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NHKで放映された2018年バイロイトの「ローエングリン」の演出に怒りを覚えた!

 さきごろNHK・BSで放映された2018年バイロイト音楽祭の「ローエングリン」をしばらく録画したままにしていたが、今日、やっとみた。近年のバイロイト音楽祭でよくあることだが、演奏の素晴らしさに圧倒されつつ、演出のあまりのひどさに怒るしかなかった。

 私が最後にバイロイト音楽祭に行ったのは2012年だった(高齢の母の体調が万全ではないので、その後、1週間以上の海外旅行を見合わせている)が、その時はノイエンフェルス演出のネズミの出てくる「ローエングリン」に呆れて、怒りをこのブログに書いた。今年のバイロイト音楽祭もそれと同じほど、いや、それ以上にひどい。

 先に演奏について感想を言うと、これは素晴らしいの一言。なによりもティーレマンの指揮があまりに凄まじい。近年のティーレマンの指揮については毎回、ただひたすらその音の威力に痺れるしかない。明確な強い音が鮮明さを保ったまま渦まき、うねる。時に魂をえぐるような音になり、時に天国的な音になる。

歌手もそろっている。ローエングリンのピョートル・ベチャワとエルザのアニヤ・ハルテロスももちろん最高に素晴らしいが、それ以上の迫力なのが、テルラムントのトマシュ・コニェチュニとオルトルートのヴァルトラウト・マイヤ。言葉をなくす凄さ。悪役二人が主役を食うことはこのオペラではしばしば起こるが、この二人はそのレベルではない。悪に輝いている。ハインリヒのゲオルク・ツェッペンフェルトもほかの歌手たち同様に素晴らしい。

で、問題のユーヴァル・シャロンによる演出。ローエングリンもハインリヒも明るさがない。主役格の人たちがみんな背中に不気味な羽をつけており、どうやら彼らは電灯に群がる虫を表わしているらしいことがわかるが、第二幕まではさほど大きなことは起こらない。

ところが、第三幕。エルザがローエングリンの素性を尋ねる場面で、エルザが抗うにもかまわず、ローエングリンがエルザをひもで縛る。どうやら、ローエングリンは「女は黙って男のするとおりにしていればいい。夫の素性などを知ろうと思う必要はない」と考えて質問を禁じ、エルザはそれに納得ができずにいる・・・そのようなやりとりがパントマイムでなされるようだ。

そして、最後の場面。エルザはおそらくローエングリンに幻滅して暗い顔をしている。弟ゴットフリートが登場して、エルザはそのほうに歩み寄る。弟は緑のマントに身を包み、緑の光を持っている。そのとき、ローエングリンやハインリヒやブラバントの人々は全員が倒れ、エルザとオルトルートが生き残る。

どうやら、次のようなメッセージをこの演出は伝えているようだ。「愛する人の素性を知ろうとするのは人間として当然なのに、ローエングリンは妻にそれも許さない。つまり、ローエングリンは男権主義者であって女性を無知のままにしておこうとして束縛している。ハインリヒやローエングリン、そしてテルラムントが行っているのは、虫が電灯に向かって争っているような卑小な権力闘争でしかない。そうした権力闘争から離れていたエルザとオルトルートだけが政治権力とは無関係の緑=自然重視の社会を建設できる」。

私はまったく何の予備知識もなく、何も調べずに映像を見ただけだが、私の能力ではこの演出はこのようにしか読み取れない。

確かにワーグナーはかなり極端な男権主義者だろう。ワーグナーのオペラの中に女性蔑視があることは誰でも気づく。ワーグナーの英雄たちは女性に自己犠牲を押し付け、自分は好き勝手なことをしている。だから、私自身は、ワーグナーの女性蔑視を演出によって取り上げるのは、「源氏物語」の光源氏の女権軽視を指摘するのと同じくらいにあまりに凡庸、あまりに陳腐だと思うが、それでもまあ、そのようなことをしたがる演出家がいても仕方がないと思う。そして、同時にワーグナーを神聖化するのではなく、卑小化しようという動きもある。そのような演出があっても、それまたいいだろう。

しかし、鬼の首を取ったようにワーグナーの女性蔑視を中心に据え、しかも、あれほど勇壮な音楽や輝かしい音楽が鳴り響いている時に、ローエングリンやハインリヒを卑小な虫の集団として描くことは、あまりに無神経だと思う。この演出は、まったく冴えがなく、凡庸であるばかりか、音楽を邪魔している。これでは単に、ワーグナーとは何も関係のない演出家の思想であるフェミニズムと自然環境重視の思想をワーグナーを借りて語ったに過ぎない。オペラの持っている本質的な部分を現代の人間に視覚的に示すという演出の役割を放棄している。

バイロイトもそろそろこのような幼児的な目立ちたがり演出から卒業してほしいものだとつくづく思った。

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映画「ここに幸あり」「汽車はふたたび故郷へ」「皆さま、ごきげんよう」「放浪の画家ピロスマニ」

 ジョージア出身の映画監督イオセリアーニの映画をDVDで3本みた。先日このブログに2本取り上げたので、合計5本見たことになる。簡単に感想を記す。また、「放浪の画家ピロスマニ」を久しぶりにみた。感想を記す。

 

51v34jrkdwl_sy90_ 「ここに幸あり」 オタール・イオセリアーニ監督 2007

 ジョージア出身のイオセリアーニ監督のフランス映画。大臣を罷免されたヴァンサンは、初めのうちは途方に暮れるが、やがて自由気ままに生きるようになる。それだけの話なのだが、様々な動物が登場して、何かというと友人たちで集まってタバコを吸い、酒を飲み、歌を歌い、楽器を演奏するというほのぼのした雰囲気がしみじみと素晴らしい。金や権力に執着してあくせくすることの愚かさをさりげなく描く。

 1930年代のフランス映画を思い出す。ルネ・クレールやジャン・ルノワールやジュリアン・デュヴィヴィエの描いた古き良きパリの香りがする。ジョージアで育ったことで、田舎の人間関係を今も心の奥に持っているということだろう。

 なんとヴァンサンの老いた母親を演じているのはミシェル・ピコリ! 日本映画で言えば、仲代達也がおばあさんを演じているようなものだ。そこにまったく違和感がないのも、まさに名優! 

