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私の女神だったジェシー・ノーマンが亡くなった!

 ジェシー・ノーマンが亡くなったことを夕刊で知った。

 LPからCDに切り替わったばかりのころだっただろうか。シュトラウスの「四つの最後の歌」が大好きな私は、レコード店でジェシー・ノーマンの歌うこの曲のCDを見つけて、早速購入。それまでシュヴァルツコップのこの曲を愛聴していたのだったが、あまりのおおらかでスケールの大きな歌い方に圧倒された。いっぺんにジェシー・ノーマン・ファンになった。

 その後、来日時にも「四つの最後の歌」を聴いた。たびたび来日したが、私はほぼ毎回出かけ、毎回、感動でいっぱいになった。モノオペラ「期待」も素晴らしかった。シュトラウスのリートも素晴らしかった。アンコールでよく歌ってくれる「さくら」も大好きだった。

 ある時、リサイタルからの帰り道、話している人の声が聞こえた。「ノーマンの歌を聴いても、まったく参考にならないよね。おれたちともとからまったく違うもんな」といっていた。きっと声楽関係者なのだろう。その通り、技術も圧倒的だったが、それ以前に生まれ持ったものが凡人とはまったく違っていた。太くて柔らかい美しい声。文化会館全体が揺れるような声だった。

 多分、私は彼女の歌ったほとんどすべてのCDやDVDを持っている。そして、その中でも、「四つの最後の歌」が最も好きだった。私が死んだら、葬式の際には、ジェシー・ノーマンのこの曲をかけてくれるように妻に頼んでいた。

 また一人、私の女神だった人が亡くなった。合掌。

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コメント

ジェシー・ノーマンは、間違いなく、史上最高のディーバだと思います。ワーグナーの楽劇から、ドイツリート、黒人霊歌まで、強力かつ繊細に、スケールの大きい歌唱を、情感深く歌い上げました。願わくは、ヨーロッパの檜舞台で、イゾルデや、ブリュンヒルデを存分に歌って欲しかった。

投稿: おとだま | 2019年10月 2日 (水) 18時07分

ジェシー・ノーマンは、間違いなく、史上最高のディーバだと思います。ワーグナーの楽劇から、ドイツリート、黒人霊歌まで、強力かつ繊細に、スケールの大きい歌唱を、情感深く歌い上げました。願わくは、ヨーロッパの檜舞台で、イゾルデや、ブリュンヒルデを存分に歌って欲しかった。

投稿: おとだま | 2019年10月 2日 (水) 18時36分

おとだま 様
コメント、ありがとうございます。
ジェシー・ノーマンは、私が実演で接した中では最高のディーヴァです。シュヴァルツコップ、ニルソン、ルートヴィヒ、グルベローヴァも圧倒的でしたが、たった一人の歌によって、人生の深みを感じ、魂全体をゆすぶられる経験はほかにはありませんでした。まさに繊細にしてスケールが大きく、驚くべき表現力でした。私もイゾルデ、ブリュンヒルデをいつか歌ってくれないかと期待していたのでした。

投稿: 樋口裕一 | 2019年10月 3日 (木) 09時28分

ジェシー・ノーマンはカラスに匹敵する偉大なディーヴァと思いますが、オペラの世界では文句なしに素晴らしいといえるものが少ないのが残念ですね。
見た目があの巨漢なので普通のオペラの美女役にはそぐわないですし、声もスケールがあり過ぎて役に合わない事が多い。
録音で言えば「カルメン」などは純粋に歌唱という意味では最高ですが、野性的なカルメンのイメージとは程遠いオラトリオみたいな歌い方。
「サロメや「ローエングリン」も声が豊穣過ぎて役に合ってない。
あれだけの大歌手なのに、カラスでいうとヴィオレッタ、ノルマ、トスカみたいな、これぞという当たり役がないのが寂しい。
一番彼女に合いそうなイゾルデやブリュンヒルデ、舞台では歌ってるアイーダを録音してくれなかったのは非常に残念です。
僕が個人的に一番好きなノーマンのCDは「大地の歌」ですね。
これもテノールはダメですがノーマンと指揮のコリン・デイヴィスは素晴らしいです。

投稿: | 2019年10月11日 (金) 08時26分

10月11日にコメントをくださった方
コメント、ありがとうございます。まったくもっておっしゃる通りだと思います。エルザなども、強靭すぎて、たとえローエングリンを歌っているのがドミンゴでも、わざわざ他人に頼らなくても何でも解決できるだろうと思わせるような声ですからね。ただ、私はマーラーが嫌いですので、「大地の歌」も聴きません。ほとんどすべてのCD 、DVDを持っていると書きましたが、忘れていました。マーラーは持っていないのでした。

投稿: 樋口裕一 | 2019年10月17日 (木) 07時56分

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