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アルモドバル監督「セクシリア」「マタドール」「ハイヒール」「アタメ」「ジュリエッタ」、そして「人生スイッチ」

アルモドバルが監督、あるいは制作をした映画を数本みた。大傑作も、駄作としか思えないものもある。簡単に感想を記す。

 

216gwgcax8l 「セクシリア」 1982

アルモドバル監督のごく初期の作品。私はこれは駄作だと思う。人工授精の権威である学者を父親に持つセックス狂の女性セクリシリアと、ある国の皇太子を中心に、あれこれのセックスがらみの物語が展開される。愛を求めて右往左往する人々のドタバタ劇といったところだが、強いエネルギーを感じるものの、このような世界に、67歳になった私は残念ながら共感できない。いや、たぶん、10代でも共感できなかっただろう。若きアントニオ・バンデラスが出演している。

 

51gqspyvhtl_sy445_ 「マタドール」 1986

 それぞれセックス相手を殺していく男と女。男は生と死のはざまで生きてきた元闘牛士、女はその闘牛士にあこがれていた弁護士。その男女が、犯してもいない殺人を自供した神経症の若者(アントニオ・バンデラス)を介して知り合い、惹かれ合っていく。生と死とセックスと闘牛。血なまぐさくも陶酔的な世界がアルモドバル特有の原色の色彩によって展開される。激しい世界だが、人間の奥底にある欲望を見事の描いていると思う。

 私は、学生の頃、パゾリーニの映画が大好きだった。なぜ私がこのところアルモドバルの映画を見続けているのか。きっと私はパゾリーニと同じようなものをアルモドバルの中に見ているのだと思う。そして、それは私の心の奥にもあるものだと思う。

 

Photo 「ハイヒール」 1991年 アルモドバル監督

 大女優(マリサ・パレデス)を母親に持つニュース・キャスターのレベーカ(ビクトリア・アブリル)は、幼いころから家庭よりも仕事を選ぶ母親に不満を持ち、母の愛を求め続けている。互いに心のすれ違いを繰り返しながら、母親は娘の犯した殺人の罪をかぶって死んでいく。ストーリーにするとそのようなことだが、それを過激に、色鮮やかに描く。一般人の日常とはかけ離れた世界が激しい色遣いで描かれるために、それが私たちの日常のエッセンスとして示されているのを感じる。音楽は坂本龍一。おもしろい映画だと思った。

 

318ce93gpkl_sy90_ 「アタメ」 2005

 現在の日本では、このような映画は許されないのではなかろうか。まさしく、ストーカーを肯定するような映画。天涯孤独の孤児リッキー(アントニオ・バンデラス)は孤児院や精神病院で暮らしていたが、正常と認められて外に出る。すぐに憧れのポルノ女優マリーナ(ビクトリア・アブリル)のもとに向かい、部屋に監禁し、縛り付ける。そして、愛を求める。初めは拒んでいたマリーナもそれを受け入れるようになる。最後はリッキーを家族の1人と認める。ムシのいい映画だが、見ていると、確かにこのストーカー男の純情に同情したくなり、二人の燃える愛を応援したくなる。愛はきれいごとではない。激しい独占欲であり、相手を屈服させることであり、肉体そのもので相手を満たすことでもある。この映画を見ると、そのような思いを強くする。名作とは言えないが、問題作ではある。

 

257 「ジュリエッタ」 2016

 封切時には見なかった。素晴らしい映画。最高傑作といえるかもしれない。アリス・マンロー原作とのこと。マンローの短編はいくつか読んで強い感銘を受けた記憶がある。確かにマンローっぽい筋立てだ。

 ジュリエッタ(現在はエマ・スアレス、若いころはアドリアーナ・ウガルテ)は、列車の中で話しかけられた男性を冷たくあしらうが、その男性はその直後に自殺する。列車内で知った別の男性と恋に陥り、のちに結婚して娘をもうけ、幸せに暮らすが、夫の女性関係で喧嘩した日、夫はうっぷん晴らしの漁にいき、嵐にあって遭難死する。のちになって父親の死の状況を知った娘は母を許せなかったのだろう、新興宗教を信じるようになり、母と断絶する。ジュリエッタの母親は寝たきりになり、父親はそんな妻の目の前で若い女を愛人にして子どもをもうける。

罪の意識、死と隣り合う生、死とセックス、母と娘の葛藤。そのようなものが重なり合い渦となってストーリーが展開する。激しい内面を淡々と描く。いくつもの激しい愛憎が重なり合うが、それらがジュリエッタの中で微妙に重なり合っている。これほど重層的な愛のもつれを見事に描く手腕に驚く。アルモドバルにしてはおとなしめの表現だが、そうであるだけにひしひしと迫ってくる。

 

51fjtvw7zpl_sy445_ 「アイム・ソー・エクサイテッド」 2014

 異様につまらなかった。故障のために着陸できなくなって上空を旋回する飛行機の中で起こるドタバタ劇。男性客室乗務員や操縦士たちの全員がゲイで、ビジネスクラスの乗客たちの数人はセックス狂い。卑猥な言動にあふれ、あれこれ事件が起こる。笑いを目指しているところもあるのかもしれないが、私はまったく笑えない。私が笑えないのは、私がゲイではないためだということではないと思う。

 

81jj6trzal_sy445_ 「人生スイッチ」 2015年 ダミアン・ジフラン監督  (ペドロ・アルモドバル製作)

 アルモドバル監督の映画かと思ってみてみたら、別の若い監督の作品だった。国内で大ヒットしたアルゼンチン映画だとのこと。内容的には大物監督に勝るとも劣らぬ傑作だった。

6本の短編から成るオムニバス映画。いずれも、ちょっとしたことから行き違いになって引っ返しがつかなくなり、だんだんと大ごとになっていく物語がかなりブラックに、しかしユーモアたっぷりに描かれる。前の車を追い抜こうとしてトラブルになり、嫌がらせを重ねているうちに壮絶な殺し合いになってゆく・・・といったような物語が6本続く。途方もなく残酷な話も混じっているが、登場人物があまりに人間的なので、つい笑ってしまう。しかも、「人生って、確かにこんなところあるよなあ」と思えてくるし、最後にはそれなりにさわやかな気分になれる。なかなかの傑作だと思う。この監督の名前をよく覚えておこう。

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