 現代はJardins en Automne「秋の庭」。多くの動物、民族、様々な階層の人が共生すること心のふるさとを描こうとする。現実にはあり得ない社会なのだが、このように描かれると、つかの間の自由な世界が広がる思いがする。

 

51pmsr9omyl_sy90_ 「汽車はふたたび故郷へ」 2010

 これまで見てきたイオセリアーニ監督の映画と少し趣きが異なる。これは自伝的な映画らしい。ジョージアで育った少年が映画監督になるが、ソ連時代の検閲のために自由に作品を発表できない。自由を求めてフランスに亡命するが、そこでもプロデューサーの干渉によってうまくいかない。

苦悩が描かれるが、そこはイオセリアーニ監督。タバコを吸ったり酒を飲んだり楽器を演奏したりしてくつろぐ場面、様々な動物の場面がでてきて、独特の余裕、独特の生命賛歌がある。声高に語るのではなく、しみじみと家族愛、故郷愛、生命への愛が画面から漏れてくる。

 主人公は川の中で人魚の幻影を見る。最後、久しぶりに故郷に帰り、家族と川辺にピクニックに行って、人魚に誘われて川の中に入り込む。そこで映画は終わる。人間社会から一歩離れて、ある種の理想郷を描くことの決意表明だと私は思う。このような苦しい時代の後、イオセリアーニ監督は人間界から少し身を離して、人魚の世界、すなわち独特の理想郷を描くという作風で自分の道を見つけ出したのだから。

 

61pyirjbgl_sy90_ 「皆さま、ごきげんよう」 オタール・イオセリアーニ監督 2015年 

 81歳になったイオセリアーニが監督したフランス映画。これまでのイオセニアーニ監督の映画は同時代の人々の軽いタッチの群衆ドラマだったわけだが、今回はフランス革命期のパリでのギロチンで斬首される貴族の話に始まって、近代的な戦闘(おそらくソ連内、あるいは東欧での衝突)の場面が入り、そのあとで現代のフランスの話になる。つまり、歴史的にも縦断する群集劇と言えそうだ。

大勢の人物が登場し、その人たちがすれ違うだけだったり、かかわりを持ったりしながら、いくつものエピソードが語られるというイオセニアーニ監督特有の作風。そして、イオセリアーニ映画でよく見荒れる通り、タバコを吸い、酒を飲む場面が頻出する。

主役格は二人の老人。衝突したり、仲直りしたり、政府に歯向かったり、酒を飲み交わしたりして過ごす。かつて命を奪い合う出来事が起こり、今は平和になっているが、あれこれの小さな衝突がある。そのような世界を描く。時空間をつなぐ小道具としてギロチンできられた首・頭蓋骨があり、塀の中に突如として現れては消える時間を行き来する扉がある。

原題はCHANT D’HIVER、つまり「冬の歌」。人生の黄昏を迎えた二人の最後の人生の哀歓を描いているといえそうだ。ただ、残念ながら、私には全体を通すテーマがよく理解できなかった。おもしろいとも思わなかった。あれこれ盛り込みすぎて収集できなくなっているのを感じた。

 

51fqwqbcmvl_sy90_ 「放浪の画家ピロスマニ」 ゲオルギ・シェンゲラヤ監督 1969

 ジョージア(もちろん、当時はグルジアと呼ばれていた)映画の古典的傑作。40年以上前、封切時にみた。が、まるで絵画のような美しい映像の連続だったこと以外、内容についてはまったく覚えがない。アブラゼ監督のジョージア映画を3本、岩波ホールで見たのを機会に、久しぶりに見直した。封切時に見た時の感覚を思い出した。

 説明を排した寡黙な映画だ。すべての場面がそのまま絵画になるほどに美しく味わいがある。ピロスマニの絵画を模した構図。ジョージア(の自然や街並みを背景に放浪の画家ピロスマニの生涯が描かれる。まさしくピロスマニ自身の絵画による絵巻物。セリフが少なく、ほとんど説明がないがゆえに、ピロスマニの孤独な人生がそのまま伝わる。初めて見た時には、あまりに不思議な感覚に途方に暮れた記憶があるが、今見ると、その美しさに酔う。

 野原や畑を走る少年とピロスマニが重なる場面がある。ピロスマニが少年の心を大人になっても持ち続けて、ナイーブ(フランス語の本来の意味での)な絵画を描き続けたことを示す。この映画手法もまたとてもナイーブだが、この素朴な映画の中でこのように描かれると、素直に納得する。

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映画「スターリンの葬送狂騒曲」 史実もこのようなことだったのだろう

映画「スターリンの葬送狂騒曲」(アーマンド・イアヌッチ監督 イギリス映画)をみた。風刺の効いたドタバタ喜劇かと思っていたら、それほど笑いの場面はなかった。スターリンが突然、意識を失って倒れ、ついには死亡する。政治局員たちは後継者争いをする。当初はスターリンの手先として粛清の手助けをしていたラヴレンチ・ベリヤ(サイモン・ラッセル・ビール)が実質的な権力を持っていたが、徐々にフルシチョフ(スティーブ・ブシェーミ)が力を振るい始めて、ベリヤを失脚させ、銃殺刑にする。その様子を戯画化して描いている。

 私は「ほぼ全共闘世代」だから、一時期、マルクスの著作を何冊か読み、ロシア革命にも関心をもってレーニン、スターリン、トロツキーについても調べていた。ただ残念ながら、その後50年近くの間、関心をなくして、ほとんどそうした本を読まなかったので、すっかり忘れてしまった。映画を見ながら、「マレンコフって何をした人だっけ?」「そういえば、ミコヤンていたなあ」と思うだけだった。

 そんなわけで、どのくらい史実に近いのかわからない。ただ、おそらく実際にこのようなことが起こったのは間違いないだろうと思う。政治局員の全員が周囲を出し抜いて権力を得ようという意志は持っているが、時機を失したり、決断できなかった人間が失脚していく。ベリヤやフルシチョフ、そしてスターリンの子どもたちの実像は確かにこれに近いものだっただろう。

 そうした政治局員たちと対照的に自分の意志を貫く女流ピアニストをオルガ・キュリレンコが美しく演じている。ただ、それだけの映画なので、私としてはあまり深い感銘は受けなかった。少なくとも、新たな発見はなかった。

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ストルゴーズ+読響には感動しなかったが、ラムスマのアンコールはよかった

 2018825日、東京芸術劇場で読売日本交響楽団の演奏を聴いた。指揮はヨーン・ストルゴーズ。曲目は、シベリウスの「フィンランディア」、シモーネ・ラムスマが加わってシベリウスのヴァイオリン協奏曲、後半にドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。

 昨年、ラムスマのフランクのソナタを聴いて、その鮮烈でダイナミックな表現に深く感動した。ラムスマをぜひまた聴きたいと思って出かけたのだった。

 まず、「フィンランディア」はかなり身振りの大きい煽り気味の演奏。ティンパニが大きくなり、オーケストラも激しく大きな音を出す。オーケストラは、金管楽器を含めて、とても勢いのある美しい音を出している。さすが読響。だが、そのわりに私の心は躍動しない。音楽の冴えをあまり感じない。ハッとするところがなく、一本調子に煽っているように感じる。音の濁りも感じる。特に感動することなく、「フィンランディア」は終わった。

 次にラムスマ登場。私は大いに期待したし、ヴァイオリンの最初の音には強く惹かれた。さりげなくクールな音。だが、そのあと、いつまでたっても私は音楽に惹かれなかった。指揮とヴァイオリンがちぐはぐな感じがした。指揮は、熱く盛り上げようとしているようだ。だが、ラムスマのヴァイオリンはそのような熱さをむしろ拒否するタイプの演奏だ。だから、うまくかみ合わない。音楽が中途半端になって、どんな音楽にしたいのかが聞こえてこない。ラムスマも迷いながら弾いている感じ。昨年、聴いた思い切りのよいダイナミックな表現が影を潜めている。協奏曲の最後まで、私はそのような印象を持った。

 ラムスマのアンコールとして、イザイの無伴奏ソナタを弾いた。「怒りの日」が出てくるソナタ2番から。これは素晴らしかった。思い切りのよい鮮烈な音。クリアで鋭くて音程がよくて、音楽の躍動も見事。この日の演奏でこれが一番良かった。私が期待していた通りの演奏。こんな演奏が聴きたいと思って、足を運んだのだった!

