« 26年ぶりのカンボジア旅行 | トップページ | 拙著3冊刊行 「受かる小論文の絶対ルール 改訂版」「頭のいい文章術」「バカ部下を使いこなす技術」 »

ヴィット+新日フィルの第九 感銘を受けなかった

 20181216日、オーチャードホールで新日本フィルハーモニー交響楽団の「第九」特別演奏会を聴いた。指揮はアントニ・ヴィット。独唱は盛田麻央(ソプラノ)、中島郁子(アルト)、大槻孝志(テノール)、萩原潤(バリトン)。

 ヴィットの演奏は、ナントのラ・フォル・ジュルネで何度か聴いたことがある。とても良かったこともあったし、そうでないこともあった。ナントでちょっとだけ話を交わしたこともある。私のへたなフランス語を辛抱強く聞いてくれて、ともあれ会話にはなった。昨年の新日フィルの第九(マルク・アンドレーエ指揮)は惨憺たるものだと私は思ったのだが、今年はヴィットが振るというのなら、聴かないわけにはいかない。そう思って出かけた。

 全体的にはかなりオーソドックスな指揮だと思う。が、強調するべきは強調する。ところどころハッとするようなところがあった。とりわけ、第4楽章の合唱のパートでかなり歌い方に工夫が加えられているようだった。きっと合唱指揮の栗山文昭ではなく、ヴィットの指示によるものだと思う。そのおかげで時折新鮮に響くところがあった。その意味ではとても興味深く聴かせてもらった。

 ただ、私はどうもリズムが不安定でバタバタしているように思えた。第1楽章はとてもよかったが、第2楽章でダイナミックでバタバタ感が強まり、第3楽章ではじっくりとした静寂が訪れずにファンファーレに部分も不発に感じた。第4楽章でもそれが続き、とりわけ合唱の始まる前の各楽章のテーマが出現する部分も平板だった。

 歌手陣については、私は萩原潤の自然な美声に惹かれた。大槻孝志もとても安定した歌唱だった。女声陣については、少し声を張り上げすぎているように思えた。栗友会合唱団による合唱も、ヴィットの指揮のせいかもしれないが、安定性に欠けると思った。

新日フィルについても、大きなミスなかったとはいえ、アンサンブルがビシッと決まらず、心もとなさを感じることが何度かあった。昨年に比べればずっと良かったとはいえ、全体的にはあまり感銘を受けなかった。

|

« 26年ぶりのカンボジア旅行 | トップページ | 拙著3冊刊行 「受かる小論文の絶対ルール 改訂版」「頭のいい文章術」「バカ部下を使いこなす技術」 »

音楽」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック


この記事へのトラックバック一覧です: ヴィット+新日フィルの第九 感銘を受けなかった:

« 26年ぶりのカンボジア旅行 | トップページ | 拙著3冊刊行 「受かる小論文の絶対ルール 改訂版」「頭のいい文章術」「バカ部下を使いこなす技術」 »