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オペラ映像「セヴィリャの理髪師」「タイス」「ヴォツェック」「パサジェルカ」

 忙しいのは忙しいが、締め切りの迫った原稿がないので、マイペースで仕事をしている。合間合間にオペラ映像をみたので、簡単な感想を記す。

 ロッシーニ 「セヴィリャの理髪師」 2017年 シャンゼリゼ劇場

 予備知識なしに聴き始めたところ、古楽の音が聞こえてきたので、びっくり。楽団はル・セルクル・ドゥラルモニーで、指揮はジェレミー・ローレルというかなり若い男性。序曲を聴いた時点では、アグレッシブな演奏。ロッシーニのオペラ・ブッファのおかしみがないので、先行きが少々心配になった。

 幕が上がってからも、アグレッシブな展開。オペラ・ブッファには、どの人物も、何かしら本気ではないようなおかしみがあるものだが、この上演には、それがない。みんなが激しく歌い、激しく感情をぶつける。とりわけ、ロジーナはおきゃんというよりも、怒りっぽくて感情の起伏の激しい女(ただし、だからこそ可愛らしい!)。

 そして、音楽がどうこうという前に、ロラン・ペリーの演出にまず目を奪われる。舞台全体に五線紙や楽譜をかたどった家具が置かれている。そして、ロジーナは五線紙に閉じ込められている。考えてみれば、音楽教師ドン・バジーリオとバルトロによってロジーナは家に閉じ込められているのだから、ロジーナにしてみればそのような気分だろう。第二幕、ロジーナが解放されるとき、天井から落葉のように音符が大量に落ちてくる。そうした出来事が実にセンス良く、おしゃれに、そして辛らつに、しかも音楽とぴったり合って展開される。ロラン・ペリーの演出には毎回、圧倒させられる。おもしろい。

 歌手たちも全員とてもレベルが高い。フィガロのフローリアン・センペイは声も演技も見事。ロジーナのカトリーヌ・トロットマンは容姿も可愛らしく、歌いまわしも素晴らしい。バルトーリやディドナートのような凄味はないが、この役にふさわしい。アルマヴィーヴァ伯爵のミケーレ・アンジェリーニも超絶技巧の歌を見事に歌う。バルトロのペーター・カールマンもドン・バジーリオのロバート・グリアドウも歌の力もいいが、演技もおもしろい。ただベルタのアンヌンツィアータ・ヴェストリがこの演出では少し宙に浮いた感じがした。アグレッシブな舞台になると、ベルタは生きなくなってしまう。

 最後まで聴いて、この演出だったら、このオーケストラ、この指揮者でよかったのだと思った。演出と演奏がぴたりと合っている。個人的には、もっと余裕があっておかしみがあって、笑いがこぼれるような演出のほうが好みだが、もちろんこのようなアプローチがあってもいいだろう。

 

マスネ 「タイス」 2008年 メトロポリタン歌劇場

 かなり前にNHK-BS放送で見た記憶がある。

 ルネ・フレミングのタイスが妖艶で、声も最高に美しい。敬虔なアタナエルが心を惑わされるのも当然と思わせるだけの説得力がある。アタナエルを歌うトーマス・ハンプソン、ニシアスを歌うミヒャエル・シャーデの二人はさすがにフランス語の発音もしっかりしていて声も伸びて、演技面でも満足できる。指揮は、へスス・ロペス=コボス。特に私としては不満はない。流麗で、メリハリがある。

 ただジョン・コックスの演出のせいもあるかもしれないが、最後の場面で、アタナエルの引き裂かれるような渇望や苦悩は伝わらない。あえてメルヘンのようにして生々しい苦悩を描こうとしていないのだろうが、もう少し純朴で敬虔なアタナエルの苦しみが伝わってもよいのではないかと思った。

 

ベルク 「ヴォツェック」2017年 ザルツブルク音楽祭 モーツァルト・ハウス

 演奏、演出ともにとても満足できる。

 ヴォツェックを歌うマティアス・ゲルネは、この役にしては恰幅がよすぎて、なおかつ知的過ぎるが、やむを得ないだろう。声の面では見事としか言いようがない。マリーを歌うアスミク・グリゴリアンが鮮烈。この役のわりには若々しく、身を持ち崩している感じがないが、これはこれでよしとしよう。次々と素晴らしい声を持った容姿のきれいな女性歌手が現れるが、この人もその一人だ。

