リムスキー=コルサコフ 「五月の夜」「皇帝の花嫁」「見えざる町キーテジと聖女フェヴローニャの物語」「金鶏」のオペラ映像
リムスキー=コルサコフのオペラの魅力を知って、また何枚かDVDやBDをみた。簡単に感想を記す。
「五月の夜」 2008年 モスクワ・アカデミー音楽劇場
若い男女が町長に邪魔されながら、その土地で暮らす妖精の助けを借りて恋を成就させる物語。ロシアの田舎の雰囲気が出ていて、とても良い感じなのだが、この映像ではあまり真価は伝わらない。
録音・録画の状態がかなり良くない。2008年の公演だというのにモノラル録音。映像も粗い。演奏もほどほど。最初から最後までオーケストラと歌が合っていないが、これはきっと録音によって生じたのだろう。観賞用に録画録音されたのではなく、記録のための映像なのではないかと思われる。いくらなんでも本当にこれほどずれていたら、拍手は起こらず、ブーイングになるだろう。
レフコを歌うオレグ・ポルプディンは、遠目にも二枚目には見えないし、声はきれいなものの歌唱は不安定。ハンナを歌うナタリア・ウラディミルスカヤは容姿も声も可憐だが、あまり訴える力は感じない。村長のディミトリ・ウリヤーノフや村長の義理の姉のイリーナ・チスチャコワに存在感がある。指揮はフェリックス・コロボフ、演出はアレクサンドル・ティテル。
「皇帝の花嫁」 2013年 ベルリン、シラー劇場
まず、オペラそのものがとても素晴らしい。「金鶏」や「皇帝サルタンの物語」以上の傑作といえるのではないか。「狂乱の場」といえるような場面があってきわめてドラマティックだが、イタリアオペラのように剥き出しではない。スラブ的な底知れぬ深みがあり、どす黒い人間の欲望があり、純愛があり、内省的で沈降する思考がある。それらがスリリングに、緊迫感にあふれて展開する。美しいメロディもあり、激しい思いをぶつける歌もあり、鮮やかなオーケストレーションにもあふれている。
リムスキー=コルサコフという人、実によくオペラを知っている。見事に常套手段を使いこなし、物語に起伏をつけ、そこにオリジナリティを加え、大人のテクニックを用いてオペラを構成する。ヴェルディやシュトラウスに匹敵する手際の良さ。台本もよくできていて、ドラマをはらんで展開され、しかもストーリーがわかりやすい。
歌手陣も現代最高の布陣だと思う。マルファを歌うオリガ・ペレチャトコがあまりに美しく、あまりに可憐。澄んだ美しい声と、まさに皇帝の花嫁候補に見える美しさ。そして、リュバーシャを歌うアニータ・ラフヴェリシヴィリの迫力も圧倒的。まるでエルザとオルトルートのような掛け合いが二人の名歌手の間で歌われる。
ソバーキンのアナトリー・コチェルガも素晴らしい美声。そして、何と往年の名歌手アンナ・トモワ=シントウも出演して、しっかりとした歌を聴かせてくれる。
ドミートリー・チェルニャコフの演出は現代に舞台を移したものだが、違和感はない。それほどまでにリムスキー=コルサコフの音楽が現代的だともいえるだろう。
ベルリン国立歌劇場管弦楽団を指揮するのはダニエル・バレンボイム。さすがに緻密でドラマティックな演奏。そのほかの役も、まったく穴がない。
「見えざる町キーテジと聖女フェヴローニャの物語」 2008年 カリアリ・リリコ劇場
あまりレベルの高い上演ではない。まず歌手たちが不安定。フェヴローニャ役のタティアナ・モノガロワは容姿は素晴らしいのだが、肝心の歌については音程がずっと不安定。私は、なんだか気持ちが悪くなって聴いていられなくなる。皇子のヴィタリー・パンフィロフも声が弱い。フョードル役のゲヴォルク・ホコブヤンが最も安定している。
アレクサンドル・ヴェデルニコフの指揮するカリアリ・リリコ劇場管弦楽団もきれいに決まらない。エイムンタス・ネクロシウスによる演出はかなり穏当なのではないか。新しい発見はなかったが、わかりやすくて、きれいだと思う。この上演ではこのオペラの真価はよくわからない。
「金鶏」 1989年7月12日、東京文化会館
1989年の日本公演。この当時、もちろん私はこのオペラ公演について知っていたと思うが、まったく覚えがない。ドイツ系のオペラ以外にはほとんど関心がなかったし、私の人生の中でかなり忙しい時期だったせいだろう。
歌手もそろっている。ドドン王のマクシム・ミハイロフ、ポルカンのニコライ・ニジェンコは見事な歌。シェマハの女王を歌うイリーナ・ジューリナはかなり特殊な声だが、この役にぴったり。アメルファのエレーナ・ザレンバ、金鶏の声のイリーナ・ウダロワもしっかりした声でとてもいい。
指揮のスヴェトラーノフがやはり圧倒的に素晴らしい。とても雄弁なオーケストラ(ボリショイ劇場管弦楽団)で小気味よいほどに音が決まる。重みのある音だが、決して鈍重にはならない。ゲオルギー・アンシーモフによる演出もとても気が利いていておもしろい。特に新しい解釈はないと思うが、一つ一つの動きが音楽にあっているし、色彩的な衣装も音楽にぴったり。
いやあ、「金鶏」は名作だなあと改めて思う。
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コメント
スヴェトラーノフが「金鶏」をやった年は、シノーポリとバイロイトのタンホイザーとか、ホルライザーとウィーン国立歌劇場の「パルシファル」があったりで、ドイツオペラが好きな方はそちらの方で盛り上がっていた事を思い出しました。
自分もボリショイは都合がつかず行けなかったので実際は分かりませんが、ボリショイオペラの日本公演では最高の出来だったと、いろいろな人から聞かされました。
DVDで見れるのが救いですが、今でも行けなかったのが心残りです。
投稿: かきのたね | 2019年6月 1日 (土) 00時54分
かきのたね 様
コメント、ありがとうございます。
シノーポリの「タンホイザー」、ホルライザーの「パルシファル」、よく覚えています。あの頃でしたか。1970年のボリショイ・オペラの日本公演で「エフゲニ・オネーギン」をみて、もの悲し気な陰鬱さのない派手な演奏と演出にがっかりした記憶があります。それに比べると、この「金鶏」は、作品の本質をとてもよく伝える名演といえるでしょうね。
投稿: 樋口裕一 | 2019年6月 2日 (日) 17時10分