのミサ曲第3番。指揮は飯守泰次郎。

実はどちらの曲にもあまりなじんでいるわけではない。「ネーニエ」もミサ曲第3番も、私の記憶に間違いがなければ、実演は一度聴いたことがあるだけだ。CDでも数回しか聴いたことがない。が、これまでの少ない回数では、とても感銘深かったので、マエストロ飯守の指揮できっと感動できると思って出かけたのだった。

が、期待ほど感動することはできなかった。「ネーニエ」についてはオーケストラと合唱がちぐはぐに感じた。清澄さも哀悼も感じられなかった。結局、この曲の魅力が伝わらないまま終わってしまった。

 それに比べると、後半はオーケストラに関してはびしりと決まった。だが、聴きながら、曲そのものの弱さを感じざるをえなかった。オーケストラの扱いについては後年のブルックナーに通じる素晴らしいところがあちこちにあるが、合唱や独唱の扱いについては納得できないところが多い。独唱者(ソプラノ:橋爪ゆか、メゾ・ソプラノ:増田弥生、テノール:与儀巧、バス:清水那由太)はいずれも素晴らしかったし、藤丸崇浩の合唱指揮による東京シティ・フィル・コーアも最高に素晴らしいところが多々あるのだが、ブルックナーの作曲そのものが、独唱や合唱とオーケストラが相乗的に高まるようにできていないように感じる。演奏がというよりも、ブルックナーの曲そのものがちぐはぐに感じられる。少々退屈してしまった。

 そんなわけで、これまでマエストロ飯守のブルックナーの交響曲には常に心の底から感動してきた私もミサ曲については納得できずに終わったのだった。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

瀋陽・大連旅行

 201879日から12日まで、34日の瀋陽・大連の1人旅をした。空港や駅とホテルの間のガイド以外は何もないフリープランのツアーを申し込んだのだった。私の記憶に間違いがなければ、7度目の中国観光。東北地方観光は初めて。私は特に日本近現代史に詳しいわけではないが、「満州」にはそれなりに関心を持っている。表面だけでもかつての満州の跡を見たいと思ったのだった。

現地では持ち込んでいたパソコンの調子が悪く(というか、Microsoftの契約が切れたということなのか、ワードの新しい文書を作れなくなっていた。近いうちになんとかしなければ!)、その場で文章を書かなかった。帰国後、簡単に感想を書く。

 

7月9日

成田を飛び立ってANA機で瀋陽到着。到着は夜だったので、入国手続きはきわめて順調。ガイドさん(6年間日本に住んでいたということで、日本人とまったく変わりのない日本語のガイドさんだった)と顔を合わせてそのままホテルへ。

 高速道路もきれい。ホテルは遼寧寶館。ここは昔の奉天ヤマトホテル。満鉄時代の日本資本のホテルで開業は1927年だという。確かに、かなり古めかしいホテル。いちおうは近代的に改装されているが、年代物だということは厳めしい造りや隅々の汚れからわかる。まさしくレトロな雰囲気。これれはこれでなかなか味わいがある。

835318ec2e0c4a879d5824d6c8743810

遼寧寶館


 

710

 朝起きて、近くを歩いてみた。ホテルは中山広場に面していた。瀋陽の中心部を成す広場で、中心に毛沢東の像がある。周囲には歴史的な建物が並んでいる。今はもちろん中国の企業や役所が使っているが、ほとんどが、日本統治時代に作られたものだという。

08b52d000fd3417aa574e9bf6f4cda81_2

中山公園


 9時に、今回のツアーとは別に、午前中だけの市内観光を予約していたガイドさんがやってきた。昨日のガイドさんに比べるとかなり日本語のぎこちないが、好感は持てた。

まず瀋陽故宮博物館にいった。半世紀ほど前に世界史の授業で習ったヌルハチ、ホンタイジといった清朝の歴代の皇帝たちの名前を久しぶりに思い出した。これらの英雄たちやその夫人たちの建てたり住んだりして建物がある。ガイドさんの話がおもしろく、歴史上の人物を想像できた。

