« 拙著3冊刊行 「受かる小論文の絶対ルール 改訂版」「頭のいい文章術」「バカ部下を使いこなす技術」 | トップページ | ギルバート+都響 「ドン・キホーテ」よりも「カルメン」「スペイン奇想曲」のほうがよかった »

映画「運命は踊る」「ニーチェの馬」「倫敦から来た男」「パリ20区 僕たちのクラス」「カメラを止めるな」「検察側の罪人」

 映画館でみた映画、DVDでみた映画、飛行機の中でみた映画をとりまぜ、最近みた映画数本の感想を書く。

 

映画「運命は踊る」 2018年 サミュエル・マオズ監督

 渋谷の映画館でみた。サミュエル・マオズ監督のイスラエル映画。

夫婦のもとに兵役中の息子が戦死したという知らせが入る。夫婦は絶望するが、しばらくしてそれが誤報だったとわかる。夫は激怒して息子を戦地から呼び戻すように働きかけるが、せっかくそれまで無事だったのに、息子は命令を受けて帰宅している途中に交通事故で死んでしまう。そうしたことがあったために夫婦中はぎくしゃくして別居するようになるが、最後にはドラッグを使って無理やり心を通わせあう。簡単にまとめるとそんなストーリーだが、そこに描かれるのは戦争に疲弊する社会の病巣だ。

 父親は兵役時代に仲間を死なせてしまったことに深い傷を負って、そこから長い間逃れられず、自分の気持ちを整理できずに、今でもしばしば飼い犬を虐待しているようだ。息子は検問所で兵役の仲間たちとだんだんと泥に埋まって傾いていく兵舎で暮らしながらラクダがのんびり通るのを見守るような戦場とはかけ離れた検問をしていたが、ちょっとした誤解から何の罪もないアラブ系の人々の乗る車に乱射して殺戮してしまう。息子が交通事故で死んだのも、誤って人を殺してしまったことに苦悩しているさなかだった。

 イスラエルの映画でありながら、イスラエル人に人権を蹂躙され、自尊心を奪われて屈辱的な立場にいるアラブ人の状況がしっかりと描かれる。イスラエルの社会も、勝利しているわけではなく、すべてが傾き、ゆがみ、実は大義を失い、人と人の健全なコミュニケーションもなくしている。イスラエル政府に真正面から異議を唱えるわけではないが、映像や登場人物のあれこれの動きによってその矛盾を描いている。見事な映画だと思った。

 

81tgyndlrwl_sy445_ 「ニーチェの馬」 タラ・ベーラ監督 2012

 DVDを購入。とてつもない映画だと思った。言葉に表しようのない映画。これまでこんな映画は一度もみたことがない。「おもしろい」というわけではないが、ただただ圧倒された。

 かのニーチェは鞭うたれている馬に駆け寄ってそのまま意識を失い、発狂したといわれている。この有名なエピソードに基づくニーチェの発狂をもたらした馬のその後を描く物語。

とはいえ、激しい風の中の小さな家で父と娘が馬とともに生活する様子が白黒の映像で描かれるだけの映画だ。父親は右手が不自由らしく、娘の手助けがなければ服を着ることもできない。二人は極貧の中にいて、ジャガイモをゆでただけの食事を続ける。その過酷な生活の繰り返しが描かれる。ほとんど会話はない。一度、近隣の男がやってきて、一方的にニーチェ思想を語る。「曙光」の中に確かこのような文章があったと思う。だが、父親はこの男を追い返す。最後に馬は死ぬ。

ニーチェの思想さえもが浅はかな言葉にしか思えないような人間と馬の圧倒的存在感。あらゆる「意味」を排して、人間が存在する。ニーチェが恐れおののいて狂気に陥らざるを得なかったような存在。この馬は、サルトルの「嘔吐」におけるロカンタンの見たマロニエの木の根のようなものなのかもしれない。ロカンタンがマロニエの木を見て存在そのものを感じて嘔吐したように、ニーチェは馬を見て生命の存在というあまりに単純なものに気付いて発狂したのかもしれない。そう思わせるだけの力のある映画だった。

 

51hamtuetrl_sy445_ 「倫敦から来た男」 タル・ベーラ監督 2007

「ニーチェの馬」があまりに凄いので、タル・ベーラ監督の映画をネットで探して購入。この映画にも圧倒された。「ニーチェの馬」とは違って、こちらはジョルジュ・シムノン原作の犯罪映画。しかし、一般の犯罪映画の次元をはるかに超えている。

殺人を目撃し、殺された男の持っていた大金を拾った中年の男の行動を白黒の長回しの映像で追っていく。セリフがほとんどない。映像で心情をわからせるというレベルを超えて、人間の存在そのもの、生の奥にある本質そのものを描き出しているかのようだ。

私はフェルメールの絵画を思い浮かべた。もちろん、描き出される世界はフェルメールとはまったく異なるが、外観を描くだけでその奥にある存在そのものまでも描き出す技はまさしくフェルメールだと思った。カフェや部屋のものの光と影、俳優の肌の質感、目の動き、背景の人の動き・・・そのようなもののすべてがその奥にある世界を描き出している。凄まじい映画!

