« 2019年4月 | トップページ | 2019年6月 »

リムスキー=コルサコフ 「五月の夜」「皇帝の花嫁」「見えざる町キーテジと聖女フェヴローニャの物語」「金鶏」のオペラ映像

 リムスキー=コルサコフのオペラの魅力を知って、また何枚かDVDやBDをみた。簡単に感想を記す。

 

「五月の夜」 2008年 モスクワ・アカデミー音楽劇場

 若い男女が町長に邪魔されながら、その土地で暮らす妖精の助けを借りて恋を成就させる物語。ロシアの田舎の雰囲気が出ていて、とても良い感じなのだが、この映像ではあまり真価は伝わらない。

 録音・録画の状態がかなり良くない。2008年の公演だというのにモノラル録音。映像も粗い。演奏もほどほど。最初から最後までオーケストラと歌が合っていないが、これはきっと録音によって生じたのだろう。観賞用に録画録音されたのではなく、記録のための映像なのではないかと思われる。いくらなんでも本当にこれほどずれていたら、拍手は起こらず、ブーイングになるだろう。

 レフコを歌うオレグ・ポルプディンは、遠目にも二枚目には見えないし、声はきれいなものの歌唱は不安定。ハンナを歌うナタリア・ウラディミルスカヤは容姿も声も可憐だが、あまり訴える力は感じない。村長のディミトリ・ウリヤーノフや村長の義理の姉のイリーナ・チスチャコワに存在感がある。指揮はフェリックス・コロボフ、演出はアレクサンドル・ティテル。

 

「皇帝の花嫁」 2013年 ベルリン、シラー劇場

 まず、オペラそのものがとても素晴らしい。「金鶏」や「皇帝サルタンの物語」以上の傑作といえるのではないか。「狂乱の場」といえるような場面があってきわめてドラマティックだが、イタリアオペラのように剥き出しではない。スラブ的な底知れぬ深みがあり、どす黒い人間の欲望があり、純愛があり、内省的で沈降する思考がある。それらがスリリングに、緊迫感にあふれて展開する。美しいメロディもあり、激しい思いをぶつける歌もあり、鮮やかなオーケストレーションにもあふれている。

 リムスキー=コルサコフという人、実によくオペラを知っている。見事に常套手段を使いこなし、物語に起伏をつけ、そこにオリジナリティを加え、大人のテクニックを用いてオペラを構成する。ヴェルディやシュトラウスに匹敵する手際の良さ。台本もよくできていて、ドラマをはらんで展開され、しかもストーリーがわかりやすい。

 歌手陣も現代最高の布陣だと思う。マルファを歌うオリガ・ペレチャトコがあまりに美しく、あまりに可憐。澄んだ美しい声と、まさに皇帝の花嫁候補に見える美しさ。そして、リュバーシャを歌うアニータ・ラフヴェリシヴィリの迫力も圧倒的。まるでエルザとオルトルートのような掛け合いが二人の名歌手の間で歌われる。

 ソバーキンのアナトリー・コチェルガも素晴らしい美声。そして、何と往年の名歌手アンナ・トモワ=シントウも出演して、しっかりとした歌を聴かせてくれる。

 ドミートリー・チェルニャコフの演出は現代に舞台を移したものだが、違和感はない。それほどまでにリムスキー=コルサコフの音楽が現代的だともいえるだろう。

 ベルリン国立歌劇場管弦楽団を指揮するのはダニエル・バレンボイム。さすがに緻密でドラマティックな演奏。そのほかの役も、まったく穴がない。

 

「見えざる町キーテジと聖女フェヴローニャの物語」 2008年 カリアリ・リリコ劇場

 

 あまりレベルの高い上演ではない。まず歌手たちが不安定。フェヴローニャ役のタティアナ・モノガロワは容姿は素晴らしいのだが、肝心の歌については音程がずっと不安定。私は、なんだか気持ちが悪くなって聴いていられなくなる。皇子のヴィタリー・パンフィロフも声が弱い。フョードル役のゲヴォルク・ホコブヤンが最も安定している。

 アレクサンドル・ヴェデルニコフの指揮するカリアリ・リリコ劇場管弦楽団もきれいに決まらない。エイムンタス・ネクロシウスによる演出はかなり穏当なのではないか。新しい発見はなかったが、わかりやすくて、きれいだと思う。この上演ではこのオペラの真価はよくわからない。

 

「金鶏」 1989712日、東京文化会館

 1989年の日本公演。この当時、もちろん私はこのオペラ公演について知っていたと思うが、まったく覚えがない。ドイツ系のオペラ以外にはほとんど関心がなかったし、私の人生の中でかなり忙しい時期だったせいだろう。

 歌手もそろっている。ドドン王のマクシム・ミハイロフ、ポルカンのニコライ・ニジェンコは見事な歌。シェマハの女王を歌うイリーナ・ジューリナはかなり特殊な声だが、この役にぴったり。アメルファのエレーナ・ザレンバ、金鶏の声のイリーナ・ウダロワもしっかりした声でとてもいい。

 指揮のスヴェトラーノフがやはり圧倒的に素晴らしい。とても雄弁なオーケストラ(ボリショイ劇場管弦楽団)で小気味よいほどに音が決まる。重みのある音だが、決して鈍重にはならない。ゲオルギー・アンシーモフによる演出もとても気が利いていておもしろい。特に新しい解釈はないと思うが、一つ一つの動きが音楽にあっているし、色彩的な衣装も音楽にぴったり。

 いやあ、「金鶏」は名作だなあと改めて思う。

| | コメント (2)

久しぶりに美濃吉の白味噌仕立てを食べた

 2019528日、久しぶりに京都に出かけた。

 私が塾長を務める白藍塾では、いくつかの中学校、高等学校の小論文教育のサポートをしている(関心がおありの方は、白藍塾のHPをご覧ください)。その関係で、京都産業大学付属中学校での研修に講師として参加したのだった。とても気持ちよく仕事ができた。

 贔屓の店、新阪急ホテル地下の京懐石の店・美濃吉で昼食をとった。ゆっくり食べたかったが、時間がないので京弁当にした。

  が、やはりここに来たからには、大好物の「白味噌仕立て」を食べないわけにはいかない。相変わらずのおいしさ。美濃吉の、とりわけこの新阪急ホテル店の白味噌仕立ては最高においしい。久しぶりに食べて、まさに絶品。食べ物について知識がないので、くわしく描写できないし、そもそも素材が何なのかもよくわからないのだが、ともかく本当においしい。これはぜひ多くの人に食べて味わってほしいものだ。

 鯛のかぶと煮もいただいた。私が魚を食べると、お店の人も驚くほど徹底的に食べつくす。つまり、どうしても食べられない骨以外はすべて食べてしまう。実にうまかった。上品な味付けで、鯛そのものの味がしっかりと味わえる。最後の最後まで味わった。

 ところで、朝、京都に向かう途中、新幹線のぞみ号の中でスマホを見て、登戸の殺人事件を知った。帰りにも、その続報を読んだ。

   何といういたましい事件であることか。亡くなった方、関係者の嘆きはいかばかりだろう。かける言葉を思いつかない。カリタス学園に子でもを通わせているという知り合いが何人かいた。他人事とは思えない。

  それにしても、引きこもりの中年の人間が増えているという。私の旧友の中にも二人、引きこもっていた人間がいた。私自身もかつて引きこもり寸前の状態だった。その陰惨さはよくわかる。様々な要因があるだろうが、これが社会のゆがみと結びついていることは間違いあるまい。このような事件が今後起きないための抜本的対策も思い浮かばないがゆえに、いっそう悲しい。

| | コメント (2)

ネルソンス+ゲヴァントハウス管 意図はわかる気がするが、感動しなかった

 2019527日東京文化会館でライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団のコンサートを聴いた。指揮はアンドリス・ネルソンス、曲目は前半にバイバ・スクリデのヴァイオリンが加わってショスタコヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番、後半にブラームスの交響曲第1番。ゲヴァントハウス管弦楽団はよく言われるドイツ的な音といってよいのだろう。誠実で深みがあって実に美しい。

 ショスタコヴィチの協奏曲に関しては、もちろん悪い演奏ではないと思う。スクリデは誠実に音楽を作ってゆく。誇張のない的確な演奏。ただそういう演奏だと、ショスタコヴィチ特有の狂気に至るまでの心のざわめきが表現されない。正確でしっかりした音楽なのだが、それだけで終わった気がする。

 ヴァイオリンのアンコールはヴェストホフというバロック時代の作曲家の「鐘の模倣」という無伴奏ヴァイオリン曲。これも同じ印象。誠実で的確だが、少なくとも私はあまり感動しなかった。