7f72f3448d99403888d50923bbb3e9e4

 張氏帥府博物館では、張作霖、張学良の暮らしや歴史が展示されていた。日本の蛮行についてはそれほど大きな展示はなかった。そのあと、昭陵に行った。ホンタイジの墓があり、現在では広大な公園になっている。晴天で気持ちがいい。

D01c78e7930748dca56291e3ffefe91b  

13時前に市内観光ツアーは終えて、その後は一人で市内を回った。ホテルで東北地方特有の味付けの濃い料理を食べたせいか、食欲がない。昼食は取らないままだった。

 ホテルから駅まで道草しながら往復した。上海や広州よりはずっと落ち着いている。だが、やはり店の前では呼び込みのアナウンスが甲高い声で行われ、色とりどりの店があって、中国の大都市であることに間違いない。車の運転はルールを守っている。ただし、歩行者はまったくルール無視。信号が赤でも平気で車が来ている道を渡る。高齢者だけではない。若い人も壮年の人もそうする。気温は30度くらい。広州や上海では、短パンにサンダル姿の人が多かったが、こちらはきちんとズボンに靴を履いている人が大半。オートバイも少ない。

F2eb73b893ea4188840ab75c9b7e2cb6

B6862a1d42e5471dbbc75866aaf0a57d

この界隈には昔ながらも汚い店はほとんどない。冷房のきいていない店もあるが、それでも猥雑、不潔という感じはしない。開けっ放しのレストラン(というか、食堂というほうが近い)も、パキスタンやミャンマーなどと違って、中に入って食べても健康を害することはないのではないかと思わせる(実際には入らなかったが)。青山や銀座のような、私ごときが足を踏み入れることのないおしゃれなお店もいくつもあった。センスの良い服を着た男女(やはり女性が多い)が買い物をしたり、飲食をしたりしている。

 ホテルに戻って、一休みして、近くのこぎれいなレストランで食事。水餃子と蒸し餃子を2皿注文したら、1皿に20個以上入っており、食べきれなかった。様子を見て、そのほかの魚か肉を注文しようと思っていたが、それで済ませた。夜の街を再びふらふらと散策して、ホテルに戻った。

 

711

 朝の750分にガイドさんに連れられて瀋陽駅に車で行き、大連行きの切符の手配をしてもらった。そこでガイドと別れ、そこから一人でホームに入って高速鉄道で大連に向かった。

 二度目の中国高速鉄道だが、ガイドなし、ツアー仲間なしは少々不安だった。乗ってしまえば何でもないのだが、荷物検査やパスポート検査があり、検札時間が短いなど、西側と異なるシステムなので戸惑う。が、まあ周囲に紛れて乗り込んだ。観光客らしい外国人はまったく見かけない。

 列車の中では、駅で停車して新たな客が入ってくるごとに、「そこは私の席だ」「あんたが間違っている」といった混乱が起こる。西洋でもそのようなことが多いが、こちらは特別。10分くらいごたごたしている。チケットをきちんと見れば間違いようがないと思うのだが。

 携帯で大声で話す人、音を外に流しながらスマホでドラマを見たり、音楽を聴いたりしている人が何人かいる。もちろん大声でしゃべっている人も多い。中国の列車は実に賑やか。

 周囲の誰も私が日本人だと思っていなかったようだ。日本人観光客が一人で列車に乗っていると誰も思っていないのかもしれないし、私の服装が中国になじんでいるのかもしれない。

 外の風景は、都市に入るごとに高層マンションが立ち並び、再び田んぼや畑や草原が続くといったところ。魚の養殖をしているらしい場所も工場地帯も通った。途中で雨模様になった。

 2時間弱で大連に到着。前もって言われていた通り、南口に向かって大連の世話をしてくれる新しいガイドさんと会った。少々訛りはあるが、50代の明るくてとても感じのいいガイドさんだった。