 

2081ngiiujiel_sy445_ 「パリ20区 僕たちのクラス」 ローラン・カンテ監督 2008

 パリ20区。移民の多い地区。その公立中学の教師とそのクラスの若者たちの話。まるでドキュメンタリー映画のようにリアルだが、俳優が演じているとのこと。主役を演じるのは自らの体験を描いた原作者本人(フランソワ・ベゴドー)だという。

生徒たちはアフリカ系、アラブ系、中国系が多く、勉強意欲がない。多くの生徒の学力も著しく低い。まさに学級崩壊状態。しかも生徒たちは自己主張をして、教師にたてつく。教師は必死にクラスを立て直そうとする。特に感動的な結末があるわけではない。きれいごとを排し、シリアスに教育とは何かを問いかけ、現代のフランス社会の断片を見せつける。

フランスと日本の学校の在り方の違い(なんと、生徒の退学を決める職員会議にオブザーバーとして生徒代表が出席している!)もわかる。教育に身を置く私自身も大いに身につまされる問題でもある。

それにしても監督の演出の手腕に驚く。本当に生意気な生徒たちとしか思えない。すべてのセリフが本人の心の中から生まれているとしか思えない。

 

「カメラを止めるな」 2017年 上田慎一郎監督

 話題になっているのでみたいと思っていたら、プノンペン行きの飛行機でみられた。

初めの三分の一ほどは、カメラを止めずにワンショットによるゾンビ映画が展開する。わざとらしく大袈裟でときどき不思議な間がある。ワンショットでうまくとれているのは見事だが、言われているほど面白くないと思ってみていたら、三分の一を過ぎてからはいわゆるメイキング映像になった。初めのゾンビ映画がどのような経緯で撮られるようになったのか、どうやって撮ったのか、どんなトラブルやアクシデントがあってそれを乗り越えたのかが描かれる。実におもしろい! 一つ一つに納得する。前半に張り巡らされていた伏線がすべて集束する気分を味わうことができる。しかも、そこにはダメ監督と妻、娘の家族の愛情回復の物語がからんでいる。最後には、ゾンビ映画にかかわった人々と一体化して感動を覚えた。こんな映画、これまでみたことがない!

 スタッフもキャストもまったく無名の人々。それなのに、こんなすごい娯楽映画がうまれるなんて。

 

「検察側の罪人」 2018年 原田眞人監督

 飛行機の中で「日日是好日」を見始めたのだが、茶道を教えるこのタイプの映画は少なくとも飛行機の中でみるべきものではないと思って、「検察側の罪人」に切り替えた。木村拓哉、二宮和也の競演で話題になったのは知っていた。期待しないでみたが、なかなかおもしろかった。

 この種の映画について内容を書くと「ネタバレ」になってしまうので、くわしくは書かないが、主役格の人々はしっかりと演じ、主人公のかなり極端な行動にもそれなりに納得できるようにはできている。過去の殺人を告白する異常な犯人を演じた酒向芳の存在感に圧倒された。最後まで退屈せずにみた。

|

« 拙著3冊刊行 「受かる小論文の絶対ルール 改訂版」「頭のいい文章術」「バカ部下を使いこなす技術」 | トップページ | ギルバート+都響 「ドン・キホーテ」よりも「カルメン」「スペイン奇想曲」のほうがよかった »

映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

「ニーチェの馬」は私も劇場公開のときに観ました。私が今までに観た映画の中でベストだと思っています。世界の創造の物語を逆回しにして、その崩壊を描いた物語だと思いました。

投稿: Eno | 2018年12月18日 (火) 19時14分

Eno 様
コメント、ありがとうございます。
「今までに観た映画の中でベスト」とおっしゃるのはよくわかります。好きな映画ではありませんが、「途方もなく凄い映画」のベスト3には間違いなく入ります。「世界の創造の物語を逆回しにして、その崩壊を描いた物語」ということについて、もう少し伺いたいものです。ブログは時々のぞかせていただいていますが、その中に以前に書かれているかと思って探したのですが、見つかりませんでした。

投稿: 樋口裕一 | 2018年12月19日 (水) 22時44分

中途半端な書き方をしてしまい、申し訳ありません。私が感銘を受けた「ニーチェの馬」のことが書かれていたので、思わずコメントを書き込んでしまいました。私があの映画に感じたことは、一日目、二日目……と進んでいく物語に創世記を連想したことです。ですが、その物語は世界の創造ではなく、その崩壊、もしくは終末であることに驚きました。とくに老人とその娘の生活を支えていた井戸の水が枯れる場面にはショックを受けました。映画全体が神話的な世界に思え、その感触が今でも身体のどこかに残っています。

投稿: Eno | 2018年12月20日 (木) 06時00分

Eno 様
ご返事、ありがとうございます。なるほど! 確かにおっしゃる通り、一日目、二日目・・・というのは創世記を意識しているでしょうね! 年末年始にもう一度みてみようと思っています。正月にみるタイプの映画ではないのが難ですが。

投稿: 樋口裕一 | 2018年12月23日 (日) 08時37分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: 映画「運命は踊る」「ニーチェの馬」「倫敦から来た男」「パリ20区 僕たちのクラス」「カメラを止めるな」「検察側の罪人」:

« 拙著3冊刊行 「受かる小論文の絶対ルール 改訂版」「頭のいい文章術」「バカ部下を使いこなす技術」 | トップページ | ギルバート+都響 「ドン・キホーテ」よりも「カルメン」「スペイン奇想曲」のほうがよかった »