 後半の「新世界より」も「フィンランディア」と同じような印象を持った。速めのテンポでかなり煽り気味。もちろん様々な表現をしているし、緩急をつけ、楽器の美しさを引き出しているのだが、なぜか私には一本調子に聞こえてしまう。新鮮さを感じない。第2楽章のイングリッシュ・ホルンはきれいなのだが、全体的に雰囲気というか香りのようなものを感じない。第3楽章も躍動せず、第4楽章も私の心は不発に終わった。

 しばらく心の底から感動するコンサートに出会っていない。

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映画「アフガン」「スターリングラード」「素敵な歌と舟はゆく」「月曜日に乾杯!」

 このところ、マイペースで仕事をしている。ロシア旅行をしたせいもあって、ロシア映画、ジョージア映画を何本か見た。簡単に感想を書く。

 

51pbh9cco2l_sy90_ 「アフガン」 フョードル・ボンダルチュク監督 2005年 

 1960年代、高校生だった私はセルゲイ・ボンダルチュク監督の「戦争と平和」を見て圧倒された記憶がある。フョードル・ボンダルチュクはそのセルゲイの息子さんとのこと。8月の戦争の季節なので、戦争映画をいくつか見てみた。

 ソ連によるアルガン侵攻はアメリカによるベトナム侵攻とそっくり同じ構図だ。軽い気持ちで軍隊に入り、アフガンに送られた若者たちは、壮絶で凄惨な戦場を目の当たりにし、現地の人々に支持されていない戦いを経験する。そして、第9中隊の配属された人々は、祖国のため、自分たちの誇りのために戦い抜こうとするが、イスラム兵の総攻撃を受け、一人を残して全滅する。

 戦争の場面があまりにリアル。凄絶な戦争の中に投げ込まれた感じがする。アメリカ映画のように登場人物の個性をうまく描き分け、芸術家の卵、うぶな青年、与太者の生きざま、死にざまを追っていく。

 ソ連のアフガニスタンに対する暴虐、アフガニスタン国民に対するソ連兵たちの人権蹂躙などは描かれない。私たち西側の人間からすると、かなりソ連寄りのこの映画の視点に疑問を持たざるを得ない。だが、ロシア映画としてはやむを得ないだろう。そもそもこれがロシア人の視点なのだろう。

 

51novyuazql_sy90_ 「スターリングラード」 フョードル・ボンダルチュク監督 2013

 映画の冒頭、2011年の東日本大震災のがれき(ただ、看板などの様子からして、ニューヨークあたりのチャイナタウンっぽい)が映し出される。救援に来たロシアのグループの1人が生き埋めになったドイツ人を助けようとして、繋がった電話で話しかけて元気づけようとする。そうして、スターリングラードの対ドイツ軍の凄絶な戦いの中でがれきの中で生き抜いた自分の母親とそれを守った男たちの話をする。

 ソ連とドイツの戦争を大局から描くのではなく、アパートの中に孤立しながら、貧弱な武器だけで敵に攻撃を仕掛ける数人に焦点を絞っている。常に煤が降りしきる中、薄汚れた兵士たち、市民たちが必死に戦い、殺し合う。ソ連兵もドイツ軍将校も愛を大事にし、私怨にかられる。アパートに立てこもった5人は一人の女性を守ったまま全員死んでいく。

 スターリングラードの凄絶な戦いの全体像が分からず、アパートに置かれた人々の位置づけなのが曖昧なので、少々退屈したが、映像はきわめて芸術的。かつてのソ連映画のような説教臭さもヒロイズムもなかった。好感の持てる映画作りではあった。

 

51wte3qsxl_sy90_ 「素敵な歌と舟はゆく」 オタール・イオセリアーニ監督 1999

 ジョージア(グルジア)出身の映画監督イオセリアーニの作ったフランス映画。戦争映画を見た後でこれを見ると、心からホッとする。

 不思議な群集劇だ。名前も経歴も明かされないままパリの街のたくさんの人物が登場する。その人々があちこちでかかわりを持ったり、お互い知らないままにすれ違ったり。中心になるのはある大邸宅の裕福な家族。妻が実業家として活発に動き回る。おしゃれに着飾ってパーティを開き、階層を強く気にかけ、上流階級として下層の人たちを叱り飛ばして生きている。老いた夫や子どもたちは、そうした環境から逃げ出したがって、下層の人々と親しくしている。息子は実際に町の下層の人々と親しく交わるうちにチンピラと関わって刑務所に入る。夫は最後、小舟に乗って邸宅を脱出し、歌いながら放浪する。小さな子どもやペットのコウノトリは家に寂しく残される。

 それだけの話なのだが、軽妙でさりげなくて、しかも観察と暖かさにあふれているので、退屈しないでみることができる。シューベルトの「美しき水車小屋の娘」の第1曲「さすらい」がたびたび聞こえてくる。まさしく、これは「さすらい」の映画。がんじがらめになった現代社会から身を離してもっと自由にもっと気楽に、お金や階級やしきたりにこだわらずに生きていくことを、肩ひじを張らずに自然に語りかける。

 原題はAdieu, plancher des vaches。直訳すると、「さらば、牝牛の床よ」ということになると思うが、要するに、「さらば、住み慣れた家よ」というような意味らしい。

 

51bzpnhhmhl_sy90_ 「月曜日に乾杯!」  オタール・イオセリアーニ監督 2002

 これもイオセニアーニ監督らしいとぼけた味わいの映画だ。

中年男ヴァンサン(ジャック・ピドゥ)はフランスの田舎町で家族と暮らし、車と電車で工場に通い、やる気のない労働者たちに交じって、健康の上からも環境のよくない職場で溶接工として単調に働いている。ところが、ある日、拘束されて働くことに嫌気がさして職場放棄し、遠くに住む父親や友人と会い、そのあと、ふらっとヴェネツィアに出かける。そこで会った人と友達になって、ワインを飲み、お金が底を尽きたことにも特に気にせず、気ままに暮らし、しばらくして家に戻る。