 ガイドさんによれば、到着の15分前まで短い時間ながら豪雨だったという。雨はやんでいた。そのガイドさんにはホテルまで連れて行ってもらうだけの取り決めになっていたが、車の中で交渉して、旅順まで行ってもらうことにした。私はホテル到着後、独力で旅順に行こうと思っていたが、なかなかそれは難しいとのこと。正規の料金を支払ってガイドさんに連れて行ってもらうことにした。

 大連はこれまで訪れた中国の町と少し雰囲気が違っていた。ガイドさんに「ロシア」という言葉を言われて、そういえば少しロシア風だと気づいた。明らかにロシア風の建物もある。

 車で1時間ほど、真新しい海の中の道路やきれいな国道を通って旅順に行った。朝夕は大渋滞になるというが、その時間帯はすいすいと進んだ。周囲には高層マンションが立ち並ぶ新興住宅街になっている。若い人は大連に住み、高齢者が安いマンションを求めて旅順方向に住むという。

ガイドを受けながら、東鶏冠山北堡塁で日露戦争のロシアの塹壕、日本軍の攻撃の跡をみた。

203a1b6537504e0da0b1573dea237b73_2

その後、白玉山塔に行った。ここで亡くなった日本兵の霊を祀る塔がある。旅順港を一望できるとのことだったが、雨上がりのため霧がかかっていて、まったく見えない。そのため、旅順港まで行ってもらった。きれいな静かな港。今も軍港として使われている。なるほど不凍港というのも納得できる。

 ロシア式建物の旅順駅を見て、203高地に行った。途中までカートで行き、そこからは徒歩で歩いた。運動不足の身には少々つらかった。頂上で慰霊碑をみて下山。安重根が死刑になった刑務所の前を通って、旅順博物館で大谷コレクション(中央アジアの収集品)を見て、大連に戻った。


8badd6ac233441d3a32d60c37fbfc336

203a61613d6ab764c6a9f0d4233046bc22c

 私は戦争マニアでもないし、司馬遼太郎ファンでもない。日本の近現代史も実はあまり得意ではない。が、子どものころからそれなりに日露戦争の話は聞いてきたし、映画を見たり本を読んだりしてきた。とりわけ203高地は感慨深い。

 ホテルは大連の中心街にある中山大飯店。到着したのは夕方だった。昼食抜きでの旅順観光だったので、すぐにホテル前に飲食店街で鮮魚料理を食べた。高そうなものを指さして、料理法を適当に指示したら、実に大量に出てきて、しかも300元を超える高額だった! 日本円にしたら5000円を超すので、ものすごい豪華料理だったのだろう。もしかしたら、少しボラれたのかもしれない。半分も食べきれなかったが、味はまずまず。まあ、良しとしよう。

 その後、大連駅まで歩いてみた。勝利広場を歩き、地下街を回った。鮮やかな色の店が並び、超現代的な高層ビルには電飾がなされ、上海や広州でも見かけたまさに中国的光景! 大変ににぎやかだが、それでも上海や広州よりも落ち着いている。

 203高地に登って足が疲れたので、20時ころにはホテルに戻って、早めに眠りについた。

Ee77a6b1021a4918a600b3e7910c3db9

712

 朝、7時ころから朝の散策に出かけた。歩いて中山広場まで行った。通勤中の男女が歩いていた。広場では何人かが踊りの練習をしていた。

 瀋陽でも大連でも感じるのだが、横断歩道が少ない。広場が真ん中にあり、その周囲の道がロータリーになっている。広場につながる横断歩道がほとんどない。いや、ところどころにあるが、まったく機能していない。車がスピードを緩めることなく、横断歩道を無視して走る。腹を決めて、車を止めさせる覚悟で道を歩くしかない。だから、真ん中に広場があっても、簡単にはそこにたどり着けない。

