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イルクーツク旅行

 201889日から12日までイルクーツクを旅行した。34日の短い旅行だ。ある代理店による一人参加の、かなり自由行動の多いツアー。

 89日の夕方に出発し、5時間半ほどで、シベリア航空の直行便でイルクーツクに到着。午前中まで関東地方には台風の影響があったので心配していたが、無事、飛行。ただ、機内食は責任者の神経を疑いたくなるようなまずさだった。

到着したときには、日付が変わって10日になっていた。運転手さん(日本語は通じない。英語もほとんど通じなかった)がやってきてホテルまで運んでくれた。到着したのが、前もって聞いていたホテルではなかったのであわてたが、ともあれ予定通りのホテルまで行って無事泊まることができた。

 

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 9時にガイドさん(日本語のとても達者な中年男性)が来て、市内見物。あいにくの雨。20度くらいの涼しさ。イルクーツクはシベリアの森の中、バイカル湖から流れるアンガラ川周辺に広がる人口は60万人程度の落ち着いた都市。流刑になったデカブリストたちが作った都市なので、文化レベルが高い。

雨の中、アンガラ川沿いを歩き、キーロフ広場を歩いてスバスカヤ教会とバガヤヴレーニエ教会に行った。たしかバガヤヴレーニエ教会だったと思うが、中に入ると美しい女性合唱が聞こえた。ア・カペラの清澄な声。ギリシャ正教の教会ではこのような合唱による祈りがなされるようだ。これまでにも何度か耳にした。教会の中はイコンが飾られ、祈る人の姿が見える。ガイドさんによると歌っているのは専門の合唱団だとのこと。一般の信徒はそれに合わせて祈るだけのようだ。それにしても、見事な合唱。ロシアの合唱団のレベルの高さのすそ野がこんなところにあるのだろう。

その後、ぐるりと車でイルクーツク市内を回って、バイカル湖に向かった。白樺やカラマツの森がずっと続く。ほとんどが原生林らしい。その森の中を高速道路が走っている。新しい道路は片側三車線だが、ソ連時代の古い道路は片側一車線。交通ルールは全員がきちんと守っている。無理な追い越しやあおり運転はない。

途中でタルツィ木造建築博物館に寄った。そのころには、雨が上がったが、まだ曇天。

かつてコサックがシベリアに入り、それに続いて領地から逃れた農奴が開墾し、厳しい中を生きた状況が、アンガラ川近くの深い森の中に一つの村のように再現されている。中国人の団体のほかにも観光客がかなりいた。

農民の家、役所、倉庫、学校などが展示されているが、これらは実際にあったものをこの場所に移築したものらしい。厳しい寒さがわかる建物群だった。ペチカのある家屋があり、備蓄倉庫があり、そのそばに橇などの用具が置かれている。寒さをしのぐためにペチカを最大限に利用する工夫、凍った土地の上に家を建てるための堅い木を使う工夫などが知れた。

流刑になる人間の留置所もあった。20キロ以上ありそうな丸太に鎖が打ち付けられ、その先に足輪がついている。流刑者は足をつけられ、その丸太を持って移動したらしい。確かにそのような風景を映画などで見た覚えがある。

ガイドさんの説明を受けながら、1時間以上歩いた。なかなかおもしろかった。ただ、ガイドさんが「これは何だと思いますか? 最初のヒントは・・・」などとクイズを出し、私が何か答えると、「それがファイナル・アンサーですか」と言わるのは困った。私の答えのほとんどが間違っていた。それほど、想像を超える極寒の地での生活の状況だった。

その後、バイカル湖に向かった。アンガラ川とバイカル湖の境目に「シャーマンの岩」と呼ばれる岩が水面に突き出している。ただ、残念ながら曇り空。晴れた日は青々と見えるはずの水面は暗くよどんでいる。

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バイカル湖付近で昼食を済ませて、リフトを使って展望台へ行った。そこからバイカル湖を見た。ここでも中国人観光客が目立つ。日本人も韓国人もロシア人もほかの国の西洋人もいる。なかなかの絶景。シャーマンの岩が見えた。

 シャーマンの岩には様々な伝説があるらしい。ガイドさんが話してくれたのは、不貞を働いた女性を岩に置き去りにし、翌日に岩から消えていたら、「バイカルの神が女性を許して受け取った」とみなし、翌日まで生きていたら、「この女性は不浄だからバイカルの神は受け取りを拒否した」とみなして殺害したという話だった。逆に、男性の場合には、生き残っていたら許されたらしい。事実かもしれない。

 次に、ガイドさんに連れられて、シベリア抑留されて命をなくした日本人の墓を訪れた。ロシア人の墓地の傍らにこぎれいに整理されて60のカタカナの名前入りの石柱が並んでいる。最近になって整備されたものだという。