 後半のブラームスについては、かなりの力演。ネルソンスはゆっくりと、しかも重くなりすぎずに鳴らして、スケール大きく音楽を構築していく。第2楽章はとりわけ独特のフレージングの取り方をしてしなやかに歌わせようとする。第3楽章では木棺を際立たせ、第4楽章では全体が収束していくように構築する。間を持たせ、タメをつくって、ダイナミックにしようとする。

 ただ、ネルソンスの意図はわかる気がするが、それが完全にうまくいっているかというと、そうでもないのではないかと思った。びしりと決まっていかない。第1楽章の始まりのゆったりしたテンポも、そこから出てくる音にあまり説得力を感じなかった。とはいえ、第4楽章の終盤はさすがに盛り上がった。

 アンコールはメンデルスゾーンの「ルイ・ブラス」序曲。この演奏はこの日、最もよかったのではないか。メンデルスゾーンにしてはちょっと無駄の多い曲だと思ったが、オーケストラは素晴らしい音でアンサンブルも見事。ブラームスではスケールを大きくしようとしているのが感じられたが、アンコールではそのようなことはなく、ひきしまっていた。

 このオーケストラはブロムシュテットやシャイーでこれまで何度か聴いて深く感動した覚えがある。もちろん、50年ほど前からレコードやCDでも随分と名演を聴いてきた。が、残念ながら、今回はこれまで程の感動を得ることができなかった。ちょっと残念。

| | コメント (0)

ジョージア・アルメニア旅行

 昨日までジョージア・アルメニアの3泊6日の弾丸ツアーに出かけていた。ツアーといっても、客は私一人。搭乗手続きが2019518日の深夜で、19日の001分に出発する便に乗ってジョージアの首都トビリシに2泊、アルメニアの首都エレヴァンに1泊し、2泊目はしないまま深夜にホテルを出て23日夜に帰国するというスケジュール。「3泊6日」ということになる。

 日本との時差は5時間なので、早朝に目が覚めたので日記のように旅行中の出来事を書いていた。それをそのままここに記す。

 なお、IT技術未熟につき、写真を挿入できない。一時期、できるようになっていたのだが、ニフティの「ココログ」の仕様が変わってから、またできなくなった。旅行記に写真がないのは読み物としては致命的欠陥だが、まあ仕方がない。

5月20

 昨日(519日)からジョージアのトビリシに来ている。

 岩波ホールでジョージア映画祭をみて、ジョージア出身の音楽家たち(ヴァイオリンのリサ・ヴァティアシュヴィリ、メゾ・ソプラノのアニタ・ラチヴェリシュヴィリ)を聴いて、この旧ソ連の小さな国にとても関心を持った。次の旅行先としてジョージアを選び、小さな旅行会社に申し込んで、ジョージアと、その隣国アルメニアを含むツアー(ただし、参加者は私だけの個人ツアー)に申し込んだ。

 ドーハ経由のカタール航空。ドーハ着陸の少し前、飛行機の翼に雷が落ちた。ほとんどの窓はまだしまっていたので、気づいた人は少なかっただろう。ただ、私の列の窓際の女性(中東系に見える若い女性)は窓を開けていた。通路側の席にいた私は窓の外をのぞきこんでいた。と、その時、まさしく翼に雷が落ち、一瞬、激しく光った。女性が悲鳴を上げた。が、それだけ。機体が揺れることもなく、停電になることもなく、揺れることもなく、何事もなかったかのように進んだ。

 着陸時、ちょっと心配だったが、15分遅れ(しかし、それはたぶん空港の都合)で到着。このような小さな雷が落ちることは日常的なのだろう。

 ドーハで1時間15分の待ち時間でトビリシ行きに乗り換える予定だった。急いで乗り換え手続きをすまして、トビリシ行きの搭乗口に向かって、機体に向かうバスに乗り込んだが、それが最後のバスだったようだ。ともあれ、無事乗り換えられた。

 飛行機の中は、羽田からドーハもドーハからトビリシまでも快適だった。窓の外にカスピ海が見えた。

 

 ドーハ空港は新しい清潔な建物だった。途上国の喧騒はまったくない。静かで落ち着いており、空港の周辺はきれいに整備されている。現れたガイドさんは20代のかわいらしい女性。語彙は少ないが、しっかりした発音で話をする。書いた文章もちょっと見せてくれたが、これが実にこなれた日本語。感じもよく素晴らしい! 運転手さんとホテルまで連れて行ってくれた。

 緑の多い街だ。道路はきれいに整備され、古い由緒ある建物と真新しい建物、そしてモニュメントがあちこちにある。ガイドさんが総務省などの庁舎を教えてくれたが、そのどれもが斬新なデザインの建物だった。市街地に入ると、まさにヨーロッパのこじんまりしたきれいな中都市。ロシア時代の名残などほとんど感じない。いかつさはなく、おしゃれで庶民的。

 ホテルは自由広場のすぐ近くにあった。ちょっと古いがとても便利で、感じもいい。まだ昼を過ぎたばかりだが、空いている部屋に入れてもらえた。

 夕方、ガイドさんが食事に連れて行ってくれることになっていたので、ホテルの室内で一休みしてから一人で散歩に出た。

 まず、スマホの地図と「地球の歩き方」の地図を頼りにムトゥクヴァ川に出てみようと思った。観光客が多く、観光客とみるとツアーやタクシーを呼び掛けてくるが、それはどこにでもあること。勧誘してくる人も、東南アジアのようにしつこくない。

 暑い。30度はありそう。コテ・アブハズィ通りを歩くうち、シオニ聖堂の案内が見えたので、そちらのほうに歩いた。6世紀に建てられた大聖堂だ。あまり飾りのない質素な教会でジョージア正教の中心地とのこと。多くの人が中でお祈りをしていた。こじんまりしていて、信仰心にあふれているが、厳めしい雰囲気はない。聖母の絵があり、十字架があり、そこで何人かがお祈りをささげていた。

 そのまま聖堂の外の階段を下りて川沿いに出た。川沿いのV.ゴルガサリ通りを少し歩いて、平和橋に入った。平和橋は川を横断する真新しい橋だ。おしゃれなデザインで晴れ渡った空の下、薄い青緑色のガラスの英局した屋根が生える。私も平和橋を渡って川の反対側にわたってみた。川を除いてが、決してきれいな川とは言えない。濁っているし、魚もいそうもない。

 その後、一旦ホテルの方向に戻って、ルスタヴェリ大通りを歩いてみることにした。左側にショッピングモールがあり、庭園があり、国家議事堂があった。右側には国立博物館、現代美術館、カシュヴェティ教会、ナショナル。ギャラリーが並んでいた。

 歩いているうち、1970年代、パリのサンジェルマン大通りを歩いた時の記憶がよみがえった。整備されたきれいな並木道。そこをフランス人が歩き(当時は白人がほとんどだった)、古い建物に交じって新しいビルが建っていた。

 道を歩いて感じるのは、お店が少ないこと。観光客向けのレストランはあるが、スーパーやコンビニなどの小売店がなかなか見つからない。横断歩道が少なく、広い道を渡るときには主要地の近く設置されている地下道を渡らなければならないが、そこには必ず物乞いが何人かいる。また、純粋な物乞いではないのだろうか、ほんの数点を地面において、ちょっとした野菜などを売っている人もいる。古本を道路で売っている人も何人か見かけたが、古本屋さんというよりは、自分が読んだ本を売りに出しているような雰囲気だった。地下道には靴や酒や下着や通信道具の商品を売る小さな店が並んでいるが、そこにも食料を扱う店が見当たらない。ただ、ちょっと雑然としているように思えるが、そうした店が静かに並んで、特に客引きをしているわけでもないし、客寄せに音楽がかかっているわけでもない。

 ピロスマニの絵がたくさんあるというナショナル・ギャラリーに最初に行ってみた。キリコ展が行われていた。私は特に絵画に関心があるというわけではないが、ジョージア(グルジア)に関して初めて知ったのは、1970年代に映画「ピロスマニ」をみたときだった。そもそも、ジョージアの画家で名前を知っているのはピロスマニだけだ(ちなみに、ピロスマニも本当の名前はニコ・ピロスマナシヴィリ。この国の人の名前は難しすぎて発音しにくいし、みんなの名前がよく似ていてい覚えられない!)。その後、現代美術館(外からも目を引く建築で、なかも階段がガラス張りで段差が見にくく、足を踏み外しそうになり、なおかつ、階下まで透けて見えるのでちょっとした恐怖を覚えた)をみたが、強く感じたのは、ジョージアの人の独特の感性だ。

 私は美術に関しては人並みの知識さえ持っていないので、偉そうなことは何も言えないのだが、ジョージアの画家たちの絵を見ると、日本の浮世絵と同じような現実を少しデフォルメして自分の独特の目で見る傾向があるのを感じた。

 ピロスマニの作品だけではなく、不思議な雰囲気のものが多い。そして、フランスやイタリアの有名絵画そっくりの構図のものもたくさんあるが、そこには模倣というよりもパロディのような、「おれならこうする」という対抗意識のようなものが感じられる。素人の私から見て「つまらない」と思う絵もたくさんあったが、目を引くものもたくさんあった。(ただ、どの画家も名前が似ていて、しかも長いので、覚えられない! 日本に帰って調べよう)

 ナショナル・ギャラリーの裏に広い公園があった。段差になりながら、川まで続いていた。緑が多く、多くの市民が何人かでおしゃべりしたり、一人で読書したりといった思い思いの時間を過ごしていた。静かな時間が流れている。私もその公園で一休みした。成熟した町だということを強く感じる。

 ナショナル・ギャラリーと現代美術館に囲まれたカシュヴェディ教会は小さな教会だが、何人もの人が訪れていた。周囲には物乞いが5、6人いた。訪れているのは観光客ではなく、現地の人だと思う。祈りをささげていた。男性たちのアカペラの重唱が聞こえた。素晴らしい声! 日本のプロ歌手でもこんなにきれいな男声合唱はできない!