 ウィリアム・ケントリッジの演出は表現主義時代の絵画や芝居のような雰囲気。人形芝居や影絵が多用される。一つ一つの舞台の動きの意味は分からないが、全体的に雰囲気が伝わる。少年は登場せず、代わりに看護師姿の女性が少年の人形を操る。

 ウィーン・フィルを指揮するのは、ヴラディーミル・ユロフスキー。この指揮者にはとても感動したり、ちょっとがっかりしたりだったが、このオペラは素晴らしい。鋭利で不気味で、しかも十分に抒情がある。

 

ヴァインベルグ 「パサジェルカ(女旅行者)」2010年 ブレゲンツ音楽祭

 だいぶ前から話題になっていたBDだが、今回初めてみた。圧倒された。素晴らしいオペラだと思う。

 1970年代、ポーランド映画特集で、ワイダの監督作品などとともに「パサジェルカ」をみた記憶がある。撮影中にムンク監督が交通事故で死亡したため未完に終わっており、撮影されていない部分を写真とナレーションでつないでいるヴァージョンだった。だが、それでも強く惹かれた。

 このオペラは同じポスムイシの原作に基づいており、何とクルレンツィスが指揮しているというので気にはなっていたが、実は、ちょっとみるのが怖かった。なにしろ、アウシュヴィッツが舞台のオペラなのだから。が、もっと早くみるべきだった!

 まず台本も、そして音楽もとても魅力的だ。ヴァインベルグは1919年生まれで、このオペラは1968年完成されたものだという。いわゆる「現代音楽」だが、ベルクやショスタコーヴィチと同じような感じで聴くことができる。

 それにしても衝撃的だ。かつてアウシュヴィッツで働いていたリーザは、船で収容所の囚人だったマルタそっくりの女性に出会う。リーザはマルタに目をかけ、手先として使おうとしたが、マルタはそれを退ける。そのような過去のいきさつがよみがえる。映画的な緊迫感が全体を覆っている。

 リーザを歌うミケーレ・ブリート、マルタを歌うエレナ・ケレッシーディの二人の存在感が素晴らしい。ヴァルターのロベルト・サッカ、タデウスのアルトゥール・ルチンスキ、そして女囚たちがみごと。ただ、アウシュヴィッツにとらわれていたユダヤ人たちにしては、この歌手たちはやつれていないし、悲惨さがないが、それは致し方ないだろう。

 全く未知の音楽なので演奏についてどうこう言えないが、テオドール・クルレンツィスの指揮は起伏があり、魂の叫びがあってすさまじい。デイヴィット・パウントニーの演出も手際が良く、わかりやすく、しかも切迫感が伝わる。

 ただ日本語字幕がついているという記載があったが、いざかけてみると、どうやっても日本語は出てこなかった、記載ミスだろうか。

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コメント

この「セビリアの理髪師」僕も見ましたが音楽も舞台も、もう最高でした。
ペリーの演出は一見前衛的にすら見えるのに、分かりやすくて面白い舞台で感心しました。
ロジーナのカトリーヌ・トロットマンは、ケイト・リンジーの代役だったそうですが、若い歌手ですが代役とは思えない位、堂々とした歌と演技。チャーミングで素晴らしかった。
他の歌手も知らない歌手ばかりですがとても良かった。
最初は人気歌手も誰もいないし若手指揮者と古楽オケなので買うかどうか最後まで迷ってましたが、最近買った映像ディスクでは一番満足度が高かったですね。

投稿: | 2019年10月24日 (木) 18時14分

コメント、ありがとうございます。
おっしゃる通り、素晴らしい演出と演奏だと思います。そうですか。トロットマンは代役だったのですか! とても魅力的な歌手ですので、ぜひこれを機会にどんどん歌ってほしいですね。

投稿: 樋口裕一 | 2019年10月26日 (土) 08時36分

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