それだけのストーリーが、田舎の家族や旅の途中で出会った人々の人間模様とともに描かれる。これを見るほとんどの人が、「ああ、実はオレももともとはこんな風に、お金にも人間関係にもあくせくしないでのん気に生きていくのが好きなタイプの人間なんだ・・・」と思うだろう。世の中の矛盾にうんざりしながらも、肩に力を入れずに町の片隅で人間を信じてのんびり生きていこうとする生き方に共感する。このような能天気な生き方を通すには、それなりの覚悟が必要であり、それを映画として描くには恐るべき人間観察が必要だろう。それを見事にやってのけるイオセリアーニ監督に脱帽。

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ティアラこうとう「ドイツ・レクイエム」

2018819日、ティアラこうとうで飯守泰次郎指揮、東京シティ・フィルハーモニック管弦楽団、ティアラこうとう真夏のレクイエム合唱団(合唱指揮:四野見和敏)の演奏でブラームスの「ドイツ・レクイエム」を聴いた。ソプラノは安井陽子、バリトンは萩原潤。

合唱団は140人前後(横20人が7列並んでいたような気がする)。ただ、この合唱団の精度がよくなかった。どうやら市民合唱団のようだ。ブラームスのこの曲で合唱の精度がよくないと、聴いていてかなり苦しい。もちろん、市民合唱団としては大健闘しているし、それはそれで素晴らしいことだが、アマチュア合唱団と知らないで聴きに行った(臨時編成のプロの合唱団だと思っていた)人間からすると、少々がっかりした。もう少し人数を減らして精度を上げるほうが、結果的に迫力ある演奏になったのではないかと思う。

ただ、東京シティ・フィルはまったくだれることなく真摯に音楽を作っていたし、マエストロ飯守もドラマティックな音楽を創り出していた。とりわけ第二楽章の深みは圧倒的だった。

二人のソリストも見事だった。とりわけ安井陽子は音程のしっかりとした清澄な声で、しかも声量もたっぷり。これまで何度も安井の歌は聴いてきているが、改めて素晴らしい歌手であることに納得した。

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イルクーツク旅行

 201889日から12日までイルクーツクを旅行した。34日の短い旅行だ。ある代理店による一人参加の、かなり自由行動の多いツアー。

 89日の夕方に出発し、5時間半ほどで、シベリア航空の直行便でイルクーツクに到着。午前中まで関東地方には台風の影響があったので心配していたが、無事、飛行。ただ、機内食は責任者の神経を疑いたくなるようなまずさだった。

到着したときには、日付が変わって10日になっていた。運転手さん(日本語は通じない。英語もほとんど通じなかった)がやってきてホテルまで運んでくれた。到着したのが、前もって聞いていたホテルではなかったのであわてたが、ともあれ予定通りのホテルまで行って無事泊まることができた。

 

810

 9時にガイドさん(日本語のとても達者な中年男性)が来て、市内見物。あいにくの雨。20度くらいの涼しさ。イルクーツクはシベリアの森の中、バイカル湖から流れるアンガラ川周辺に広がる人口は60万人程度の落ち着いた都市。流刑になったデカブリストたちが作った都市なので、文化レベルが高い。

雨の中、アンガラ川沿いを歩き、キーロフ広場を歩いてスバスカヤ教会とバガヤヴレーニエ教会に行った。たしかバガヤヴレーニエ教会だったと思うが、中に入ると美しい女性合唱が聞こえた。ア・カペラの清澄な声。ギリシャ正教の教会ではこのような合唱による祈りがなされるようだ。これまでにも何度か耳にした。教会の中はイコンが飾られ、祈る人の姿が見える。ガイドさんによると歌っているのは専門の合唱団だとのこと。一般の信徒はそれに合わせて祈るだけのようだ。それにしても、見事な合唱。ロシアの合唱団のレベルの高さのすそ野がこんなところにあるのだろう。

その後、ぐるりと車でイルクーツク市内を回って、バイカル湖に向かった。白樺やカラマツの森がずっと続く。ほとんどが原生林らしい。その森の中を高速道路が走っている。新しい道路は片側三車線だが、ソ連時代の古い道路は片側一車線。交通ルールは全員がきちんと守っている。無理な追い越しやあおり運転はない。

途中でタルツィ木造建築博物館に寄った。そのころには、雨が上がったが、まだ曇天。

かつてコサックがシベリアに入り、それに続いて領地から逃れた農奴が開墾し、厳しい中を生きた状況が、アンガラ川近くの深い森の中に一つの村のように再現されている。中国人の団体のほかにも観光客がかなりいた。

農民の家、役所、倉庫、学校などが展示されているが、これらは実際にあったものをこの場所に移築したものらしい。厳しい寒さがわかる建物群だった。ペチカのある家屋があり、備蓄倉庫があり、そのそばに橇などの用具が置かれている。寒さをしのぐためにペチカを最大限に利用する工夫、凍った土地の上に家を建てるための堅い木を使う工夫などが知れた。

流刑になる人間の留置所もあった。20キロ以上ありそうな丸太に鎖が打ち付けられ、その先に足輪がついている。流刑者は足をつけられ、その丸太を持って移動したらしい。確かにそのような風景を映画などで見た覚えがある。

ガイドさんの説明を受けながら、1時間以上歩いた。なかなかおもしろかった。ただ、ガイドさんが「これは何だと思いますか? 最初のヒントは・・・」などとクイズを出し、私が何か答えると、「それがファイナル・アンサーですか」と言わるのは困った。私の答えのほとんどが間違っていた。それほど、想像を超える極寒の地での生活の状況だった。

その後、バイカル湖に向かった。アンガラ川とバイカル湖の境目に「シャーマンの岩」と呼ばれる岩が水面に突き出している。ただ、残念ながら曇り空。晴れた日は青々と見えるはずの水面は暗くよどんでいる。

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バイカル湖付近で昼食を済ませて、リフトを使って展望台へ行った。そこからバイカル湖を見た。ここでも中国人観光客が目立つ。日本人も韓国人もロシア人もほかの国の西洋人もいる。なかなかの絶景。シャーマンの岩が見えた。

 シャーマンの岩には様々な伝説があるらしい。ガイドさんが話してくれたのは、不貞を働いた女性を岩に置き去りにし、翌日に岩から消えていたら、「バイカルの神が女性を許して受け取った」とみなし、翌日まで生きていたら、「この女性は不浄だからバイカルの神は受け取りを拒否した」とみなして殺害したという話だった。逆に、男性の場合には、生き残っていたら許されたらしい。事実かもしれない。

 次に、ガイドさんに連れられて、シベリア抑留されて命をなくした日本人の墓を訪れた。ロシア人の墓地の傍らにこぎれいに整理されて60のカタカナの名前入りの石柱が並んでいる。最近になって整備されたものだという。