 ところで、この国の人の信仰の深さを感じる場面を何度も見た。教会の前を歩くとき、通り過ぎるだけなのに、教会のほうを見て小さく祈りをささげる。少しアウトローに見えるタイプの男性も同じようにしている。若者もそうしている。通りの向川の歩道からもそのようにしているのを見た。

 ショッピングモールを少し見て、1階のスーパーでちょっとした買い物をしてホテルで休憩。

 

 夕方、ガイドさんがやってきて、夕食。オールドハウスという名前のレストランで、川辺で食事。ハチャプリというチーズピザを中心に、とても素朴な料理を食べた。にんにくの味が聴いて、おいしい。チーズもおいしい。ジョージアはワインの発祥の地なので、もちろんワインを飲まないわけにはいかない。これまたコクのあるとてもおいしいワインだった。

 飲食しながら、ガイドさん、運転手さんと話した。私がワインを飲んでいると、その飲み方が運転手さんには気になったようで、「ワインというのはイエス様の血なので・・・」と言い出した。もちろん日本語はできないが、とても初老の男性なので、もちろん悪気はない。もっと感謝を込めて飲んでほしいということの用だった。その後もガイドさんの通訳であれこれ話したが、ますます打ち解けてくれた。が、同時に、この国の人々の信仰の深さ、ワインへの思いに驚かされたのだった。

 食事中に雷が鳴り始め、大雨になった。が、通り雨だったようで、食事が終わった時にはほぼやんでいた。

 食後、すぐにホテルに戻る予定だったのだが、私の希望を入れて、メイダンを回ってもらった。歴史的に様々な文化が交わり、イスラム教、ユダヤ教などが入り混じる地メイダン。渋谷を思わせるような歓楽街に、シナゴーグがあり、その横をイスラムの姿の人が歩いていた。まさに宗教のるつぼ。地下のかつてのバザールを再現した場所もあった。そこにも立ち寄った。

 疲れ切って、ホテルについてすぐに寝た。

 

 

5月20

 朝の9時にホテルを出発。車でまずムツヘタに行った。先に車で日本のいろは坂のような道を上り、そのあと、200メートルほど坂道を歩いて、丘の上に立つジュヴァリ教会に行った。6世紀に建てられた教会で、世界遺産に指定されている。丘の上にぽつんと立っている。丘からは眼下にムツヘタの赤い屋根の多い町並みと様々な近代的な建物のたつ新しい町並みを見下ろすことができる。古い町の横で色の異なる二つの川が合流している。

 ジュヴァリ教会は、石造りの簡素で小さな教会だ。観光客がかなりいる。先に周囲を見てから、中に入った。十字架やイコンなどの聖なるものがあった。

 ガイドさん(どうやら、大学で日本語を学ぶ学生さんらしい。日本留学が決まっており、アルバイトでガイドの仕事をしているという。日本にこんなにしっかりした学生がどれほどいるだろう!)によれば、外壁のレリーフに太陽の徴があったり、中の絵画に私の知らない聖書由来の物語があったりするなど、西欧のカトリックの教会では聞いたことのないような事柄がたくさんあった。ジョージアの教会に特有のものなのか。あとで調べてみる必要がある。が、ともあれ、信仰が最も素朴に建物になっているのを感じる。

 その後、車で丘を降りてムツヘタの古い町にあるスヴェティ・ツホヴェリ教会に行った。こちらはジョージア最古の教会であり、もとは4世紀に建てられたのだったが、現在残っているものは11世紀に建てられたという。これも世界遺産。かなり大きな教会だ。まさに大聖堂。しかし、造りは丘の上のジュヴァリ教会に似ている。簡素な石造りで外壁に十字架や太陽の徴や貼り付けなどのレリーフが施されている以外は大きな装飾もない。むき出しの石が存在感を高めている。こちらについても、カトリックなどの教会では聞いたことのない話をいくつか聞いた。また、この教会の由来を示す少女と聖ニノのエピソードを示す絵画もあった。

 少し歩いて、スタムヴロ教会に行った。小さな教会で、女子修道院が併設されていたらしい。こちらも簡素な石造りで美しい。これは世界遺産ではないとのことだが、こじんまりしていてとても感じがいい。

 

 その後、ジョージア軍用道路に進んだ。1799年に帝政ロシアがコーカサス地方からその先までを軍事的に制圧しようとして軍事用に山を切り開いて建設した道路だという。現在はもちろん片側1車線の道として舗装されているが、まさに断崖絶壁を曲がりくねって走っている。私の乗る60歳前後の運転手さんはかなりスピードを出すタイプのようで、次々と前の車を追い抜いていくので、少々怖かった。

 途中、ダムによってできた人造湖、その近くにあるアナヌリの石造りの城塞と教会をみて、どんどん進んだ。観光名所である理由がよくわかる。風景が素晴らしい。渓谷があり、緑に覆われ、切り立った崖があり、渓流がある。車に乗って外から見ているだけで飽きない。

 雨が降り出してきた。山の気流の具合による一時的な雨かと思っていたが、そうでもない。時々晴れ間も見えるが、徐々に雨が強まる。その中で、遠くに雪山が見えてきた。そして、どんどんとそちらの方に近づいていく。そして、実際に周囲は雪景色になってきた。昨日は30度前後あった。今日も平地は20度を超していただろう。が、軍用道路で北上するうち、季節が23か月さかのぼった感じだった。

 小さなレストランで昼食をとった後、ソ連時代に、ロシアとジョージアの友好200年を記念して作られたモニュメントに寄った。周囲には雪が残っている。冷たい雨が吹き付ける。ありったけの服を着て外に出たが、おそらく摂氏5度くらい。しかも雨のためにかなり濡れた。このモニュメント、デザイン的に面白いが、ジョージアの人はロシアに虐げられた歴史を物語るものであって、面白く思っていないようだ。

 そのあと、14世紀に建てられたゲルゲティノツミンダ・サメバ教会に寄った。これも丘の上にある小さな簡素な教会だった。周囲を5000メートル級の山に囲まれているというが、雨や雲のために見えない。山のふもとに小さな集落が広がっている。

 ただ、もうすでにびしょぬれで寒い! 車に戻った。その後、来た道を戻って、トビリシに向かった。体が濡れていて寒かった。10度くらいに思えるところでも半そでにシャツ一枚だった運転手さんにお願いして暖房をきかせてもらっても寒かった。

 が、無事にトビリシに到着。レトロ・レストランというツアー客の集まるレストランで、オランダ人?とドイツ人とアメリカ人?の大集団(一つの集団が40人程度)に囲まれて夕食。オランダ人?の集団が何度も声を合わせて歌い出すのには参った。話ができなかった。

 まだ寒気が抜けず、しかも食欲がない(曲がりくねった道をかなりのスピードで走ったための車酔い? あるいは、ふだんは朝食を抜く生活なのに、朝食付きのホテル料金を無駄にしたくないという貧乏性でつい朝からたくさん食べるせい?)。とてもおいしい料理だったが、早々に帰った。すぐに風呂に入って寝た。

 

 

5月21

 

 朝9時にガイドさんが迎えに来て、車でトビリシのホテルからアルメニア国境に向かった。南に向かう。右も左も野原が続く。人家はほとんどない。なだらかな山。美しい。それがずっと続く。

 車で1時間以上飛ばしてやっと国境の町バグラタシェンに到着。パスポートを確認されてから、国境の施設の中に入った。有料道路の入り口のような検査所があり、中に駐車場や3階建てくらいの建物がいくつか覆われているが、それほど厳しい雰囲気はない。軍人も武装した警察官も見当たらない。人もあまりいなくて、がらんとした雰囲気だった。

 国境までジョージアのガイドさんが連れてきてくれて、アルメニアのガイドさんに引き継いでくれる予定だった。ところが、相手のガイドさんとどこで会うのか打ち合わせができていないようで、30分近くウロウロ。ガイドさんは何度も携帯に電話をかけるが、返事がないという。

