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ストルゴーズ+読響には感動しなかったが、ラムスマのアンコールはよかった

 2018825日、東京芸術劇場で読売日本交響楽団の演奏を聴いた。指揮はヨーン・ストルゴーズ。曲目は、シベリウスの「フィンランディア」、シモーネ・ラムスマが加わってシベリウスのヴァイオリン協奏曲、後半にドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。

 昨年、ラムスマのフランクのソナタを聴いて、その鮮烈でダイナミックな表現に深く感動した。ラムスマをぜひまた聴きたいと思って出かけたのだった。

 まず、「フィンランディア」はかなり身振りの大きい煽り気味の演奏。ティンパニが大きくなり、オーケストラも激しく大きな音を出す。オーケストラは、金管楽器を含めて、とても勢いのある美しい音を出している。さすが読響。だが、そのわりに私の心は躍動しない。音楽の冴えをあまり感じない。ハッとするところがなく、一本調子に煽っているように感じる。音の濁りも感じる。特に感動することなく、「フィンランディア」は終わった。

 次にラムスマ登場。私は大いに期待したし、ヴァイオリンの最初の音には強く惹かれた。さりげなくクールな音。だが、そのあと、いつまでたっても私は音楽に惹かれなかった。指揮とヴァイオリンがちぐはぐな感じがした。指揮は、熱く盛り上げようとしているようだ。だが、ラムスマのヴァイオリンはそのような熱さをむしろ拒否するタイプの演奏だ。だから、うまくかみ合わない。音楽が中途半端になって、どんな音楽にしたいのかが聞こえてこない。ラムスマも迷いながら弾いている感じ。昨年、聴いた思い切りのよいダイナミックな表現が影を潜めている。協奏曲の最後まで、私はそのような印象を持った。

 ラムスマのアンコールとして、イザイの無伴奏ソナタを弾いた。「怒りの日」が出てくるソナタ2番から。これは素晴らしかった。思い切りのよい鮮烈な音。クリアで鋭くて音程がよくて、音楽の躍動も見事。この日の演奏でこれが一番良かった。私が期待していた通りの演奏。こんな演奏が聴きたいと思って、足を運んだのだった!

 後半の「新世界より」も「フィンランディア」と同じような印象を持った。速めのテンポでかなり煽り気味。もちろん様々な表現をしているし、緩急をつけ、楽器の美しさを引き出しているのだが、なぜか私には一本調子に聞こえてしまう。新鮮さを感じない。第2楽章のイングリッシュ・ホルンはきれいなのだが、全体的に雰囲気というか香りのようなものを感じない。第3楽章も躍動せず、第4楽章も私の心は不発に終わった。

 しばらく心の底から感動するコンサートに出会っていない。

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音楽」カテゴリの記事

コメント

樋口裕一さん こんばんは

>2018年8月25日、東京芸術劇場で読売日本交響楽団の演奏を聴いた。指揮はヨーン・ストルゴーズ。曲目は、シベリウスの「フィンランディア」、シモーネ・ラムスマが加わってシベリウスのヴァイオリン協奏曲、後半にドヴォルザークの交響曲第9番「新世界より」。

 昨年、ラムスマのフランクのソナタを聴いて、その鮮烈でダイナミックな表現に深く感動した。ラムスマをぜひまた聴きたいと思って出かけたのだった。

 まず、「フィンランディア」はかなり身振りの大きい煽り気味の演奏。ティンパニが大きくなり、オーケストラも激しく大きな音を出す。オーケストラは、金管楽器を含めて、とても勢いのある美しい音を出している。さすが読響。だが、そのわりに私の心は躍動しない。音楽の冴えをあまり感じない。ハッとするところがなく、一本調子に煽っているように感じる。音の濁りも感じる。特に感動することなく、「フィンランディア」は終わった。

