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フルシャ+N響の「ツァラトゥストラ」「シンフォニエッタ」 苦手な曲はやはり苦手だった

 2019414日、NHKホールでNHK交響楽団の演奏会を聴いた。指揮はヤクブ・フルシャ。曲目は、前半にシュトラウスの交響詩「ツァラトゥストラはこう語った」と、ソプラノの ヴェロニク・ジャンスが加わって、ベルリオーズの叙情的情景「クレオパトラの死」、そして、後半にヤナーチェクの「シンフォニエッタ」。

 実は私はシュトラウスもベルリオーズも、そしてヤナーチェクも大好きだ(一時期、日本リヒャルト・シュトラウス協会にも、ヤナーチェク友の会にも入会していた)。ところが、ここに選ばれた3曲は実はいずれもあまり聴かない曲。というか、はっきり言って、いわゆる「好きな作曲家の苦手な曲」。3曲すべてが私にとって同じような曲なので、これを機会に聴いてみたいと思った。で、結論から言うと、やはりあまり面白いと思わなかった。

「ツァラトゥストラ」の冒頭はもちろん圧倒的な音楽だ。が、その後が退屈。今日聴いてもやはり退屈だった。フルシャの指揮はしっかりと音楽をまとめているのだが、それ以上ではない。空虚な音楽が続くだけで終わった。この曲では致し方ないだろうと思う。昔、カラヤン指揮、ベルリン・フィルの来日公演でこの曲を聴いたが、それでも感動には至らなかった記憶がある。

「クレオパトラの死」はとてもよかった。ジャンスはかなり明晰な語り口で、しかもとてもドラマティック。だが、これについて、私としてはどうということなく終わった。

 フルシャはチェコのブルノ出身だという。ヤナーチェクの故郷フクバルディからすぐの土地で、ヤナーチェクは長くブルノで暮らした(ついでに言うと、私は10年ほど前、ブルノを訪れ、フクバルディまで足を延ばした!)。だから、もっと地方色豊かな音楽を作り出してくれると思っていたのだが、私の耳には意外とインターナショナルに聞こえた。明るめの音で、ヤナーチェク特有の屈折したもの思い、そして肉体の内側から湧き上がってくるかのような名付けようのない生命の力のようなものが聞こえてこない。これもどうということなく終わった。

 きっととても良い演奏だと思うのだが、やはりこれらの曲は私とは性が合わないと再認識したのだった。

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