 やっと連絡が取れて、パスポートコントロールの先でアルメニアのガイドさんが待ってくれていることがわかって、これまでのガイドさんと別れて、1人でパスポートコントロールのところに行くことにした。そうこうするうち、私の携帯でもアルメニアのガイドさんと連絡できるようになって安心。

 がらんとしているように見えたのに、そこには人だかり。大学の50人教室程度の部屋に係員が7、8人かいて、その前にきちんとした列もなしにおそらく80人以上の旅行者がコントロールを待っていた。部屋からはみ出して廊下にも20人ほど待っている。

 廊下の外で待って30分ほど並んでやっと部屋の中に入れた。コントロールの仕事をしている係官は3人だけ。ガイドのような通常行き来する人はパスポートを見せ、そこにスタンプを押すだけで済んでいるようだが、それ以外の観光客には1人につき5分以上かかっている。私の前の中国人は10分以上かかった。これではいつになるかわからない。

 たまたま比較的人数の少ない列があった。中国人グループが並んでいた。私はその後に着いた。中国人グループの存在感は大きく、他の列には次々と割り込みがなされるのに、中国人が並んでいる所には割り込みがない。私は中国人のグループの1人のような顔をして、そのままコントロールを受けることができた。それでも1時間ぐらい経っていた。

 

 アルメニアのガイドさんと合流。しっかりした感じの小柄で綺麗な女性。ベンツの乗用車に乗って案内してもらった。ちょっと訛りはあるが、語彙が豊かでしっかりした日本語で的確に説明してくれる。

 ジョージアの道はほとんど舗装がなされていた。きれいとは言えなかったが、トビリシ以外の地方でも普通の舗装道路だった。道路に牛がいたりもしたが、それでも舗装はきちんとなされていた。

 ところが、アルメニアに入った途端に道が悪くなる。山道を進んだせいもあるのかもしれないが、穴だらけの道。雨が降っていたので水たまりがたくさんあってまっすぐ進めない。どの車も大きな穴を避けながら左車線のほうに入り込むなどしてゆっくり進む。行き交う車はベンツが多い。道が狭く穴ぼこだらけなのでベンツは運転しにくいだろう思うのだが、なぜか5台に1台位がベンツ。外は日本車や他のドイツ車。ロシア製のラダの車もある。ソ連時代のラダもとろとろと走っている。

 風景は素晴らしい。両側がまさに森の世界。谷川があり、山が広がり絶壁がある。木々が見え、野の花が見える。

 ツアーの予定では、国境の町からいくつかの修道院や教会を見ながら、首都エレヴァンに向かうことになっている。

 1時間近く走って、切り立った山の上にあるハグパット修道院に到着。世界遺産に登録されている丘の上の大きな静かな、そして厳かな建物だ。10世紀から13世紀にかけて建てられてきたとのこと。地面に長方形の石がいくつも並んでいる。かつてそこで暮らした神父たちの墓だという。みんながその上を平気で歩いている。墓を踏みうつけながら修道院を歩くのがふつうのことらしい。踏まれることによって魂を浄化させることができるのだと言う。

 建物はまさに質素。質実剛健という言葉がふさわしい。飾りはなく、石がむき出しになっている。チャペルにはフレスコ画があったらしいが、それはもう剥がれている。

 大きな建物がいくつかあった。外壁にはほとんど飾りはないが、十字架の印はあちこちにある。これまで見たことのない十字架だ。下のほうに 葉っぱのような模様がある。ガイドさんによると十字架は死の印ではなく、これから生まれる命の象徴だと言う。それがアルメニア正教の考え方らしい。

 ジョージアの修道院や教会ともかなり異なる。ジョージアは質素ですっきりした感じだった。ところがこちらは、がっしりして堅固で厳しい。ガイドさんが強調するのは、アルメニアの人々が迫害にも負けず自分たちの信仰を強く守ってきたこと、修道士たち、そしてアルメニアの人々みんな学ぶのが好きだということだ。修道士は必死に勉強し、自分たちの信仰や歴史を文章にして残し、迫害され、屈辱を受けながらも、それを必死に守ってきたと言う。そのようなエピソードをいくつも聞いた。

 フランス人、ドイツ人のグループの観光客がいた。日本人を見かけなかった。

 次に向かったのは車で30分ぐらいのところにあるサナヒン修道院だった。こちらも切り立った山の上にあり、ハフパッドよりももっと古い修道院だと言う。細かいところではいろいろ違うようだが、まったくの素人でメモを取らずにガイドさんの解説を聞くだけの私にしてみれば、まぁ似たようなものだと思う。同じように質素で厳しい。

 ウィキペディアにも出ているようなので、とりあえず帰ってよく整理してみようと思った。

 ともあれ印象としては、アルメニアの人々の強い信仰の表れが形となったような修道院だった。ジョージアの人々にも強い信仰心を感じられたが、アルメニアの人々の信仰心には、とりわけ強い意志のようなものを感じる。屈辱に満ちた歴史を信仰によって何とか守ろうと言う意地とでもいうか。信仰心に屈辱に対する怨念、1915年のトルコ(当時のオスマン帝国)によるアルメニア人虐殺の記憶が混じっている。

 再び車でエレヴァンに向かう。きれいに整備された舗装道になったかと思うと、またアナらだけの山道になる。風光明媚なところもたくさんある。国境の町バグラタシェンとエレヴァンの間にあるアルメニアの北部はまさに森の世界だと言う。曲がりくねり、道路の穴を避けながら、エレヴァンへと向かった。

 ガイドさんの言う通り、長いトンネルを抜けるとまるで違う世界が広がった。それまでは森林の世界だったのだが、突然草原の世界になる。切り立った山はなくなり、なだらかな草原になる。道路もくねくね曲がるのではなく、直線になる。道路も舗装がしっかりしてくる。山道で道路が穴ぼこなのは寒暖差が大きくアスファルトの中で水分が凍ってアスファルトを破壊するからだと言う。トンネルよりも南ではそのようなことが少なくなるのだろう。

 しばらく進むと左手にセヴァン湖が見えてきた。きれいな湖だ。青々とした水が広がっている。周囲の木立も美しい。海抜2000メートル近くの湖なので、冷たくて、夏でも泳ぐのは無理だという。しかし、それにしても本当に美しい。

湖の縁に小高い山があり、その頂上に9世紀に建てられたという古い修道院後があった。そこは昔、湖の中の島だったと言う。水が減って、今は湖畔の建物になっている。息を切らしながらそこに登った。修道院後は石を石が残っているだけだが、その後建てられた小さな修道院があった。それも雰囲気がある。

 その後まっすぐに車でエレヴァンに向かった。

 エレヴァンに入るころから、遠くにアララト山が見えてきた。アララト山の横には小アララト山といわれる富士山をミニチュアにしたような山もある。

 アララト山はノアの箱舟が到着したとされている山であり、箱舟の跡のようなものが見つかったとのことで一時期、大きな話題になったことがある。富士山が日本人にとってそうであるように、アルメニア人の心の故郷だが、今はトルコ領になっており、アルメニア人は自由に出入りできない。

 アルメニアの人の気持ちはよくわかる。アルメニア人はノアの直接の子孫だと自分たちを信じている。だから、アララト山を信仰の対象にしている。晴れた日には毎日、エレヴァンの町からアララト山がそびえたっているのが大きく見える。それなのに、アルメニア人を15万人虐殺していながら、そのことを認めていないトルコの領地内にその山はあって立ち入ることができない。屈辱と無念を毎日感じ続けている。それがアルメニアの人の気持ちなのだろう。

 19時30分ごろホテル到着。ホテルで予約してもらっていた夕食を1人で食べた。しかし、お腹が空いていないためせっかくおいしいお肉も少ししか食べられなかった。

 

5月22日

 朝9時に出発。ガイドさんに連れられて、リプシメ教会に車で向かった。

 市内にはソ連時代特有の安づくりのアパートがいくつも見える。トビリシとはずいぶんと雰囲気が違う。ソ連時代の車も走っている。あちこちにソ連時代の名残がある。ジョージアとは経済的にも少し差があるのかもしれない。

 リプシメ教会はキリスト教を布教して殉教した女性リプシメを祀る教会で7世紀にたてられた。地下にリプシメの遺骸が残された墓がある。日常的に今も多くの人が訪れている教会だ。赤っぽい色の石でできていて、とても美しい。気のせいかもしれないが、何となく女性的で優美な感じ。だが、装飾もなく、余計なものがない。カトリックの教会とかなり異なる。中はがらんとしており、葉っぱの模様のある十字架と簡素なキリスト像などがあるばかり。

