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クァルテット・ヴァン・カイック 本当は恐ろしいラヴェル、ブラームス

 2019419日、鶴見のサルビアホールでクァルテット・ヴァン・カイックの演奏を聴いた。曲目は前半にモーツァルトの弦楽四重奏曲第15番ニ短調とラヴェルの弦楽四重奏曲、後半にブラームスの弦楽四重奏曲第2番。いずれも素晴らしかった。

 クァルテット・ヴァン・カイックは2012年結成の若いフランスのグループ。ヴァイオリンのヴァン・カイックがリーダーということなのだろう。

 かなり凄みのある弦楽四重奏団だと思う。単に完璧なアンサンブルできれいに演奏する団体ではない。切れ味鋭く、しかも腹の底をえぐるような演奏。まずモーツァルトの短調の弦楽四重奏曲の底知れぬ苦しみのような表現に驚いた。とりわけ第3楽章は何ともいえぬ恐ろしさのようなものを感じる。

 ラヴェルにも同じようなものを感じた。表面的にはさりげないが、心の奥深くで様々な感情が渦巻いているかのような音楽。「本当は恐ろしいラヴェル」。そんな言葉が浮かんできた。

 完璧なアンサンブルだが、精密すぎる感じがしない。透明な音楽ではなく、良い意味での濁りのようなものがある。ある種、心の手触りとでもいうか。それがとても魅力的だ。

 後半のブラームスはとりわけ圧巻だった。静かに始まるが、抑制した情念がうごめいていることがよくわかる。二人のヴァイオリンもキレがよく、美しい。しかも、劇的。ヴィオラも実に潤いがある。チェロの音も独特。深みがあってしなやか。四つの楽器がまさに生き物のように重なり、動き、律動していく。そして、第四楽章にうねり、重なり合う。凄い!

 アンコールは、プーランクの「愛の小径」。実にエスプリの利いた演奏。プーランクらしく、フランスらしく。ヴァン・カイックという名前からするとオランダ系なのだろうが、とてもフランス的な演奏だった。

 16日、パリのノートルダム寺院の尖塔が消失。心が痛む。パリには留学したわけではないが、「遊学」はしていた。サン・ミシェル大通りを毎日歩き、パリの人の心の中心であるノートルダムを毎日見ていた。パリを訪れるごとに、サン・ミシェル大通りを歩き、シテ島を見る。パリの人とともに手を合わせたくなる。そんなことを思いながら、弦楽四重奏に編曲されたプーランクのシャンソンを聴いたのだった。

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