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 私は、辺見じゅんの「収容所から来た遺書」でも描かれている山本幡男のあまりに悲劇的であまりに気高い人生、そしてその友人たちの感動的な行為を知って以来、シベリア抑留に関心を持ってきた。イルクーツクに来たいと思ったのも、シベリア抑留の地を見てみたいという思いがあったからでもある。実は、もっと大規模な古い墓地を予想していたので、新しい墓碑を見て、ちょっと拍子抜けした。が、そんなことを言っては、亡くなった方々、墓を整備した人に申し訳ない。お盆の少し前だが、墓にお参りした。

 その後、バイカル湖博物館を訪れ、様々な魚のいる水族館を見た。丸々と太ったアザラシが泳いでいた。

 船着き場になっていて遊覧船やモーターボート、様々な国の観光客などでにぎわうバイカル湖の岸辺を通過して、人気のいない岸辺を歩いた。海のように波があり、向こう岸がかすかに見える程度の広さ。地球上の淡水の20パーセントを占め、最大幅が80キロ。透明度でも世界で類を見ないほどの大淡水湖。広さがわかる。地面が褶曲してバイカル湖ができたというが、岸辺の岩はまさに曲がりくねっている。太古の時代の大地のねじれ具合がよくわかる。

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水に触ってみた。冷たい。水温は3度くらいだとガイドさんは言ったが、それほどでもなさそう。それでも、10度以下ではあるだろう。

 その後、魚や果物、野菜、土産物を売る、市場をみて、バイカル湖の近くの村リストヴャンカにあるホテル(リストヴャンカ・シャーレ)に到着。海岸から15分くらい坂を上ったところにあるこじんまりしたコテージ風の木造のホテルでなかなかに感じがいい。ガイドさんと別れて、一人になって部屋に入って一休みした。今回のツアーでのガイドさんとの付き合いはこれで終わり。

 その後、一人でバイカル湖畔を歩いた。船着きの近くに行った。土産物屋があり、お菓子などを売る店もある。観光客でにぎわっている。箱根の芦ノ湖の船着き場の雰囲気に近い。ただ、湖の大きさには大きな差がある。ロシアの人だろう、水着姿で、この冷たい水の中を及んでいる男女がいるのには驚いた。そのほか、モーターボートに家族やカップルが乗っている。サービスということだろう、モーターボートはカーブを描き、水しぶきをたてている。乗っている子供は叫び声をあげ、船の柱にしがみついている。

 しばらくしてホテルに戻り、ホテル内で食事。夜を過ごしたが、私は寒さに弱い。昼間は14度くらいだったが、夜はもっと気温が下がっている。オイルヒーターが備えられていたので、さっそく利用したが、ちょっと遅かったらしい。お腹が冷えたせいか、腹痛を覚え始めた。翌日が心配になって、早めに寝た。

 

811

 9時からホテルで朝食をとったが、食欲がなかった。まだ体調がよくないのでしばらく部屋で休息。数時間して、やっと回復してきた。

 12時に運転手さんが迎えに来て(ガイドさんはいない)、イルクーツクへ出発。前日の道を戻ったが、青空が広がっており、バイカル湖が美しい。

1時間ほどで前日と同じホテルに到着。ホテルに荷物を置いて、イルクーツクの町の見物に出た。体調が心配だったが、ともあれ歩くには支障がない。

 前日の寒さに比べると、かなり暑い。日差しが強く、30度近くある。

 市内の確実な移動手段はトラムのようだ。タクシーはほとんど走っていない。ゆっくり歩いて、街を見物した。人通りはほとんどない。森に囲まれた自然の中で息づいている都市だと強く感じる。きれいな空気の下でロシア人がゆっくり歩いている。

しばらく歩いて停留所を見つけ、トラムに乗った。トラムには車掌さんが乗っているので、料金(15ルーブル均一)を支払うのに苦労しない。10分ほどトラムに乗って、クレストヴォズドヴィジェンスカヤ教会に行った。こじんまりした教会でイコンが美しく、木立に囲まれた休息所があり、草花の植えられた庭がある。

 周囲にはロシア風の建物が静かに立っている。

 交差点を挟んだ向かい側には小さな広場があって、そこにはイルクーツクの象徴である貂(テン)をくわえた虎の像があった。そこから南に若者好みのこぎれいな道があって、おしゃれな店が並び、カップルが歩いていた。原宿のような雰囲気。それでも、人の数は少なく、数人が静かに歩いている。

すぐに引き返して、トラムの通っている道路をホテルの方向に向かって歩いた。フィルハーモニーの建物があった。オーケストラ・コンサートのポスターがあったが、キリル文字なので、オーケストラの名前も演奏者の名前も、作曲者の名前もわからない。

 そのまま歩くと、レーニン広場があった。イルクーツクでは社会主義を建設した人々は今も否定されていない。中央にレーニン像がある。

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 そこを右折すると、カール・マルクス通り。これがイルクーツクの中心街だ。ただ、「地球の歩き方」を見て、銀座のようなところかと想像していたら、それほどでなかった。人通りはほとんどなく、建物も低く、華やかさはまったく感じない。繁華街という雰囲気でもなく、ふつうの静かな街並みだ。カール・マルクス通りを東に歩いていった。

ふつうのスーパーが通りに面してあったので入ってみた。特におしゃれな店というわけではない。観光客らしい中国人や現地の人らしい客が数人いる程度。品ぞろえは一般のスーパーと変わらない。バイカル湖でとれたと思われる魚類が多く、ほかは肉類、チーズ類が目立つ。お菓子の類は甘そうなものばかり。塩辛い系、チップス系のものはまったくない。

少々疲れたので、いったん、ホテルに戻ることにした。トラムにのろうと思って、先ほどの道に戻った。レーニン広場の停留所がきっとあると思っていたが停留所が見つからない。そもそも停留所のしるしがどこにあるのかもわからない。トラムの路線に沿って歩いてやっと停留所らしいものを見つけて乗ろうとして、これが最初に乗り込んだ停留所だと気づいた。つまりは、ホテルのすぐ近くまで歩いたわけだ。そのまま歩いてホテルに戻った。

一休みして英気を養い、再び外出。今度はホテルのスタッフにタクシーを呼んでもらって、イルクーツク駅に行った。

シベリア鉄道に初めて乗ったのは、2013年、ハバロフスクからウラジオストクまでだった。昨年はウランバートル駅から近郊まで乗った。本当はイルクーツクでも列車を利用したかったが、一人で乗るのは怖い(何しろ、文字が読めないのでどうにもならない!)のでやめた。駅の中を見物し、列車が入って、多くの客が乗り込むのを見送って、駅前からトラムに乗って再びイルクーツクの中心街へ向かった。