 大連の中山広場には地下鉄の駅を通って地下からたどり着けたが、なかなか大変。足の弱い老人には困難な状況になっている。

 中山広場とホテル近くの広場の間には地下鉄が通っているのに気付いて、帰りは地下鉄を使うことにした。ところが、切符を買おうとすると、朝であるせいか、職員がいない。荷物検査を受けて自動販売機で切符を買おうとしたが、使い方がわからなかった。困って、荷物検査をしていた女性(警察官?)に英語で尋ねたら、日本語で「日本人?」と問われ、「そうです」と答えると、しっかりした日本語で教えてくれた! ありがたい!

 無事、ホテルについて、朝食。荷物の整理をしてガイドさんを待ち、車で旧日本人街などを案内してくれながら、空港へ。

19890917ayuayuayu

| | コメント (0) | トラックバック (0)

オペラ映像「エジプトのモーゼ」「スペードの女王」「見えざる都市キーテジの伝説」「セミョン・コトコ」

 ここ数日、3冊重なった8月刊行の著書の校正、加筆修正に追われていた。やっと片付いた。最近見たオペラ映像の感想を簡単に記す。

 

757 ロッシーニ 「エジプトのモーゼ」2017年 ブレゲンツ音楽祭

 あまりレベルの高い上演ではない。歌唱面では、むしろかなりひどいと私は思う。見事な歌をきかせるのは、アマルテアを歌うマンディ・フレドリヒくらいで、あとはかなり不満が残る。とりわけ、オジリデのサニーボーイ・ドラドラは音程が悪くて聴くに堪えない。なぜこのようなレベルの歌手が抜擢されたのか私には理解できない。モーゼのゴラン・ユーリッチはまずまず。エンリケ・マッツォーラ指揮のウィーン交響楽団は悪くないのだが、歌手陣がこのようなレベルだとどうにもならない。

ロッテ・デ・ビールによる演出も、私は意味があるとは思えない。オペラが始まると、片隅で人形劇が行われている。舞台上でその人形劇が展開されているという設定になっている。今さら聖書のエピソードを大袈裟に舞台上で展開するには、人形劇という形にせざるを得ないということなのだろうか。

 

115 チャイコフスキー 「スペードの女王」2016年 アムステルダム、オランダ国立歌劇場

 上演全体については、きわめてレベルが高い。ブレゲンツ音楽祭の「エジプトのモーゼ」とは段違い。ヤンソンスの指揮するコンセルトヘボウは舌を巻く美しさ。雄弁で切れがよく、繊細で潤いがある。歌に関してもそろっている。ゲルマンを歌うミーシャ・ディディク、エレツキー公爵のウラディーミル・ストヤノフ、トムスキー伯爵のアレクセイ・マルコフが特にいい。リーザのスヴェトラーナ・アクショーノワはとてもきれいな声で容姿も素晴らしいのだが、音程が所々で怪しくなるのが玉に瑕。

 ただ、ヘアハイム(私はこれまでヘルハイムと表記してきたような気がする)の読み替え演出については、私はかなり抵抗を感じる。リーザに婚約を解消されるエレツキー公爵をチャイコフスキーと重ね合わせている。公爵はチャイコフスキーそっくりの格好をして、同性愛者であるがゆえに女性を愛せずに苦しむ様子を舞台上の黙役としてパントマイムで演じる。脇役や合唱団にエレツキー公爵=チャイコフスキーと同じ服装にして、このオペラ全体がチャイコフスキーの愛の苦しみにあふれていることをほのめかす。舞台上にずっとチャイコフスキーらしい人物が登場してパントマイムを続けるのが私にはあまりに煩わしいし、そもそも同性愛者チャイコフスキーをここに示すのはあまりに安易だと思う。

 また、ヘアハイムの意図があるのかどうかわからないが、ゲルマン役のミーシャ・ディディクが、セリフで示されるような神経質で顔色が悪くて陰鬱な人間というよりも、むしろふてぶてしくて頑丈に見える。そうなると、このオペラ全体が説得力をなくしてしまう気がする。音楽的には素晴らしいが、オペラ全体としてみると、私はあまり大きな感銘は受けなかった。

