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2019年正月 オペラ映像「フィデリオ」「ヴォツェック」「ノルマ」「微笑みの国」「フィガロの結婚」

 2019年になった。今年もまた何事もなく過ごせることを願う。

 風邪気味だったため、年末年始に予定していた外出は控え、ほとんど家にこもって過ごした。幸い、風邪はこじらせずに済んで、すでに全快。大晦日も元旦もいつもと変わらず、マイペースで仕事をし、疲れたらオペラ映像をみたり、DVDで映画をみたり、昼寝したり。

 年末から今日までに見たオペラ映像の感想を簡単に書く。

 

969 ベートーヴェン 「フィデリオ」2018年 スイス、ザンクト・ガレン劇場

 レオノーレを歌うジャクリーン・ワグナーという歌手を初めて知った。大柄なパワーのある歌手。この役にぴったりの歌手だと思う。演出上の意図があるのかもしれないが、ノルベルト・エルンストはきれいな、悪く言えばパワーのない声。ドン・ピツァロのローマン・トレーケルはさすがにうまく悪役を歌っている。ロッコのヴォチェク・ギールラッハ、マルツェリーネのタチアナ・シュナイダーはとてもいい。総じて歌手陣のレベルは高いが、ただドン・フェルナンド役のマルティン・ゾンマーが不安定。

指揮のオットー・タウスクはかなり細かく工夫しているが、ちょっといじりすぎの気がする。歌手と合わないところ、音楽がドラマに乗っていかない箇所を感じる。オーケストラの性能は悪くはないと思うが、超一流ではなさそう。

演出のヤン・シュミット=ガレは映画監督だとのこと。レオノーレはほとんど男装せず、女性の姿のままで過ごす。四角の枠を移動させて視覚的には美しい。が、フロレスタンが異様にだらしないのをのぞけば、とりわけ新しい解釈があるようには思えない。

 

412 ベルク 「ヴォツェック」2017年 オランダ国立歌劇場

 音楽が始まる前に、5分近く黙劇がある。ヴォツェックとマリーの間の子ども(恐るべき演技力!)が中心人物で子どもたちが社交ダンスを踊る。が、このような演出家(クシシュトフ・ヴァリコフスキ)による改変は私には大変不愉快。このオペラの本質をえぐりだすのならよいが、別の話にすり替えようとしているのがありあり。腹立たしくてあまり熱心に見なかったせいもあるのかもしれないが、付け足したものをすべてカットしても大勢に影響はないのではないか。このオペラを残された子供の視点から見たところで、あまり意味はないように思うのだが。

 ヴォツェックを歌うクリストファー・マルトマンは下層の愚かな人間というよりは現代の狂気に至る知的な人間ヴォツェックをリアルに歌う。マリーのエヴァ=マリア・ウェストブロークは色気のある売春婦を熱演。大尉役のマルセル・ビークマンが演技・歌唱ともに素晴らしい。グロテスクな世界を見事に作り出している。医者を歌っているのはサー・ウィラード・ホワイト。これも見事。ほかの役もとてもいい。

マルク・アルブレヒトの指揮も鋭利でありながら、十分にロマンティックでとてもよいと思った。

 

053 ベッリーニ 「ノルマ」2017年 メトロポリタン歌劇場

 ライブビューイングで上映されたもの(私はみる機会がなかった)のようだ。

 METなので、もちろんすべてがそろっている。とりわけ、ノルマを歌うソンドラ・ラドヴァノフスキーとアダルジーザのジョイス・ディドナートが圧倒的。二人のデュエットはまさしく圧巻。ただ私はポリオーネを歌うジョセフ・カレヤに我慢がならない。この役を得意にしているようで、ほかのヴァージョンでもこの歌手が歌っていたが、どうも私には音程が外れているように聞こえる。なんでこんな歌手が主役を張るのか私には大いに疑問だ。

 カルロ・リッツィの指揮はメリハリがあってとてもいい。デイヴィッド・マクヴィカーの演出はきわめてオーソドックスだが、最終幕の後半、ノルマとポリオーネが愛し合う二人のように抱き合っているのがきわめて異様。台本と矛盾する気がしたが、なるほど最後のノルマの決断を愛情のあかしとして捉えようとしたのだろう。

 

133 レハール オペレッタ「微笑みの国」2017年 チューリッヒ歌劇場

 その昔、シュヴァルツコップの歌うこのオペレッタのCDを聴いたものだ。ルネ・コロの歌うオペラ映画もみた覚えがある。ただ、あまりおもしろいオペラではないと思ってきたし、今回もまた思った。東洋と西洋の文化の溝を描くオペレッタで、ハッピーエンドで終わらないところがある意味でおもしろいが、やはり音楽としてさほど楽しめない。

 ただ上演としてはとても充実している。スー・チョン殿下を歌うピョートル・ベチャワは素晴らしい声。今、世界最高のテノールと言えるのではないか。申し分なし。リーザのユリア・クライターも声も美しく、容姿も見事。ミーのレベッカ・オルヴェラ(まるで東洋人のように見える!)、グスタフのスペンサー・ラングも安定している。

 ファビオ・ルイージ指揮のチューリッヒ歌劇場管弦楽団ももちろん美しい。アンドレアス・ホモキの演出の演出は、東洋と西洋の断絶を象徴するかのように左右に分裂した作りになっている。退屈しない舞台になっている。

 

 

287 モーツァルト 「フィガロの結婚」 2012年 グラインドボーン歌劇場

 素晴らしい上演だと思う。まず何といってもロビン・ティチアーティ指揮のエイジ・オブ・インライトゥメント管弦楽団の鮮烈な音に驚嘆する。現代楽器よりもむしろずっと現代的に響き、実に雄弁。スリリングで躍動感があり、ドラマティック。しかも歌心はたっぷり。確かにこれこそがフィガロの世界なのではないかと思わせるだけの説得力がある。

 マイケル・グランデージの演出もおもしろい。1960年代のツイストが流行った時期に舞台設定をしている。このオペラの副題通り、最終幕はツイストで「狂った一日」になる。映画的なリアルな舞台だが、まったく違和感はない。動きの一つ一つが自然だし、舞台も美しい。『フィガロの結婚』がこの演奏と演出でまさしく現代の物語になっている。

 歌手もそろっている。とりわけ素晴らしいのが、スザンナを歌うリディア・トイシャーとケルビーノのイザベル・レナード。二人ともヴィブラートの少ない澄んだ声で表現力も豊か。しかも容姿も申し分ない。まさにスザンナとケルビーノに見える。

伯爵夫人のサリー・マシューズもきれいな容姿と美しくて柔らかい声、伯爵のアウドゥン・イヴェルセンもしっかりした声でとてもいい。フィガロを歌うのはヴィート・プリアンテ。演出によるのかもしれないが、かなり神経質なフィガロになっている。もっとおおらかでもっと余裕があってよいのではないか。歌はよいだけに演技が気になる。マルチェリーナを歌っているのはなんとアン・マレイ。70年代、80年代に活躍していた歌手だ。70歳を超えていると思う。声は失われているが、軽妙な演技といい、この役にぴったり。ほかの脇役や合唱団も含めて、グラインドボーン音楽祭らしく、演劇的にとても充実している。

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