 次にラムスマ登場。私は大いに期待したし、ヴァイオリンの最初の音には強く惹かれた。さりげなくクールな音。だが、そのあと、いつまでたっても私は音楽に惹かれなかった。指揮とヴァイオリンがちぐはぐな感じがした。指揮は、熱く盛り上げようとしているようだ。だが、ラムスマのヴァイオリンはそのような熱さをむしろ拒否するタイプの演奏だ。だから、うまくかみ合わない。音楽が中途半端になって、どんな音楽にしたいのかが聞こえてこない。ラムスマも迷いながら弾いている感じ。昨年、聴いた思い切りのよいダイナミックな表現が影を潜めている。協奏曲の最後まで、私はそのような印象を持った。

 ラムスマのアンコールとして、イザイの無伴奏ソナタを弾いた。「怒りの日」が出てくるソナタ2番から。これは素晴らしかった。思い切りのよい鮮烈な音。クリアで鋭くて音程がよくて、音楽の躍動も見事。この日の演奏でこれが一番良かった。私が期待していた通りの演奏。こんな演奏が聴きたいと思って、足を運んだのだった!


↑少しばかり長い引用になりました。

実は、僕も今日ヨーン・ストルゴーズ指揮の読売日本交響楽団の演奏を聴いて来ました。
正直、小山実稚恵さんとのショパン・ピアノ協奏曲第1番は素敵なピアノでしたが、シベリウスの交響曲第2番は、煽り気味の演出過剰な演奏でした。僕は当初樋口さんのコメントがどこまで的を射ているか疑問でしたが、ヨーン・ストルゴーズ指揮の演奏は、ウーン、ウーン唸っているものでした。

狭い指揮台を駆け回るヨーン・ストルゴーズさんの指揮は確かにダイナミックでしたが、そのかけ方がやや一本調子でもう少し工夫があった方が良いと思いました。

投稿: KUM | 2018年9月 1日 (土) 23時03分

KUM 様
コメント、ありがとうございます。
シベリウスの交響曲は、きっと私の聴いた「フィンランディア」のような雰囲気だったのだろうと思います。出だしには心惹かれたのですが、徐々に、「もう少しなんとかしてほしい」と思ったのでした。きっとKUM様の思いも同じようなものだったのでしょう。

投稿: 樋口裕一 | 2018年9月 7日 (金) 22時17分

樋口裕一さん こんにちは。

僕は、樋口さんのヨーン・ストルゴーズさん指揮のコンサートの情報を得てから、煽り気味の演出というのがほんとうかどうか疑いつつも、期待外れだったら嫌だな、とも思っていたので、実際にシベリウスの交響曲第2番を聴いてある意味、的を射ていることに呆れてしまいました。

でも、フィンランド人のシベリウスに対する思い入れと、その時代に日本がロシアに戦いを挑んで講和に持ち込んだことの驚きは彼らでしか分からない点があるかと思います。

僕はソビエトは嫌いでしたが、ロシアは好きです。でも、フィンランドやポーランドにとってはロシアもソビエトも敵国でしょう。

だから、ヨーン・ストルゴーズさんの気持ちも分からない訳ではありません。そのため。僕がまだまだ不勉強なシベリウスの交響曲をもっと聴いて勉強したいかと思います。Amazonでは、ベルグルンド氏の全集が安価で手に入るそうですけど、尾高忠明さんと札幌交響楽団のCDも棄てがたいです。

昔はレコードが高くて、父にねだってベートーヴェンのピアノ・ソナタの全集を買ってもらい、それこそ必死になって聴いたものです。今や、レコードは更に高嶺の花ですが、CDは手に入りやすくなりましたね。

投稿: KUM | 2018年9月 9日 (日) 16時36分

樋口裕一様

例によって海外に行かれているそうで、旅行は如何でしたか? 僕はネットでシベリウスの交響曲をいくつか聴いて、さらに某ブログでも勉強しましたが、とりあえずは一つ全集を買ってみるのが、良いかな?と思いました。