 

160 リムスキー=コルサコフ 「見えざる都市キーテジの伝説」2012年 アムステルダム音楽劇場

 見えない都市キーテジは、ロシアでは有名な伝説の都市(要するに、天国につながる死者の都市ということだろうか?)らしい。このオペラ映像を初めてみた。このオペラの存在そのものもDVDを購入するまで知らなかった。きれいなメロディがたくさんあるし、ストーリーはわかりやすいし、この上演は演奏もそろっている。王子フセヴォロドを歌うマクシム・アクセノフとフェヴローニャを歌うスヴェトラーナ・イグナトヴィチはともに若くて容貌もよくて、歌唱もしっかりしている。名前から見て、スラヴ系の人らしいが、とても好感が持てる。グリーシカ・クテリマ:ジョン・ダスザックも立派な声で、酔っ払いを堂々と歌っている(ただ、演出家の意図かもしれないが、演技の上ではまったく酔っ払いに見えない)。マルク・アルブレヒト指揮のオランダ・フィルハーモニー管弦楽団もとても美しい。最終幕の幕切れはとりわけ素晴らしい。

 とはいえ、私はオペラそのものに少々退屈してしまう。台本があまりに冗長。このDVDの宣伝文句に「ロシアの『パルジファル』」とあったが、神秘的で長いのは、まさに「パルジファル」ばり。ただ、「パルジファル」にはワーグナーの魂を揺り動かす深くて巨大な音楽があるが、こちらはほとんどが美しく淡々と続く。「もう少しセリフを刈り込んでほしい」と現代人としては思ってしまう。

 

482 プロコフィエフ 「セミョン・コトコ」2013年 マリインスキー第2劇場

 素晴らしいオペラだと思った。音楽はもちろん台本もおしろい。演出も演奏も素晴らしい。「三つのオレンジへの恋」や「戦争と平和」に匹敵する傑作だと思う。

 ロシア革命直後のウクライナが舞台。ボリシェヴィキ政府はドイにウクライナを明け渡してしまう。セミョンはボリシェヴィキの兵士として戦った後、ソフィアと結婚しようとした矢先、ドイツ軍の侵攻に会う。反ボリシェヴィキのツァーリ派であるソフィアの父はドイツ軍に協力して、セミョンを殺させようとする。セミョンは逃亡し、ボリシェヴィキのパルチザンとともにドイツ兵たちを撃退する。

 まるでソ連の宣伝映画のようなストーリーだが、音楽は紛れもなくプロコフィエフであり、平和なオペラとは異なって、実にドラマティックでまさに革命的。1939年の作品だというが、ユーリ・アレクサンドロフの演出はメイエルホリドの時代の革命的演出を思わせる。操車場らしい場所を中心に抽象化され、戯画化された舞台でストーリーが展開する。これこそプロコフィエフがロシア革命の芸術として期待していたものだろう。プロコフィエフの書いた短編小説集(群像社ライブラリー)も確かに同じような味わいがある。

 セミョンを歌うヴィクトル・ルツュークは、若者には見えない容姿だが、声は素晴らしい。ソフィヤのタチヤナ・パヴロフスカヤ、ソフィヤの父のゲンナジー・ベズズベンコフ、村長レメニュクのエフゲニー・ニキーチンもこれ以上ないと思えるキャストだ。ワレリー・ゲルギエフの指揮するマリインスキー歌劇場管弦楽団ももちろん圧倒的。大変感銘を受けた。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

拙著「ひとつ上の日本語ドリル」「日本の名作 出だしの一文」、そして「65歳 何もしない勇気」のこと

 かつてのオウム真理教の主要メンバーの死刑が執行され、西日本が大雨に襲われて、日本全体がざわざわとしている。広島で暮らす息子が、本日、東京に来る予定になっていたが、それができなくなるなど、私の生活への影響もある。ざわざわした気分だが、この数日で2冊、拙著が販売になったので紹介させていただく。

