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ヤンソンス死去 オペラ映像「スペードの女王」「エフゲニー・オネーギン」「サロメ」

 ヤンソンス死去のニュースに絶句。76歳。

 20年以上前、タクシーに乗っていたら、「幻想交響曲」が聞こえた。運転手さんがクラシック好きだった。最寄駅から自宅までの10分間くらい話した。「ヤンソンスという指揮者、いいですねえ。次にカラヤンみたいになるのはヤンソンスですよ」とその運転手さんは話していた。もちろん、私もヤンソンスの名前は知っていたが、演奏を聴いたことはなかった。その数日後、すぐにCDを購入して聴いてみた。繊細で生き生きとした音楽に驚嘆。それ以来、ヤンソンスは現代最高の指揮者と考えてきた。ウィーン・フィルやコンセルトヘボウやバイエルン放送交響楽団との来日公演の多くを聴き、ザルツブルクでもウィーン・フィルのコンサートを聴いた。ほとんどのコンサートが最高に素晴らしかった。合掌。

 この数日間に聴いたオペラ映像についての感想を簡単に書く。たまたまだが、ヤンソンスの指揮の「スペードの女王」が含まれる。

 

チャイコフスキー 「スペードの女王」2018年 ザルツブルク祝祭大劇場

 ヤンソンスがウィーン・フィルを指揮している。顔を見た時、やつれた感じでヤンソンスとわからなかった。体調がよくなかったのかもしれない。ただ、音楽的には素晴らしい。精妙で緻密。しかもドラマとしての盛り上がりがある。

 ゲルマンを歌うブランドン・ジョヴァノヴィチが圧倒的な存在感。リーザ役のエフゲニア・ムラヴィエワも清楚な声と地味な美しさがこの役にふさわしい。エレツキー公爵のイゴール・ゴロヴァテンコも堂々たる歌唱。ちょっと堂々としすぎているとは思うが、もちろん素晴らしい。伯爵夫人を歌うのは、なんとハンナ・シュヴァルツ! 70歳をかなり超えているはず。声が出ていないが、この役どころではこれでよいだろう。ウィーン国立歌劇場合唱団ももちろん最高。

 演出はハンス・ノイエンフェルス。最初の場面で、少年たちが檻に入れられていたり、エカテリーナ女帝が骸骨だったり、合唱団がコウモリ?のような恰好(バイロイトの「ローエングリン」では合唱団はネズミの格好をしていた!)をしていたりする。私にはどういう意図があるのかよくわからなかった。

 

 

チャイコフスキー 「エフゲニ・オネーギン」2008年 パリ、ガルニエ宮(ライヴ)

 ボリショイ劇場によるパリ公演。まず、ドミトリー・チェルニャコフの演出に目を引かれる。まるで映画のようにリアルな舞台。一つ一つの顔の表情や動きが音楽とぴたりと合って、手に取るように心情が伝わる。ラーリナの家の客間で始まり、最後まで同じ構図の室内で展開される。決闘の場も雪の中ではなく、室内で行われ、グレーミン公爵の屋敷も同じ造り。決闘の場面も、心の行き違いによる事故として捉える。驚くのは、トリケは登場するものの黙役で、その歌はレンスキーが代わって歌うこと。レンスキーも実はタチアーナを愛しているという設定らしい。オネーギンもタチアーナもレンスキーも孤独の中で葛藤している。チェルニャコフはこのような物語として、このオペラをとらえているのだろう。

 歌手陣はみんな圧倒的な演技力だと思う。とりわけ、私はタチアーナを歌うタチアーナ・モノガローワにびっくり。あまりに美しく、歌も素晴らしい。まさに引っ込み思案で夢見がちな少女。マリウス・クヴィエチェンも、その孤独と傲慢さをうまく演じて、まさしくオネーギン。ただ、レンスキー役のアンドレイ・ドゥナーエフの歌はかなり弱い。

 アレクサンドル・ヴェデルニコフの指揮は低音が強く、ドラマティックな雰囲気を強めたもの。私個人的趣味としては、もっと物憂げであってほしいが、これはこれでおもしろい。

