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二期会「金閣寺」 演奏は素晴らしかったが、台本に無理があると思った

 2019223日、東京二期会オペラ劇場「金閣寺」をみた。

 三島由紀夫はもっとも好きな作家の一人であり、「金閣寺」はとりわけ最高傑作だと思っている。ひところ黛敏郎の「涅槃交響曲」や「曼荼羅交響曲」を夢中になって聴いていた。だから、その昔、オペラ「金閣寺」が作曲されてからずっと関心は持っていた。が、CDはもちろん聴いたものの、実際の上演については、時間が合わなかったり、忙しかったりで、これまでみる機会がなかった。今回、初めてみた。しかも、指揮は有望な若手だというマキシム・パスカル、演出は宮本亜門。悪かろうはずがないと思って出かけたのだった。だが、残念ながら、思っていたほどの感動はしなかった。

 台本はクラウス・ヘンネベルク。原作そのものがきわめて複雑な思想を語るものなので、やはりこれをオペラ台本にするのは難しい。そもそも溝口は吃音によって社会との関係を遮断された状況にある。オペラ台本では、やむを得ずそれを手の障害に置き換えているが、やはりそれでは溝口のもどかしさ、社会との距離感は伝わらない。そのほか、鶴川や柏木の位置づけもこの台本では曖昧なままだ。そうなると、金閣寺というものの意味もしっかり伝わらない。少なくとも私は溝口の苦悩を追体験できず、その痛みも金閣寺への愛憎も自分のこととして感じることができなかった。せっかく黛特有の魂をえぐる音が聞こえているのに、そして、歌手たちがそれを見事に演じているのに、私にはそれが伝わらない。

 そして、同時に、黛敏郎は決してオペラ作曲家ではなかったことがあちこちに感じられた。手慣れなさのようなものを感じる。宮本亜門の演出は、黙役のヤング溝口をうまく使っていたが、やはりそれでも、そうした作品そのものの不足を補うには至っていないと思った。

 演奏はすべてとても良かった。溝口の与那城敬は見事な歌。鶴川の高田智士、柏木の山本耕平、道詮和尚の畠山茂、母の林正子、有為子の嘉目真木子も演技、歌ともにとてもよかった。マキシム・パスカルの指揮も東京交響楽団も文句なし。

 数日のうちに「紫苑物語」と「金閣寺」の2本の名作小説に基づく日本人作曲家の手になる現代オペラをみたが、私は「紫苑物語」のほうに大きな感銘を受けたのだった。が、ともあれ、このようなレベルの高い2本がみられたことは、実に嬉しい。

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コメント

今回の上演は見てないですが、オペラの「金閣寺」って歌で観客を酔わせるような部分が少ないですね。
明確なアリアや重唱とかでなくてもいいけど、オペラってまず歌手の歌を聴きに行くものだと思うんですよ。
Rシュトラウスはいうまでもなく、「ヴォツェック」「ルル」「ピーター・グライムズ」「中国のニクソン」・・・何でもいいですが、近現代でも成功したオペラ作品って、歌手の聴かせどころがあるものですが、そこら辺が少ないのが、先生のおっしゃる黛がオペラ作曲家でないゆえん、かもしれません。
そういえば黛は三島のリブレットでオペラ「美濃子」を作曲したそうですが、作曲に行き詰まってしまって書けなくなり、三島の怒りを買って絶交されてしまったそうです。それも黛のそういう歌ごころの無さが、作曲に躓いた要因かもしれませんね。

投稿: | 2019年2月26日 (火) 01時09分

コメントをくださった方
コメント、ありがとうございます。
確かにその通りだと思います。アリア、二重唱、三重唱といった聞かせどころがなく、メリハリによってドラマが徐々に高まっていく・・・というオペラの基本のようなものがありませんでした。こうしたことは、オペラとして成り立たせるには欠かせない約束事だと思います。それを破るには、それなりの強い説得力がないと、観客は満足できないでしょうね。「美濃子」については、まったく知りませんでした。ありがとうございました。

投稿: 樋口裕一 | 2019年2月27日 (水) 08時32分

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