5136neaul_ac_us160_  201874日、拙著「ひとつ上の日本語ドリル」(ブックマン社)が発売になった。若い人の国語力強化という意味合いもあるが、それ以上に中年から高年にさしかかった人のぼけ防止の頭の体操としての日本語トレーニングという意味合いもある。魚の部位を示す言葉などの知識問題もあるが、ほとんどが言葉をひねってうまく表現したり、嫌味をオブラートに包んでうまく話したりといったトレーニングだ。なお、本書成立には多くの一般の方に協力いただき、問題を解いてもらった。その解答例も載せている。漢字の熟語を覚えるよりも、クロスワードよりも実際の社会に役立ち、ボケ防止にもなるトレーニングだと思う。

Fm 「日本の名作 出だしの一文」はしばらく前にある出版社から刊行したものだが、時代に合わせて加筆修正して、装いも新たに、このたび全国のファミリーマート6000店で販売されることになった。広めのファミマに行くと並べられていると思う(私はまだ確認していないが)。

 漱石、芥川、太宰などの名作の出だしの一文の意味、効果をわかりやすく分析し、それを一般のビジネスパーソンが日常生活で言葉を使うときにも応用できるように解説している。日本を代表する名作や私の愛する佳作のあらすじも加えている。ファミリーマートを訪れた時、のぞいていただけると嬉しい。

 なお、今年の1月から3月まで東京新聞・中日新聞に連載して大好評をいただいた「65歳を過ぎたら、○○しなくていい宣言」は、幻冬舎より「65歳 何もしない勇気」というタイトルで、来月8月3日に発売されることが決定した。65歳を過ぎたら、これまでのように、「しなければならない」と考えて努力したり、気を使ったり、いわんや年寄りらしくしたりする必要はなく、気楽に流されながら、怠けて生きていいのだということをあれこれの事例に基づいて書いたものだ。なお、書籍化にあたって10本ほどの原稿を加筆したので、連載を読んでくださった方にも楽しんでもらえると思う。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

エルトマンの澄みきって知的なメンデルスゾーンとモーツァルトの歌曲

201873日、紀尾井ホールでモイツァ・エルトマンのリサイタルを聴いた。

ザルツブルク音楽祭でみた「ばらの騎士」でゾフィーを歌っていたのがエルトマンだった。歌も容姿も素晴らしかった。それ以来、ずっとリサイタルをききたいと思っていた。それが実現。期待通りに素晴らしい演奏だった。ピアノ伴奏はゲッツ・ペイヤー。ピアノもぴったりと寄り添ってとても良かった。

曲目は前半にメンデルスゾーンの歌曲(「新しい恋」「二人の心が離れてしまえ」「ズライカOp.34-4」「恋する女が書いていること」「葦の歌」「ズライカOp.57-3」「歌の翼に」「初めてのすみれ」「挨拶」「花束」「春の歌」)

澄みきった清らかな声、正確な音程、知的な歌い回し。メンデルスゾーンの古典的な面をしっかりと守って、ロマンティックにしすぎることなく、的確に歌う。「ズライカOp.57-3」などのドラマティックな歌も、激しすぎないが、要所を抑えているので、退屈させることなく聴くことができる。「歌の翼に」も、ロマンティックな気持ちを抑制して、静かに、しかし憧れが徐々に強まるように歌う。本当に素晴らしい。

後半はモーツァルトの歌曲(「満足」「すみれ」「寂しい森の中で」「魔法使い」「ルイーゼが不実な恋人の手紙を焼いたとき」「静けさはほほえみつつ」「歓喜に寄す」「春へのあこがれ」「ラウラに寄せる夕べの想い」、最後にコンサート・アリア「さらば我が麗しの恋人~とどまれ、いとしき人よ」)。