 次にアルメニア使徒教会の総本山エチミアジン大聖堂を訪れた。4世紀に最初に建設され、世界遺産に指定されている。聖堂の近くに修道院、大学などのいくつもの施設がある。トルコの虐殺を逃れた子供たちを収容した施設もある。ただ、残念ながら聖堂は改修中で、中に入ることはできなかった。

 午後もまた世界遺産巡り。まず、ガルニ神殿に行った。ガルニ神殿は、キリスト教以前に信仰されていた太陽神を祀った神殿だ。地震で破壊されていたのが再建されてギリシャ神殿のように丘の上に建てられている。近くに浴場跡も再建されている。しかし、それ以上に、この丘から見える山や谷の美しさに私は驚いた。岩肌の見える切り立った崖があり、そのような丘がいくつも重なって見える。その谷間に緑が広がっており、ところどころに人家がある。さわやかな風が吹き、蝶が舞い、風の音がする。よい季節だ。

 その後、車で10分ほどのゲガルド洞窟修道院に向かった。4世紀に迫害を逃れた修道僧たちが建てたのが始まりだという。その後、アラブ人に破壊された後、現在は13世紀に造られたものが残っている。修道僧たちが岩をくりぬいて作った僧房があり、その下に聖堂が建てられている。

 岩を掘ってこれらの大きさの堂を作る壮絶な信仰心に驚く。中は質実剛健そのもの。僧たちはワインを飲まず、ただ塩とパンと水だけで生きたという。個々もまた装飾はほとんどない。岩肌に十字架などの印があるだけで、飾りのようなものはない。

 その後、いったんホテルに戻って、しばらく一人になって休憩。一人で街を歩こうと思っていたら、突然の大雨になった。散歩はあきらめて、夕食。また、一休みして、夜中の24時ころにガイドさんに迎えに来てもらって空港へ。午前3字の飛行機でドーハに雪、そこから羽田へ。

 23日23時40分過ぎに羽田到着。24日午前1時過ぎに帰宅した。疲れた!

 

旅のまとめ

・ジョージアについては少しだけ映画などで「予習」していたが、アルメニアについてはほとんど何も知らないままの旅行だった。ハチャトゥリアンがジョージア生まれのアルメニア人だという認識くらいしかなかった。サローヤンがアルメニア移民だったことをガイドさんに聞いて思い出した(昔、文庫で短編集を読んだ記憶がある)。

・ジョージアとアルメニア。日本人からするとほとんど区別のつかない二つの国だが、だいぶ雰囲気が違っていた。私の見る限り、ジョージアは芸術的なセンスにあふれた西ヨーロッパ風の国。信仰心は強いが、自然でしなやか。とりわけトビリシにそれを感じる。それに対して、アルメニアはソ連の雰囲気を残し、迫害の歴史をアイデンティティにした意志の強い人々の国。強固な信仰心を持ち、不屈の精神力を持っている。そうした点を除けば、やはりこの二つの国は似ている。風景は美しい。信仰心が篤い。料理も細かいところではかなり異なるのだろうが、大まかには同じような味がする。どちらもなかなかおいしかった。

・アルメニアのガイドさんにいくつもの音楽を紹介してもらった。ガイドさんの好みも入っているのかもしれないが、それらの音楽はいずれも人生の悲哀をかみしめる音楽だった。コミタスという国民的作曲家を初めて知った。彼の作品をいくつかyoutubeで聴いたが、とてもいい。まさに魂を歌い上げる音楽。ただ、ブルックナー的、ワーグナー的な重みは大好きだが、魂に訴える系の重みが苦手な私としては少々うっとうしさを感じるが、なかなかに聴きごたえがある。確かにこれがアルメニアの魂なのだろう。

・道路マナーを私は民度の指標と考えているが、二つの国ともに、ルールをきちんと守っていた。やはりとても民度の高い国だと思う。

・日本の観光客にはほとんど会わなかった。唯一人、ゲガルド洞窟修道院を観光中、日本語で話しているときに日本人の若い女性に話しかけられた。その人は、現地の友人とともに来たという。その方も日本人が珍しいので声をかけてきたのだろう。ほとんどは欧米人だが、中国人旅行客は大勢いる。ホテルでもレストランでも観光地でも中国人の団体としばしば一緒になる。韓国人もちらほら。エレヴァンに大きな中国大使館が建設中だった。ますます中国の存在感が高まる。

・どこに旅行に行っても、その国の歴史を予習していなかったことを後悔する。が、今回、とりわけそうだった。今回訪れた二つの国について、あまりに無知であることを改めて感じた。もう少し勉強してからまた訪れたい。そうでないと、ガイドさんの説明を聴いてもよく理解できない。まあ、今回はこれで良しとしよう。

 

| | コメント (2)

映画「幸福なラザロ」 ラザロの魂を追い出した社会には音楽も宗教も意味をなさない

 アリーチェ・ロルバケル監督の映画「幸福なラザロ」を見た。圧倒されてみた。

 以下、いわゆるネタバレを書く。

 前半は30年ほど前が舞台だろう。侯爵夫人の領地で暮らす貧しい小作人たちの中でもとびきり貧しく、親がだれなのかもわからず、みんなから下男のように使われながら善意を失わず、懸命に働くラザロ。侯爵の息子タンクレディが純真なラザロを巻き込んで狂言誘拐を企てたことから、小作制度がとっくに廃止されているにもかかわらず、村人をだまして農民を無報酬で過酷に働かせていたことが発覚して、侯爵夫人は逮捕され、小作人たちは解放される。ラザロはその混乱の中、崖から落ちて絶命する。

 後半は、それから30年ほどが経った現代。ラザロは復活して、現代によみがえり、都市にやってくる。現代社会には小作人はいないが、同じように底辺の人がいる。イスラム教徒たち、そしてかつて侯爵夫人の領土で暮らしていた人たち。ラザロはかつての知人と再会する。だが、無垢で善意なものが排除された世界では、ラザロには居場所がない。今は落ちぶれたタンクレディとも再会するが、タンクレディもかつてのタンクレディではない。教会に行くが、そこでも追い払われる。銀行に出向いてかつての領土の復活を懇願しようとするが、強盗と間違われて殺されてしまう。

 ラザロはドストエフスキーのムイシュキンを思わせるような無垢で善良な人物だ。無垢で善良ということは、現代においては「白痴」として扱われるしかないとしてドストエフスキーはムイシュキンという人物を創造したのだったが、ラザロはまさにそのような人物だ。

 ラザロが求めているのは、純粋なる心の統合だろう。階級を超え、そしておそらくは民族も超え、立場も超えて、心と心を結び合わせてつながること。冗談で語ったタンクレディの「もしかしたら、俺たちは兄弟かもしれない」という言葉をおそらく真に受けている。だから、侯爵夫人の「バカ息子」でありながらも純粋さを持っているタンクレディと心を通わせ、最後には領土の復活を銀行で呼びかける。

 ラザロとタンクレディが心を通わせるとき、バッハの音楽が鳴り響く。平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第8番。教会の場面で聞こえるのは、ネットで調べたら、BWV 721コラール「おお主なる神、われを憐れみたまえ」のようだ。

 ラザロが教会から追い出されると、教会のパイプオルガンが鳴らなくなる。音楽がラザロを追いかけて教会を去ってしまう。そして、おそらく宗教の心もオルガンの音楽とともに去る。

 音楽も、そして宗教も純粋なる魂の統合なのだ。ラザロの魂を追い出した社会には音楽も宗教も意味をなさない。純粋な魂の統合であるラザロに居場所はない。音楽にも、そして宗教にも。

 私はそのようなメッセージを読み取った。美しい映像。重層性のある物語。感動的な場面。本当にいい映画だった。私は渋谷のル・シネマでみたが、満席にはほど遠かったのが残念。

| | コメント (0)

ネーメ・ヤルヴィ+N響 肩の力を抜いたブラームス

 2019517日、NHKホールでNHK交響楽団定期演奏会を聴いた。指揮はネーメ・ヤルヴィ。曲目は前半にシベリウスの「アンダンテ・フェスティーヴォ」とトゥビンの交響曲第5番、後半にブラームスの交響曲第4番。

 ネーメ・ヤルヴィの実演を聴くのは、たぶん4回目くらい。だが、かつてCDはかなり聴いた。老練で余裕のある演奏に惹かれる。そんなわけでかなり期待して出かけた。

 前半はとてもよかった。シベリウスもトゥビンもまったく知らない曲だが、響きはとても美しく、とても面白く聴けた。

 ブラームスも決して悪いとは思わない。息子パーヴォのようにエキサイティングに演奏するわけではない。ムキにならず、煽ることもなく、もちろん人と違ったことをあえてするでもなく、慣れた手つきで肩の力を抜いた音楽を進めていく。「ムキにならなくたって、ふつうにやれば、名曲はちゃんと素晴らしい音楽になるんだよ」と言いたげ。細かいところで小さな工夫はしているようだが、ともあれ平穏に、力まず焦らずに進んでいく。

 だが、それだけで終わった気がする。オーケストラにも集中力が感じられなかった。第一楽章で大きくホルンが外したし、そのほかの部分でも音楽に勢いがなかった。このような音楽をネーメ・ヤルヴィは望んだのだろうか。高齢になって、淡白になってしまったのだろうか。

 これまで私が聴いたネーメ・ヤルヴィの演奏は、もっと趣きがあり、勢いがあり、不思議な色気があった。今日ももっと趣きのあるブラームスを期待していたのだったが、ちょっと残念だった。

| | コメント (0)

ヴァイグレ+読響のブルックナー第9番 恍惚となった!

