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オペラ映像「エジプトのモーゼ」「スペードの女王」「見えざる都市キーテジの伝説」「セミョン・コトコ」

 ここ数日、3冊重なった8月刊行の著書の校正、加筆修正に追われていた。やっと片付いた。最近見たオペラ映像の感想を簡単に記す。

 

757 ロッシーニ 「エジプトのモーゼ」2017年 ブレゲンツ音楽祭

 あまりレベルの高い上演ではない。歌唱面では、むしろかなりひどいと私は思う。見事な歌をきかせるのは、アマルテアを歌うマンディ・フレドリヒくらいで、あとはかなり不満が残る。とりわけ、オジリデのサニーボーイ・ドラドラは音程が悪くて聴くに堪えない。なぜこのようなレベルの歌手が抜擢されたのか私には理解できない。モーゼのゴラン・ユーリッチはまずまず。エンリケ・マッツォーラ指揮のウィーン交響楽団は悪くないのだが、歌手陣がこのようなレベルだとどうにもならない。

ロッテ・デ・ビールによる演出も、私は意味があるとは思えない。オペラが始まると、片隅で人形劇が行われている。舞台上でその人形劇が展開されているという設定になっている。今さら聖書のエピソードを大袈裟に舞台上で展開するには、人形劇という形にせざるを得ないということなのだろうか。

 

115 チャイコフスキー 「スペードの女王」2016年 アムステルダム、オランダ国立歌劇場

 上演全体については、きわめてレベルが高い。ブレゲンツ音楽祭の「エジプトのモーゼ」とは段違い。ヤンソンスの指揮するコンセルトヘボウは舌を巻く美しさ。雄弁で切れがよく、繊細で潤いがある。歌に関してもそろっている。ゲルマンを歌うミーシャ・ディディク、エレツキー公爵のウラディーミル・ストヤノフ、トムスキー伯爵のアレクセイ・マルコフが特にいい。リーザのスヴェトラーナ・アクショーノワはとてもきれいな声で容姿も素晴らしいのだが、音程が所々で怪しくなるのが玉に瑕。

 ただ、ヘアハイム(私はこれまでヘルハイムと表記してきたような気がする)の読み替え演出については、私はかなり抵抗を感じる。リーザに婚約を解消されるエレツキー公爵をチャイコフスキーと重ね合わせている。公爵はチャイコフスキーそっくりの格好をして、同性愛者であるがゆえに女性を愛せずに苦しむ様子を舞台上の黙役としてパントマイムで演じる。脇役や合唱団にエレツキー公爵=チャイコフスキーと同じ服装にして、このオペラ全体がチャイコフスキーの愛の苦しみにあふれていることをほのめかす。舞台上にずっとチャイコフスキーらしい人物が登場してパントマイムを続けるのが私にはあまりに煩わしいし、そもそも同性愛者チャイコフスキーをここに示すのはあまりに安易だと思う。

 また、ヘアハイムの意図があるのかどうかわからないが、ゲルマン役のミーシャ・ディディクが、セリフで示されるような神経質で顔色が悪くて陰鬱な人間というよりも、むしろふてぶてしくて頑丈に見える。そうなると、このオペラ全体が説得力をなくしてしまう気がする。音楽的には素晴らしいが、オペラ全体としてみると、私はあまり大きな感銘は受けなかった。

 

160 リムスキー=コルサコフ 「見えざる都市キーテジの伝説」2012年 アムステルダム音楽劇場

 見えない都市キーテジは、ロシアでは有名な伝説の都市(要するに、天国につながる死者の都市ということだろうか?)らしい。このオペラ映像を初めてみた。このオペラの存在そのものもDVDを購入するまで知らなかった。きれいなメロディがたくさんあるし、ストーリーはわかりやすいし、この上演は演奏もそろっている。王子フセヴォロドを歌うマクシム・アクセノフとフェヴローニャを歌うスヴェトラーナ・イグナトヴィチはともに若くて容貌もよくて、歌唱もしっかりしている。名前から見て、スラヴ系の人らしいが、とても好感が持てる。グリーシカ・クテリマ:ジョン・ダスザックも立派な声で、酔っ払いを堂々と歌っている(ただ、演出家の意図かもしれないが、演技の上ではまったく酔っ払いに見えない)。マルク・アルブレヒト指揮のオランダ・フィルハーモニー管弦楽団もとても美しい。最終幕の幕切れはとりわけ素晴らしい。

 とはいえ、私はオペラそのものに少々退屈してしまう。台本があまりに冗長。このDVDの宣伝文句に「ロシアの『パルジファル』」とあったが、神秘的で長いのは、まさに「パルジファル」ばり。ただ、「パルジファル」にはワーグナーの魂を揺り動かす深くて巨大な音楽があるが、こちらはほとんどが美しく淡々と続く。「もう少しセリフを刈り込んでほしい」と現代人としては思ってしまう。

 

482 プロコフィエフ 「セミョン・コトコ」2013年 マリインスキー第2劇場

 素晴らしいオペラだと思った。音楽はもちろん台本もおしろい。演出も演奏も素晴らしい。「三つのオレンジへの恋」や「戦争と平和」に匹敵する傑作だと思う。

 ロシア革命直後のウクライナが舞台。ボリシェヴィキ政府はドイにウクライナを明け渡してしまう。セミョンはボリシェヴィキの兵士として戦った後、ソフィアと結婚しようとした矢先、ドイツ軍の侵攻に会う。反ボリシェヴィキのツァーリ派であるソフィアの父はドイツ軍に協力して、セミョンを殺させようとする。セミョンは逃亡し、ボリシェヴィキのパルチザンとともにドイツ兵たちを撃退する。

 まるでソ連の宣伝映画のようなストーリーだが、音楽は紛れもなくプロコフィエフであり、平和なオペラとは異なって、実にドラマティックでまさに革命的。1939年の作品だというが、ユーリ・アレクサンドロフの演出はメイエルホリドの時代の革命的演出を思わせる。操車場らしい場所を中心に抽象化され、戯画化された舞台でストーリーが展開する。これこそプロコフィエフがロシア革命の芸術として期待していたものだろう。プロコフィエフの書いた短編小説集(群像社ライブラリー)も確かに同じような味わいがある。

 セミョンを歌うヴィクトル・ルツュークは、若者には見えない容姿だが、声は素晴らしい。ソフィヤのタチヤナ・パヴロフスカヤ、ソフィヤの父のゲンナジー・ベズズベンコフ、村長レメニュクのエフゲニー・ニキーチンもこれ以上ないと思えるキャストだ。ワレリー・ゲルギエフの指揮するマリインスキー歌劇場管弦楽団ももちろん圧倒的。大変感銘を受けた。

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