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デュラス原作の映画「あなたはまだ帰ってこない」 声をあげて泣いた!

 映画「あなたはまだ帰ってこない」をみた。

私は18歳のころに、たまたま購入した田中倫郎訳の「モデラート・カンタービレ」を読んで以来、マルグリット・デュラスを愛し、かなりの本を読んできた。フランス語を勉強し始めた時、最初に原書を買って辞書を引きながら読んだのも「モデラート・カンタービレ」だった。私はデュラスを20世紀後半のフランス最大の作家の一人だと思う。ため息交じりのような省略の多い独特の文体、極度に抽象化された愛と生のもがき、徐々に明らかになっていくあまりに壮絶な人生。そうしたものに惹かれてきた。デュラスが監督した映画も何本か見た。読み始めてかなりたってから、若きデュラスがとても美しい容姿を持っていたことを知った。それからはますます感情を移入して読んだ。

そのデュラスの自伝的小説「苦悩」(ただし、残念ながら、この作品は読んでいない)の映画化だ。初めは、デュラスの文体とかなり異なる映像化に少し違和感を覚えた。デュラスはこのように直接的にリアルには語らない。アルコール交じりにため息をつくように切れ切れに抽象的な言葉を用いて恐ろしい真実を語る。だが、映画であるからには、デュラス流を通せない。「アガタ」や「インディア・ソング」のようなデュラス自身が監督した抽象的な愛の形を模索するような映画ではなく、戦争中のレジスタンス活動とその中での愛の葛藤を描く映画となると、外面からデュラスの世界を描くしかない。デュラスの文章が内面から発する言葉によって成っているのに対して、エマニュエル・フィンケル監督の作り出した映画作品では、かつてのジャン・ジャック・アノー監督の「ラマン(愛人)」と同じように外側から見たマルグリット・デュラスから成っている。引き裂かれたマルグリットを象徴するように、しばしば二人のマルグリットが画面上に現れる。

パリがドイツ軍に占領された時代。夫をゲシュタポに逮捕され、自身もレジスタンス活動にかかわっているマルグリット(メラニー・ティエリー)は、夫の情報を引き出そうとしてドイツ軍協力者ラビエ(ブノワ・マジメル)の誘惑に応じる姿勢を見せる。しかも彼女はレジスタンスの仲間であるディオニス(バンジャマン・ビオレ)と関係を持つ。マルグリットは夫の帰りを必死の思いで待ち続けるが、終戦を迎え、ようやく夫が死の危機の中で帰還するとき、マルグリットは夫と会うのを拒絶しようとする。そして、夫が回復した後、夫に離婚を告げる。

その心の苦悩が痛いほどわかる。そこに、障害のある娘の生還を待ちわびながら、収容所に連行された初日にガス室で殺されたことを知るユダヤ女性の苦悩が重なる。戦後を生き抜くにはやむを得なかっただろう裏切り、男女の愛、諦め。そのようなものが交錯する。

私は声をあげて泣きそうになった。いや、実際に声を上げて泣いた。マルグリット・デュラスの苦悩に満ちた生、そして人間という大きな社会に翻弄されざるを得ない存在に対して泣かずにはいられなかった。

デュラスを読み返したくなって、数冊の本をさっそく注文した。

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コメント

以前先生の記事にあった「はなれ瞽女おりん」を先日見てみましたが素晴らしい作品で心から感動しました。

小さな自分の世界では決して出会うことの無いようなまるで泉のような様々な記事に、いつもワクワクしながら拝見させて頂いており、一読者として感謝をお伝えしたくて。

映画「ラマン(愛人)」は若い頃に観た時は強いインパクトがありましたが、年月を経て見直してみるとあらためて心にしみる気がしました。
「あなたはまだ帰ってこない」も見てみたいし「モデラート・カンタービレ」を無性に読みたくなり、本屋に行ってみます。

投稿: すわん | 2019年3月 9日 (土) 04時52分

すわん 様
コメント、ありがとうございます。
「はなれ瞽女おりん」をご覧になっていただけたとのこと、私のブログが契機になったとしたら、こんなうれしいことはありません。
「あなたはまだ帰ってこない」、そして「モデラート・カンタービレ」、おすすめします。もしかすると、デュラスに関しては私には強い偏愛があるかもしれませんが、きっと私の偏愛を共有してくれる方は多いと思います。

投稿: 樋口裕一 | 2019年3月11日 (月) 08時37分

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