シベリウスの交響曲は以前は地元フィンランドのレコードが少なく、カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニーとバルビローリ指揮ハレ・オーケストラの全集が代表例とされていたそうですね。

その後、ベルグルンド始めフィンランド人の指揮者、フィンランドのオーケストラによる演奏が次々とCD化されて、今の豊富なCD群になったそうです。

セーゲルスタム、オッコ・カム、サラステ、ヴァンスカらの指揮した演奏は、聴く人を選びそうですが、マーラーよりもブルックナーを彷彿とさせる3番以降の交響曲は、僕も大宇宙を感じると思いました。

でも、2番に関してはできるだけ煽った方が、フィンランディアをベースにしている曲だけによろしいのでは、という意見も、ありました。

最後に、樋口裕一様の机、40年間お疲れさまでした。

投稿: KUM | 2018年9月14日 (金) 23時20分

KUM 様
コメントありがとうございます。
私は学生の頃、クナッパーツブッシュの「指環」全曲レコード(確か3万円ほどしました)を買うために2週間、皿洗いのバイトをしました。今は3000円くらいで入手できるようですね。安くなったものです!
ネパールを旅行していました。もし関心がおありでしたら、ブログをご覧になってください。私としましては、とても楽しい旅行でした。
シベリウスの交響曲は、昔はカラヤンで聴きましたが、最近はベルグルンドとヘルシンキ・フィルの全集を楽しんでいます。ヴァンスカもおもしろいですね。私は3番、5番、7番が好きです。1番・2番はおっしゃる通り、煽りすぎで、少々違和感があります。交響曲以外ではヴァイオリン協奏曲のほか、歌曲がおもしろいと思っています。

投稿: 樋口裕一 | 2018年9月16日 (日) 23時29分

樋口裕一様

ネパール旅行は、楽しかったようですね。
最初の方ではどうなるのか?と思った『珍道中』も無事に戻って来れば、楽しい思い出になるのだな。と思いました。

ところで、樋口様はCDを聴くよりもコンサートに行く方がお好きかと思いきや、シベリウスの交響曲も、昔はカラヤン、今はベルグルンドと正に王道を行ってらっしゃいます。僕はまだまだ、勉強中の身ですが、初期の1番2番と3番以降のフィンランドの大自然を彷彿とさせる内省的な交響曲は曲の性格が違っていると思うべきなのですね。

投稿: KUM | 2018年9月17日 (月) 00時48分

KUM 様
コメント、ありがとうございます。
私は18歳まで大分県で育ち、その後もかなり貧しい生活、そして夕方に時間の取れない生活をしていましたので、その間、ずっとレコードやCDで音楽に親しんでいました。自宅には、きちんと数えていませんが、1万枚以上のCDがあるんです。ただ、最近はなかなか聞く時間が取れません。
おっしゃる通り、シベリウスの交響曲は第3番くらいから性格が違ってきているように思います。旋律的でなくなる分、深みが増しているように思います。

投稿: 樋口裕一 | 2018年9月19日 (水) 09時02分

樋口裕一様 こんばんは。

僕は子どもの頃に、経済的には恵まれながら周りから浮いて苦労しました。僕の小学校では、教師の言っていることを信じている子がいい子で僕は、テレビ、新聞、短波放送、雑誌、レコードのライナーノーツを読む生意気な子でした。

短波放送から、当時の共産圏の嘘を見抜き、返す刀で『田中角栄金脈問題』を取り上げ、でも狂乱物価を体験しながら、群衆心理の怖さを知ってガイドを求める多感な小学生の僕は担任の執拗な暴力もあって瞬く間にマルクス主義が嫌いになりました。

そういう僕に父は『司馬遼太郎さんの小説を読んで歴史の勉強をするように』と言いました。

以前父はグスタフ・マーラーが嫌いでした。と書きましたが、父はリヒャルト・ワーグナーとリヒャルト・シュトラウスが好きでした。シベリウスには詳しくありませんでしたが、彼のことは好きでしたよ。

