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どうも私はインキネンが苦手

 2019420日、日本フィルハーモニー交響楽団の定期公演を聴いた。指揮はピエタリ・インキネン。曲目は前半に武満徹の「弦楽のためのレクイエム」と、ジョン・リルのピアノが加わってベートーヴェンのピアノ協奏曲第3番、後半にシベリウス作曲の交響曲第2番。

 何度かインキネンの演奏を聴いてきたが、これまで感動したことがなかった。いや、それ以上に退屈だった。もう少し聴いてみたいと思って足を運んだのだったが、やはり退屈だった! 大喝采している人がいるのだから、これは私の好みの問題なのだろう。

 まず「弦楽のためのレクイエム」が退屈だった。この曲は昔、小澤征爾指揮、トロント交響楽団のレコードでずいぶん聴いたものだ。好きな曲のつもりでいた。だが、インキネンで聴くと、なぜか退屈。音は美しく、オーケストラを掌握していると思うのだが、出てくる音楽があまりに平板でべったりしていて、そこに追悼の哀しみも伝わってこない。

  その後のピアノ協奏曲は、ピアノのジョン・リルに原因があるのかもしれないが、これまた驚くべきつまらなさだった。あまりに平板。合わせているだけとしか思えない。

 そして、シベリウス。さすがに第4楽章は盛り上がったが。そこに至るまでの筋道に私はあまり説得力を感じない。なぜなのかはよくわからないのだが、フレーズが無機的でバラバラな気がする。有機的に音楽と音楽つながっていかず、内的緊張をもって盛り上がらない。シベリウスの音楽は長いメロディがなく、切れ切れのモティーフの組み合わせでからなっている。だが、その切れ切れのモティーフがだんだんと一つの統一をなして盛り上がっていくのが醍醐味だ。ところが、そうならない。音楽を推進していく内的エンジンが欠けているような気がする。確かに音は美しい。日フィルは見事な音を出している。そこにインキネンの功績があるのかもしれない。だが、私は少しも音楽に興奮しない。以前にインキネンの指揮するブルックナーの交響曲第9番を聴いた時も同じような感覚を持ったことを思い出した。

 ここにはあえて書かないが、私には苦手な指揮者が何人かいる。間違いなく、インキネンは苦手な指揮者の一人だと確信した。

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