 2019514日、サントリーホールで読売日本交響楽団定期演奏会を聴いた。指揮は先ごろ常任指揮者に就任したセバスティアン・ヴァイグレ、曲目は前半にヘンツェの「7つのボレロ」、後半にブルックナーの交響曲第9番。素晴らしい演奏だった。久しぶりに本格的なブルックナーを聴くことができた。感動した。

 ヘンツェの曲については、指揮者のオーケストラのコントロールが見事で、オーケストラの性能が極めて高いことが理解できたものの、それ以上のことは感じなかった。この種の音楽に対して、残念ながら私は無理解だ。

 ブルックナーについては、さすがというしかない。ヴァイグレのリズム感に少し特徴があると思った。ちょっとくしゃくしゃっとするところを感じた。が、それは決して嫌いではない。音楽に勢いがつく。

  それを除けばかなりオーソドックスな解釈だと思う。ゆったりと、しっかりとした足取りのブルックナーだ。重すぎもせず、知的にいじくりすぎもしない。このごろ、ハーディングやカンブルランやヤングやヤルヴィの、オールド・ファンである私からすると少々雰囲気の違うブルックナーを聴いてきた気がする。それからすると、ヴァイグレは私が昔からなじんできたブルックナーの音がする。宗教的な響きがあり、厳かで爆発力があり、知性をものともしない重厚さがある。頭でっかちでないので、心から感動して聴ける。

 第二楽章でちょっと停滞しているところを感じたが、第三楽章は圧倒的に素晴らしかった。とりわけ、後半は魂がしびれ、恍惚となった。そうだ、これを味わいたくてブルックナーを聴きに来てたんだ! そう思った。本当に素晴らしい。オーケストラも見事。金管楽器も勢いがある。ヴァイグレはすごい指揮者だと思った。

 ヴァイグレが常任指揮者になった。うれしいことだ。これから楽しみだ。

 

| | コメント (0)

METライブビューイング 「ワルキューレ」 声を上げて泣いた

 東銀座の東劇でMETライブビューイング「ワルキューレ」をみた。言葉をなくす凄さだった。第三幕では、私は声を上げて泣いた。

 まず第一幕への前奏のオーケストラの音に驚いた。すさまじい緊迫感。スピルバーグの映画のジョーズが近づいてくるときのようなすごみがある。低弦が強く、すべての音が生きている。フィリップ・ジョルダンの音楽性に痺れた。アルミン・ジョルダンの親の七光り指揮者どころでなく、世界を代表するワーグナー指揮者になっていた。芯の詰まった強い音でうねり、起伏して、奥深くドラマティックな世界を作っていく。

 これまでと同じルパージュの演出だが、少しも古びていない。木の板が動き、躍動感があり、ものまでも生命を持つかのような神話世界を作り出す。

 歌手陣も充実している。ジークフリートのスチュアート・スケルトンは美しい伸びのある声、ジークリンデのエヴァ=マリア・ヴェストブルックもまたのびやかで、ジークリンデらしい可憐さ、フンディンクのギュンター・グロイスベックはまさしく心の狭い悪役を強い声で歌う。この三人の声で歌と演技でうちに緊迫するやり取りを描き出す。この三人のこのところの充実ぶりは素晴らしい。

 ブリュンヒルデのクリスティーン・ガーキーも女性的な潤いのある声ながら、低音に迫力があり、豊かな声を出す。ヴォータンのグリア・グリムスリーも豊かな声量で人間臭いヴォータンを描き出す。フリッカのジェイミー・バートンも迫力ある声。一つとして穴がなく、圧倒的な神話世界を作り上げていく。

 第三幕は昔から感動していた。かつては形而上学的深みに触れて感動していた気がする。が、このごろ、ブリュンヒルデへの告別を歌うヴォータンの歌に、愛する娘を手放す親の気持ちを重ねて涙を流すようになった。とりわけ、今度は娘が私と同じ姓を名乗らなくなって初めてみる「ワルキューレ」だった。感極まって泣き出すしかなかった。

 大変満足した。

| | コメント (0)

ラ・フォル・ジュルネ東京2019最終日

 201955日、ラ・フォル・ジュルネ東京2019の最終日。私は今年のラ・フォル・ジュルネ東京で18の有料コンサートを聴いた。これで、2005年から現在まで、東京のほか、フランスのナント、びわ湖、鳥栖のすべてのLFJを合わせて合計508のコンサートを聴いたことになる。昨日(5月4日)に500回目のコンサートを達成したのだった。

 今日の感想を簡単に記す。

 

・リディヤ・ビジャーク&サンヤ・ビジャーク(ピアノ・デュオ)

リヒャルト・シュトラウス交響的幻想曲「イタリアから」op.16(連弾)

 

 オーケストレーションの名手シュトラウスのピアノ連弾版なので、シュトラウスのオーケストレーションに痺れる私は少々とまどった。シュトラウスの一番いいところがない! そのためもあって、前半やや退屈した。が、後半は、ビジャーク姉妹の驚くほどに息のあった音の洪水が押し寄せ、フニクリフニクラの陽気なメロディに乗って高揚して終わった。

 

・戸田弥生(ヴァイオリン) アブデル・ラーマン・エル=バシャ(ピアノ)

バルトーク「ルーマニア民俗舞曲」、バルトークのヴァイオリン・ソナタ第1

 

 素晴らしい演奏。最初の音から聴くものをひきつける。民俗舞曲ではあるが、楽しく愉快な踊りと言うわけではなく、その民族の苦悩や歴史がこもった舞曲。戸田さんの演奏はそれをひしひしと感じる。音ひとつひとつに真剣な表情がある。エル=バシャのピアノも実に知的で明確でしっかりヴァイオリンを支える。

 バルトークのソナタ第1番はもっと凄かった。凄まじい集中力によってヴァイオリンの音が出てくる。無為の中に一つの剣を浴びるように音楽が響く。

 戸田さんの演奏を聴くたびに私は往年のヴァイオリニスト、シゲティを思い出す。シゲティはバルトークとも親交があった。シゲティのものすごい集中力、そこから出てくる魂をわしづかみにする音。戸田さんのヴァイオリンの音も同じような力がある。圧倒された。

 

・リオ・クオクマン指揮 ウラル・フィルハーモニー・ユース管弦楽団、

ドヴォルザークの交響曲第9番 ホ短調 op.95「新世界 より」

  オケは若い女性が3分の2を占めそう。弦楽器と木管楽器はほとんどが女性。ウラルフィルユースだが、本家夜もむしろ音がスマートで、私としては好感を持つ。しかし、指揮者はずっと全力投球。あまりに一本調子。それなりにオケをコントロールしているが、ニュアンスが生まれない。慌ただしいだけになる。

 

 ・梁美沙(ヴァイオリン)、ジョナス・ヴィトー(ピアノ)

ブラームスのヴァイオリン・ソナタ第2番、ドヴォルザークのヴァイオリンとピアノのためのソナチネ

 

 梁美沙の演奏はこの数年間、ラ・フォル・ジュルネで聴いて、とても素晴らしいと思っていた。思い切りがよく、音に表情があって、生き生きとしている。ところが、ブラームスのほうは、かなり普通の演奏だったので、ちょっとがっかり。が、ドヴォルザークのほうはとてもよかった。生き生きとした表情が生まれ、躍動感が出てきた。こんな感じでブラームスも聴きたかった!