メンデルスゾーンと基本的に同じような歌い方だが、曲調が異なるので、おのずとモーツァルトの歌になる。とてもチャーミングでありながらも気高さを感じる。そして、それ以上に私は知性を感じる。細かいところまで神経が行き届いており、時に明るく、そして時に強く歌う。モーツァルトらしい遊び心も歌いきって、見事。

ただ、CDならともかく、リサイタルで、歌曲集として連なりがあるわけではないいくつもの歌曲を次々と10曲程度ずつ歌っていくと、どうしても盛り上がりに欠けてしまう。これまで私の聴いた歌曲のリサイタルのように、一人の作曲家につき5~6曲程度にして、目先を変えるほうが盛り上がったと思う。ところが、エルトマンはあえて、そのようにしないことを選んだ。おそらく、俗受けするのではなく、じっくりと1人の作曲家を味わって歌おうとしたのだろう。気持ちはよくわかるが、私としては、せっかくこれほど素晴らしい演奏なのに、どうしても曲想が一本調子になってしまうのをやはり残念に思った。

とはいえ、本当に素晴らしい演奏。アンコールはメンデルスゾーンの「夜の歌」。最後にもう一曲歌われたが、知らない曲だった。

NHKが収録していたので、そのうち放映されるのだろう。エルトマンは現代のリート界を代表する名歌手だと思う。これからももっと聴きたいものだ。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

アルモドバル監督「セクシリア」「マタドール」「ハイヒール」「アタメ」「ジュリエッタ」、そして「人生スイッチ」

アルモドバルが監督、あるいは制作をした映画を数本みた。大傑作も、駄作としか思えないものもある。簡単に感想を記す。

 

216gwgcax8l 「セクシリア」 1982

アルモドバル監督のごく初期の作品。私はこれは駄作だと思う。人工授精の権威である学者を父親に持つセックス狂の女性セクリシリアと、ある国の皇太子を中心に、あれこれのセックスがらみの物語が展開される。愛を求めて右往左往する人々のドタバタ劇といったところだが、強いエネルギーを感じるものの、このような世界に、67歳になった私は残念ながら共感できない。いや、たぶん、10代でも共感できなかっただろう。若きアントニオ・バンデラスが出演している。

 

51gqspyvhtl_sy445_ 「マタドール」 1986

 それぞれセックス相手を殺していく男と女。男は生と死のはざまで生きてきた元闘牛士、女はその闘牛士にあこがれていた弁護士。その男女が、犯してもいない殺人を自供した神経症の若者(アントニオ・バンデラス)を介して知り合い、惹かれ合っていく。生と死とセックスと闘牛。血なまぐさくも陶酔的な世界がアルモドバル特有の原色の色彩によって展開される。激しい世界だが、人間の奥底にある欲望を見事の描いていると思う。

 私は、学生の頃、パゾリーニの映画が大好きだった。なぜ私がこのところアルモドバルの映画を見続けているのか。きっと私はパゾリーニと同じようなものをアルモドバルの中に見ているのだと思う。そして、それは私の心の奥にもあるものだと思う。

 

Photo 「ハイヒール」 1991年 アルモドバル監督

 大女優(マリサ・パレデス)を母親に持つニュース・キャスターのレベーカ(ビクトリア・アブリル)は、幼いころから家庭よりも仕事を選ぶ母親に不満を持ち、母の愛を求め続けている。互いに心のすれ違いを繰り返しながら、母親は娘の犯した殺人の罪をかぶって死んでいく。ストーリーにするとそのようなことだが、それを過激に、色鮮やかに描く。一般人の日常とはかけ離れた世界が激しい色遣いで描かれるために、それが私たちの日常のエッセンスとして示されているのを感じる。音楽は坂本龍一。おもしろい映画だと思った。

 

