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映画「葡萄畑に帰ろう」 あまりに陳腐だが、ジョージアの風景は見られた

 仕事が思った以上に早く片付いたので、岩波ホールに出向いて、「葡萄畑に帰ろう」をみた。エルダル・シェンゲラヤ監督のジョージア映画。

 さきごろ岩波ホールで開かれたジョージア映画祭のほとんどすべての映画をみたが、そのたびにこの予告編がかかっていた。これだけ予告編を見させられたからには、本編もみないわけにはいかない。

 が、予告編で想像していたのとはかなり異なる映画だった。まず、原題が「椅子」。映画の冒頭からずっと椅子が中心的に語られる。この椅子はCGによっておしゃべりをし、自分の意志で動く。登場人物に語り掛け、観客に向かって解説めいたこともする。

避難民を追い出す担当の大臣になったゲオルギは新しい高価な椅子を購入して悦に入る。が、選挙に負けて大臣の座を追われ、しかも前の首相に贈り物としてもらった家屋からも追い出される。最後にはそれまでの上昇志向の自分を改めて母親の経営する葡萄園に帰る。そうした物語が椅子を中心に語られる。権力に執着する椅子はゲオルギを追いかけるが、最後にはゲオルギはこの椅子を捨てる。それでも、椅子は復活し、ふたたび上昇を求める人間を探そうとする。そこで映画は終わる。

 あまりに陳腐だと思った。「大臣の椅子」を人間化してストーリーを展開すること自体、出来損ないのサラリーマン向けファンタジーのようだし、テーマもあまりにありきたり。ただ、それを臆面もなくやってのけているところにこの映画の価値があるといえるかもしれない。ある種のおとぎ話として、あえて人間描写も表面的にして描こうとしたのだろう。しかし、そうであるとしても、私は残念ながら魅力を感じなかった。

 日本語タイトルをつけた人や予告編を作った人も、「椅子」を出すとあまりに陳腐だと感じて、あえてそれを隠して、「葡萄」「ワイン」を強調したのだろう。が、実際には、葡萄の話はほんの少ししか出てこない。詐欺めいたタイトルと予告編だと思う。

 ただ現在のジョージアの都会と田舎の風景を見ることができた。避難民を抱える政治状況を知ることができた。ジョージアに強い関心を持ち始めている人間には、それはうれしいことだった。

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