 

・ニキータ・ボリソグレブスキー(ヴァイオリン) ゲオルギー・チャイゼ(ピアノ)

イザイ「マズルカ」第1番、ラヴェルのヴァイオリン・ソナタ、エネスクのヴァイオリン・ソナタ 第3

 素晴らしい演奏!まずボリソグレブスキーのテクニックが圧倒的。軽々ととてつもない難曲を弾きこなす。熱することなく、情熱を表に出すことなく、きわめて正確な音程で怜悧バリバリと弾く。しかし、きわめて繊細で美しい音なので、そこに魂がこもる。凄いヴァイオリニストだと思った。ピアノのチャイゼも同じ雰囲気。テクニックは見事だが、とても繊細。二人が見事な世界を作り上げた。

 ラヴェルのソナタの軽妙でありながら、きわめて真摯な音楽をうまく表現していると思った。韜晦というべき奥深い精神が、この若い演奏家たちから確かに浮かび上がる。絵ネスクのソナタもおもしろかった。この曲は何度か聴いたことがあったと思うのだが、これまであまり印象に残らなかった。が、今回聴いてみると、これはとてつもない曲だ。

 

・トリオ・カレニーヌ(ピアノ三重奏)

シューベルト「ノットゥルノ」 シューベルトのピアノ三重奏第2

 トリオ・カレニーヌは3日のコベキナのチェロを伴奏したパロマ・クーイデルがピアノストを務めるトリオだ。素晴らしい演奏だった。ピアノ以外の楽器も素晴らしい。とてもいいトリオだと思う。ただ、私はシューベルトの室内楽曲のいくつかを大変苦手にしている。これもそのタイプの曲だった。あまりに長たらしいと思ってしまうのだ! 同じことを何度も繰り返し、これで終わりかと思うとまた前に聞いたメロディが出てきて、同じことが続く。私は、「とりとめがない」と感じて、いらいらしてくる。私はてきぱきと論理的に展開される曲が好きなのだ! シューベルトの全部の曲が嫌いなわけではないのだが、やはり今回は少々イライラした。

| | コメント (0)

ラ・フォル・ジュルネ東京2019 二日目

 ラ・フォル・ジュルネ東京2019、二日目の感想を書く。

・辻彩奈(ヴァイオリン)、ジョナス・ヴィトー(ピアノ)。

サン=サーンス「序奏とロンド・カプリツィオーソ」、フランクのヴァイオリン・ソナタ

 

「序奏とロンド・カプリツィオーソ」も素晴らしかった。気迫のこもった激しい音。運命を叩きつけるように、音を出す。そして、躍動。若々しいが、音に表情があるので、深みを感じる。

 次にフランクのソナタ。

 フランクのソナタは私の最も好きなヴァイオリン曲なので、もちろんこれまで実演、録音を合わせて数百を聴いてきた。今回の演奏はその中でも最上の演奏の1つだった。

 第1楽章はゆったりとスケール大きく。そして第2楽章で爆発する。その後はロマンティックな気分が高まり、大きなドラマを作ってゆく。ピアノもいいが、何といってもヴァイオリンが見事。うねり、高まる。弓を大きく使って聴くものまでも揺らす。感動した!

 

・ミシェル・ダルベルト(ピアノ)、モディリアーニ弦楽四重奏団により、プッチーニの弦楽四重奏曲「菊」、フランクのピアノ五重奏曲 ヘ短調

 

 プッチーニの曲については、よくわからなかった。アリアのようなメロディを弦楽四重奏で、しかもただ和音を重ねるだけで演奏。それだけで終わった。

 フランクの五重奏曲については、見事な演奏。ダルベルトの強い音が全体にアクセントをつけ、ぐいぐい音楽を進めていく。モディリアニもアンサンブルが完璧で流動性があり、静かに必然的に音楽が進む。

 実は、フランクのソナタや交響曲は大好きだが、ピアノ五重奏曲は録音を何度か聴いて、おもしろいと思ったことがなかった。が、今回聴いて、とてもいいと思った。やはり、ソナタや交響曲と同じ盛り上げ方。納得できる。

 

・マリー=アンジュ・グッチ(ピアノ)

スクリャービンのピアノソナタ第5番、ブゾーニの「インディアン日記」第1巻、ラヴェルの組曲「鏡」から「海原の小舟」、サン=サーンスの「6つのエチュード」「ラス・パルマスの鐘」、ピアノ協奏曲第5番「 エジプト風」によるトッカータ

 

 今回のエルメスとグッチ(ただし、綴りは、nguci)はぜひ聴くべきだと勧められて、ふだんピアノを聴かない私も足を運んだ。想像以上の凄さ。音が生命を持って自在に動いているかのよう。どんなに速いパッセージになってもまったく音が乱れない。粒立ちのきれいな音がしなやかに、そして強靭に音楽世界を描いていく。

 

 

・アブデル・ラーマン・エル=バシャ(ピアノ)、タタルスタン国立交響楽団、アレクサンドル・スラドコフスキーの指揮で、サン=サーンスの「アルジェリア組曲」、サン=サーンスのピアノ協奏曲第5番「エジプト風」

 

 最初の曲は初めて聴いた気がする。あまりおもしろくなかった。ただ、オーケストラはしっかりしている。とてもよい演奏だと思う。ピアノ協奏曲については、エルバシャのテクニックと音楽性に圧倒されっぱなし。

 

 ・アンヌ・ケフェレック(ピアノ)

ヘンデルの「調子のよい鍛冶屋」ホ長調 HWV430 (ハープシコード組曲第5番から)、スカルラッティのソナタ ホ長調 K.531、ソナタ ロ短調 K.27、ソナタ ニ長調 K.145、ソナタ ニ短調 K.32

 

 ケフェレックのスカルラッティはやはりとても優雅で繊細。モーツァルトと同じような哀しみ、喜びが静かに現れる。ケフェレックのお人柄そのものが演奏に現れて、それがスカルラッティの時代の風雅さに通じる。素晴らしい演奏だった。

 

・ジェラール・コセ(ヴィオラ)、アキロン・クァルテット

ドヴォルザークの弦楽四重奏のための「糸杉」から「、ドヴォルザークの弦楽五重奏曲第3番 変ホ長調 op.97

 

 アキロン・クァルテットは若い女性ばかりの団体。そのなかにひとりコセが加わる。これもとても良い演奏だった。見事なアンサンブル。弦楽五重奏曲第3番は初めて聞いた気がする。第3楽章にはまるで日本の「ウサギ追いし」のようなメロディが出てくる。それをこの5人はアンサンブル豊かに、そして情緒もしっかりと示して歌いあげる。女性ばかりのアンサンブルに男性が入って、きっと良い効果があったと思う。

| | コメント (0)

2019年ラ・フォル・ジュルネ東京の初日

 2019年のラ・フォル・ジュルネ東京が始まった。初日(53日)、私は朝の10時過ぎから、夜の10時半ころまで、途中、2時間ほど「ソムリエ」として、お客さんからの質問に答える仕事をしながら、6つのコンサートを聴いた。なお、「ソムリエ」を務めたのは初めてだった。音楽評論家や音楽ジャーナリストが務める仕事を突然仰せつかり、いくつかの質問にはたじたじとなったが、ともあれ無事に終えることができた。

 コンサートについて簡単な感想を書く。

 

・エルメス弦楽四重奏団

バルトークの弦楽四重奏曲第4番 ドヴォルザークの弦楽四重奏曲第12番 「アメリカ」

 

 話題のカルテットを今年の最初のコンサートに選んだ。

 朝一番の演奏であるせいか、初めのうち勢いがなく、合わせているだけの感じ。バルトークの第3楽章あたりから調子が上がってきた。とてもアンサンブルのよいカルテットだと思う。スリムでシャープ。ただ、それ以上のものを感じない。

 バルトークにはもっと民族性があっていい。ドヴォルザークにはもっと叙情性があっていい。あえてそれを排除しているのかもしれないが、それにまさる魅力を出しているとは思えない。

 ともかく、まだ会場が温まっていない。もう少ししてから、またこのカルテットを聴きたい。

 

・ジェラール・コセ(ヴィオラ) タタルスタン国立交響楽団 アレクサンドル・スラドコフスキーの指揮でベルリオーズの交響曲「イタリアのハロルド」

 

 とてもいい演奏。タタルスタン国立交響楽団を初めて聴いたが、切れがあるし、小回りも利くし、いいオーケストラだと思った。さすがに金管楽器に威力がある。指揮も、的確に盛り上げ、構成もしっかりしている。力で押しまくることもない。コセはもちろん手慣れた演奏。繊細でダイナミックなベルリオーズの世界を堪能できた。

 

・ボリソグレブスキー(ヴァイオリン)、クニャーゼフ(チェロ)、ベレゾフスキー(ピアノ)チャイコフスキーのピアノ三重奏曲イ短調「偉大な芸術家の思い出に」

 

  出演者はサプライズだとのことで、登場するまで、少なくとも私は誰なのか知らなかった。若手演奏家たちが現われるとばかり思っていたが、出演者が出てくるのを見てビックリ。ボリソグレブスキーとクニャーゼフとベレゾフスキーだった! ロシアを代表する超一流のベテランたち。

 素晴らしい演奏だった。ただ三人の音楽性はかなり異なる。繊細で高貴なボリソグレブスキー、ロマンティックで我の強いクニャーゼフ、バリバリ弾くベレゾフスキー。が、見事に噛み合う。フーガの箇所など圧巻。最後も悲痛なほどに追悼の気持ちが高まった。

 

Cor di memoria 地中海のポリフォニー  タヴァーニャ(コルシカの男声声楽アンサンブル)