318ce93gpkl_sy90_ 「アタメ」 2005

 現在の日本では、このような映画は許されないのではなかろうか。まさしく、ストーカーを肯定するような映画。天涯孤独の孤児リッキー(アントニオ・バンデラス)は孤児院や精神病院で暮らしていたが、正常と認められて外に出る。すぐに憧れのポルノ女優マリーナ(ビクトリア・アブリル)のもとに向かい、部屋に監禁し、縛り付ける。そして、愛を求める。初めは拒んでいたマリーナもそれを受け入れるようになる。最後はリッキーを家族の1人と認める。ムシのいい映画だが、見ていると、確かにこのストーカー男の純情に同情したくなり、二人の燃える愛を応援したくなる。愛はきれいごとではない。激しい独占欲であり、相手を屈服させることであり、肉体そのもので相手を満たすことでもある。この映画を見ると、そのような思いを強くする。名作とは言えないが、問題作ではある。

 

257 「ジュリエッタ」 2016

 封切時には見なかった。素晴らしい映画。最高傑作といえるかもしれない。アリス・マンロー原作とのこと。マンローの短編はいくつか読んで強い感銘を受けた記憶がある。確かにマンローっぽい筋立てだ。

 ジュリエッタ(現在はエマ・スアレス、若いころはアドリアーナ・ウガルテ)は、列車の中で話しかけられた男性を冷たくあしらうが、その男性はその直後に自殺する。列車内で知った別の男性と恋に陥り、のちに結婚して娘をもうけ、幸せに暮らすが、夫の女性関係で喧嘩した日、夫はうっぷん晴らしの漁にいき、嵐にあって遭難死する。のちになって父親の死の状況を知った娘は母を許せなかったのだろう、新興宗教を信じるようになり、母と断絶する。ジュリエッタの母親は寝たきりになり、父親はそんな妻の目の前で若い女を愛人にして子どもをもうける。

罪の意識、死と隣り合う生、死とセックス、母と娘の葛藤。そのようなものが重なり合い渦となってストーリーが展開する。激しい内面を淡々と描く。いくつもの激しい愛憎が重なり合うが、それらがジュリエッタの中で微妙に重なり合っている。これほど重層的な愛のもつれを見事に描く手腕に驚く。アルモドバルにしてはおとなしめの表現だが、そうであるだけにひしひしと迫ってくる。

 

51fjtvw7zpl_sy445_ 「アイム・ソー・エクサイテッド」 2014

 異様につまらなかった。故障のために着陸できなくなって上空を旋回する飛行機の中で起こるドタバタ劇。男性客室乗務員や操縦士たちの全員がゲイで、ビジネスクラスの乗客たちの数人はセックス狂い。卑猥な言動にあふれ、あれこれ事件が起こる。笑いを目指しているところもあるのかもしれないが、私はまったく笑えない。私が笑えないのは、私がゲイではないためだということではないと思う。

 

81jj6trzal_sy445_ 「人生スイッチ」 2015年 ダミアン・ジフラン監督  (ペドロ・アルモドバル製作)

 アルモドバル監督の映画かと思ってみてみたら、別の若い監督の作品だった。国内で大ヒットしたアルゼンチン映画だとのこと。内容的には大物監督に勝るとも劣らぬ傑作だった。

6本の短編から成るオムニバス映画。いずれも、ちょっとしたことから行き違いになって引っ返しがつかなくなり、だんだんと大ごとになっていく物語がかなりブラックに、しかしユーモアたっぷりに描かれる。前の車を追い抜こうとしてトラブルになり、嫌がらせを重ねているうちに壮絶な殺し合いになってゆく・・・といったような物語が6本続く。途方もなく残酷な話も混じっているが、登場人物があまりに人間的なので、つい笑ってしまう。しかも、「人生って、確かにこんなところあるよなあ」と思えてくるし、最後にはそれなりにさわやかな気分になれる。なかなかの傑作だと思う。この監督の名前をよく覚えておこう。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

« 2018年6月 | トップページ | 2018年8月 »