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映画「ガンジスに還る」 人生に対して素直になってこそ人は本当に死ぬことができる

 岩波ホールでインド映画「ガンジスに還る」をみた。

 先ごろ岩波ホールで開かれたジョージア映画祭で上映された映画を私はほとんどすべてみたのだったが、そのたびにこの「ガンジスに還る」の予告編を見せられたのだった。そこまで見せられると、本編をみないわけにはいかない。

 老人が突然、自分の死を感じ、バラナシの聖地へ行って最期の時を迎えたいと言い出す。それに中年の息子がついていくことになる。老人と息子は最後を迎える人のための安ホテルで過ごす。息子は初めのうちは仕事を気にしながら、父親に付き合っているが、徐々にこれまでの人生を振り返り、ともに相手を誤解していたこと気づき、死を人間に訪れる当然のこととして受け入れるようになる。そうして老人は最期を迎える。

 親は子どもに対してよかれと思ってあれこれ行うが、子どもは必ずしもそれをありがたいと思ってはいない。死という厳粛な、しかしすべての人間にとって当たり前の現象を前にすると、人は素直になれる。いや、人生に対して素直になってこそ人は本当に死ぬことができる。人生に対して素直になることが、すなわち死を迎える時期が来たということなのだ。そうしたことを、この映画は、ユーモアを交え、しかも淡々としみじみと、ガンジスの川や祭りの様子を交えながら語ってくれる。

 この映画のシュバシシュ・ブティヤニ監督は1991年生まれ。20代の若者! 驚くべき才能だ。ただ、私が個人的に少々不満だったのは、バラナシのこの上なく猥雑で混沌としていて貧しく汚く、しかも、いやそうであるからこそ間違いなく聖なるものが息づいている雰囲気を十分に描いていないように思えた。私がバラナシを訪れたのは、1993年だった。あのとき感じた強烈な暑さの中の聖なるものと俗なるものの激しい交錯を映画の中に感じられなかった。もちろん、現在は私が訪れたころと雰囲気が変わったのかもしれない。あるいは監督はそれを描きたくなかったのかもしれない。だが、やはり私としてはバラナシが描かれるのであれば、あの雰囲気を味わいたかった。

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コメント

私も映画「ガンジスに還る」をみました。たしかに「聖なるものと俗なるものの激しい交錯」は感じられませんでした。その後、同じくバラナシを舞台にした遠藤周作の「深い河」を読みましたが、そこでも同様に感じられませんでした。なぜだろうと自問しています。

投稿: Eno | 2018年11月30日 (金) 22時19分

Eno 様
コメント、ありがとうございます。
静謐な空間としてのバラナシを描きたかったのでしょうか。
確かに、「深い河」も同じような雰囲気だった気がします(読んだのはずいぶん前ですが)。私はかつて三島由紀夫の「暁の寺」を読んで、バンコクとともにバラナシ(というか、ベナレスという表記ですが)にあこがれたのですが、そこで描かれていたのは聖俗の入り混じる暑い世界だったように思います(ただ、これも大昔に読んだだけですので、読み返してみないことには何とも言えません)。
ブログを時々拝見しています。とりわけ、インキネンとブロムシュテットのブルックナーについて共感して読ませていただきました。

投稿: 樋口裕一 | 2018年12月 3日 (月) 09時31分

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