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 私は、辺見じゅんの「収容所から来た遺書」でも描かれている山本幡男のあまりに悲劇的であまりに気高い人生、そしてその友人たちの感動的な行為を知って以来、シベリア抑留に関心を持ってきた。イルクーツクに来たいと思ったのも、シベリア抑留の地を見てみたいという思いがあったからでもある。実は、もっと大規模な古い墓地を予想していたので、新しい墓碑を見て、ちょっと拍子抜けした。が、そんなことを言っては、亡くなった方々、墓を整備した人に申し訳ない。お盆の少し前だが、墓にお参りした。

 その後、バイカル湖博物館を訪れ、様々な魚のいる水族館を見た。丸々と太ったアザラシが泳いでいた。

 船着き場になっていて遊覧船やモーターボート、様々な国の観光客などでにぎわうバイカル湖の岸辺を通過して、人気のいない岸辺を歩いた。海のように波があり、向こう岸がかすかに見える程度の広さ。地球上の淡水の20パーセントを占め、最大幅が80キロ。透明度でも世界で類を見ないほどの大淡水湖。広さがわかる。地面が褶曲してバイカル湖ができたというが、岸辺の岩はまさに曲がりくねっている。太古の時代の大地のねじれ具合がよくわかる。

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水に触ってみた。冷たい。水温は3度くらいだとガイドさんは言ったが、それほどでもなさそう。それでも、10度以下ではあるだろう。

 その後、魚や果物、野菜、土産物を売る、市場をみて、バイカル湖の近くの村リストヴャンカにあるホテル(リストヴャンカ・シャーレ)に到着。海岸から15分くらい坂を上ったところにあるこじんまりしたコテージ風の木造のホテルでなかなかに感じがいい。ガイドさんと別れて、一人になって部屋に入って一休みした。今回のツアーでのガイドさんとの付き合いはこれで終わり。

 その後、一人でバイカル湖畔を歩いた。船着きの近くに行った。土産物屋があり、お菓子などを売る店もある。観光客でにぎわっている。箱根の芦ノ湖の船着き場の雰囲気に近い。ただ、湖の大きさには大きな差がある。ロシアの人だろう、水着姿で、この冷たい水の中を及んでいる男女がいるのには驚いた。そのほか、モーターボートに家族やカップルが乗っている。サービスということだろう、モーターボートはカーブを描き、水しぶきをたてている。乗っている子供は叫び声をあげ、船の柱にしがみついている。

 しばらくしてホテルに戻り、ホテル内で食事。夜を過ごしたが、私は寒さに弱い。昼間は14度くらいだったが、夜はもっと気温が下がっている。オイルヒーターが備えられていたので、さっそく利用したが、ちょっと遅かったらしい。お腹が冷えたせいか、腹痛を覚え始めた。翌日が心配になって、早めに寝た。

 

811

 9時からホテルで朝食をとったが、食欲がなかった。まだ体調がよくないのでしばらく部屋で休息。数時間して、やっと回復してきた。

 12時に運転手さんが迎えに来て(ガイドさんはいない)、イルクーツクへ出発。前日の道を戻ったが、青空が広がっており、バイカル湖が美しい。

1時間ほどで前日と同じホテルに到着。ホテルに荷物を置いて、イルクーツクの町の見物に出た。体調が心配だったが、ともあれ歩くには支障がない。

 前日の寒さに比べると、かなり暑い。日差しが強く、30度近くある。

 市内の確実な移動手段はトラムのようだ。タクシーはほとんど走っていない。ゆっくり歩いて、街を見物した。人通りはほとんどない。森に囲まれた自然の中で息づいている都市だと強く感じる。きれいな空気の下でロシア人がゆっくり歩いている。

しばらく歩いて停留所を見つけ、トラムに乗った。トラムには車掌さんが乗っているので、料金(15ルーブル均一)を支払うのに苦労しない。10分ほどトラムに乗って、クレストヴォズドヴィジェンスカヤ教会に行った。こじんまりした教会でイコンが美しく、木立に囲まれた休息所があり、草花の植えられた庭がある。

 周囲にはロシア風の建物が静かに立っている。

 交差点を挟んだ向かい側には小さな広場があって、そこにはイルクーツクの象徴である貂(テン)をくわえた虎の像があった。そこから南に若者好みのこぎれいな道があって、おしゃれな店が並び、カップルが歩いていた。原宿のような雰囲気。それでも、人の数は少なく、数人が静かに歩いている。

すぐに引き返して、トラムの通っている道路をホテルの方向に向かって歩いた。フィルハーモニーの建物があった。オーケストラ・コンサートのポスターがあったが、キリル文字なので、オーケストラの名前も演奏者の名前も、作曲者の名前もわからない。

