ジャック・ドゥミの映画(初期短編、「ローラ」「天使の入江」「シェルブールの雨傘」)、そして「ジャック・ドゥミの少年期」
アニエス・ヴァルダの「顔たち、ところどころ」をみたのをきっかけにヴァルダの何本かの映画をみて、今度はその伴侶だったジャック・ドゥミの映画を何本かみた。簡単な感想を書く。
ジャック・ドゥミ初期短編映画集(「ロワール渓谷の木靴職人」「冷淡な美男子」「アルス」「淫乱の罪」)
いずれもドゥミらしい感受性豊かで根底のところで「孤独」を感じさせる映画。物語としての面白さはあまり感じなかったが、映像美と独特の雰囲気に圧倒される。とりわけ、モノクロの映像の力に驚嘆する。画面全体から心優しさを感じさせるが、暖かくはない。余計なものを取り除いた厳しさがある。まさしく静謐な世界。「冷淡な美男子」だけがカラーで赤を基調とした大胆な色遣いで、しかも女性がずっとしゃべり続ける。だが、これは、一人の女性の独白と、女性に話しかけられながらもそこにだれもいないかのように振る舞う男性(あるいは、この男性は女性の見ている幻想なのかもしれない)の「非コミュニケーション」の物語。色遣いと饒舌さはまさに孤独そのものを表現している。
もし私がこれらの映画を公開時に見て、ドゥミの才能を予感できたかどうか自信がないが、今見ると、明らかに後のドゥミの萌芽がある。いずれも愛すべき珠玉の小品だと思う。
この作品についてはタイトルだけは以前から知っていたが、今回初めてみた。2012年にハリウッドで修復されたきれいな映像。なかなかの名作だと思った。
後の「シェルブールの雨傘」で副主人公になるローラン・カサール(マルク・ミシェル)が主人公。カサールは少年のころに愛した女性セシル(アヌーク・エーメ)と再会する。セシルは今ではローラという名前で踊り子としてキャバレーに出演している。カサールはよりを戻そうとするが、ローラには初恋の男性ミシェルとの間に子供がいて、行方をくらませたミシェルを忘れられず、カサールに心を許さない。しかも今もアメリカ人水夫と付き合っているように見える。ローランは恋をあきらめ旅に出ようとするとき、ローラは戻ってきたミシェルと新しい一歩を踏み出そうとする。
そうしたカサールのローラへの思いと失恋を語るのだが、そこに若き日のローラを思い出させる清純な14歳の少女セシルとの出会い、その少女とアメリカ人水夫との交流、カサールの行きつけのカフェの常連客などが絡む。舞台となっているのはナント。ラ・フォル・ジュルネで私も何度か訪れたことのある海辺の静かな地方都市だ。そうしたものが相まって、親密で重層的な空間を作り出す。
詩的で内省的な映画だ。音楽はミシェル・ルグラン。「シェルブールの雨傘」でなじみのメロディが聞こえてくる。撮影はラウール・クタール。ドゥミの映画、そして1960年代、70年代にはなじみの天才たち。映像も美しい。ずっと感動して観た。
ジャック・ドゥミが「ローラ」と「シェルブールの雨傘」の間に作ったモノクロ映画。銀行員の青年(クロード・マン)は友人に誘われてルーレットにはまり込む。南仏のニースやモンテ・カルロのとばく場に出かける。そこでブロンド女性ジャッキー(ジャンヌ・モロー)と知り合う。ジャッキーは賭博にのめりこんだために夫に見放され、子どもとも会えずにいるが、それでもまだ賭博をやめられず、イカサマにも手を染めて賭博場から追い出される始末。二人は行動をともにし、愛を交わすようになるが、全額をスッてしまう。青年は父親にお金を送金してもらい、やり直そうとする。ジャッキーはそれを拒んで賭博場に出かけるが、青年を失おうとするとき、賭博でなく男性を選んで、新しい人生を歩もうとする。あっという間のラストシーンだが、これはとても感動的。
現実には、まあきっとジャッキーはまた賭博に戻るだろうな・・とは思うのだが、それはそれでとてもいい映画。映画の中のほとんどの場面を占める二人が不毛な賭博にのめりこむ場面は見ていて辛いが、最後の場面のためには必要だったのだろう。
それにしても本当に美しいモノクロ映像。コート・ダジュールが白黒の美しい映像として納められている。ドラマティックな展開を描きながら、愛を求める孤独が浮き立つ。
ただ、私には役者としてのジャンヌ・モローの存在感が強烈すぎてヒロインの心情に共感できない。ジャンヌ・モローの出演映画を見ると、いつもそのような気持ちになる。役柄のジャッキーではなく、ジャンヌ・モローを見てしまう。賛同してくれる人は少ないかもしれないが、ジャンヌ・モローではなくアヌーク・エーメだったら、どんなにうれしかったことか。
大好きな映画だ。久しぶりにみた。改めて素晴らしい映画だと思った。セリフのすべてが、日常の会話のアクセントに少しだけメロディを加えただけの歌から成るミュージカル映画だ。
50年近く前、私が早稲田大学第一文学部演劇科映画専攻の学生だった頃、この映画が傑作かどうかで大学の映画論の授業中に、担当の先生と大激論を交わしたことがある。「感情を歌い上げられていない。だから駄作だ」と先生が断言した。生意気な学生だった私はそれに反対して、「この映画のセリフがすべて歌になっているのは、むしろ感情を抑え、過度な感情移入を防ぐためなのだ。すべてのセリフを歌にすることによって、〈この映画は非現実のおとぎ話なんですよ、どこにでもある悲恋をおとぎ話として語っているんですよ〉とわからせている。だからこそ、これは画期的な作品なのだ」と食ってかかった。
ついでに言うと、先生は私の反論に腹を立てたらしく、「よく言われるだろ、フランス人は音痴なんだよ。ミュージカルなんて作れないんだ」といい捨てた。当時からクラシック音楽好きだった私はカチンときて、「フランスにはドビュッシーやラヴェルやフォーレがいるじゃないですか。ベルリオーズだってサンサーンスだって。音痴と言われるのはイギリス人ですよ、先生は勘違いしてるでしょ」とますます食ってかかった。これが先生の怒りに油を注いでしまったようで、激しい言い合いになった。私の若気の至りの思い出の一つだ(もちろん、高齢者になった今は別人のように丸くなっている!)。いずれにせよ、それやこれやでそのまま早稲田演劇科の大学院に進むのは難しくなったのだった!