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夕方になっていたので、どこかで食事をしようと思っていた。ついでに百貨店をのぞき、その横の中央市場を歩いてみた。百貨店はブランド店などが並んでいたが、客はガラガラ。2階まで上がってみたが、エスカレーターが故障していたので、そこでやめて下に降りた。中央市場には百貨店よりも多くの人がいた。それでもにぎわっているという感じではない。野外に野菜や果物の商店が立ち並んでいる。建物の中には魚や肉が並んでいる。原形をとどめたような大きな肉の塊も売られていた。

10分ほど歩いてカール・マルクス通りまで行き、ガイドブックに紹介されているロシア料理の店に入ろうとしたが、見つからない。レストランらしい店はほかにないでもないが、ロシア料理ではなさそう。わざわざイルクーツクまで来てイタリア料理や中華料理や寿司を食べても仕方がない。少し歩いてみたが、入りたくなりそうな店はなかった。そもそもキリル文字なので、何の店なのかもよくわからない。

最も安全なのはホテルのレストランで食べることだと思いなおして、タクシーを捕まえようとしたが、これがなかなかつかまらない。一台、やっと信号停止しているのを見つけて、ホテルカードを見せてそこに行ってもらおうとしたが、なぜか乗車拒否された。近すぎるせいだったのか。しかも、例によってトラムの停留所も見つからない。仕方がないので、ホテルまで歩いた。

アンガラ川沿いの道を選んだ。岸辺を歩くのは気持ちがいい。夕方になって、気温も下がり、心地よい。青空が広がり、風も出てきた。疲れていたので、ゆっくり歩いた。北国なので日暮れが遅い。もう、20時くらいになっていた。

再びホテルに戻って一休みしてから、ホテル内のカフェ・レストランで食事。大レストランも併設されていたが、そこではなんだか大音響でイベントが行われている。大音響を耳にしながら魚のスープやキノコの水餃子のような料理を中心に食べた。カフェのすぐ横では、中国人の小さな団体が食事をしていた。

ウェイトレスさんは、アラン・ドロンに似た顔のとてもきれいな女性だが、信じられないほど不愛想。ロシアの店員さんのほとんどは不愛想だが、ことのほかその傾向が強かった。注文を受ける時も、食事を持ってくるときも、しかめ面をしたまま。食事を終えてから、代金が910ルーブルだったので、1000ルーブル(日本円で2000円ほど)出して、残りをチップとして渡すと、突然とてもきれいでチャーミングな笑顔が現れた。「なんだ、不愛想でない顔もできるんじゃないの。たった180円くらいのチップで、そんな嬉しそうな君の笑顔が見られてうれしいよ」と皮肉を言いたくなった。

少量だったが、ウォッカも飲んだので、しばらくして寝た。疲れ切っていた。

翌日、8月12日、9時に運転手さんが来て、そのままイルクーツク空港に向かい、成田へ。無事、帰国。

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映画「誰も知らない」「歩いても歩いても」「海よりもまだ深く」「午後の曳航」

 少し時間的余裕ができたので、DVDを入手して、「万引き家族」で関心を持った是枝監督の映画を中心に何本か映画を見た。簡単に感想を書く。

 

41dqvi6worl_ac_us200_ 「誰も知らない」 是枝裕和監督 2004

 今回初めて見て、「万引き家族」との類似性を考えた。母親(YOU)に置き去りにされ父親の異なる四人きょうだい。もっとも年上の12歳の明(柳楽優弥)がきょうだいのめんどうをみて生活する。子どもたちは出生届が出されておらず、学校にも通っていない。周囲の大人たちは子どもたちの状況を知らず、深入りしようとしない。社会の片隅で子どもたちは悲惨な生活を続け、ついにもっとも年下の女の子は命を失い、途方に暮れた明は遺体をスーツケースに入れて羽田空港近くの河川敷に埋めに行く。

 この出演で柳楽優弥がカンヌ映画祭の最優秀主演男優賞を受賞したわけだが、確かに圧倒的な存在感。柳楽に限らず、子どもたちの演技について是枝監督の演出力に感服する。淡々と悲惨な生活をリアルに描く手腕も見事。ただ、大人たちに知られずに社会の中で孤立して生きていく子どもたちの姿を描くだけで、それ以上の深みを感じない。その点で「万引き家族」との大きな違いがある。

 

51rbwcauabl_ac_us200_ 「歩いても歩いても」 是枝裕和監督 2008

 その昔、家族に期待されていた男性がよその子どもを助けるために自分の命を差し出してしまった。その男性の法事に集まった家族の物語。

それぞれの登場人物が人間関係の悩みを抱え、他者に対する愛情と憤りを併せ持って生きている。映画の前半でわからなかったことが、後半で徐々にわかってきて、それぞれの抱える悩みの大きさが等身大で伝わってくる。「等身大」とここに書いたのは、大袈裟に誇張された形でなくしっかりと伝わるということだ。樹木希林、原田芳雄、阿部寛、夏川結衣、高橋和也らの演技が見事。そして子役たちも素晴らしい。

かつて亡くなった長男という「不在」を中心に物語が展開し、「不在」がみんなの心の影を落としている。ただ一人、その「不在」と関係のない妻(夏川結衣)の連れ子がもう一つの見えない「不在」を成して、その関係がとても興味深い。とても良い映画だと思った。

 

510xw073pel_ac_us200_ 「海よりもまだ深く」 是枝裕和監督 2016

 かつて文学賞を取りながら、その後、書けなくなって、文学の取材という口実の下にいかがわしい私立探偵の職についている男(阿部寛)が、離婚した元妻(真木よう子)と子とともに母(樹木希林)の暮らすアパートに寄ってそのまま台風に遭遇して帰れなくなる。堕落してしまった自分を反省し、やり直したいと考えるが、どうにもならない。そのような男の思いを描く。

私も30代前半までうだつの上がらない何も持たない人間だったので、この男の気持ちはよくわかる。だが、ただそれだけに思える。それ以上の深い内容をこの映画から見つけ出すことはできなかった。是枝監督の演出力には敬服するが、少し物足りなさを感じた。

 

 

41g6zdoesul_ac_us200_ 「午後の曳航」 ルイス・ジョン・カリーノ監督 1976

 大学院生だった時代に予告編を見たのをよく覚えている。だが、三島由紀夫原作の小説が大好きだった私は、イギリスを舞台に改めたこのイギリス映画を「きわもの」だと感じて見に行かなかった。原題は「The Sailor who fell from grace with the sea

それから40年以上たってみてみると、映画としてもとてもおもしろい。母親(サラ・マイルズ)、水夫(クリス・クリストファーソン)も魅力的であり、説得力のある人物として描かれている。

もちろん、横浜が舞台だったはずなのに、映画の中では小さな港町になっていたり、5人の少年たちのリーダーがあまりに独裁的であったりといった違和感はいくつもあるが、ともあれ、私の考える三島のエッセンスを伝えている。海と立ち向かう純粋なる水夫が恋によって卑俗な人間になり下がり、許せなかった少年がそれを罰するという大まかなストーリーも的確に描かれていると思うし、その背景にあるニーチェ的な思想もほのめかされている。海や船や港町の風景も美しい。1970年代の私の心の狭さを反省した。