 そのまま歩くと、レーニン広場があった。イルクーツクでは社会主義を建設した人々は今も否定されていない。中央にレーニン像がある。

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 そこを右折すると、カール・マルクス通り。これがイルクーツクの中心街だ。ただ、「地球の歩き方」を見て、銀座のようなところかと想像していたら、それほどでなかった。人通りはほとんどなく、建物も低く、華やかさはまったく感じない。繁華街という雰囲気でもなく、ふつうの静かな街並みだ。カール・マルクス通りを東に歩いていった。

ふつうのスーパーが通りに面してあったので入ってみた。特におしゃれな店というわけではない。観光客らしい中国人や現地の人らしい客が数人いる程度。品ぞろえは一般のスーパーと変わらない。バイカル湖でとれたと思われる魚類が多く、ほかは肉類、チーズ類が目立つ。お菓子の類は甘そうなものばかり。塩辛い系、チップス系のものはまったくない。

少々疲れたので、いったん、ホテルに戻ることにした。トラムにのろうと思って、先ほどの道に戻った。レーニン広場の停留所がきっとあると思っていたが停留所が見つからない。そもそも停留所のしるしがどこにあるのかもわからない。トラムの路線に沿って歩いてやっと停留所らしいものを見つけて乗ろうとして、これが最初に乗り込んだ停留所だと気づいた。つまりは、ホテルのすぐ近くまで歩いたわけだ。そのまま歩いてホテルに戻った。

一休みして英気を養い、再び外出。今度はホテルのスタッフにタクシーを呼んでもらって、イルクーツク駅に行った。

シベリア鉄道に初めて乗ったのは、2013年、ハバロフスクからウラジオストクまでだった。昨年はウランバートル駅から近郊まで乗った。本当はイルクーツクでも列車を利用したかったが、一人で乗るのは怖い(何しろ、文字が読めないのでどうにもならない!)のでやめた。駅の中を見物し、列車が入って、多くの客が乗り込むのを見送って、駅前からトラムに乗って再びイルクーツクの中心街へ向かった。

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夕方になっていたので、どこかで食事をしようと思っていた。ついでに百貨店をのぞき、その横の中央市場を歩いてみた。百貨店はブランド店などが並んでいたが、客はガラガラ。2階まで上がってみたが、エスカレーターが故障していたので、そこでやめて下に降りた。中央市場には百貨店よりも多くの人がいた。それでもにぎわっているという感じではない。野外に野菜や果物の商店が立ち並んでいる。建物の中には魚や肉が並んでいる。原形をとどめたような大きな肉の塊も売られていた。

10分ほど歩いてカール・マルクス通りまで行き、ガイドブックに紹介されているロシア料理の店に入ろうとしたが、見つからない。レストランらしい店はほかにないでもないが、ロシア料理ではなさそう。わざわざイルクーツクまで来てイタリア料理や中華料理や寿司を食べても仕方がない。少し歩いてみたが、入りたくなりそうな店はなかった。そもそもキリル文字なので、何の店なのかもよくわからない。

最も安全なのはホテルのレストランで食べることだと思いなおして、タクシーを捕まえようとしたが、これがなかなかつかまらない。一台、やっと信号停止しているのを見つけて、ホテルカードを見せてそこに行ってもらおうとしたが、なぜか乗車拒否された。近すぎるせいだったのか。しかも、例によってトラムの停留所も見つからない。仕方がないので、ホテルまで歩いた。

アンガラ川沿いの道を選んだ。岸辺を歩くのは気持ちがいい。夕方になって、気温も下がり、心地よい。青空が広がり、風も出てきた。疲れていたので、ゆっくり歩いた。北国なので日暮れが遅い。もう、20時くらいになっていた。

再びホテルに戻って一休みしてから、ホテル内のカフェ・レストランで食事。大レストランも併設されていたが、そこではなんだか大音響でイベントが行われている。大音響を耳にしながら魚のスープやキノコの水餃子のような料理を中心に食べた。カフェのすぐ横では、中国人の小さな団体が食事をしていた。

ウェイトレスさんは、アラン・ドロンに似た顔のとてもきれいな女性だが、信じられないほど不愛想。ロシアの店員さんのほとんどは不愛想だが、ことのほかその傾向が強かった。注文を受ける時も、食事を持ってくるときも、しかめ面をしたまま。食事を終えてから、代金が910ルーブルだったので、1000ルーブル(日本円で2000円ほど)出して、残りをチップとして渡すと、突然とてもきれいでチャーミングな笑顔が現れた。「なんだ、不愛想でない顔もできるんじゃないの。たった180円くらいのチップで、そんな嬉しそうな君の笑顔が見られてうれしいよ」と皮肉を言いたくなった。

少量だったが、ウォッカも飲んだので、しばらくして寝た。疲れ切っていた。

翌日、8月12日、9時に運転手さんが来て、そのままイルクーツク空港に向かい、成田へ。無事、帰国。

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