今みても、私のほうが絶対に正しいと思う。感情を高らかに歌い上げるのとは異なる、いかにもフランス音楽的なルグランの音楽、人工的な色(上から見た傘の行進、二人の主人公の部屋、人物たちの統一感のある服の色調)、不思議なシーン(自転車が自動的に動いているなど)はそれを示していると思う。
それにしても、ルグランの音楽、色彩、ストーリー、すべてが素晴らしい。そして、カトリーヌ・ドヌーヴの何という美しさ! 淡々と、しみじみと「人生ってこうなんだよね」と思わせる。まさしく現代の悲しいおとぎ話。それを作るにはすべてのセリフを歌わせる必要があったのだと思う。本当にいい映画だと思う。
「ジャック・ドゥミの少年期」 アニエス・ヴァルダ監督 1990年
ドゥミがエイズにかかって死を覚悟した後、長年連れ添ったヴァルダが記念のために作ったドゥミの伝記映画。小さな自動車修理工場を営む家に生まれ、幼いころから演劇、映画に関心を持ち、初々しく繊細な感性を育てながら映画に傾斜していくドゥミの少年時代が描かれる。大人の世界を知り、戦争がある。技術学校で手に職をつけることを強制されながらそれに反抗して映画を仕事にしていく。ドゥミの映画の場面が挿入され、少年期の様々な経験が映画にいかされていることが示される。
ドゥミの人間思いの人柄、その人生、そしてヴァルダのドゥミに対する愛も伝わる。ドゥミに対する思い入れがある私のような人間にはことのほか訴える力が強いが、そうでない人に対しても、一人の映画人の人生を描く映画として十分に説得力があると思う。3回ほど訪れたことのあるナントの町が出てくるのもうれしかった。
| 固定リンク
「映画・テレビ」カテゴリの記事
- 映画「シクロ」「ポトフ」「こころの剣士を」「1944 独ソ・エストニア戦線」(2026.07.20)
- 映画「急に具合が悪くなる」 ユマニチュードの考え方!(2026.07.18)
- デュラスの映画「バクステル、ヴェラ・バクステル」「トラック」「船舶ナイト号」(2026.07.14)
- 映画「夏至」「青いパパイアの香り」「ノルウェイの森」(2026.07.11)
- 映画「冬の旅」「蜂の巣の子供たち」「草の乱」「ブレイブハート」「大いなる遺産」(2026.04.29)




コメント
シェルブールの雨傘は「名作」だと思います、少なくとも自分にとっては忘れられない作品です。
(ど素人の自分が見ても)映像の類まれなセンス、音楽の美しさ、俳優特にカトリーヌ・ドヌーブの美しさは初めて見た時「こんなに美しい女性がこの世にいたなんて」と衝撃を受けました。
先生の記事を拝見して歌声がすぐに耳元に蘇ってきました。
舞台や時代を超えて、慎ましく一生懸命生きようとする登場人物それぞれの幸せの有り方に、ラストのシーンにいつまでも余韻が残りました。
色々なジャック・ドゥミさんの作品のご紹介を本当に有難うございます。
また見たくて居ても立っても居られなくなってしまい思わず恥ずかしながら連投させて頂きました。
投稿: 通りすがり | 2018年10月23日 (火) 04時52分
通りすがり 様
コメントありがとうございます。
このブログで、しばらくジョージア映画など西欧以外の映画について書いていましたが、久しぶりにフランス映画をみてみますと、やはり素晴らしいですね。「幸福」も「シェルブールの雨傘」も繊細で洗練されていて、美しいですね。とりわけ、1960年代、70年代のフランス映画はとりわけ味わいがあります。カトリーヌ・ドヌーヴはそれを最高度に集約しているような女優さんだと思います。
投稿: 樋口裕一 | 2018年10月25日 (木) 20時14分