 

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テンギス・アブラゼ監督「祈り」「希望の樹」「懺悔」

 岩波ホールでジョージアの巨匠テンギス・アブラゼ監督の三部作「祈り」「希望の樹」「懺悔」の連続上映を見た。アブラゼ監督の名前も初めて知った。三つの作品はいずれも絶品だった。ただ、重いテーマなだけに三本続けてみたあと、かなり疲れた。

「祈り」 1967

 モノクロの映像詩のような映画。いつの時代のことなのかよくわからなかった。中世なのだろうか。コーカサス地方で暮らすキリスト教徒とイスラム教徒にかかわる二つの話が中心になっている。一つはイスラム教徒に寛大に接したために仲間に責められて村を追われるキリスト教徒の話、もう一つはキリスト教徒を客人に招いたために村人に責められて殺されるイスラム教徒の話。いずれも異教徒に対して寛大に振る舞った二人が不寛容な人々に責め立てられる物語だ。

そこに清楚で美しい女性が悪魔のような男と婚礼をあげ、ついには死に追いやられ、葬儀が行われる場面が超歴史的に(つまり、古代や現代を舞台にそのような場面が展開する)挿入される。高潔で寛大な天使のような精神が不寛容で欲深い悪魔のような精神に蹂躙されるという普遍的な真実を示しているのだろう。

とても厳粛で宗教的で美しい。ただ、映画全体としては、いかにも「芸術」という感じがして、鬱陶しい気がしないでもない。

 

「希望の樹」 1976

 ロシア革命前のジョージアの村の物語。村人たちの様々なエピソードが語られるが、中心になっているのは貧しい青年ゲディアと清純な少女マリタの恋だ。二人は牧歌的な社会で清純に愛し合うが、マリタは権力者シェテに見染められ、親に結婚を決められてしまう。結婚後もゲディアと室内で会っているところを目撃されて、不義を働いたとみなされ、さらし者にされ、村人たちによって死に追いやられる。

そうした物語の中に、村人から信頼されているが、封建的な因習を押し付ける長老、多くの男を色香で惑わす美女、因習をすべて破壊する革命を熱狂的に求める男、優雅な装いのぼろ服を着て過去の恋愛について触れ歩く厚化粧の中年女性、金の魚や希望の樹など奇跡の生物を発見することに命を懸け、ついには凍死してしまう男性などがからむ。

 重層的に革命前夜の村の状況を描く。ソ連時代の映画なので革命前の牧歌的でありながらも旧弊で閉塞的なジョージアの社会が否定的に描かれる。が、その人間模様はとても魅力的だ。単なる革命礼賛ではなく、人間の奥深くを見つめている。革命前の前近代的な自然崇拝のような不思議な宗教的雰囲気にも心ひかれる。

それにしても映像が美しい。冒頭のひなげしの野原で白馬が死んでいく場面は衝撃的。牧歌的に見える世界で起こる悲劇をこの場面が象徴している。ぼろ服の厚化粧女性の身のこなしもマネの「日傘をさす女性」のような趣があって、とても魅力的だと思った。

 

「懺悔」 1984

 ジョージア内の架空のある市の物語。独裁的な市長だったヴォルラムが病死する。その後、その市長の独裁的な行動の被害に遭った女性が裁判の場で市長の強圧的な行動を語る。市長は黒シャツを着てヒトラー風のちょび髭をつけた、まさしくファシスト風。気に入らない市民に因縁をつけて粛清していく。だが、なかなか愛嬌のある市長で芝居っけたっぷり。「イル・トロヴァトーレ」のアリアを見事なテノールで歌って聞かせたりする。それだけに空恐ろしい。

ここに語られるのは、宗教という精神の指針を失ってしまった人々の動揺だ。市長は現代的な社会の建設のために聖堂を破壊する。すると社会は指針を失ってしまう。市長の息子も孫も、それを失って生きる意味を見つけられずにいる。懺悔したいが、聖堂を壊してしまっているので、それすらできない。

これはまさしくソ連の時代のスターリンによる粛清とその後の状況を描いているだろう。検閲を逃れるためもあってか、すべてが被害女性の「夢オチ」の形をとっており、過去の出来事も虚構が入り混じって幻想的になっている。だが、それが深刻な社会問題を描きながらも、非現実的な場面(甲冑を着た部下たち、女神テミスなど)が加わって、遊び心が発揮される結果になっている。フェリーニ的な映像も時々見られる。

 映像の美しさ、そして市長とその息子の二役を演じる役者さん(アフタンディル・マハラゼ)の演技力に圧倒された。全体的に大変おもしろい映画だった。

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「オリー伯爵」「ウェルテル」「アレコ」「けちな貴族」「フランチェスカ・ダ・リミニ」「うぐいす(ロシニョル)」のオペラ映像

 恐るべき酷暑が続いている。先日、パキスタンに行って40度前後の気温に憔悴したが、それと大差ない気温が日本で続いている。酷暑の時期に二度ほど九州に行き、何度か多摩大学で仕事をしたが、それ以外は、幸い、私はエアコンの効いた部屋で仕事をし、疲れたら音楽を聴いたり、映像をみたりといった生活を送っている。ただ、それでもあまりの暑さにうんざりする。熱中症で倒れる人が大勢いるのが心配になってくる。

 エアコンの効いた部屋でオペラの映像を何本か見たので、感想を記す。

 

927 ロッシーニ 「オリー伯爵」 2015年 マルメ歌劇場

 素晴らしい上演。歌手陣は後見人役のラルス・アルヴィドソンが不安定(ただ、演技は見事!)なだけで、ほかは全員が見事。とりわけ、イゾリエ役のダニエラ・ピーニに私は心惹かれた。しっかりした声でズボン役を少年ぽく歌う。ラゴンドのイリーナ・ド・バギーもとてもいい。

オリー伯爵のレオナルド・フェルランドとアデル役のエリカ・ミクローサの二人の主役ももちろん先に挙げた二人に遜色があるわけではない。立派な歌と演技。二人とも華がある。ランボーのイーゴリ・バカンも達者な歌と演技。実に楽しい。歌のほとんどは「ランスへの旅」で聞き覚えのある曲なのだが、まったく違和感なく楽しめる。若手中心のキャストだが、次々と素晴らしいロッシーニ歌いが出てきていることに驚く。

 指揮のトビアス・リングボリも溌溂として躍動的。マルメ歌劇場管弦楽団と合唱団は文句なし。そして、それ以上に感銘を受けるのは、リンダ・マリックによるわかりやすい演出と色彩豊かで華やかできれいな舞台だ。歌手陣の容姿もそれぞれの役にふさわしく魅力的。一つ間違うと、笑えないドタバタになってしまうところを、実にセンスよく、笑いを誘う。ただ、最後、十字軍に遠征した男たちが全員死んでしまうという演出。「女性の勝利、平和主義の勝利」を歌い上げている。

