グルベローヴァは70歳を超えても凄かった!
2018年10月24日、ミューザ川崎シンフォニーホールでエディタ・グルベローヴァのリサイタルを聴いた。ピアノはペーター・ヴァレントヴィッチ。素晴らしかった。奇跡のソプラノだと改めて思った。
ただ、やはり往年の輝きは薄れている。一昨年、オペラシティと川口のリリアホールでも聴いたが、その時に比べても少し輝きが弱まったと思った。最初の曲、ヘンデルの「ジューリオ・チェーザレ」の「この胸に息のある限り」は声が出ず、音程が不安定だった。グルベローヴァもついに衰えた!と思った。だが、徐々に持ち直した。だんだんと素晴らしくなってきた。
私は、1970年代にFM放送でグルベローヴァを初めて聴いて驚嘆。1980年のウィーン国立歌劇場公演によるベーム指揮の「ナクソス島のアリアドネ」のツェルビネッタを東京文化会館で聴いて本当に心の底から感動した。私は演奏家にサインをもらうことはまずないのだが、この時ばかりは興奮してプログラムのサインをもらったのだった。そのころと比べると、やはり声が少しくぐもり、完璧な音になるまでちょっと声がうろうろする傾向がある。時に声がかすれる。が、それでも凄まじい。こんなすごいソプラノを聴いたことがない。
リヒャルト・シュトラウスの歌曲(「春の喜び」「万霊節」「セレナード」「黄金色に」「献呈」)の表現力も素晴らしい。80年代には、声の美しさだけで聴かせていたが、今で弱音のニュアンスで聴き手を惹きつける。「万霊節」「献呈」はとりわけ素晴らしかった。前半の最後はヨハン・シュトラウス2世の「春の声」。コロラトゥーラの声を堪能できた。
後半はいよいよグルベローヴァの独壇場。ロッシーニ「セビリアの理髪師」の「今の歌声は」、ベッリーニ「異国の女」のフィナーレ、トマ「ハムレット」のオフィリーの狂乱の場。70歳を越えていると思うのだが、美しい高音がミューザ川崎全体に響き渡る。確かに、しばしば音がつっかえた感じのするところがないでもない。しかし、圧倒的な表現力で、すぐにそれを取り返す。観客を感動に巻き込む。
アンコールはもっと素晴らしかった。とりわけ、ドリーブの「カディスの娘」、最後の「こうもり」のアデーレのアリアはあまりに凄くて涙が出てきた。観客のほとんどがスタンディングオーベーション。もちろん、私も。アデーレのアリアは、CDでもDVDでも聴いてきた。余計に思い入れがある。素晴らしかった。
これが日本での最後のリサイタルだという(一昨年も確かそのように言われていた。それなのに、昨年も来日、今年も来日。でも、今度こそ最後だろう)。かつてのグルベローヴァ自身に比べると確かに衰えているのかもしれないが、これを超える人は世界にほとんどいない。これから日本で聴けないとすると、本当に残念だ。
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