「オリー伯爵」「ウェルテル」「アレコ」「けちな貴族」「フランチェスカ・ダ・リミニ」「うぐいす(ロシニョル)」のオペラ映像
恐るべき酷暑が続いている。先日、パキスタンに行って40度前後の気温に憔悴したが、それと大差ない気温が日本で続いている。酷暑の時期に二度ほど九州に行き、何度か多摩大学で仕事をしたが、それ以外は、幸い、私はエアコンの効いた部屋で仕事をし、疲れたら音楽を聴いたり、映像をみたりといった生活を送っている。ただ、それでもあまりの暑さにうんざりする。熱中症で倒れる人が大勢いるのが心配になってくる。
エアコンの効いた部屋でオペラの映像を何本か見たので、感想を記す。
素晴らしい上演。歌手陣は後見人役のラルス・アルヴィドソンが不安定(ただ、演技は見事!)なだけで、ほかは全員が見事。とりわけ、イゾリエ役のダニエラ・ピーニに私は心惹かれた。しっかりした声でズボン役を少年ぽく歌う。ラゴンドのイリーナ・ド・バギーもとてもいい。
オリー伯爵のレオナルド・フェルランドとアデル役のエリカ・ミクローサの二人の主役ももちろん先に挙げた二人に遜色があるわけではない。立派な歌と演技。二人とも華がある。ランボーのイーゴリ・バカンも達者な歌と演技。実に楽しい。歌のほとんどは「ランスへの旅」で聞き覚えのある曲なのだが、まったく違和感なく楽しめる。若手中心のキャストだが、次々と素晴らしいロッシーニ歌いが出てきていることに驚く。
指揮のトビアス・リングボリも溌溂として躍動的。マルメ歌劇場管弦楽団と合唱団は文句なし。そして、それ以上に感銘を受けるのは、リンダ・マリックによるわかりやすい演出と色彩豊かで華やかできれいな舞台だ。歌手陣の容姿もそれぞれの役にふさわしく魅力的。一つ間違うと、笑えないドタバタになってしまうところを、実にセンスよく、笑いを誘う。ただ、最後、十字軍に遠征した男たちが全員死んでしまうという演出。「女性の勝利、平和主義の勝利」を歌い上げている。
素晴らしい上演。「ウェルテル」はしばしばドイツ的に重々しくなったり、イタリア的に激しい情熱のほとばしりになったりする。が、この映像はまさしくフランス的。大袈裟になりすぎず、室内楽的でしなやか。フランス語の発音を大事にし、内に秘めた情熱を歌い上げる。緻密で完成度の高い音楽を築き上げているコルネリウス・マイスターの指揮に感服した。このような演奏だと、ワーグナーの亜流でもなく、イタリアオペラの出来損ないでもなく、見事なフランスオペラとして味わうことができる。しみじみと美しく気高い。
ウェルテルを歌うのはフアン・ディエゴ・フローレス。輝かしい声を前面に出すのでなく、掘り下げた歌唱を聴かせてくれる。シャルロットのアンナ・ステファニーは、清潔で美しい歌い回しが素晴らしい。私にとっては理想的なシャルロットだ。アルベールを歌うアウドゥン・イヴェルセンは少しフランス語の発音が不鮮明だが、いい声をしている。ソフィーのメリッサ・プティ、大法官のチェイン・デイヴィッドソンは理想的。
タチヤナ・ギュルバカの演出も、抑制的で、抑圧された状況を描く。とても静謐で、内に秘めた情熱がじわりじわりと押し寄せる。私は個人的にこのタイプの演出や演奏が大好きだ。
ラフマニノフ 「アレコ」「けちな騎士」「フランチェスカ・ダ・リミニ」2014年 モネ歌劇場
ミハイル・タタルニコフの指揮、キルステン・デールホルムの演出。いずれも簡易な舞台による60分前後の短いオペラ。
これまで「アレコ」と「けちな騎士」は映像で見たことがあったが、「フランチェスカ・ダ・リミニ」は初めてみた。ラフマニノフは間違いなくオペラ作曲家ではないと思うし、それどころか、これらのオペラはオペラとしての大きな欠陥を持っていると思う。オペラ的なドラマの進展がなく、対話がドラマを生み出さない。が、音楽が独特の魅力を持っているのを感じた。ロシア語の響きは美しいし、ロマンティックな盛り上がりも素晴らしい。
とりわけ、今回見た映像は、音楽面でも演出面でも満足できる。舞台に動きがないが、オペラの台本そのものが静的で、ドラマ性の薄いものなので、むしろこれらのオペラにぴったりの演出といえるだろう。特に、「アレコ」と「フランチェスカ・ダ・リミニ」では、後ろに合唱団がざっと並んでいるだけだが、独特の服装と静かな動きが見事。しかも、音楽的には盛り上がる。とてもセンスの良い舞台で、十分に楽しめる。
歌手はそろっている。三つのオペラにこれだけの歌手がそろっていることにむしろ驚く。音楽的には、私は「フランチェスカ・ダ・リミニ」にもっとも感銘を受けた。フランチェスカとパオロの二重唱は特に良かった。
ストラヴィンスキー「うぐいす(ロシニョル)」 クリスチャン・ショーデ演出の映画
CGを駆使した映像。中国の陶器やら鳥かごやらパソコンやらが現れ、色彩の乱舞といった趣がある。その中で物語が進んでいく。なかなか楽しくて飽きない。確かにオペラの雰囲気を伝えている。
音楽的には最高度に充実している。うぐいす(ロシニョル)を歌うナタリー・デセイがやはり圧倒的。音程のしっかりした美しい声。言葉をなくすほど。そのほか、料理女のマリー・マクローリン、死神のヴィオレッタ・ウルマーナ、漁夫のヴィセヴォロド・グリヴノフ、皇帝のアルベルト・シャギドゥリンも素晴らしい。ジェームス・コンロンの指揮も見事。
さすがセンスにあふれるパリのオペラ座にふさわしい映像。とても楽しめた。
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コメント
オリー伯爵、極寒のマルメで見てきました!ガラでしたが、なか面白かったです。ベッドシーンは観客席に近い作りで、より面白く感じました。イタリアやフランスだったらブラボーの嵐級の歌手も演出も素晴らしい出来。ダニエラとはお友達なのですが彼女のズボン役は友達の贔屓目引いても素晴らしいと思います。
投稿: Kinue | 2018年9月 3日 (月) 11時23分
Kinue 様
コメント、ありがとうございます。
「オリー伯爵」を丸めでご覧になったんですね! 素晴らしかったでしょうね! ダニエラさんとお友達ですか!! 本当に素晴らしい歌唱でした。機会がありましたら、よろしくお伝えください。
投稿: 樋口裕一 | 2018年9月 7日 (金) 22時20分
劇場の音響も勿論公演事態も素晴らしかったです!初日の公演後本人も涙涙でしたー。先日ダニエラから北海道地震の際日本への気遣いのメールが来たので、樋口さんのブログでのお言葉も伝えておきましたよ👍本人喜んでました!ちなみに、本人も劇場から貰える画像とは別に、BluRay買ったそうです(笑)これからもダニエラ.ピーニに注目よろしくお願いします🙇♀️
投稿: kinue | 2018年9月13日 (木) 18時09分
kinue 様
コメント、ありがとうございます。
ダニエラ・ピーニさんは、素晴らしいキャストの中でもとりわけ素晴らしいと思いました。いっぺんでファンになりました。機会があったらぜひまた聴きたいと思っています。
投稿: 樋口裕一 | 2018年9月16日 (日) 23時33分