先日から、僕は煽ったシベリウス交響曲第2番の批判を書きましたが、それは内省的と思っていたシベリウスの曲にないイメージが飛び込んで来たからです。

樋口裕一様は、例えばベートーヴェンの第9だけで200枚CDをお持ちだそうで、それは皆さまにとっては貴重な財産ですから、樋口様の批評も少なくとも僕は聞きたいのです。よろしくお願いいたします。

投稿: KUM | 2018年9月20日 (木) 22時37分

>どこが違うのだろうかと考えてみた。思い当たったのは、私が音楽を思想と考えていることだ。私を批判したお二人は、きっとそう考えていないのだろう。

 >私にとって音楽は間違いなく思想だ。ちょっと比喩的に言えば、音楽も政治思想や哲学と同じような思想だ。人によってはマルクス主義を許せないと思っている人もいるだろう。愛国主義を眼の仇にしている人もいるだろう。すべての思想を好む人はいないに違いない。なぜなら、それぞれの思想が対立し、別の価値観を語っているからだ。

 >私は音楽を聴く時、その思想を聞き取ろうとする。宗教観、自己意識、世界に対する意識などを、メロディや和声、あるいはその人の人生や、その人の作ったオペラの筋書きなどから読み取る。それが音楽を聴くことだと思っている。拙著『ヴァーグナー 西洋近代の黄昏』など、まさしくワーグナーの音楽を思想の表明として捉えている。それがこの本の長所でもあり、読みようによっては最大の短所だろう。

僕は、資本主義VSマルクス主義の時代の人間ではありません。今考えていることは、前にも申し上げたように、

『共在的世界像VS特在的世界像』

のこと、それから『プリチャードのディレンマ』のこと、『リベラリズムとリバタリアニズム』の対立の解消のことであります。

『唯物論と観念論』、『実在論と唯心論』の対立は、『共在的(並在的)世界像』内部の対立として、一段上から見ております。

あとは、『あれもこれも』のヘーゲルも『あれかこれか』のキルケゴールも否定し、第3の道として、
『これであれあれであれ』
のドゥルーズ流の『自由主義』を提案します。

以上の点から、
1反ヘーゲル主義
2反マルクス主義
3反実存主義
4反フロイト主義

を主張するのが、僕の基本姿勢です。

ところで、いわゆる『シュマーク』からは何かと評判の悪いサー・サイモン・ラトル指揮のマーラー交響曲第6番を聴きましたが、マーラー特有の変な音が解消されており、曲のバランスもよくなかなか良い演奏でした。

今は亡き宇野功芳さんは、ベルグルンドのシベリウス交響曲全集を絶賛しながら、いわゆるポピュラーな第2番を『駄曲』としている点で、僕はどんなに優れた耳を持っていても『シュマーク』であるかと思います。

投稿: KUM | 2018年9月20日 (木) 23時17分

KUM 様
コメント、ありがとうございます。
申し訳ありません。「何もしない宣言」などの文章を書いたのですが、その後、次々と仕事が押し寄せ、しかもやりがいを感じる仕事でもありますので、引き受けてしまい、現在、かなり忙しく過ごしております。そのために、哲学の勉強は後回しになるばかりです。KUMさんの問いに答えられない状況です。
シベリウスにつきましては、実は私も以前、交響曲の第1・2番や「フィンランディア」は駄曲だと思っていました。が、年齢を重ねて聴いてみると、それはそれでとても魅力的な曲だと改めて感じるようになっています。

投稿: 樋口裕一 | 2018年9月24日 (月) 08時26分

樋口裕一様

僕の問いかけに答えられるのは後回しでいいのです。

シベリウスの交響曲第1番、第2番はもしも駄曲ならば、彼自身が後世に残さなかったと思いますが、樋口様は如何お思いでしょうか?

投稿: KUM | 2018年9月24日 (月) 12時09分

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