 

 いわゆるクラシックの発声ではない。民謡調の発生といってよいだろう。10人程度の男性(数えるのを忘れていた。もしかしたら、8人くらいかもしれない)。歌い出しも歌い終わりもピタリとは合わない。むしろ、そこがおもしろい。田舎の味わいがある。

  歌詞は配られたが、いったいどこが歌われているのかわからず、どんな曲かもわからなかった。リーダーがフランス語で説明し、通訳がついたが、それを聴いても、よく伝わらなかった。どうやら、伝統的な曲と、近年に作曲された曲が織り交ぜられて演奏されたようだ。私の席がすみっこで歌手たちも通訳の方も見えなかったせいもあるのかもしれないし、私がぼんやりしていたせいかもしれないが、結局、よくわからないままだった。

 

 

アナスタシア・コベキナ(チェロ)、パロマ・クーイデル(ピアノ)

  ブーランジェのチェロとピアノのための3つの作品、ヒナステラの「パンペアーナ」第2番、フォーレの「ゆりかご」、ブラームスのチェロ・ソナタ第2番

 素晴らしい演奏だと思った。コベキナはとてもスケールの大きなチェロを弾く。音程がよく、思い切りがよく、音が明快。細かなニュアンスもある。そして、それにもまして私はピアノのクーイデルの音に惹かれた。ニュアンス豊かなしっかりした音だ。一つ一つの音がとても美しく、知的に構成されて、チェロともピタリと合う。

 ブーランジェの曲もおもしろかったが、やはりブラームスのソナタが圧倒的だった。メロディがきれいに浮かび上がって、理に適って展開されていく。小気味いい。しかも、チェロが十分に歌い、ピアノがしっかりと支えている。この二人の演奏をもっと聴きたい。

 

ディーヴァ・オペラによるモーツァルト 「後宮からの逃走」 

 ピアノ伴奏によるオペラ。合唱部分はカットされている。字幕はつかないが、歌詞が配布された。

 ディーヴァ・オペラというのは室内歌劇の集団らしい。全体的にとてもレベルが高い。容姿、演技ともに、役柄にぴったりの歌手陣だった。ピアノはブライアン・エヴァンス。ずっと弾きっぱなしで大変だっただろう! 明快な音でワクワクした音楽を作りだしていた。

 歌手陣の中で最も声楽的に安定していたのは、オスミンを歌ったマシュー・ハーグリーヴズだろう。低音がちょっと弱かったが、この役はやむを得ない。コンスタンツェ役のガブリエラ・ キャシディはとてもきれいな声。ただ、ヴィブラートが強いのが少し気になった。ベドリッロのリチャード・ダウリングとブロンデ役のバーバラ・ コール・ウォルトンはともにきれいな声だが、ちょっと声量が不足。ベルモンテのアシュリー・カトリングは不調だったのかあまり声が出ていなかった。

 とはいえ、このくらい歌ってくれれば十分にモーツァルトを堪能できる。ワクワクしながら最後まで楽しめた。

| | コメント (0)

リムスキー=コルサコフは大オペラ作曲家だ!

 リムスキー=コルサコフがたくさんのオペラを作曲していることは、ずっと前から知っていた。「金鶏」というオペラのタイトルは高校生の頃に知った。だが、「たかがリムスキー=コルサコフ」と思って、これまでみたことがなかった。先日、「見えざる町キーテジと聖女フェヴローニャの物語」の映像を初めてみて、なかなか良いオペラだと思ったので、ついでに、いくつかのオペラ映像をみて、びっくり! リムスキー=コルサコフは大作曲家だ!と思った。少なくとも、オペラに関しては大作曲だといって間違いないと思う。

 その昔(つまり、中学生のころ)、「ドン・ファン」などを聴いて二流の作曲家だと思っていたリヒャルト・シュトラウスの「ばらの騎士」「サロメ」を知って圧倒されたときと同じ経験を、それから50年以上たってから再び味わった。

 簡単な感想を書く。

 

リムスキー=コルサコフ 「金鶏」2016年 ベルギー モネ劇場

 ローラン・ペリーの演出のおかげでいっそう素晴らしくなっている面があるのかもしれないが、作品そのものが素晴らしい。プロコフィエフの「三つのオレンジへの恋」やショスタコーヴィチの「鼻」を思わせる。プーシキンの原作だが、まるでゴーゴリのよう。不気味で喜劇的でブラックユーモアにあふれている。音楽も先鋭的。これがあの「シェエラザード」の作曲家の作品とは思えない!

 ドドン王(パヴロ・フンカ)は国家の危機を告げる黄金の鶏(シェヴァ・テホヴァルの歌)を占い師(アレクサドル・クラヴェツ)から手に入れるが、結局、二人の息子を失い、シェマハの女王(ヴェネラ・ジマディエーヴァ)の色香に負けて、事実上、王国を乗っ取られ、最後には鶏に殺されてしまう。

 歌手たちもそろっているし、なにはともあれローラン・ペリーの演出が楽しい。動きがあり、リズムがあり、音楽がある。

「金鶏はいったい何を象徴するのか?」というような疑問も含めて、とても興味深い。いや、それ以上に、モダニズム風の音楽が圧倒的におもしろい。

 

リムスキー=コルサコフ 「金鶏」2014年 マリインスキー歌劇場

 モネ劇場の公演があまりにおもしろかったので、マリインスキー劇場のBDも購入してみた。これもおもしろい! 1909年のオペラだというが、時代を先取りしている。甘ったるいところがなく、乾いたユーモアとこの上なく色彩的なオーケストレーション。そうした音楽で寓話的なドタバタ劇が展開される。

 ユーリ・アレクサンドロフの演出がとてもおもしろい。こちらはあまりブラックユーモアは感じないが、権力者に対する揶揄、ドタバタ感は見事。舞台の色彩感も圧倒的。まさしく万華鏡の世界。舞台全体が万華鏡のように色とりどりの別世界。飽きることなく、最後までワクワクしてみることができる。

 歌手陣もドドン王のウラジーミル・フェリャウエル、占星術師のアンドレイ・ポポフが素晴らしい。シェマハの女王を歌うアイダ・ガリフューリナは少々音程が怪しいが、まあ、これは不可思議な世界の女性なので、それはそれでさほど気にならない。

 ソリストたちも合唱団も、そして黙役の人も、登場する女性たちはほとんどがとびっきりの美女ぞろい。ロシアに美人が多いことは承知しているが、それにしても全員が美人ということはないだろうから、きっとこれはあえてきれいどころを集めているのだろう。まさに夢幻の世界。幻惑されて2時間ほどを過ごすことができる。

 それにしても、オペラ作曲家としてのリムスキー=コルサコフの力たるやすさまじい。オペラ好きと公言しながら、これまでこの作曲家の真価を知らなかったことを恥じる。

 

 

リムスキー=コルサコフ 「皇帝サルタンの物語」2013年 マリインスキー劇場

 魔女のたくらみによって、皇帝サルタンは妻子を誤解して、捨て去ってしまう。が、妻子は生き延び、助けた白鳥の恩返しによって皇帝と再会し再び幸福を得る。そのようなおとぎ話が絶妙の音楽によって展開される。いやあ、リムスキー=コルサコフの腕前たるや、すさまじい。オーケストレーションは見事だし、メリハリのつけ方も堂にいっている。本当によくできたオペラだ。

 アレクサンドル・ペトロフの演出もとてもおもしろい。原色をふんだんに使った民族衣装も美しく、アニメを使ったストーリー紹介も気が利いている。まさにリムスキー=コルサコフの音楽にふさわしい色彩性。歌手陣も充実している。皇帝サルタンのエドヴァルト・ツァンガはまさに容姿も含めて皇帝にぴったり。王妃のイリーナ・チュリロワグヴィドン、王子のミハイル・ヴェクア、白鳥の王女のアルビーナ・シャギムラトワはいずれもとてもしっかりとした声が魅力的。三人の悪役も演技、声ともにとてもいい。そして、なによりもワレリー・ゲルギエフの魔法のような棒さばきも見るものを引き付ける。

 

 ところで、今日は201952日。10日間の連休のほぼ真ん中の日にして、元号が令和に変わって2日目。私は50年ほど前からもっぱら西暦を使用しているので、さして意識の上での感慨はない。二人の子どもたちが昭和の最後の年と平成の最初の年の生まれだったので、計算がしやすかったが、これから、子どもの年齢を思い出しにくくなるだろう。いや、子どもの年だけでなく、あれこれと年代が計算しにくくなるだろう。それを面倒に思う。

 明後日からラ・フォル・ジュルネ東京が始まる。楽しみにしている。ただ、昨年までのように朝から夜まで音楽を聴き続ける体力がまだ残っているかどうか、少々心配。

 

| | コメント (3)

« 2019年4月 | トップページ | 2019年6月 »