オペラ映像「血まみれの修道女」「青ひげ公の城」「人間の声」「ペレアスとメリザンド」
十分に忙しいのだが、急ぎの原稿がないので、空いた時間にオペラ映像をみている。何本かみたので感想を書く。
グノー 「血まみれの修道女」 2018年 パリ、オペラ=コミック座
グノーにこんなオペラがあるとは知らなかった。いわば、これはホラー・オペラ。
血まみれの修道女の亡霊が出るという噂を利用して、ロドルフはアニエスと駆け落ちしようとするが、本物の亡霊が現れて、ロドルフは亡霊に取りつかれてしまう。亡霊から逃れる条件として、ロドルフは彼女を捨てて殺した男に復讐することを誓う。ところが、その男というのはロドルフの父親だった・・・。そんな話だ。
あまり文学的なストーリーとは言えないが、とてもわかりやすい。グノーらしい美しい旋律にあふれており、恐怖をあおるようなドラマティックでスリリングな音楽もふんだんにある。
ロドルフを歌うマイケル・スパイアーズは音程の良いしっかりした美声で歌う。修道女の亡霊を歌うマリオン・ルベーグもなかなかの迫力。凄味がある。アニエスのヴァニナ・サントーニはハリウッド映画のヒロインを演じても不思議でないほどの美貌で、声もしっかりしている。リュドルフ伯爵のジェローム・ブティリエもとてもいい。
指揮はロランス・エキルベイ。ラ・フォル・ジュルネにも登場した女性指揮者だが、ドラマティックに音楽を作る。飽きさせない。
いやあ、とってもおもしろかった! これはもっと上演されるべきオペラだと思う。
バルトーク「青ひげ公の城」 2015年 パリ、オペラ(ガルニエ宮)
一般的な上演では、ふてぶてしく得体のしれない青ひげと、おびえるうぶなユディットの対話からなるオペラなのだが、今回の映像は、神経症的でおびえるかのような青ひげと挑発的で世慣れた雰囲気のユディットの対話という形をとっている。青ひげはユディットの強い態度に押し切られて仕方なしにドアを開けていく。面白い解釈だと思うが、やはり音楽と矛盾するような気がする。
青ひげを歌うジョン・レライヤは声も美しく、演技も見事。素晴らしい。ユディットを歌うエカテリーナ・グバノヴァは、演出意図によるのだと思うが、気の強い姉御肌の風俗嬢といった雰囲気。だが、そうなると、どうも歌が魅力的に聞こえない。
指揮はサロネン、演出はワルリコフスキ。鮮烈な演奏。鋭い音が響き、心の奥底をえぐる。
とはいえ、この演出には少し無理があるような気がする。私にはあまり魅力的に聞こえてこなかった。
プーランク 「人間の声」 2015年 パリ、オペラ(ガルニエ宮)
「青ひげ公の城」の最後の場面に、「彼女」が現れて、そのまま途切れることなく、このモノオペラが開始される。
「彼女」を歌うのは、バーバラ・ハンニガン。指揮、演出ともに「青ひげ公の城」と同じサロネンとワルリコフスキ。
私としてはこれも少々不満。いや、それはそれでとても良い上演だと思う。だが、これはプーランクのオペラとは別物だ。これではまるでシェーンベルク。フランス的というか、ジャン・コクトー的というか、パリジェンヌ的というか、そんな雰囲気がまったくない。女性は涙のためにアイシャドーの黒い筋が頬に数本、くっきりとついた顔で登場し、ウィスキーの瓶を口のみしながら、舞台上を動き回り、強い声で絶叫する。オーケストラも激しい音でもり上げる。しかも、腹を撃たれた血だらけの男が登場する。彼女が実は男を撃ったという設定らしい。
プーランクのこのモノオペラは、電話で男と話をし、男に必死に縋り付こうとし、取り繕い、自分を抑えようとするが、それができずに我をなくして、ついに自殺を決意する様子が哀れで美しいのだが、この上演にはそれがない。ストレートに嘆きを歌い上げる。これではプーランクの魅力が台無しだと思う。
ドビュッシー 「ペレアスとメリザンド」 2016年 チューリッヒ歌劇場
まずドミトリー・チェルニャコフの演出に驚く。ホテルだろうか。それとも精神病棟だろうか。それさえもよくわからない。高原の人里離れた清潔で洗練された現代的な建物の中で、ペレアスとメリザンドの不思議な物語が展開される。メリザンドは医師であるゴローの患者のようにも見える。城も塔も、そして髪を垂らす場面もない。いや、そもそもゴローはペレアスを殺さない。すべてが象徴として示される。行われているのは、ホテルあるいは病棟での不思議なやり取り。前半は淡々と進むが、後半、ゴローの嫉妬が爆発し、むしろゴローのほうが神経症的になっていく。
メリザンドを歌うコリーヌ・ウィンタースの存在感が圧倒的だ。特異な美貌といってよいだろう。ちょっと東洋風の顔立ちだが、メリザンドにぴったり。まさに謎の女性に見える。歌も素晴らしい。ヴィブラートの少ない清澄な声で歌う。ゴローのカイル・ケテルセンも知的な歌が素晴らしい。ペレアスのジャック・インブライロもいいが、後半、少し疲れたように聞こえる。イニョルドを歌うダミアン・ゲーリッツという少年も含めて、容姿と歌の両方が全員そろっている。
アラン・アルティノグリュの指揮は大いに気に入った。前半はぐっと抑制して、知的で淡々と演奏。後半、それをドラマティックに盛り上げていく。じりじりするような雰囲気が伝わる。
ただ、演出については私の好みではなかった。この演出も謎めいており、象徴的ではあるが、これではまるですべてが神経症で済まされてしまい、嫉妬の感情が前面に押し出されてしまう。しかし、原作はもっと豊かでもっと魅力にあふれている。象徴の世界の中で宙づりにされたまま浮遊するような雰囲気がメーテルランクの台本にもドビュッシーの音楽にもある。それがこのオペラの最大の魅力だと思うが、この演出にはそれがない。これでは、かなり普通のオペラではないかと、私は思ってしまう。
刺激的な上演ではあったし、演奏には惹かれたが、ちょっと嫌味を感じた。
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