 

384 マスネ 「ウェルテル」2017年 チューリッヒ歌劇場

 素晴らしい上演。「ウェルテル」はしばしばドイツ的に重々しくなったり、イタリア的に激しい情熱のほとばしりになったりする。が、この映像はまさしくフランス的。大袈裟になりすぎず、室内楽的でしなやか。フランス語の発音を大事にし、内に秘めた情熱を歌い上げる。緻密で完成度の高い音楽を築き上げているコルネリウス・マイスターの指揮に感服した。このような演奏だと、ワーグナーの亜流でもなく、イタリアオペラの出来損ないでもなく、見事なフランスオペラとして味わうことができる。しみじみと美しく気高い。

 ウェルテルを歌うのはフアン・ディエゴ・フローレス。輝かしい声を前面に出すのでなく、掘り下げた歌唱を聴かせてくれる。シャルロットのアンナ・ステファニーは、清潔で美しい歌い回しが素晴らしい。私にとっては理想的なシャルロットだ。アルベールを歌うアウドゥン・イヴェルセンは少しフランス語の発音が不鮮明だが、いい声をしている。ソフィーのメリッサ・プティ、大法官のチェイン・デイヴィッドソンは理想的。

タチヤナ・ギュルバカの演出も、抑制的で、抑圧された状況を描く。とても静謐で、内に秘めた情熱がじわりじわりと押し寄せる。私は個人的にこのタイプの演出や演奏が大好きだ。

 

189 ラフマニノフ 「アレコ」「けちな騎士」「フランチェスカ・ダ・リミニ」2014年 モネ歌劇場

 ミハイル・タタルニコフの指揮、キルステン・デールホルムの演出。いずれも簡易な舞台による60分前後の短いオペラ。

 これまで「アレコ」と「けちな騎士」は映像で見たことがあったが、「フランチェスカ・ダ・リミニ」は初めてみた。ラフマニノフは間違いなくオペラ作曲家ではないと思うし、それどころか、これらのオペラはオペラとしての大きな欠陥を持っていると思う。オペラ的なドラマの進展がなく、対話がドラマを生み出さない。が、音楽が独特の魅力を持っているのを感じた。ロシア語の響きは美しいし、ロマンティックな盛り上がりも素晴らしい。

 とりわけ、今回見た映像は、音楽面でも演出面でも満足できる。舞台に動きがないが、オペラの台本そのものが静的で、ドラマ性の薄いものなので、むしろこれらのオペラにぴったりの演出といえるだろう。特に、「アレコ」と「フランチェスカ・ダ・リミニ」では、後ろに合唱団がざっと並んでいるだけだが、独特の服装と静かな動きが見事。しかも、音楽的には盛り上がる。とてもセンスの良い舞台で、十分に楽しめる。

歌手はそろっている。三つのオペラにこれだけの歌手がそろっていることにむしろ驚く。音楽的には、私は「フランチェスカ・ダ・リミニ」にもっとも感銘を受けた。フランチェスカとパオロの二重唱は特に良かった。

 

51p0s12dtl ストラヴィンスキー「うぐいす(ロシニョル)」 クリスチャン・ショーデ演出の映画

 CGを駆使した映像。中国の陶器やら鳥かごやらパソコンやらが現れ、色彩の乱舞といった趣がある。その中で物語が進んでいく。なかなか楽しくて飽きない。確かにオペラの雰囲気を伝えている。

 音楽的には最高度に充実している。うぐいす(ロシニョル)を歌うナタリー・デセイがやはり圧倒的。音程のしっかりした美しい声。言葉をなくすほど。そのほか、料理女のマリー・マクローリン、死神のヴィオレッタ・ウルマーナ、漁夫のヴィセヴォロド・グリヴノフ、皇帝のアルベルト・シャギドゥリンも素晴らしい。ジェームス・コンロンの指揮も見事。

 さすがセンスにあふれるパリのオペラ座にふさわしい映像。とても楽しめた。

 

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拙著「何もしない勇気」(幻冬舎)、「発信力」(ゴマブックス)発売

E2100039572461  本日(201883日)、幻冬舎より拙著「何もしない勇気」が発売された。今年の1月から3月まで、3か月にわたって東京新聞・中日新聞で連載していた「65歳になったら、○○しなくていい 宣言」に加筆してまとめたものだ。

 65歳を過ぎても、以前と同じように、「しなければいけない」と考えて、あれこれしようとする人が多すぎると思う。だが、65歳を過ぎたら、生産を考える必要はない。そもそも時代そのものが成長の時代でなくなっている。成長の時代に培われた価値観を崩して、もっと気楽になって、何もしないでいよう、好きなことだけしようということを提唱した本だ。

連載中、たくさんの方から好意的なお便りをいただき、とても励ましになった。書籍としてまとめることで、多くの人の手に取りやすくなると、こんなうれしいことはない。

Lw14 また、「発信力 頭のいい人のサバイバル術」(ゴマブックス)もローソン限定で発売されている。これは、かつて文春新書の1冊として刊行されていたものに加筆修正したものだ。現代社会において発信することの大事さ、その方法などを解説している。これも現代社会の必須のスキルを身につけるのに役立つ本だと考えている。

ご覧になっていただけると、ありがたい。

ところで、近況を少し付け加える。

730日から81日まで福岡を訪れていた。学研と、私が塾長を務める白藍塾が作成して展開している教育システム「クリティカル・シンキング」のセミナーでの講演のためだ。多くの中学校、高等学校でこのシステムを採用いただいているが、九州ではまだ十分に知られていないため、紹介を中心に行った。多くの中高の先生方に熱心に聞いていただいた。

ついでに故郷である大分県日田市を訪れた。72122日に祇園祭を見るために訪れたばかりだったが、今回は観光ではなく、父が残してくれた土地家屋の整理のためだった。

祇園祭の際には福岡空港から日田に直行したのでバスを使った。今回は福岡駅付近のホテルからの移動だったので、行きは「ゆふ号」、帰りは「ゆふいんの森」号を使った。昨年の豪雨で鉄橋が破壊され、久大線は不通になっていたのが、約1年ぶりに復旧された。

暑さのせいか、まだ観光が以前のように活況化していないためか、列車は空席が多かったが、ともあれ、復旧はとてもうれしい。

ただ、母の実家のあった大鶴駅を通る日田彦山線は復旧の見込みが立っていない。このまま廃線になる可能性も高いという。廃線になると過疎化が一層進み、かつて炭鉱と林業でにぎわった地域が陸の孤島になってしまう。日田彦山線に特別の思い入れを持つ者として、復旧を切に願う。

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