 

リヒャルト・シュトラウス 「サロメ」 2017年 アムステルダム、オランダ国立歌劇場

 最高の上演だと思う。歌手たちも素晴らしいが、やはり何といってもダニエーレ・ガッティ指揮のロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の豊穣で色彩的で官能的で蠱惑的な音響に驚く。このような音響でドラマを作り、そこに一分の隙もない。凄惨でエロティックな物語が音楽によって見事に展開される。

 歌手陣の中では、やはりサロメを歌うマリン・ビストレムに驚嘆。可愛らしい十代の少女にしか見えない。しかも圧倒的な演技力。わがままで我が強くて残酷な少女を見事に演じている。歌唱も素晴らしい。声が伸び、迫力があり、音程もよい。そのうえ、7つのヴェールの踊りでは自分で踊り、その踊りが、少なくとも素人目には見事。サロメを演じるために生まれたように思えるほど。凄い歌手が出てきたものだ。

 ヨカナーンを歌うエフゲニー・ニキーチンも圧倒的な歌唱というべきだろう。自信にあふれた肉体派のヨカナーンを演じている。ヘロデ王役はランス・ライアン。私はこの人の歌うジークフリートは我慢できないほど嫌いだったが、ヘロデ王にはぴったり。演技を含めて見事。ドリス・ゾッフェルのヘロディアスも妖艶で気位が高いが自堕落な女性を見事に演じている。

 演出はイヴォ・ヴァン・ホーヴェ。ホテルのような現代的な場所に、現代の服装の人物が登場する。女性はドレス、男性はきちんとしたスーツ。ヨカナーンだけが入れ墨だらけのTシャツ姿。だが、演劇としてみて、まったく違和感がない。しぐさや顔の表情などが音楽にぴたりと合い、リアルな心情が伝わる。銀の皿の上に載せられて登場するのは、ヨカナーンの生首ではなく、ヨカナーンの全身だが、なるほど、サロメの意識としてはヨカナーンの全身を欲しているのだろう。形而上学的な要素はないが、少女の心理を鋭く描いている。

 これまで「サロメ」には多くの名演があったが、これが最高かもしれない。

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マリインスキーの「スペードの女王」 とてもよかったが、驚異的ではなかった

 2019121日、東京文化会館でマリインスキー・オペラの来日公演、チャイコフスキーの「スペードの女王」をみた。指揮はワレリー・ゲルギエフ。ものすごい上演が見られると思っていたのだが、それほどではなかった。

 このオペラの実演を見るのは、たぶん3回目か4回目だと思う。あまりなじんだオペラではない。実を言うと、納得のいかないところも多い。第2幕の牧歌劇をなぜあれほど長々と続ける必要があるのか、第1幕の公園の場面で子どもたちを出す必要がなぜあるのか…などなど作劇的にも音楽的にも疑問に思う。アレクセイ・ステパニュクの演出が私の疑問について何らかの答えを示してくれるのかと思っていたが、それはなかった。いっそう疑問をわきあがった。あまり個性的な会社拡販されていないように思う。

 歌手陣についても、ゲルマンを歌う大歌手ウラディーミル・ガルージンに期待していたのだが、ヴィブラートが強いのが気になった。声が出なくなってテクニックで補っているのだろうか。リーザ役のイリーナ・チュリロワはしっかりした声と演技。ただ、立派すぎてリーザの悩みが伝わらない。トムスキー伯爵 のウラディスラフ・スリムスキー、エレツキー公爵のロマン・ブルデンコは悪くないのだが、感動するほどではなかった。

 しかし、ゲルギエフ指揮のマリインスキーの音はさすがというべきか。金管が実に素晴らしい。ただ、オーケストラについてもゲルギエフの魔法のような音楽を期待していたのだが、意外と普通の演奏だった。

 全体的に、もちろんとても良い演奏だったのだが、マリインスキー劇場のチャイコフスキー・オペラということで、とてつもないものが見られるのではないかという期待には答えてもらえなかったといえそうだ。

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